まずはお友達から



折原臨也が池袋を歩いていると、平和島静雄が通りの向こうを歩いているのが見えた。いつも着ているバーテン服ではなく、半袖の青いポロシャツに黒いジーンズを着ている。

(シズちゃんが俺に気づかないなんて珍しいなあ)

否、分かっていて無視しているのかも知れない。昨日、自分は彼に忘れられないようなことをしたのだ。
臨也のコートのポケットの中で、携帯のストラップに付いた鈴がカラリとくぐもった音で鳴った。



「俺、シズちゃんのこと好きだよ」

臨也がそう言うと、静雄は若干の間静止し、そして手にしていた自販機をゆっくりと下ろした。

「今まで散々殺そうとしてきやがって、んなわけあるか」
「本当さ。シズちゃんが好きだ。愛してる。殺そうとするのも愛情表現のひとつだ」

静雄はしばらく俯いていた。臨也の言葉が嘘ではないと理解したらしい。臨也は、ふざけんなぶっ殺す、と暴れ出すかと思っていたのでその反応は拍子抜けだった。

「テメェは、そうやって告ってどうしたいんだよ」
「付き合いたいとかキスしたい、てのが普通じゃない?」

静雄は長い溜め息を吐いた。頭をガリガリと掻き、ポケットに手を突っ込む。

「俺はホモじゃない」
「奇遇だね。俺もだよ」
「だったら何で」
「シズちゃんが、好きなんだ」

また一つ、静雄は溜め息を吐く。

「悪いがその告白は断る」
「元から答えなんて聞いてないさ」


そう言って、臨也は静雄の唇に自分のそれを重ねた。目を開けたまましたので、静雄の目が大きく見開かれるのをまじまじと見た。
静雄はすぐに飛び退いた。そして口元を袖でゴシゴシと拭う。

「何しやがんだ!」
「キス」

ギリ、と静雄の歯が軋んだ音を臨也は聞いた。先ほどとは打って変わって憤怒に満ちた表情に内心たじろぐ。が、臨也はそんな様子はおくびにも出さない。

「クソノミ蟲が、死ね!」

そう聞こえるやいなや、静雄から自販機が飛んできた。臨也は、次からはベンチやトラックも飛んできそうだ、と、逃げながら苦笑した。



臨也と静雄は、湾に来ていた。尤も、静雄は臨也の存在にはずっと気付いていない様子だった。
周りには倉庫が立ち並び、人影は少ない。お世辞にも観光スポットとは呼べない場所だ。静雄はそんな所で、長い間海を眺めていた。それを臨也は倉庫の影から見る。静雄の後をつけてきたのだ。電車を乗り継ぎ、歩き、ここに来た。静雄を眺めるのは少しも飽きないが、いい加減立っているのも疲れてきた。静雄は何を考えているのだろうか。


「昨日、あの後考えた」

突然静雄が口を開いた。独り言かと思ったが、明らかに人に語りかける声色だ。臨也はそっと、倉庫の影から姿を表した。

「テメェのことだから、やっぱり嘘かとも思った。けど、マジなんだろ」
「……そう言ったじゃない」

臨也の声を聞いても、静雄は海を見つめたままだ。やはり気付いていたのかと考えながら、臨也は静雄の隣に立つ。それでも静雄は臨也を見ようとはしない。

「お前にキスされて、気持ち悪かった」
「ごめんね」
「お前と付き合ってる俺を想像すると、吐き気がする」
「……ごめん」

容赦の無い静雄の言葉に、臨也は少しばかり泣きたくなった。しかし、耐える。思えばもう長いこと人前では泣いていない。

「やっぱり男と付き合うなんて無理だ」
「…………うん」
「でも、」

静雄は海を見つめている。波はキラキラと日光を反射し、目が痛いほどだ。

「でも、今日はそんなに悪くない」
「……え?」
「つけて来てんのには最初から気付いてた」

そう言う静雄の表情は穏やかだ。臨也は彼のこんな表情は初めて見た。

「海を見るのは、また一緒に来てもいいかもな」
「え…………それって、つまり?」
「言わすなバカ」

静雄の顔をよく見れば、頬が赤くなっていた。先ほどよりも苛立ちを見せているが、いつもの表情に比べれば考えられないほどに静かで、温かな面持ち。


「これってお友達からってこと?」
「……ノミ蟲からだ」
「人間以下? ヒドいなあ」

そう、自分たちはこんな風に穏やかに接することもできるのだ。幾日、幾年先には、今よりもっと平和な日常が待っている。化け物同士だって、焦る必要なんて無い。オトモダチからだって、一歩ずつ歩んで行けばいい。
今まで感じたことのないほどに穏やかな気持ちで、臨也は静雄に微笑むことができた。







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