Happy Birthday



今日は1月にしては陽射しの暖かい日だった。
借金の借主が家に居ることの多い土日が忙しい俺たちにとって、金曜日は暇な日だ。それはこの金曜日も同じことで、午前中に回収先は全て回ってしまった。
俺が帰ろうとすると、トムさんに呼び止められた。

「昼飯でも食いに行こうぜ」

今日はお前の×××だもんな。

そう言うトムさんに連れられて、ちょっと高めのカフェレストランに入った。
俺はあまりこういったお洒落な店には慣れていなくて、メニューを決めかねていると、トムさんがさっさと二人分パスタを注文してしまった。とにかくお洒落な名前だったが、俺にはよく聞き取れなかった。

しばらくして運ばれてきたのは、トマトや貝が乗ったパスタだった。ムール貝、というものだろうか。大きな黒い貝が放射線状に並べられていた。
早く食べないと冷めるぞと言って、トムさんは食べ始めてしまった。
貝が殻ごと入っているので食べにくかったが、確かにそれは美味しかった。
俺が素直に美味しいです、と言うと、そうだべ?とトムさんは笑った。

「静雄ももう25歳かー。早いもんだなあ」

トムさんももうすぐ28歳ですねと言うと、軽く頭をはたかれた。三十路前はフクザツなお年頃、らしい。



トムさんにお礼を言って別れた後、することも無いので池袋をブラついていると、道路を挟んだ反対側で何か黒っぽいものが飛び跳ねているのが見えた。
横断歩道を渡り近づいてみると、それは舞流だった。傍には九瑠璃と茜も居た。

「あ! 静雄さんちょうどいいところに!」
「偶……」
「こ、こんにちは!」

三人とも同じ紙袋を手にしている。どれにもシールタイプのリボンが付いていた。

「今ねえ、ちょうど静雄さんへの×××プレゼントの袋をみんなで買ったところだったんだ!」
「みんなでおそろいにしたんだよ」
「此……贈……」
「あ、アレ言わないとね! せーの!」

『お×××おめでとう!』

そうして紙袋を次々に押し付けられる。周囲の目が気になったが、好意は素直に受け取っておくことにした。

「わりいな。ありがとよ」
「いいっていいって! そのかわりー……」
「幽のスケジュールなら分からねぇからな」
「えー! 静雄さんのケチー!」

頬を膨らましてパンチを繰り出してきた舞流を摘み上げる。じたばたと暴れていると、パーカーのポケットから何かが落ちた。

「おい、何か落ちたぞ」
「あ、そうだったそうだった! これも静雄さんへの×××プレゼントだよ!」

するりと俺の手を抜けると、舞流はその薄い長方形の箱を拾い上げ俺に手渡した。

「これもお前からか?」
「んーん、違う人。でも誰かは内緒ね!」
「秘……」

舞流はただニコニコと笑うだけだ。茜は何故だか不安そうな表情をしていたが、一応そのプレゼントも受け取っておいた。こいつが何か企んでいるのはいつものことだ。
平日と言えど池袋の人通りは多く、通行の邪魔になりそうだったので舞流たちとはそこで別れた。



「おーい! シズちゃーん!」

俺が最も嫌う呼称で呼ぶ声は、ノミ蟲ではなく女のものだった。
振り返れば、門田達のワゴン車がゆっくりと追いかけてきていた。

「シズちゃん×××おめでとう〜! これ、プレゼントね!」

そう言っていつも門田と絡んでいる女が、ネックレスを手渡してきた。シルバーの、細かい模様が彫られたペンダントトップが付いている。

「狩沢、静雄はその呼び方嫌ってるっつったろ」
「えー? 可愛いじゃんシズちゃんって!」

普段なら怒りのボルテージが上がりそうなものだが、今日の俺は不思議とそんな気分にならなかった。
ただ、名前もよく知らない人物からプレゼントを貰うというのは申し訳ないと感じた。

「コレ、いいんすか。俺あんまあなたのこと知らないんすけど」
「いいのいいの! 普段お世話になってるからね! むしろこっちがいいんすかって感じ!」
「もうお前止めろ!」

門田がそう叫んで、女をワゴンの中に引きずり込んだ。少しの間、門田が説教をするような声が聞こえてきた。そして門田が窓から顔を出した。

「その……悪いな。さっきのやつは狩沢っつって、彫金とかやってるやつで……まあ貰ってやっといてくれ」
「? ああ……」

彫金をしているということは、これも彼女が作ったものなのだろうか。俺はあまりアクセサリーに詳しくないが、手の中にあるそれは売り物としても全く遜色の無いものだった。裏を見ると、「1342」と何かの番号が刻んであった。彼女の作品の通し番号みたいなものだろうか。

「門田、この裏の1342ってなんだ?」
「………………作品番号か何かじゃないか」

やはりそのようだ。千以上の作品を作っていると聞くと、確かにそれだけの経験を積んだ腕前の気がした。本当に貰ってもいいんだろうか。

「さっきの人にありがとうって言っといてくれ、門田」
「あー……分かった」

門田は帽子を脱ぎ、頭をぽりぽりと掻いている。

「静雄、その……×××おめでとう。今更改まるのも変な感じだけどな」
「……いや、嬉しいよ。サンキュ」

照れたように門田が笑うので、俺もつられてはにかんだ。その瞬間門田の後ろから閃光が走った。

「キャー! シズちゃんのハニカミ笑顔ゲット!」
「狩沢さん流石にヤバイっすよ! ブラッディ×××××っすよ!」

どうやら狩沢とやらが携帯電話で写真を撮ったらしい。これまたいつも門田と一緒に居るハーフの男が、狩沢を後ろから羽交い絞めにしていた。

「……悪いな、ホント」
「いや、別に」
「まあ俺たちはもう行くわ。じゃあまたな、静雄」

そして門田たちを乗せたワゴン車は走り去った。
好奇心などから俺の行動を追いかけている連中がたまにいるので、狩沢もそういった類の人間だったのかも知れない。



家に帰る前に、コンビニに寄ってプリンとコーヒー牛乳を買った。普段はスーパーで安いものを買っているが、今日はせっかくなので少し豪華な所謂コンビニスイーツというものに手を出してみた。生クリームが盛り付けられたそれは、ケーキ屋で買うようなものと変わりないように見えた。

コンビニを出ると、俺よりも背の高い人影がこちらに近づいてきた。粟楠会の赤林さんだった。
昔から喧嘩事の絶えない俺は、やくざである彼とも何度か面識があった。

「やあ静雄君、奇遇だねえ」
「あ、こんちは、赤林さん」

笑みを浮かべながら、赤林さんは杖で地面をカツカツと叩いた。

「丁度良かったよ、静雄君今日×××なんだって?」
「そうですけど……何で知ってるんすか?」
「ダラーズのメーリングリストで回ってたよ」

個人情報も何もあったものじゃないな。
今日初めて、苛立ちを感じた。俺はとっくにダラーズを辞めているのに(メンバーだという高校生に宣言しただけだが)、俺の知らない間に情報が出回っているのは気分のいいものではなかった。
俺が表情を曇らせていると、赤林さんは心の内を読んだかのように、

「まあ勝手に情報が回ってるのは気分のいいものじゃないかも知れないけどね、それだけ静雄君のファンが多いってことさあ」
「…………ファン、ですか」
「そうそう。ウチの四木だって静雄君のファンなんだから」

あの四木さんが俺のファンとは。想像してみると何だか可笑しくて、俺は笑ってしまった。

「そうやって笑ってるほうがいいよ、静雄君」
「え……」
「これ、つまんないものだけど×××プレゼントってことにしといてよ」

そう言って赤林さんは俺に何かを握らせた。手のひらを開いてみると、それは苺ミルクのキャンディだった。

「甘いものでも食べてイライラを収めて、ね?」
「ハァ……? ありがとうございます」
「いいのいいの」

じゃあまたねえ、と言って、赤林さんは杖で肩を叩きながら去っていった。
俺は暫し立ち尽くしていたが、周囲がやくざと池袋最強の立ち話に恐れをなして避けているのに気付いたので、その場を逃げるように離れた。



家に着く頃には日はとっぷりと暮れていた。
今日は何だか長い一日だった。こんなに多くの人間に一度に会うこともそうそう無いだろう。

残り物で夕飯を済ませ、風呂に入りテレビを見る。いつも通りの夜の過ごし方だ。
眠くなってきたがプレゼントをまだ開けていなかったので、一つずつ開けてみることにした。

「……どれが誰のだ?」

同じ紙袋に入っているせいで、どれが誰からのものか分からなくなってしまっている。だが、あの三人ならプレゼントの内容は全く違うものだろう。

最初に開けた袋には、筒状に丸めた画用紙が入っていた。広げてみるとそこには俺の似顔絵が描かれていて、「しずおお兄ちゃんお×××おめでとう」と字が入っていた。きっとこれは茜が描いたものだ。上手に描けている。
二つめを開けると、スプレー缶が入っていた。既製品ではないらしく、表面には何も書かれていない。袋の中をよく見ると、小さなメモ用紙も入っていたことに気がついた。「不審者撃退スプレー。暴力が嫌いな静雄さんに」と書かれている。恐らく九瑠璃の作ったものだろう。危険物を作るというのは褒められたことではないが、俺のことを気遣ってくれているのは嬉しかった。今度臨也に使ってみよう。
最後の袋は、どうやら本が入っているようだった。とすると、こっちが九瑠璃のプレゼントなのかもしれない。

「…………どう考えても舞流だな」

袋の中身は、所謂如何わしい本だった。「五十路人妻の色気」だとか見出しの付いたその雑誌。俺は年上趣味といっても熟女趣味な訳ではない。何よりあいつはまだ高校生のはずだ。今度ちゃんと叱っておこうと誓った。
もう一つ、舞流から最後に手渡された箱を開けてみると、ネックレスが入っていた。ペンダントトップの代わりに指輪が通してある。その指輪はどうにも見覚えのあるものな気がしたが、とうとう思い出せなかった。これは誰からのプレゼントだったのだろうか。舞流から、ということでノミ蟲の可能性も考えたが、すぐに頭から消した。あいつがプレゼントなどするはずがない。高校の頃には一度だけ、紙パックのいちご牛乳を投げつけられたことがあったが、取り損ない服にぶちまけられて後の洗濯が大変だった。もしかしたら発信機でも付いているのでは、と探ったが、そんな細工がされている様子は無かった。結局誰からのプレゼントだったのだろう。


9時を回った頃、玄関のチャイムが鳴った。こんな遅くに誰だろうか。
玄関を開けると、宅配便だった。送り主は幽だ。サインをして荷物を受け取り、居間に戻る。荷物は発泡スチロールの箱に入っていた。
開けてみると、保冷剤と一緒にプリンが入っていた。容器はプラスチックでなく陶器で、いかにも高級そうなことが伝わってくる。
自分で買ってきたプリンと並べて見比べ、どうしたものかと迷っていると、幽から電話が掛かってきた。

『兄さん?』
「あ、幽か? これどうしたんだよ、このプリン」
『今日は兄さんの×××だから。そのお店のプリン今すごく人気があるらしいんだけど……いらなかった?』
「いや、嬉しいけどよ……こんな高そうなもの、わざわざ……」

電話の向こうで、幽が小さく息を吐いたのが聞こえてきた。恐らく、怒っているのだろう。

『今日は年に一度の×××じゃない。出来る限りのことで祝いたいんだ』
「ん……そっか。ありがとな、幽」
『ううん。……それじゃ、おやすみ』
「ああ、おやすみ。……たまには遊びに来いよ」
『……うん』

最後に聞こえた幽の声は、嬉しそうだった。兄らしいことなど何も出来ていないが、せめて優しく接することだけはしたかった。



11時近くになり、そろそろ眠ろうかと思ったとき、携帯に着信が入った。セルティからのメールだった。

「……ハハ、なんだこれ」


それは、画像や絵文字をふんだんに使ったデコレーションメールだった。文字もカラフルに装飾されている。「×××おめでとう!」と、猫が喋っているように描かれている画像が中央で踊っていた。
返信をしようとすると、画面が真っ暗になった。新羅から電話が掛かってきたせいだ。

「もしもし」
『やあ静雄、セルティからのメールは見たかい?』
「ああ、こんな凝ったもん、セルティが書くなんて珍しいな」
『そうだろうそうだろう! お昼頃から色々調べてわざわざ書いていたんだよ! 君の×××を祝うためだけに慣れない絵文字やデコメ素材を使うセルティの可愛らしさったらなかったよ!』
「…………そのことを自慢するために電話してきたのかお前は」
『もちろん!』
「セルティによろしく言っといてくれ。じゃあな」
『あっ、ちょっと待って! それだけじゃないよ』

正直これ以上新羅のセルティ自慢を聞かされて携帯をブチ折らない自信はない。セルティにはもちろん感謝しているが、この変態メガネの惚気話を聞き続けるのはごめんだった。

『静雄、×××おめでとう。君はいつも自分に存在価値がないように思ってるみたいだけど、そんなことはないよ。少なくとも僕にとっては、セルティの可愛らしい一面を引き出してくれたからね』
「何だよ唐突に。……せめて友達だから、とか言えないのかよ」
『はは、もちろん友達だからってのもあるよ。…………あ、セルティが呼んでるからもう切るね!』

そう言って新羅は本当に電話を切ってしまった。


今日一日、いろんなヤツに×××を祝われた。
あまり面識がないような人にまで祝われるのはなんだか違和感があったが、それでも嬉しかった。ただ、いろんな人に×××を祝われるのは毎年のことでもある。今までその祝福を強く意識したことはなかったのだが。
だが今回は――

(自分で自分の×××を祝ったことは、一度も無かったかもしれない)

自分が生まれてきて良かったと思ったことは一度もない。命あることに感謝はすれど、生まれ持ったこの力は世界のためになるとは言えなかった。
それでも、こんなに多くの人間が俺の××を祝ってくれるなら。


「……誕生日おめでとう、俺」

平和島静雄の誕生は、悪いことばかりではなかったのかもしれない。



シズちゃんが誰かに影響を受けてるように、シズちゃんも誰かに影響を与えているという話
シズちゃんハッピーバースデー!





 


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