02.-1
「ナマエ、眠たそうだね。」
『…』
「もしかして、眠らなかったの?」
「ナマエ…大丈夫か?」
頷く動作さえ曖昧である。
ハリー達は顔を見合せた。
彼らの顔に浮かぶのは、心配そうな、少々呆れ交じりの表情だ。
朝食の席での名前は異様だった。
何度もフォークを落としたのだ。
落下先が皿の上だったのは幸いである。
それだけでもおかしいのに、時折、頭がガクンと落ちるのだ。
定期的に落ちるので、隣に座るハリーとしては落ち着かない。
視界の端で、ガクガク揺れる物が見えるのだから。
「車が来たよ。
ハリー、おいで。」
朝食を済ませた後は、荷物を運び出す作業が待っていた。
そこでも名前はあっちへふらふら、こっちへふらふら。
危うく階段を落ちかけた。
「ハリー、さあ、中へ。」
『漏れ鍋』の出口から車までの短い距離を、アーサーはハリーにピッタリくっついている。
シリウス・ブラックを警戒しての行動だろう。
(けれど今は、名前にそうした方がいいんじゃないか?)
一番先に車に乗り込んだハリーは、そんな事を思う。
「ねぇ、ナマエ。どうして眠らなかったの?」
『漏れ鍋』から駅まで、そう時間はかからない。
車の揺れに合わせて、名前の体はされるがままだった。
ハリーはそんな名前を見て、おそらく朝食の席で居合わせた者全員が心中で思ったであろう、率直な疑問を口にした。
『………』
ハリーがその疑問を口にし終わってから、名前はハリーの方を見た。
緩慢な動作だ。
『本を読んでいた。』
「本…って、もしかして教科書?」
『…』
頷く。
「まさか全部読んだわけじゃないよね?」
再度頷く。
『…朝になっていた。』
「…」
試験勉強でもないのに徹夜である。
ハリーにその感覚は分からない。
何と言葉を返せば良いのか、探すように目をさ迷わせた。
「汽車に乗ってからはたくさん時間があるから、そこで寝たらいいよ。」
やっと出てきた言葉に、名前は曖昧に頷く。
頭が揺れているので、頷いたのか揺れているだけなのか、中々判断が難しいのだ。
「よし、それじゃ。
我々は大所帯だから、二人ずつ行こう。私が最初にハリーと一緒に通り抜けるよ。」
汽車が出発する二十分ほど前。
魔法省率いる、名前達一行を乗せた車は、キングズ・クロス駅に到着した。
時間に余裕があるので、ゆっくりと柵を越える事が出来た。
「あ、ペネロピーがいる!」
9と4分の3番線ホームに入った途端、パーシーはそんな事を叫んでふんぞり返る。
胸には、首席の証である銀色のバッジが輝いていた。
顔を見合せたジニーとハリーが、パーシーに見えない位置で吹き出している。
隣を歩く名前は、普段以上に無表情である。
『…』
「ねえ、ナマエ。
君、先にコンパーメントに行きなよ。」
荷物棚にトランクを詰め込んでいると、ロンが心配そうに言った。
首を傾げる名前の様子から、その理由は分かっていないようだ。
ロンは溜め息を吐いた。
「君、さっきから何回つまずいてる?それも、何にもないところで。」
『…』
「今に倒れちゃいそうで怖いんだよ。だから先に行ってて。
ママには僕から言っておくからさ。」
『…』
言うだけ言って、ロンは再び汽車の外へ出ていってしまった。
他の面々も、既に外へ出てしまっている。
『…』
しばらく、名前は荷物棚の前に立ち竦んでいた。
迷うように。
心残りがあるかのように。
じっと汽車のドアを眺めていた。
それでも、頭が揺れ始めると、
やっと名前は通路を歩き始めた。
『…』
コンパーメントはどこも満員だった。
当然だろう。
そろそろ汽車が出発する時間なのだ。
空きを見つけるのは難しい。
『…』
それでも名前は、揺れる頭を時折犬のように振りながら、根気よく探し歩いた。
そうして最後尾までやって来ると、やっと空いているコンパーメントを見つけたのだ。
空いている、とは言っても。
一人先客がいるようだが。
『…』
コンパーメントの外から、名前は先客を見つめた。
窓枠にもたれ掛かり、眠っているようだった。
扉をノックをしてみるが、先客は微動だにしない。
『…失礼します。』
とはいえ、ここ以外は満員なのだ。
名前はコンパーメントに入る。
『すみません、…』
先客に近付き、名前は声を掛けた。
反応は無い。
熟睡中である。
継ぎ接ぎのローブを毛布代わりに、鼻まで被っている。
『…』
先客のそんな姿に影響されたのか、名前は一層眠たそうに瞬きを繰り返した。
頭を振ったり、目を擦ったりするが、全く効果が無い。
少し迷う素振りを見せたが、やがて名前は先客と対面する位置で席に着いた。
『…』
先客を真似るように、名前は窓枠にもたれ掛かる。
目を閉じると、たちまち意識は沈んでいった。
起きて…
起きて…
声が聞こえる。
体を揺さぶられている。
肩に力が加わり、そこから優しく揺さぶられているのだ。
誰かが、起こそうとしている。
『…』
うっすら目を開くと、窓の外の景色がまず目に入った。
どれほどの時間を眠っていたのか分からないが、真っ暗だ。
いつの間に雨が降りだしていたのか、窓をバチバチと叩きつけてい。
「もうすぐホグワーツに着くよ。」
優しい声。
男の声だ。
名前は声のする方へ目を動かした。
「よく眠っていたね。」
窓枠にもたれ掛かり眠っていた、あの先客だった。
穏やかな微笑みを浮かべている。
『…』
まだ寝惚けているのだろうか。
名前はパチパチと瞬きを繰り返している。
ガタゴトと、レールと汽車の車輪が触れ合う音だけが響く。
そこで初めて、コンパーメント内がやけに静な事に気付いた。
『…』
狭いコンパーメント内を、名前はぐるりと見回した。
ハリー、ロン、ハーマイオニーに、ジニーとネビル。
そして目の前の席に、先客がいる。
『…』
目が合っても、ハリー達は口を開こうとしない。
先客がいる事を考慮してお喋りしないのだとしても、彼らの様子は異様だった。
半醒半睡の名前には、首を傾げる事しか出来ない。
「イッチ年生はこっちだ!」
先客が言った通り、数分後にはプラットホームに到着した。
すると、遠く。端の方だ。
ハグリッドの大きな声がプラットホームに響いた。
「四人共元気かー?」
名前達に向かって呼び掛けているらしい。
返事の代わりに、大きく手を振る。
ハグリッドに見えたかどうかは分からない。
どしゃ降りの雨のせいで、視界が悪い。
それに、とても寒い。
吐息は真っ白だ。
『ハリー。…』
「なに?ナマエ。」
馬車が名前達を乗せて走り出してから、名前はハリーの名を呼んだ。
返事こそしたが、ハリーの顔色は良くない。
きっと、寒さのせいだけではないはずだ。
同乗するロンやハーマイオニーも、ハリーの事を心配そうに見つめているのだから。
何かあったのだろう。
名前が眠っている間に。
『…冷たい。』
そっと手を伸ばし、名前は遠慮がちに、ハリーの頬に触れる。
伝わってくるのは氷のような冷たさだった。
名前の掌の方が、いくらか暖かかった。
「雨のせいだよ。」
事も無げにハリーは言った。
そして、やんわりと名前の掌を退かした。
『大丈夫。…』
「何が?僕は大丈夫だよ。」
苛立ったように早口だ。
あまり心配されたくないのかもしれない。
どういった事情かは名前は知らないが、深く追及するのはやめた方が良いようだ。
『………』
馬車は雨粒をはね除けながら、ぬかるんだでこぼこの道を走り続ける。
門を通過し、坂を上る。
その辺りになると、城はすぐそこである。
そして、馬車は止まった。
- 89 -
[*前] | [次#]
ページ: