03.-2






「ええ。確かに…
鳥、十字架、仮面ですわ。…
…それが何を意味するか、あなたはお分かり?」



『…鳥は飛躍、十字架は苦難、仮面は変化…』



「そう、そしてこれは遠い未来の事…。」





トレローニーは繊細な手付きで、カップをそっと、名前に返す。





「あなたは大きく進歩する。
…けれどもその先にあるのは苦難。その結果に変化があるのでしょう。
それが必ずしも良いものとは限りませんが…。」



『…』



「どうかお気をつけになって…。
あなたはたくさんのものを得る代わりに、大切なものを失います。…
私には、それだけしか言えませんわ……。」





トレローニーはいかにも「可哀想」という目付きで名前を一瞥してから、ふらりと離れていった。

その瞬間、周りにいた生徒達が顔を背ける。
どうやら聞き耳を立てていたようだ。





「子ども達よ。心を広げるのです。
そして自分の目で俗世を見透かすのです!」





暗がりの中、トレローニーのか細い声が張り上げられた。
妙な迫力がある。

そして、何だか楽しげな様子のハリーとロンのペアの元へ向かっていった。





「あたくしが見てみましょうね。」





そう言って、トレローニーはロンからハリーのカップを取り上げた。

葉の模様を読む作業を中断して、皆の視線が集中する。





「隼……まあ、あなたは恐ろしい敵をお持ちね。」



「でも、誰でもそんな事知ってるわ。」





ハーマイオニーが声を大きくして、聞こえるように言った。

皮肉るような言い方に、トレローニーの目がつり上がる。





「だって、そうなんですもの。
ハリーと『例のあの人』の事は皆知ってるわ。」





ハーマイオニーの言葉に、トレローニーは何も返さなかった。

その大きな目は、再びハリーのカップを見つめる。





「棍棒……攻撃。
おや、まあ、これは幸せなカップではありませんわね……」



「僕、それは山高帽だと思ったけど。」



「髑髏……行く手に危険が。
まあ、あなた……」





トレローニーは息を呑み、手を胸に当て、目を閉じた。

青ざめた顔を、ゆるゆると左右に振っている。





「おお―――可哀想な子―――
いいえ―――言わない方がよろしいわ―――
ええ―――お聞きにならないでちょうだい……。」



「先生、どういう事ですか?」



「まあ、あなた。」





今や生徒達は席を立ち上がり、ハリーとロンのテーブルの周りに集まっていた。





「あなたにはグリムが取り憑いています。」



「何がですって?」



「グリム、あなた、死神犬ですよ!」





ハリーと少数の生徒は、グリムがどういうものか分からなかったようだった。

するとトレローニーは通じなかった事に驚いて、大きな目を更に見開いた。





「墓場に取り憑く巨大な亡霊犬です!
可哀想な子。これは不吉な予兆―――
大凶の前兆―――
死の予告です!」



「死神犬には見えないと思うわ。」





ほとんどの生徒がショックを受けて固まった。

しかし、ハーマイオニーは。
トレローニーの背後に回ったハーマイオニーは、トレローニーの手の中にあるカップを覗き込んで、落ち着いた声でそう言った。





「今な事を言ってごめんあそばせ。
あなたには殆どオーラが感じられませんのよ。
未来の響きへの感受性というものが殆どございませんわ。」





トレローニーの表情と声音からは、明らかな嫌悪感が伝わってきた。





「こうやって見ると死神犬らしく見えるよ。」



「でもこっちから見るとむしろロバに見えるな。」



「僕が死ぬか死なないか、さっさと決めたらいいだろう!」





ガヤガヤと騒ぐ生徒に向かって、ハリーは叫んだ。

途端にシンと静まり返る。

皆、ハリーから目を背けた。





「今日の授業はここまでにいたしましょう。」





静まり返った教室に、トレローニーのか細い声が響いた。





「そう……どうぞお片付けなさってね……。」





カチャカチャとカップの触れ合う音が響く。

生徒達は誰も口を開かない。





「またお会いする時まで。

皆様が幸運でありますよう。
ああ、あなた―――」





トレローニーはネビルを指差した。

最後まで、やはり怯えさせるのだ。





「あなたは次の授業に遅れるでしょう。
ですから授業についていけるよう、とくによくお勉強なさいね。」





この沈黙は二時限目の「変身術」の授業の間も引き続いた。

マクゴナガルが「動物もどき」の話をしていたのに、猫に変身して見せたのに、
生徒達が気になるのはハリーのようで、誰も見ていなかったのだ。





「まったく、今日は皆どうしたんですか?」





ポンという弾けるような音と共に、マクゴナガルは元の姿に戻った。





「別に構いませんが、私の変身がクラスの拍手を浴びなかったのはこれが初めてです。」





とは言うものの、少々不満そうに見えるのは気のせいだろうか。

マクゴナガルの問い掛けに、生徒達が一斉にハリーの方を見たが、互いに顔を見合わせたりしているだけだ。

一様に口を噤む気配を察してか、ハーマイオニーは真っ先に手を挙げて口を開いた。





「先生、私達、『占い学』の最初のクラスを受けてきたばかりなんです。
お茶の葉を読んで、それで―――」



「ああ、そういう事ですか。
Ms.グレンジャー、それ以上は言わなくて結構です。
今年は一体誰が死ぬ事になったのですか?」



「僕です。」





少ししてハリーが名乗り出る。

マクゴナガルはハリーを見つめて、深く頷いた。





「分かりました。では、ポッター、教えておきましょう。

シビル・トレローニーは本校に着任してからというもの、一年に一人の生徒の死を予言してきました。未だに誰一人として死んではいません。
死の前兆を予言するのは、新しいクラスを迎える時のあの方のお気に入りの流儀です。
私は同僚の先生の悪口は決して言いません。それでなければ―――」





言葉を切り、マクゴナガルは深く息を吸い込んだ。

それからゆっくり吐き出して、先程よりも幾分穏やかな表情で、もう一度口を開いた。





「『占い学』というのは魔法の中でも一番不正確な分野の一つです。
私があの分野に関しては忍耐強くないという事を、皆さんに隠すつもりはありません。
真の予言者は滅多にいません。
そしてトレローニー先生は……。」





マクゴナガルは再度言葉を切り、意味ありげな間を置いた。

それから何事も無かったかのように話を続ける。





「ポッター、私の見るところ、あなたは健康そのものです。
ですから、今日の宿題を免除したりいたしませんからそのつもりで。
ただし、もしあなたが死んだら、提出しなくても結構です。」





吹き出す音がした。
一番後ろの隅の席からだと、名前にはその音の出所はよく見える。

ハーマイオニーだった。
ハリーの表情も、少し明るいものに変わっていた。
ロンの顔色は、まだ優れないけれど。

けれどもマクゴナガルの話が、この場にいた多くの生徒を安心させたのは、間違いないだろう。





「ロン、元気出して。」



『…』





昼食の時間。

いつもは食欲旺盛なロンが、何も口にしようとしない。

ハーマイオニーはシチューの大皿をロンの方へ押しやったし、
名前は無言でパンの入ったカゴを側に寄せた。





「マクゴナガル先生の仰った事、聞いたでしょう。」





何事かを考えているのか、ロンは返事をしない。

パンを取り、シチューを小皿によそったが、
フォークを握り締めたまま、やはり口にしようとしなかった。





「ハリー。」





普段見せない真剣な表情と、低い声だ。





「君、どこかで大きな黒い犬を見掛けたりしなかったよね?」



「ウン、見たよ。ダーズリーのとこから逃げたあの夜、見たよ。」



「たぶん野良犬よ。」



「ハーマイオニー、ハリーが死神犬を見たなら、それは―――良くないよ。僕の―――
僕のビリウスおじさんがあれを見たんだ。そしたら―――
そしたら二十四時後に死んじゃった!」



「偶然よ!」



「君、自分の言っている事が分かってるのか!」





だんだんとヒートアップしていく二人。

その二人に挟まれて座る名前だが、気にしたふうもなくサラダを咀嚼している。





「死神犬と聞けば、大概の魔法使いは震え上がってお先真っ暗なんだぜ!」



「そういう事なのよ。
つまり、死神犬を見ると怖くて死んじゃうのよ。
死神犬は不吉な予兆じゃなくて、死の原因だわ!
ハリーはまだ生きてて、ここにいるわ。
だってハリーは馬鹿じゃないもの。
あれを見ても、そうね、つまり『それじゃもう死んだも同然だ』なんて馬鹿な事を考えなかったからよ。」





ハーマイオニーは言いながら、鞄を開けて「数占い学」の教科書を取り出した。

話はまだ終わったわけではないのだろうけど、ロンには言い返す事は出来ないようだ。





「『占い学』って、とってもいい加減だと思うわ。」



『…まだ、一回しか受けていない。
いい加減かどうかは、分からない。』



「いい加減よ!
言わせていただくなら、当てずっぽうが多過ぎる。」



「あのカップの中の死神犬は、全然いい加減なんかじゃなかった!」



「ハリーに『羊だ』なんて言った時は、そんなに自信がおありになるようには見えませんでしたけどね。」



「トレローニー先生は君にまともなオーラがないって言った!
君ったら、たった一つでも、自分がクズに見える事が気に入らないんだ。」





ハーマイオニーは「数占い」の教科書をテーブルに叩き付けた。
叩き付けた衝撃で、料理が皿ごと宙に浮いて、バラバラと飛び散った。

そしてハーマイオニー勢いよく立ち上がり、名前達三人を睨み付ける。





「『占い学』で優秀だって事が、お茶の葉の塊に死の予兆を読むふりをする事なんだったら、
私、この学科といつまでお付き合い出来るか自信がないわ!
あの授業は『数占い』のクラスに比べたら、まったくのクズよ!」





鞄を掴み、ハーマイオニーは大広間から出ていってしまった。

あまりの剣幕に固まっていた男衆だが、ハーマイオニーが出ていってしばらくすると、やっと動けるようになった。

お互いに顔を見合わせる。





「あいつ、一体何言ってんだよ!

あいつ、まだ一度も『数占い』の授業に出てないんだぜ。

ねえ、ナマエ。君だってまだ出てないだろ?
なのに、何で『数占い』の授業を知ってるような事言うのかなあ。」



『………。』





不思議そうにする二人に対して、
名前は曖昧に首を傾げて、ただ静かに昼食を続けた。

逆転時計の事は秘密なので名前は話さないが、嘘を吐けない性質らしい。

二人と目を合わせられていなかった。

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