湿度




雨が、降っていた。

じめじめとした空気と激しい雨に、生徒たちはさっさと下校してしまう。図書委員も仕事をサボり帰ったのだろう。比較的狭い図書室には、門田しか残っていなかった。
門田は頬杖を突きながら、文庫本を読んでいた。

「やっぱりここだったね」
「ん、臨也か」

ドアを開ける音も立てずに、臨也は静かに入ってきた。門田は声のした方を向くことはせず、本に視線を落としたまま答えた。

「こんな土砂降りの日まで読書なんて、ドタチンも好きだね」
「ドタチンて呼ぶな。別にいつ読んだっていいだろ。晴耕雨読だ」

四字熟語なんて新羅みたいだ、と臨也はカラカラ笑う。そして門田の向かいの席に座った。携帯電話を取り出し、カチカチとどうやらメールを打っているらしい。
臨也の悪質な趣味を、よく飽きもせずやるものだ、と門田は思う。自分も何度かその被害に遭ったが、問い質せば臨也は心底可笑しそうに笑い、面白そうだからやったと答えるだけだった。
そんなことをして、友達なんて一人も居なさそうなものだが、何故だか臨也の周りにはいつも人が集っている。蟻のように。尊敬、崇拝、畏怖、そのような感情を臨也は向けられている。息苦しい生き方だ、と門田は常々思っていた。
ふと、臨也が顔を上げて、

「ドタチンまだそれ読むの?」
「まあな。図書委員も居ないし借りれねえだろ」
「真面目だねえ」

不良なのに。と、臨也はまた携帯をいじりだした。確かに自分は不良だという自覚が門田にはあったが、人に迷惑をかけたいとは思っていなかった。中学の時に図書委員を経験しているので、本が無くなった時の面倒臭さはよく知っている。

「お前は何しに来たんだ?」
「ん? ドタチンと一緒に帰ろうと思って」

今度は、臨也が携帯に視線を落としたまま答えた。その口元は歪んでいる。恐らくからかっているのだろうと、門田は本に集中することにした。



ようやく残り十数ページとなったところで、門田は腕時計を見た。臨也が来た頃から1時間以上経っている。顔を上げて見ると、臨也は机に突っ伏していた。

「おい、臨也」
「ん、何?」

緩慢な動作ではあるが、臨也は起き上がった。どうやら寝ていた訳では無いらしい。

「お前、一緒に帰るっつっても駅までだろ」
「いいじゃない、駅まででも。迷惑なら帰るけど?」

相変わらず臨也の口元はニヤリと歪んだままだ。
ただ、目線を合わせようとしてこない。いつもなら真っ赤な双眸で射抜く程に目を見つめてくるくせに。



「……臨也」
「なに?」
「あと十ページくらいで終わるから、もう少し待っとけ」
「……ハハ、了解」


本当に素直じゃないやつだ。門田は溜め息を吐いてページをめくった。



構ってちゃん臨也





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