神様も知らない午後




トムと静雄は、公園で昼食を取っていた。取り立てをして回る途中、よくこの公園で食事を取る。多少遊具などは古いが、人も少なくきれいな公園だ。

「なーんか仕事途中だけど、平和だなー」
「そっスね」
「ここの公園いいよなー。川も近いし。好きだべ? 川」
「はい。こういう静かなトコとか、田舎とか好きなんで」

名は体を表すと言うが、彼は確かにその通りだとトムは思う。気性が荒いと思われがちだが、キレることさえしなければ温厚で素直な気質なのだ。

「田舎かー……今度、どっか田舎の旅館にでも泊まりに行くか?」
「いいっスね。行きたいです」
「どこがいいんだ?」
「や、自分旅館とかよく分からないんで……。トムさんに任せますよ」
「そーか? 近場だとなー……熱海か? でもあんま田舎じゃねえやな」

コンビニのおにぎりを頬張りながら、空を眺める。
いい日だ。この可愛い恋人も今日はまだ一度も暴力を使っていない。今日はこのまま平穏に過ごせる。そんな予感がトムにはしていた。



「お、そろそろ親子連れが増えてきたな。ぼちぼち午後の仕事行くべ」
「はい」

包装などをビニール袋にまとめ、ゴミ箱へ入れる。ボス、といい音を立ててナイスシュート。
ただ、その音以外にもギシリと、何かが軋む音がした。

「ん? 何か音したか?」
「さあ。俺には聞こえなかったっス、け、ど……」

語尾が千切れた静雄の視線の先を追うと、大きな街灯がゆっくりと、根元から土を巻き上げ倒れていくのが見えた。
そう思った瞬間、トムの隣に居たはずの静雄が走り出していた。

(子供が下に……!)

思考と同時にトムも走り出す。先に動いた静雄は、子供に被さったかと思うと倒れた街灯と土煙に紛れ見えなくなった。

周囲で悲鳴が上がる。
トムは慌てて静雄の元へ走った。

「静雄! 大丈夫か!?」
「う……、つぅ……。大丈夫、っス」

ガランガランと硬質な音を立て、街灯が転がった。無事な様子を見て、トムは胸をなで下ろした。

「坊主も、怪我はねぇみてえだな……」
「…………、う、うわああああああん」

少年はしばし放心していたが、火が付いたように泣き出した。母親らしき女性が子供の名を叫びながら駆け寄る。

「ああ、大丈夫!? 怪我は無い?」
「ううう、ひっく……ひっ、こ、このお兄ちゃん、棒が倒れて、来たのに、び、びくともしなかったの、」

ざわざわと周りがどよめきだす。静雄のバーテン服に気付いた者が出だしたようだった。静雄は子供が母親に手を牽かれて立ち上がるのを静かに見ていた。

「こ、恐いよ……、か、かいじんだよ……。昨日見たもん! 化けものに変身するんだ!」
「そ、そんなこと言わないのよ! ……あの、ありがとうございます……」

母親はそれだけ言うと、そそくさと公園を立ち去ってしまった。
周りの者も静雄に恐れをなして逃げだし、中には静雄が街灯を折ったのだと言う者までいた。


しばらくすると、公園にはトムと静雄だけが残された。
静雄は片膝を突いてしゃがんだままだ。

「……静雄、大丈夫か?」
「…………ええ、慣れてますんで」

そう言い、静雄は膝や全身に付いた土を払いながら立ち上がる。
トムは、無責任に今日は平和な日になると予想した数分前の自分を殴りたくなった。静雄の目はサングラスに隠れていて表情が読めないが、その肩は震えている。

「静雄、」
「もう大丈夫っス。次の取り立て先に行きましょう」
「静雄」
「倒れた街灯は大丈夫ですよね。一応立てといた方がいいんスかね」
「静雄!」

強く名を呼び、静雄を抱きしめた。ぶるぶると静雄は気の毒なほどに震えている。トムはそんな静雄の背中を優しくさすった。

「もうここにゃ俺しかいねえからさ。……泣けよ、な?」
「……………………っぐ、」


静雄は声にならない声で泣いた。
周りには人影すら無く、世界に二人ぼっちのような気分だった。静雄はなおも、声を押し殺して泣き続けている。トムは肩に涙の大きな染みができていくのを感じながら、静雄をぎゅっ、と強く抱きしめた。

「ひっ、ひっ……」
「…………なあ静雄。旅館行こうぜ」

静雄は鼻水をすすった。喉まで枯れているであろうガラガラとした音が響く。

「そんで温泉とか入ろう。卓球とかもいいよな。温泉たまご食べたりな」
「…………ひぐっ、う、はい、」
「可愛い姉ちゃんがいるといいな。でも一番可愛いのはお前だからな」

静雄はまた鼻水を吸い上げ、今度はコクリと頷くだけだった。

トムは彼を世界から守ることの出来ない両腕を憎んだが、彼を抱き締められる恐らくただ一人である自分の両腕に感謝もした。また一層、強く静雄を抱き締める。



空は抜けるように青い。きっと田舎の空はもっと青いだろう。今はただ、誰の目にも静雄を触れさせたくなかった。





 


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