※おっさん双子設定

つらぬく



双子の兄が戦争で死んだ。


アレクセイに心酔していた兄は、盲目のまま戦地に赴き、心臓をひと突きにされ呆気なく死んだ。それで幸せだったかなどは知る由も無いが、他人の為に死ぬとは何とも兄らしいことだ。弟の自分のことは幼い頃からほとんど構ってくれなかったというのに。

(そんなに素敵な騎士様かね、大将は)

兄とは逆に、自分にはどうもアレクセイが危険に思えて仕方なかった。
世界を平和へと導き、全ての人に救済を。その理念に燃えるアレクセイは正気と狂気の狭間でぐらついている……気がする。前にそういったことを兄に話したら、

「この不躾ものが! なんてことを言うんだ! アレクセイ様は人々の為に……」

とかなんとか長ったらしい話を聞かされた。そんなこと言ってるから大将の為に死んじゃったんだよ。

(俺のことは、好きじゃなかったのかな)

自分が兄へ抱いていた感情はよく分からない。恋愛対象として見ていた気もするし、兄弟として憧れていた気もする。何にせよもう彼は居ないのだ。

アレクセイへの憎しみを募らせていると、噂をすればと言わんばかりに大将から召集がかかった。



「……レイヴン・オルトレイン、只今馳せ参じました」

膝をつき仰々しく頭を垂れる。兄がいつもこの人にしていたように。

「今日は随分と大人しいな、レイヴン」
「そんなことは……ありません」

無意識の内に兄を準えてしまっていたようだ。大将だって、無闇に思い出したくはないだろうに。

「本日は何の御用でしょうか」

大将は微笑み小さく頷く。あまり、シュヴァーンのことは気にしていないのだろうか。

「実はお前に良い知らせがあってな」
「はあ、良い知らせ……ですか」

今は何を聞いても良い知らせとは思えそうに無い。もしかしたらシュヴァーンの後釜の話だろうか。

「きっとお前も喜ぶ。さあ、入って来たまえ」

ギィ、と団長私室側のドアが開く。入ってきた男は、眉を顰め悲嘆に満ちた眼差しを俺に向けた。


「シュヴァーン……!?」

自分の目を疑ったが、その顔は見紛うこと無き、自分と同じ顔。

「シュヴァーン……! い、生きてたのか!?」

とにかく嬉しくて仕方なかった。兄が生きている。その事実が胸へとじんわり染み込んでいく。頬が緩むのが抑えられない。
しかし、そんな自分とは対称的にシュヴァーンは沈んだ面持ちだった。
なぜなのだろう?シュヴァーンがいなかった間のシュヴァーン隊のことが気になるのだろうか。それなら何も心配は要らない。隊長不在の中みんな頑張っていた。もちろん、俺も。

「どうだね? シュヴァーンに会えた感想は」

穏やかに微笑みながらアレクセイが問いかける。

「はい! ……嬉しいです、とても。戦死したとばかり……!」

ああ、本当に嬉しい。いくらいつ死ぬか分からない職だとしても、シュヴァーンが居なくなった時は胸が張り裂けそうだった。
だがそれも杞憂。こうしてシュヴァーンはここに居る。

「そんなに喜んでもらえて私も嬉しいよ。わざわざ生き返らせた甲斐があったというものだ」


どういう、意味だろう。
やはりシュヴァーンは瀕死の重傷だったという意味だろうか。アレクセイは変わらず穏やかな、

違う。穏やかじゃない。

穏やかなんじゃない、何も感じていないのだ! 兎のように赤い眼は狂気を湛え、歪んだ笑顔を貼り付けている。

「団長、貴方は何を……!」
「以前から心臓魔導器の研究をしていてね。完成が見えてきたところでちょうどシュヴァーンの心臓が使い物にならなくなったものだから、最終実験に付き合ってもらったのだよ」
「そ、それは、シュヴァーンは……」

慌ててシュヴァーンの方を見ると、拳をきつく握り締めて俯いている。その様子が何よりも雄弁に真実を物語っていた。



「ああ。シュヴァーン・オルトレイン隊長主席は、人魔戦争で戦死している」

一度に脳髄から血が退いて、思考が凍った。

「ど、ういう意味、ですか」
「言葉の通りだ。シュヴァーンは人魔戦争で戦死した。君も知っているだろう?」

もちろん、さっきまではそう思っていた。だがシュヴァーンはここで俺の方を見ているじゃないか。これを死んでいると、形容するのか。
アレクセイはああ、と苦笑し、

「シュヴァーンの遺体には左胸を貫かれた以外には目立つ外傷は無かった。ああ、それとも心臓魔導器が気になるか?」

そう微笑むとシュヴァーンを眼で呼び寄せ、

「シュヴァーン、レイヴンに見せてやれ」
「……はい」

以前からすると考えられないほど覇気の無い声で返事をし、するりと団服の上着をはだける。

確かに戦地に赴く前に見た姿と大差は無かった。


その胸に赤黒く埋まる異物を除いては。



「これは、……そんな……!」

ガタガタと手が震える。ばっ、とシュヴァーンの顔を見ると、絶望に渇いた目がこちらをみていた。

「素晴らしいだろう? シュヴァーンは私に良く従ってくれる素晴らしい部下だったからな。無くすには勿体無いと、お前も思うだろう? レイヴン」
「だからといって、こんな、こんなことは!」

憎しみを込めて睨み、怒鳴りつけると、アレクセイはすっと目を細めた。

「あまり反抗的な態度はとってもらいたくないな、レイヴン……」

そのまま視線をシュヴァーンに移した。

「あ、ぐぅ……! ぐぅぅ、う、う……!」

すると、シュヴァーンが心臓魔導器を抑えてうずくまった。苦しげに胸を押さえている。間違いなく、アレクセイがもたらした魔導器の誤作動だ。

「シュヴァーン!」
「彼の魔導器には少々細工がしてあってな。今すぐにでも止めることが出来る」

目の前がざあっ、と暗くなった。
シュヴァーンの命がこんな男に握られているなんて。こいつには、もう逆らえない。

「…………何が望み、……ですか」

アレクセイはにっこりと微笑んだ。

「何、君には以前同様私の部下としていてくれれば構わん。そうだな、ギルドへ潜入でもしてもらおうか。一応ギルド側にも私の道具がいるのだが、君ならより安心だ。」
「あなたは、何をしようとしているんだ……!」

互いに良い関係とは言えない中、帝国がギルドに密偵を放っているとなれば、衝突は免れないだろう。

「何を、だと?」

いまだアレクセイは狂った微笑みを続けている。

「それは私のそばにずっといたお前たちなら知っているだろう」


そう、あなたはいつも俺たちに「今の帝国の在り方は間違っている。私はそれを変えたい」と言っていた。でもそれは、力による政治を変えるって意味じゃ無かったのか?

「あなたは……変わってしまった」
「私は何も変わらんよ。今も昔も」

そう言って大将は俺を優しく抱き締めた。昔のように、慈しみをもって接されると、やはりこの男は最初から変わらず狂っていたのかと思う。俺は抵抗することも受け入れることも出来なくて、ただ突っ立っていたら、シュヴァーンと目があった。



死人とは思えないほど、嫉妬と憎しみに燃えた目だった。






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