君とピクニック



池袋から平和島静雄がいなくなった。
彼のトレードマークであるバーテン服を見かけなくなると、人々は皆それぞれ噂を口にした。「ついに死んだ」と言ったり、「田舎に引っ越した」、「ヤクザに狙われて身を潜めている」などと人々は考えた。事実、静雄は今日も仕事に出ておらず、弟も親友も旧友も上司も後輩も彼の行く先を知る者は誰もいなかった。
ただ一人、折原臨也を除いては。



臨也は電車に乗っていた。
東京を出て、ずっと北の方へ向かっている。静雄が東北のとある街で見かけられたというのだ。確かな情報では無かったが、臨也は彼がそこに居ると確信していた。以前、高校生のときに彼がその町に行きたいと話していたのを覚えていたからだ。彼は雪像を見たいなどと言っていた。楽しそうな静雄を、臨也は行ってもつまらなさそうだなあと思って眺めていた。
真冬の車内は暖房が効きすぎていて、汗ばんだ足にズボンが張り付く。人もまばらな中、それを引っ張り剥がした。鼻の先だけが冷たい。窓は結露に覆われて外の景色を見せなかったが、臨也は目を逸らすように窓の外を見ていた。

静雄が居なくなって、一番動揺したのは臨也だった。
ただ、静雄が消えたことに動揺したのではない。彼のいない池袋が、こうもつまらないものかと感じる自分に動揺したのだ。今までは静雄に早く死んで欲しいとばかり思っていたが、実際居なくなると池袋はとても静かだった。彼の名前のように。
自身の何よりの趣味である人間観察を邪魔する彼を失った人間たちが、こうして輝きを失うなんて臨也は考えもしなかった。
静雄に会ったら意地でも連れ帰ろう。世界がつまらなくなった原因が分かるまで、とりあえず元の状態に戻してみるのが一番いいに違いない。
次に乗り換える駅までまだ大分ある。新幹線なり飛行機なり使えばよかったが、怨敵を追うのに出費を嵩ませる必要もない。
暫く眠ろうと、臨也はファーの付いたフードを深く被った。



目的地に着き、携帯を開く。大分薄暗くなった空の下では、その画面は見づらかった。
彼の新たな目撃情報は入っていなかった。あまり大きな街ではないにしろ、あてもなく探し回ることは困難に思われた。
辺りを見回すと、いくらか看板が立っていた。大きく矢印の描かれたそれは、今日この土地で、祭りが開催されていることを示している。また、臨也は学生時代のことを思い出した。静雄が見たいと言っていたもの。
地方最大の雪祭りが、この日開催されていた。


会場に着いた頃には日も傾き、人気も疎らだった。ぽつぽつと、この薄暗い雰囲気を楽しむ恋人たちの姿がある。確かにここの景色は幻想的だ。積もった雪は夕焼けの終わった空を映し、水色とも紫ともつかない色に染まっている。その中にアニメや漫画のキャラクター、動植物、人間などをモチーフとした雪像が立ち並ぶ情景は、自然と人工物が混じり合い何とも奇妙な味を出していた。が、臨也は自然の雄大さにも、人の作り上げる芸術にもさほど興味がない人間だったので、静雄を探すことだけに集中した。
会場を中心に向かって歩く。一際大きな雪像が立っている。花束を模した雪像だ。そのブーケの下に、一人の男が佇んでいるのが見える。

「…………シズちゃん!」

小走りに近付く。静雄に動く気配は無かったが、何故だか足は急くように動いた。
静雄は黒いトレンチコートを着ていた。その下にバーテン服を着ている様子はない。普段選ばない黒を着ている静雄は、まるで自分のものになったようだと臨也は錯覚した。何故そう考えたのかは分からなかった。

「こんなところで何してるの」
「雪祭り見に来てんだよ。他に何がある」
「誰にも行方を告げないで?」

そう問うと、静雄は黙り込んだ。ちらりと一瞬だけ臨也の方を見て、すぐに視線を落とす。白い息が吐き出され、静雄が溜息を吐いたことが分かった。その鼻の先は真っ赤になっている。

「休暇届けは出してある」
「ずっとここに来たかったの?」
「やっぱ覚えてたのか」

今度は臨也が黙り込む番だった。何故気付かれた? そもそも彼は、その話をしているときに自分もいたことを何故覚えている。その時の会話には自分は参加していなかったのに。
心臓が早鐘を打つ音が聞こえる。耳の奥ではざあざあと血が巡る音も聞こえた。

「こんな辺鄙なとこまで追っかけてきたってことは、俺が雪祭り行きたがってたの覚えてたんだろ」
「…………シズちゃんこそ、俺がその話を聞いてたこと、よく覚えてたね」
「覚えてる。……いや、それを確認するために、来た」

静雄はゆっくりと、臨也の方へ向き直った。

「お前のこと、いちいち覚えてんだよ」
「え……」
「でも俺だけだったら面倒くせぇし。だから、お前のこと試した」

彼は何を言っているのだろう。試したとは、自分のことだろうか。何を試された? 臨也には彼に試されるようなことは心当たりが無かった。

「何を、試したの」
「俺がお前を好きで、お前が俺を好きかどうか」
「は…………」

不思議と笑いがこみ上げてきた。喉の奥に痞えるような笑いだ。苦しくて顔が引き攣ったような気がしたが、恐らく笑顔が張り付いたままだろう。静雄は依然として臨也を見ているが、その視線はサングラスに阻まれて何処へ向かっているのか分からなかった。

「何それ。俺がシズちゃんのこと好きだって?」
「じゃなきゃわざわざ追っかけて来ねぇし、来れねぇだろ」
「自意識過剰なんじゃないの。君のこと探しに来たのは別の理由だよ」
「何だよ」
「……それは、」

考えてみれば、静雄がいなくなってからの臨也はまるで静雄が世界の中心だったかのようだった。実際、臨也の世界は静雄を中心にして回っていた。静雄がいないから、人間観察もつまらないし、池袋に行ってもつまらない。それは世間の言うところの、恋に似ていた。
だが、臨也にはまだ確信が持てなかった。何しろ恋など生まれてこの方したことが無いのだ。常に臨也は、老若男女関係なく、人間全てを愛していた。そう、愛は知っているが、恋は知らなかった。ましてや、今まで散々憎み合い殺し合ってきた男となど。

「……俺たち、きっとお互い無しでは生きられないんだよって、言いに来た」
「今更気付いたのか」

静雄は嘲笑い、地面に積もった雪を蹴って臨也に掛けた。臨也は動かず、それを全身にかぶった。

「……シズちゃんは恋を知っているの?」
「少なくともてめぇよりはな」
「ずっと、長い間、俺のこと好きだったんだ?」
「うっせ」

静雄は照れたように言い捨てると、顔を背け歩きだした。

「どこ行くの?」
「帰んだよ」
「ええ? せっかくシズちゃんを探して東北まで来たのに」
「……なんで2日欠勤したくらいで探しにくるんだよ」
「あー……」

臨也は内心驚いていた。静雄がいなくなってから何週間も経ったような気になっていたからだ。焦っていた自分も相当おかしいとは思うが、それだけの日数で死んだなどと噂する民衆も大概おかしいはずだ。
やはり、世界は静雄を中心に回っているのだ。少なくとも臨也の世界は。



帰りの電車の中で、静雄は冷凍みかんを食べていた。

「よくこんな寒い中でそんなもの食べれるね。信じられない」
「電車の中は暑いだろ」
「いや暑くはないでしょ。感覚までトチ狂ってんじゃないの」
「あーあーうっせえな。少しは黙ってらんねえのか」

そう言って静雄は臨也を足蹴にする。以前なら骨をへし折られていただろうが、今の静雄の力は随分優しい。

「……長いピクニックだったね」
「ん……そうだな、」


今度は近場にしとくか。





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