01.






『今晩、シングルの部屋をお願いしたいのですが、空いていますか。』



「ございますよ。バス付き、朝食付きです。」





―――ご案内しましょう

『漏れ鍋』の亭主―――トムはランプと鍵の束を持ち、名前を部屋へ誘った。















早朝、名前はダイアゴン横丁に到着した。
パブの『漏れ鍋』で部屋をとり、荷物を置いて買い物へ出掛ける。

早朝はさすがに人気がなく、買い物はスムーズに進んだ。





「袋にお入れしましょうか?」



『…お願いします。』





しかし、その量が凄まじい。
平均より身長が高く、手足の長い名前が、品物で視界を遮られている。
気を効かせた店員が袋に詰めたが、これが重い。

当然だろう。
中身はほとんど本なのだから。





『ありがとうございます。』



「どういたしまして。またお越し下さい。」



『…』





袋に隙間なく無駄なく詰め込まれた本の山。
名前はまじまじと本を見る。

本の量に不安になったのか、興味津々なだけなのかは、その無表情からは推測する事は出来ない。





「失礼、そこを通してもらっても?」



『…どうぞ。』



「おっと。失礼…」



『すみません。…』





人気がなかった通りも、時間が経ち昼頃になると、たちまち人でごった返す。

買った物を両手に持ち、名前は人混みを縫うようにして、『漏れ鍋』を目指した。





『…』





ふらふらと危なっかしい足取りで、ようやく部屋に辿り着く。

買った品物を袋から取り出し、ベッドの上へ広げた。

袋はすっかりくたびれてしまっている。
今まで破けなかったのが不思議なくらいだ。





『(数占い、魔法生物飼育学、占い学、古代ルーン文字学、マグル学…)』





買い忘れは無いようだ。
必要な物は全て揃えた。

名前はベッドに腰掛けて、一つ一つ、本を読み始めた。
そして没頭する。

やがて日が傾き、部屋が暗くなるのにも気付かずに。





コンコン



「ミョウジさん、食堂は六時から八時までです。
夕食を召し上がるようでしたら、その間にいらしてください。」



『…』





この声は、宿の亭主のトムだろうか。
名前はノックの音と声に反応して本から顔を上げた。

そこで初めて、辺りが真っ暗な事に気が付く。

どうやら名前は今まで、外から差し込む月明かりだけを頼りに本を読んでいたらしい。

名前はベッドから立ち上がった。
(同じ体勢でいたせいだろう、体がポキポキと鳴った)
それから本を全てトランクにしまい、部屋を出た。





『…』





昼間でさえ薄暗かった廊下が、今や数メートル先を見通せないくらい暗くなっていた。

進む先は闇に飲み込まれ、まるでトンネルのようである。

間隔を置いて灯された蝋燭の明かりだけを頼りに、名前は食堂へと足を向けた。





『…』





食堂に続く階段を下りていくと、談笑する声が名前の耳に届いた。
その声が、どうも聞き覚えのある声なのだ。

名前は階段を下りる速度をそのままに、目だけを食堂へ向けた。

薄暗い食堂。

人気はあまり無いが、食堂のテーブルを三つ繋げて食事をしている団体がいる。





『…』





その瞬間の名前の顔といえば、やはり無表情だった。

団体の正体はウィーズリー家の七人、ハリー、ハーマイオニーだった。
知り合いと呼ぶだけには親しい人々だ。

階段を下りきって食堂に下り立った名前は、そこで初めてハリーと目が合う。

眼鏡の奥で徐々に見開かれる緑色の瞳。
対し、見透かすような黒い瞳に変化は無い。





「ナマエ!」





ハリーが立ち上がった。
椅子が勢いに負けて倒れてしまった。

会話がピタリと止まり、テーブルにいた全員がハリーの視線を辿り、一斉に名前を見た。

突如集中する視線に、名前は僅かに身動ぎをして、たじろぐような反応をする。
しかし相変わらずの無表情だった。

硬直する名前の元へ、ハリーは駆け寄る。
満面に笑みを浮かべて。





「ナマエも『漏れ鍋』に泊まっていたんだね!」



『…』





飛び掛かる勢いでやって来たハリーは、名前の目の前でピタリと立ち止まり、キラキラとした目で見上げた。

圧倒されたかのように僅かに身を引いて、名前はコクリ、頷く。





「ワーオ!
やったね。明日はみんな一緒にキングズ・クロス駅に行けるぞ!」




ロンの声だ。

室内が薄暗いので、どこにいるかは分からない。

しかし、とても嬉しそうな声だった。





「おや。お知り合いでしたか。」





カウンターで皿やらコップやらを片付けていたトムが言うと、ロンは力強く頷いた。

トムはにっこりと笑う。





「ならば、もう一つ椅子をご用意致しましょう。
お嬢さん、少し詰めていただいてもよろしいかな?…そう、そのくらい。
ありがとう。」





ハーマイオニーが椅子を寄せた。
テーブルの上の皿を、モリーが寄せた。

トムは椅子を持ってきて空いた場所に置くと、名前に座るように手で示す。





『ありがとうございます。』



「いいえ。どうぞ、ごゆっくり。」





トムはカウンターに戻る。

名前は椅子に腰かけ、ハリーも自分の椅子に座った。





「久し振りね、ナマエ。また背が伸びたんじゃない?」



『ハーマイオニー。…急には伸びない。』



「ミルクあるけど、いる?君、好きだろ?」



『いる。…ありがとう、ロン。』





椅子に腰掛けた途端、何だかんだと彼らは名前の世話を焼く。

ハーマイオニーは皿にたっぷりと食べ物を盛り付ける。
ロンは会えた事が嬉しいのか、零れそうなくらいミルクを注いで渡した。





「やあ、ナマエ。元気かね?」



「ナマエ、会えて嬉しいわ。」



『お久し振りです。アーサーさん、モリーさん。元気です。』





およそ元気では無さそうな青白い顔ではっきりと言い切った。

しかしウィーズリー夫妻は、その言葉を信じたのか。
朗らかな笑顔で名前を見つめている。





「きちんとご飯は食べてる?
あなた、家に来たとき、ずいぶん少食だったようだけど。」



「ママ、普段からナマエは少食だよ。」



「小鳥のようにね。体は大きいけど。」





フレッドとジョージが口を出すと、モリーは少し眉を吊り上げた。

何やら、双子とモリーの雰囲気が悪い。
二人はまた何か悪さをしたのかもしれない。





「何をするにしても体が資本よ。
ナマエ、たくさん食べなきゃ。
ほら。とても美味しそうでしょう?」



『…』





色んな料理を少しずつ皿に取り、ハーマイオニーは結構な量になったそれを名前の前に置いた。

皿に盛られたローストビーフとヨークシャープディングは、確かにいかにも美味しそうだった。
けれど、味と腹は別である。
まだ食べていないのに、もう満腹になった気さえする。

デザートは豪華なチョコレート・ケーキだった。
名前は大きなチョコレート・ケーキを目の前に、ただ見つめている。
名前の体に、いわゆる別腹というものは存在していないらしい。





「パパ、明日、どうやってキングズ・クロス駅に行くの?」



「魔法省が車を二台用意してくれる。」





チョコレート・ケーキにかぶり付きながら、何気ない様子でフレッドが聞いた。

アーサーも何気無く、その質問に答えた。
しかしそう答えた瞬間、みんな一斉にアーサーを見たのだ。

名前だけはチョコレート・ケーキをじっと見つめるままだったが。





「どうして?」



「パース、そりゃ、君のためだ。」





眉をひそめたパーシーが、不思議そうに聞いた。
納得がいかないようだ。

するとジョージが滑稽なほどに真剣な顔で、声で、すぐさまそう言ったのだ。





「それに、小さな旗が車の前につくぜ。HBって書いてな―――」



「―――HBって『主席』―――じゃなかった、『石頭』の頭文字さ。」





フレッドが後に続く。
パーシーとモリー、名前以外は、盛大に吹き出した。

(おそらく名前は、今の話を、全く聞いていない)
(皆が吹き出すと、名前は驚いたように肩を飛び上がらせたのだ。もちろん、無表情で)





「お父さん、どうしてお役所から車が来るんですか?」



「そりゃ、私達にはもう車がなくなってしまったし、それに、私が勤めているので、ご好意で……」





ちゃかされ、吹き出されたパーシーだったが、
彼は真面目そうな表情を変えず、全く気にしていない様子で再度聞いた。

アーサーは答えていく内に、何故か耳を真っ赤にさせた。





「大助かりだわ。」





モゴモゴと話すアーサーとは正反対に、モリーはハキハキとしている。





「みんな、どんなに大荷物か分かってるの?マグルの地下鉄なんかに乗ったら、さぞかし見物でしょうよ……。
みんな、荷造りは済んだんでしょうね?」



「ロンは新しく買ったものをまだトランクに入れていないんです。」





すかさず、パーシーが口を開いてモリーに訴えた。





「僕のベッドの上に置きっぱなしなんです。」



「ロン、早く行ってちゃんとしまいなさい。明日の朝はあんまり時間がないのよ。」





モリーの言う事はもっともだ。
ロンはいつもギリギリになってから焦るのだから。

本人もそれを理解しているのだろう。
ロンは返事をしなかったけれど、文句も言わなかった。
ただ、不機嫌そうな顔でパーシーを見たけれど。

賑やかな夕食を終えると、それぞれ思い思いに動き始めた。
部屋に戻る者もいれば、食堂に残り談笑を続ける者もいる。

名前は前者だった。





『お先に失礼します。』



「ああ、おやすみなさい。ナマエ。」



「おやすみ、ナマエ。」



『おやすみなさい。』





食堂に残る人々、一人一人に挨拶をして、名前は階段を上がる。

暗い廊下を歩いて、部屋を目指した。
いくつもの部屋の前を通り過ぎる。

先に部屋へ戻った人々は、まだ起きているのか、扉を通して騒ぐ声が廊下に響いていた。





『…』





音もなく大きなあくびをする。
もうすぐ日付が変わる時間だ。

部屋の扉は、極力静かに閉めた。

- 88 -


[*前] | [次#]
ページ:




×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -