Nekomimi Mode



深夜2時、草木も眠る丑三つ時に、【宝探し屋】とその相棒は地下遺跡にもぐっていた。

「九ちゃん、まだ終わらないのか」
「うーん……この仕掛けだけ、何のためにあるのか分からないんだよね」

そう言いながら、葉佩は仕掛けに設置されていた、小さな石像のようなものを取り外した。皆守は何か起きるかと身構えるが、仕掛けはうんとも寸とも言わない。

「もうこの階層の仕掛けは全部解いてるはずだから、何か起きることは無いと思うんだけど……」
「ただの飾りなんだろ。もう帰ろうぜ」

ふわあ、と大きな欠伸をしながら皆守は葉佩を急かす。連日の遺跡探索で、皆守の体力と気力は限界に近づいていた。
葉佩はもうちょっと、と言いながらH.A.N.Tと石像を見比べている。まだまだ終わる気配は無さそうだった。

「お前、終わる気ないだろ」
「あるある、超ある」
「嘘付け!」

苛立った皆守は葉佩の背中を蹴り飛ばした。よろけた葉佩は石像を取り落とすが、何とか空中でキャッチした。

「あっ……ぶないなあ」
「明日の授業の方が危ない。帰るぞ」
「真面目に授業出ないくせに」

葉佩の指摘を背中で黙殺し、皆守はさっさと出口へ向かう。葉佩はそれを追いかけるべきか調査を続けるべきか悩み、石像をベストのポケットにしまい込み、皆守の後を追った。



「おい九ちゃん、寝てんのか?」

ドンドンと寮の部屋のドアを叩きながら、皆守は声を張った。

いつもならまだ夢の中にいる時間だが、八千穂からのモーニングメールに叩き起こされてしまったのだ。いささか機嫌は悪かったが、せっかくだから葉佩と登校しようとこうして葉佩の部屋を訪れている。
葉佩は転校してきてから毎日のように、夜遅くに遺跡に潜っていたが、寝坊して学校に遅刻したことなど一度も無かった。

(まさか、昨日無理やり帰ったことを根に持っているんじゃないだろうな)

葉佩がそこまで大人気の無い男だとは思っていないが、時としてあの男は変なところでへそを曲げるのだ。以前も皆守が葉佩を誘わず、一人で夕食を取ったことに拗ねて数日間意地でもカレーを口にしようとはしなかった。

「おい、九ちゃん? いい加減起きてるだろ。返事ぐらいしたらどうなんだ」

なおも皆守がドアを叩き続けていると、ゆっくりと、小さくドアが開いた。

「おいどういうつもりなんだよ九ちゃん。結局遅刻しちまう」
「何も言わず、入ってきて……」

そう言う葉佩の声には普段のような覇気は無く、ドアの隙間から覗いている目も暗い印象だ。

「な、なんだ、体調でも悪いのか?」
「いいから入って……」

言われるがままに、葉佩の室内へ入る。皆守が入ると、葉佩はすぐにドアを閉め鍵をかけた。

葉佩の頭を見れば、エジプト人のように布を被り輪で留めている。

「九ちゃん、なんだその頭は」
「これはカフィーヤっていって、アラブの民族衣装だよ。エジプトのお土産」
「そうじゃない、なんでそんなものを被ってるのかって聞いてるんだ」

皆守がそう問うと、葉佩は溜息を一つ吐いた。

「……なんだよ」
「……甲ちゃん、何を見ても笑わないし驚かないって約束してくれる?」
「…………事の次第によるな」
「約束してよ!」
「いいから早くしろ」

納得がいかない表情をしながら、葉佩はカフィーヤを外した。


「九ちゃん……」
「甲ちゃん……」
「ふざけてるのか?」
「いたって真面目に困ってるよ!」

葉佩の頭には、いわゆる猫耳が乗っていた。髪と同じ黒色をしていて、非常にリアルな作りだ。

「何に困ってるんだ。猫耳が似合いすぎて困ってるとか言ったら蹴り飛ばすからな」
「違う! これ生えてんの! 朝起きたらこんなことになってたの!」

皆守は冷めた目で葉佩を睨みつけ、その頭の耳を無理やり引っ張った。

「ぎゃー! 千切れる!」

葉佩は慌てて皆守の手を払いのけた。皆守は、耳を引っ張ったその手の感触に驚いた。その耳は、ちっとも葉佩の頭から外れようとしなかったからだ。

「な……、本当に取れない?」
「生えてるって言ったでしょ!」
「じゃあその、普通に付いてる耳は何なんだよ」

葉佩の顔の横には、確かに今まで通りの人間の耳が生えている。

「猫耳からは何も聞こえないんだ。単なる飾りっぽい」
「ますます意味不明だ……。あれか? 遺跡の力か?」
「そう考えるのが一番妥当だよね。……あ、昨日持ち帰った石像が関係してるのかも」

そう言って葉佩はこちらに尻を向け、ベッドの下をごそごそと探り始めた。

「……おい九ちゃん」
「んー?」
「その尻から生えてるものも、朝起きたら生えてたのか……?」
「え? ……あっ!」

葉佩が自分の臀部を触ってみると、ローライズのジーンズに押し上げられるように耳と同じ黒い猫の尻尾が生えていた。

「尻尾まで……全然気付かなかったよ」
「耳より分かりやすいだろ……」

石像を取り出して机の上に置きながら、葉佩はしょんぼりとした表情を浮かべた。と同時に、猫耳がぺたりと下がる。

(…………これは……)

「皆守? なんでそんな怖い顔してんの?」
「別に怖い顔なんてしてない。……で、どうするんだ?」

多分これが原因だと思うんだけど、と言いながら、葉佩は暗視ゴーグルを装着した。猫耳が邪魔になって苦しそうだった。

「これ自体には特別変なところは無いんだよねえ……やっぱ動かしたのが問題かな」
「だったら遺跡に戻しにいくか?」
「うん。でも流石に今からは見つかりそうだから、いつも通り夜になってからね」

それでも戻らなかったらどうするんだ、という問いかけは飲み込んだ。にこりと笑う葉佩の頭で、猫耳がぴこぴこと揺れていたからだ。思わず頬が緩みそうになるのを堪え、皆守はそうか、と一言だけ答えた。

(……早く戻ってもらわないと、耐え切れる自信は、無いな)

皆守は脳内でそう、ひとりごちた。葉佩は耳と尻尾を揺らしながら笑うだけだった。



テレビも無い寮の部屋では、時間の流れがいやに遅く感じる。外では昼下がりの太陽が燦燦と輝いていた。
葉佩は先程からパソコンと睨み合っており、手持ち無沙汰な皆守は葉佩の私物の漫画をぱらぱらと読んでいる。

「……なァ九ちゃん、さっきから何してるんだ」
「んー? ロゼッタ協会のサイトで情報募ってるの。調べてもみたんだけど、それらしい情報が全然無くって」

葉佩がキーボードを打つのと同時に、尻尾がパタリ、パタリと床を打つ。

(………………こいつ、わざとやってんのか?)
「うーん……やっぱりこれといった情報は無いなあ……」
「…………」
「ぎゃっ!」

堪えかねた皆守が葉佩の尻尾を鷲掴みにすると、葉佩は座ったまま垂直に跳ね上がった。

(行動も猫みたいだな)
「な、何すんの!?」
「いや……わりィ」
「もー……何? かまって欲しかったの?」
「んなわけあるか」

ニヤニヤとしながら、葉佩は皆守に覆い被さった。180センチを裕に越える葉佩の体格では、皆守はすっぽりと隠されてしまう。
頭を皆守の顔にぐりぐり押し付けながら、葉佩は猫のように喉を鳴らした。

「おい、九ちゃん……」
「んー、なんか甲ちゃんってさあ、猫みたいだよねえ。よく寝るし、なかなか気を許さないし、構わないとすぐに拗ねるし」
「……お前にだけは言われたくなかったな」

そんなことをのたまう葉佩には本物の猫耳と尻尾が生えているわけで。
皆守の頭を撫でながら笑う葉佩こそ猫のようだ。


「……九ちゃん」
「ん? ……、ッむ」

いいように可愛がられているのがなんだか許せなくて、皆守は葉佩に口付けた。葉佩は驚いた表情を浮かべたが、間近に皆守の顔があるのを意識するとすぐにぎゅっと目を瞑った。

「…………」
「ん、……ふ」
「ッ、…………お前、無自覚でやってるからタチが悪いよな」
「ぷへッ、な、何が……?」

長いキスで上手く呼吸が出来なかった葉佩は、顔を赤くし皆守を見下ろしている。

「……絶対、誰にもその姿を見せるんじゃないぞ」
「大丈夫、皆守にしか見せてないよ?」
「…………そういうのが……」

無自覚だというんだ。
溜息と共にそう吐き出そうとしたが、葉佩の顔を見るとそれは叶わなかった。

「……九ちゃん」
「ん?」
「……猫のヒゲが、生えてきてるぞ」
「え? ……うわーッ!」


その後、どんどん猫化が進行する葉佩を笑っていた皆守にも猫耳と尻尾が生えてきたというのは、また別の話。


たくとさんへ




 


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -