年越し



「やあシズちゃん、あけおめイブ!」
「なんで手前が俺んちいるんだ」

俺がコンビニから帰ってくると、自室に臨也がいた。こたつに潜り込み頭しか見えていないが、見紛うことなくノミ蟲だ。

「俺のマンションで過ごそうかと思ったけど、シズちゃん呼んでも来てくれないかと思って」
「ああ確かに行かないな。出てけ」
「冷たいなあシズちゃん。冷蔵庫にケーキあるよ?」
「……ケーキ食ったら追い出すからな」

どちらにせよ臨也は出て行く気が無さそうだったので、買ってきたものを冷蔵庫に入れるためにも台所へ向かう。
冷蔵庫の中には、高そうな店の箱に入ったケーキが入っていた。取り出して開けてみると、苺のショートケーキとレアチーズケーキが一つずつ、向き合うように収まっていた。

「何シズちゃん、もしかしてこれが年越し蕎麦?」
「んだよ、カップ麺なめんな」

いつの間にか近寄っていた臨也が、俺の買ってきたものを覗き込み言う。インスタントの蕎麦は二つ買ってきた。別にこいつのためではないが、何となく、本当に何となく二つかごに入れていたのだ。無意識のうちにこいつを意識してしまっていたのかも知れない。

「まあいいや。ケーキ食べよ?」
「お前の分は無いだろ」
「ひとつは俺のでしょ」

言いながら臨也は、食器棚からフォークを2本取り出して居間に戻っていった。仕方が無いので、俺も皿を二枚取り出し居間に戻る。


「シズちゃん、明日はどうするの?」
「……別に何も予定ねえけど。……まさかお前泊まる気じゃないだろうな」
「まさか俺が泊まらないと思ってたわけじゃないよね」

いけしゃあしゃあと言いながら、臨也はレアチーズケーキを食べている。テレビからは年末の昼間恒例の、何のために放送しているのか分からない、つまらない番組が放送されていた。

「布団一組しかねーぞ」
「同じ布団で寝ればいいじゃない。俺んちだといつも同じベッドで寝てるでしょ」
「あれは! ……あれは、手前がベッドは一つしかないっていうから」
「同じ状況じゃない、今も。……あ、そろそろ弟くんが出てる番組始まるんじゃない」

そう言って臨也はチャンネルを変えた。確かにその番組には、幽が出ていた。
俺は、じっと幽の出ている番組を見る。最近また忙しいようで、体が心配だ。今も多少顔色が悪い気がしないでもない。ちゃんと飯食ってるんだろうか。


番組が終わり、臨也が居たことを思い出す。
見てみれば臨也は肩までこたつに潜りぐうぐうと寝ていた。俺に幽が出ている番組を見せれば、そっちに集中してかまえなくなることは分かっていたはずだ。

(……純粋に、俺のために教えてくれたのか)

そう考える頃にはもう追い出す気は失せていて、代わりに眠気が襲ってきたので、俺もこたつに潜り込んで寝ることにした。手をこたつに突っ込むと、臨也の手と触れ合ってしまい、独りで恥ずかしくなった。



「……シズちゃん、そろそろ起きて」
「ん…………、あ、今何時だ……?」
「もう11時。年越しちゃうよ」

そう言われてがばりと身を起こす。テレビを見れば、確かに毎年見ている特番が流れていて、俺は思いの外寝過ぎてしまったことを後悔した。

「あ゛ー……風呂の掃除しようと思ってたのに……」
「別に、綺麗だったよ? そんなに気にすることないでしょ」
「お前風呂まで勝手に使ったのかよ……。俺は31日に風呂掃除して年を越したいんだよ」
「変なこだわり。あ、そろそろ蕎麦いいよ」

こたつの上を見ると、俺が買ってきたインスタント蕎麦が乗っていた。寝起きで食欲はあまりなかったが、これを食べないわけには行くまい。ベリベリと蓋を開ければ、油揚げのいい香りが漂ってきた。

「インスタント食品は好きじゃないんだけど、まあたまにはいいかもね」
「文句言うなら食うな。……いただきます」
「作ったのは俺でしょ。いただきます」

ずるずると蕎麦をすする。インスタントながらもそれはなかなか美味しくて、テレビを見ながら咀嚼した。臨也も美味しいね、と言いながら食べていた。


食べ終わり、ゴミを片付けて時計を見ると、新年まで残り5分も無かった。

「今年もいっぱい殺し合ったね、シズちゃん」
「手前が池袋に来るからだろ」
「じゃあ、俺が来なかったらどうするの?」
「……新宿まで殺しに行く」
「なにそれ」

ケタケタと臨也は笑っている。
いつもいつも仕掛けてくるのはこいつだ。最初に出会ったときも、こいつが池袋を離れてからも、好きだと告白してきたのも、今日も。俺はいつだって受動的で、そんな自分を変えることは出来なくて、いつもこいつに流される。いや、こいつのせいにしているだけかも知れない。こいつのせいにしていれば、自分からも愛していいのだという錯覚に陥る。

「ね、シズちゃん」
「あ?」

臨也のほうを向けば、間近に臨也の顔があった。驚きに目を見開いた瞬間、唇に柔らかいものが当たった。臨也の唇だった。
びっくりして目を瞑り、後ずさりしようとしたが、臨也に腕を掴まれ叶わなかった。正確には、腕を掴まれたことで体が硬直してしまったのだが。

長いキスだった。上手く鼻で息が出来なくて、震えながら目を開いてみると、臨也の長い睫毛がそこにあった。こうしてみれば、他の人間たちが眉目秀麗だという気持ちも分からなくない。
じっとその伏せられた目を見ていると、突然臨也が目を開いた。テレビからはハッピーニューイヤーという声が聞こえていた。

「ん……、あけましておめでとうシズちゃん。今年もよろしくね。……ハハ、キスしたまま年、越しちゃった」
「…………ばかじゃねえのおまえ」

声が震えたことに自分で驚く。顔は火に炙られたように熱くて、眼に涙の膜が張っていくのが分かった。

「馬鹿とはひどいなあ。このために来たのに」
「な……」

こいつ、そんなバカなことのためにわざわざ来たというのか。もうホントバカなんじゃないのか。

「まあ、このためってのは嘘。本当は単にシズちゃんと一緒に年を越したいだけだったんだけど、いい雰囲気だったから」
「何がどういい雰囲気だったってんだよ」
「意外と俺、シズちゃんに愛されてるなあって」
「お前は俺のこと愛してるってのか」

ああ、我ながらバカな質問をした。まるで「だったら私のことスキ?」と聞く女のようだ。

「もちろん愛してるよ。その証拠に去年はあんなに殺し合ったじゃない」
「あれが愛の証拠ってか」
「そう。……ていうかシズちゃん、俺のこと愛してるって所は否定しないんだ」
「それは、…………もういい」

新年早々こんなやりとりをしているのが馬鹿らしくなった。いくら口で語ったって、俺たちの心内など分かりはしないのだ。殴り斬り蹴り壊し、そうすることでしかこいつの愛情など感じられない。

「え、シズちゃん?」
「まだ眠いんだよ。俺は寝る」

こたつに潜って、臨也の座っているところから顔を出す。臨也の膝は薄くて固かったが、まあ眠れないこともないだろう。

「マジ? そのまま寝る気?」
「マジ。……臨也」
「ん?」
「今年もよろしくな」

そう言うと臨也の顔は驚きと照れと喜びに歪んで、俺も恥ずかしくなった。が、そんなことは絶対口にしてやらない。


あやめさんへ




 


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