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「ポッター、気絶したんだって?」





ハリーが馬車を降りた途端、声が掛けられた。

マルフォイだ。

顔を見なくとも、声音に喜びが滲み出ているのが分かる。





「ロングボトムは本当の事を言ってるのかな?本当に気絶なんかしたのかい?」



「失せろ、マルフォイ。」



「ウィーズリー、君も気絶したのか?
あのこわーい吸魂鬼で、ウィーズリー、君も縮み上がったのかい?」





ハリーもロンもハーマイオニーも、マルフォイを睨み付けていた。
特にロンは、今に殴り掛かりそうなくらい怒った様子だった。

一触即発の雰囲気に、名前はただおろおろと両者を見比べている。





「どうしたんだい?」





救世主が現れた。といっても、過言ではないだろう。
少なくとも、今の名前の板挟みの状況ならば、それに匹敵するほど有難い存在だっただろう。

救い主は、あの穏やかな先客だった。
次の馬車から降りてきたらしい。





「いいえ、何も―――
えーと―――

先生。」





その一言に、嫌味がたっぷり含まれているのが感じられた。
けれど分が悪いと思ったのか、クラッブとゴイルと共に、城の石段を上っていった。

ひとまず、一件落着である。

生徒の波に流されるかのように、名前達も石段を上り始めた。





「ポッター!グレンジャー!ミョウジ!
三人共、私のところにおいでなさい!」





大広間を目の前にした瞬間。
生徒達のお喋りする声をもろともせず、よく通る声が響いた。

呼び止められた者達が振り向くと、生徒達の群れの向こう。
そこにマクゴナガルがいた。

大広間に向かう人波に逆らって、名前達はマクゴナガルの元へ歩く。





「そんな心配そうな顔をしなくてよろしい―――
ちょっと私の事務室で話があるだけです。」





名前は至って無表情だったが、他の三人はそうではなかった。

眉を寄せて、不安そうな表情を浮かべている。





「ウィーズリー、あなたは皆と行きなさい。」





これから大広間で大事な行事が始まるというのに、一体何事なのだろうか。

事務室に着くと、マクゴナガルは名前達を椅子に座らせた。そして自身も机を挟んで、対面する位置に座った。

まるで個人面談のようだ。





「ルーピン先生が前もってふくろう便を下さいました。
ポッター、汽車の中で気分が悪くなったそうですね。」





ハリーはすぐに口を開いた。
けれど声を発するよりも早く、ドアがノックされた。

マダム・ポンフリーだった。





「僕、大丈夫です。
何にもする必要がありません。」


「おや、またあなたなの?」





ハリーは早口にそう言ったが、マダム・ポンフリーはまるで聞いていない。

まじまじとハリーの顔を見つめている。





「さしずめ、また何か危険な事をしたのでしょう?」



「ポッピー、吸魂鬼なのよ。」



『…』





憂い顔で、二人は顔を見合わせている。
そんな二人の様子から、名前は何となく察したのだろう。

汽車で口数が少なかった訳や、ハリーの様子がおかしい理由について、
そこで初めて名前は気付いたのだ。





「吸魂鬼を学校の周りに放つなんて。」



「倒れるのはこの子だけではないでしょうよ。そう、この子はすっかり冷えきってます。
恐ろしい連中ですよ、あいつらは。元々繊細な者にどんな影響を及ぼす事か―――」



「僕、繊細じゃありません!」



「ええ、そうじゃありませんとも。」





声を荒げたハリーに対して、答えたマダム・ポンフリーは上の空だ。

診察されるハリーの姿を眺めながら、マクゴナガルもどこか心ここに在らずといった様子である。

二人とも、吸魂鬼に頭を悩ませているらしい。





「この子にはどんな処置が必要ですか?
絶対安静ですか?今夜は医務室に泊めた方が良いのでは?」



「僕、大丈夫です!」





そう大声を張り上げ、ハリーは勢いよく立ち上がった。

マダム・ポンフリーは落ち着いていて、ハリーの目を覗き込もうとしている。





「そうね、少なくともチョコレートは食べさせないと。」



「もう食べました。ルーピン先生が下さいました。皆に下さったんです。」



「そう。本当に?」





素早くハリーが言った。

マダム・ポンフリーの声は嬉しそうだ。表情も穏やかである。





「それじゃ、『闇の魔術に対する防衛術』の先生がやっと見つかったという事ね。
治療法を知っている先生が。」



「ポッター、本当に大丈夫なのですね?」



「はい。」



「いいでしょう。Ms.グレンジャーとMr.ミョウジにちょっと時間割の話をする間、外で待っていらっしゃい。
それから一緒に宴会に参りましょう。」





ハリーはマダム・ポンフリーと一緒に廊下に出た。
診察が終わったので、マダム・ポンフリーは医務室に戻るようだ。

二人が出ていくのを見届けて、扉が閉まってから、
マクゴナガルは名前とハーマイオニーを見据えた。





「Ms.グレンジャー、Mr.ミョウジ。
あなた方二人は、全ての授業を受ける事を希望していましたね。」



「はい。」



『はい。…』



「授業同士が重なって、それはとても難しい事です。けれど方法はあります。
どうしても受けたいですか?」



「はい!」



『はい。』





力強い返事と、真剣な眼差し。

マクゴナガルは二人の顔をじっと見つめて、それから深く頷いた。





「分かりました。

では、これを受け取って下さい。」





マクゴナガルは、二人に手を差し出すように合図した。

とても長く細い金の鎖。
それに通されているのは、小さな砂時計だ。

それぞれの掌に、その砂時計が載せられた。





「先生、これは…」



『…』



「『逆転時計』といいます。」



「タイムターナー…」



「戻したい時間の数だけ逆転させて、時間を戻す事ができます。
これを使えば、同時に授業を受ける事が可能です。

Ms.グレンジャー。
Mr.ミョウジ。」





砂時計へ向けていた目を、二人はマクゴナガルへと向ける。





「それは魔法省に手紙を書いて、やっと入手する事が出来ました。
逆転時計はとても危険なものなのです。
あなた方には、いくつか約束してもらわなければなりません。」



「はい。」



『はい。…』



「まず、勉強以外には使用しないで下さい。
これを持っている事を誰かに話してはいけませんよ。

それから、使用する時は誰にも会ってはいけません。自分自身にもです。」



『…』



「先生、何故ですか?」



「何人もの魔法使いが、時間を変えようとしました。
その何人もがミスを犯したのです。」



「ミス、というのは…先生が仰った、
誰にも会わない事や、誰にも言わない事…ですか?」



「そうです。…彼らは自分自身に出会ってしまい、混乱の末…過去や未来の自分自身を殺してしまったのです。

そうならないためにも、約束は守って使って下さい。いいですね?」





二人力強く頷いた。

それから金の鎖を首に通して、服の下へ砂時計を滑り込ませた。





「授業の事についての話はこれで終わりです。後はMr.ミョウジ。
あなたは早朝、いつも校庭を走っていましたね?」



『はい。』





名前が走り込みをしていることは、この学校の職員の多くが知っているらしい。





「今学期もそれを続けるのですか?」



『はい。…
駄目でしょうか。』



「いいえ。続けてかまいません。
ただ、身の回りには十分注意しなさい。知っての通り、吸魂鬼が警備を行っています。
奴らには近付いてはいけません。いいですね。」



『はい。』



「さて。話はこれで終わりです。
外にいるポッターと一緒に、大広間に向かいましょう。」





ハリーと合流して、四人は大広間に向かう。

歩いている間、ハーマイオニーが嬉しそうな顔をしているので、ハリーは不思議そうにしていた。

理由を聞かれても答える事は出来ない。
幸い、聞かれる事は無かったが。

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