28.
『本当ですか。』
「本当です。」
『本当に、期末試験は無いんですか。』
「ありません。」
『…』
「マクゴナガル先生から、あなたの杖をお預かりしています。
ミョウジ、お返ししますが、使わないで下さいね。あなたは休養しなければなりません。」
三日間眠っていた。
その事実は、名前を焦らせた。
何せ期末試験というある種の重要行事があるのだ。
けれどもその心配は杞憂で済んだ。
学校からのお祝いとして、期末試験がキャンセルされたのだ。
その上、グリフィンドールは寮対抗優勝杯を二年連続獲得出来た。
皆、ハリー達の活躍のおかげである。
名前はハリーとロンに、一言お礼をしたかった。
もちろんお世話になった先生方にもだ。
けれどもマダム・ポンフリーの目がいつも光っていたから、むやみやたらに出歩けなかった。
そもそも面会が許されていないらしく、誰にも会えない。
そのまま残りの日々を、名前は医務室で過ごす事を余儀なくされた。
医務室は快適ではあったけれど。
『…』
誰にも会えないまま、学校生活最終日を迎えた。
名前がやっとこさ退院の許可をもらい、グリフィンドール塔に戻ってきたとき、部屋は既にもぬけの殻だった。
誰もが荷物をまとめ、ホグワーツ特急に向かったようだ。
幸い、名前は普段から整理整頓を心得ていたので、荷物を纏めるのに時間はかからなかった。
荷物を手早くトランクに詰め込み、急ぎ足でホグワーツ特急に向かう。
『…』
ホグワーツ特急に乗り込んだのはいいが、どのコンパートメントを見ても空きが見つからない。
名前は空きを探しながら、車内を歩き回った。
「ナマエ!」
『…』
真横から突然声が掛かり、名前はつまずきそうになりながら呼ばれた方を見た。
ハリーだった。
コンパートメントの扉の隙間から顔を出し、名前を見つめている。
そしてそのコンパートメントの窓越しに、ハーマイオニー、ロン、フレッド、ジョージ、ジニーの姿がある事も確認した。
「ナマエ、よかった。会いたかったんだ。
おいでよ。話したいこといっぱいあるんだよ。」
『…定員オーバーだ。』
「大丈夫だよ、君一人くらい。
さあ、入って!」
否応なしに手を引っ張られて、あっという間に引き摺り込まれてしまった。
名前はくぐるようにしてコンパートメントに入る。
先客達は名前を見上げて、驚いたように目を見開いていた。
それもだんだん笑顔に変わる。
「ナマエ!よかった。やっと会えた!」
「体はもう大丈夫なの?」
「幽霊が出たかと思ったぜ!」
「普段から幽霊みたいだけどさ。」
一気に話しかけられた名前は視線をうろうろさせて、誰に返事をすればいいか分からないようだった。
そこで、一人黙ったままの者がいた。
ジニーだ。
『…』
「…」
ジニーは名前と目が合うと、ピシリと固まった。
それから目を泳がせたり、唇を噛んだり、何だか落ち着かない。
二人の様子に気付いたハリー達は、笑顔を引っ込め、口を閉じた。
「ナマエ、あたし、…」
『…』
「あなたに謝らなきゃいけない事があるの。…
あの、もう聞いたかもしれないけど、あたし、ナマエを『秘密の部屋』に、…」
わずかに震える声で、それでも名前を見つめて、ジニーは話そうとする。
名前はじっとジニーを見つめた。
首をゆるりと横に振る。
『君が悪いんじゃないよ。』
ジニーをじっと見つめ、名前は抑揚のない声で続ける。
『自分を責めないで。…
俺は、…
ごめんなさい、ジニー。
……俺は、君を置いてきぼりにした。
一人で、逃げ出した。…』
短く、つたない言葉だ。
言って、名前は俯いた。
ジニーを目を見開き、名前を見上げる。
「ナマエ。あなたこそ、自分を責めないで。
私は気にしてないわ。」
『…』
名前はそろそろと顔を上げて、ジニーを見つめる。
相変わらずの無表情だが、普段より幾分顔色が悪く見える。
『…ありがとう。』
「ううん。
こちらこそ、ありがとう。」
そこでやっと、ジニーは照れたように笑んだ。
見守っていた周囲の者達も安心したようだ。
ホッと息を吐いていた。
それから名前達は「爆発ゲーム」をしたり、フレッドとジョージが持っていた最後の「花火」に火を点けたりして、残りの時間を大いに楽しんだ。
とても騒がしいが、それ以上に楽しい時間だ。
「ジニー―――
パーシーが何かしてるのを君、見たよね。
パーシーが誰にも言わないように口止めしたって、どんなこと?」
「あぁ、あのこと。」
キングズ・クロス駅にもうすぐで着く頃。
ハリーが思い出したように聞いた。
ジニーがおかしそうに笑う。
「あのね―――
パーシーにガールフレンドがいるの。」
「なんだって?」
フレッドが大きな声を出した。
ジョージの頭に本を一塊落としたが、気が付いていない。
(ジョージは頭を抱えて丸まっている)
「レイブンクローの監督生、ペネロピー・クリアウォーターよ。」
『…』
いつ頃だったか。
名前はその名前を聞いた覚えがある。
誰だったか。
思い出そうとしているのか、視線が斜め上に動く。
「パーシーは夏休みの間、ずっとこの人にお手紙書いてたわけ。
学校のあちこちで、二人でこっそり会ってたわ。
ある日二人が空っぽの教室でキスしてるところに、たまたまあたしが入って行ったの。
ペネロピーが―――
ほら―――
襲われたとき、パーシーはとっても落ち込んでた。
みんな、パーシーをからかったりしないわよね?」
ハーマイオニーが石にされてしまった時だ。
同じタイミングで石にされてしまった女子生徒がいた。
ハーマイオニーの隣のベッドに寝かされていた巻き毛の女の子。
彼女がペネロピー・クリアウォーターなのだろう。
「夢にも思わないさ。」
「絶対しないよ。」
そう言うフレッドとジョージの顔は、新しい玩具を目の前にした子どもの顔だった。
そこで、ホグワーツ特急が停車した。
キングズ・クロス駅に着いたのだ。
各コンパートメントから生徒達が出ていくのが見える。
「これ、電話番号って言うんだ。」
羊皮紙を取り出して何やら書いたと思うと、それを三つに裂いた。
ハリーは裂いた物を三人に手渡しながら、主にロンに向かって説明している。
「君のパパに去年の夏休みに、電話の使い方教えたから、パパが知ってるよ。
ダーズリーのところに電話くれよ。オーケー?
あと二ヵ月もダドリーしか話す相手がいないなんて、僕、耐えられない……」
「でも、あなたのおじさんもおばさんも、あなたのこと誇りに思うんじゃない?」
『…』
汽車を降りると、プラットホームは大混雑だった。
人波にもまれながら柵を目指す。
名前は電話番号の書かれた紙をしまいながら、果たして日本から電話出来るだろうかと首を捻っている。
「今学期、あなたがどんなことをしたか聞いたら、そう思うんじゃない?」
「誇りに?」
ハリーは素っ頓狂な声を出した。
「正気で言ってるの?
僕がせっかく死ぬ機会が何度もあったのに、死に損なったっていうのに?
あの連中はカンカンだよ……。」
四人は一緒に柵を通り抜け、マグルの世界へと戻る。
ハリー達と別れた名前は、それから空港に向かい、飛行機に乗った。
飛行機の乗る手順も、長旅も、慣れつつある。
離陸してから安定するまでと、着陸するまでの少しの時間が、まだ苦手なようで、ぎゅ、と目を閉じてしまっているが。
『…』
飛行機は、気が付けば着陸していた。
どうやら眠っていたらしい。
時差惚けかもしれない。
次々に席を立つ人々を見渡し、名前も慌ててシートベルトを外す。
飛行機を降りると、途端に蒸し暑さと日本語が押し寄せてきた。
人波に流されながらコンベアへ行って、自身のトランクを探しだす。
それをコロコロ引きながら、空港ロビーへ向かう。
「名前!」
『…』
目の前が真っ暗になる。
そして、懐かしい匂い。
少し頭を後ろに引くと、頭上に父親の顔があった。
そして胸元には、母親の顔があった。
両親が揃って抱き付いてきたのだ。力の限り。
大仰なお出迎えは、道行く人々の視線を痛いほど集めた。
その視線が、なんと生温いこと。
名前は両親の腕の中、大きな身を小さく縮こまらせた。
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