27.






『…』





突然、名前は目を覚ました。
けれど、目を閉じたままだ。

体がだるく、何かを感じ、考え、思う事が出来ない。

頭が働かない。





『…』





また、うつらうつらと意識が揺らぎ始める。

夢の中へ舞い戻ろうとする。

そんな時に、何かが触れた。
意識が少しはっきりする。

温かく、少しかさかさとしていた。
それは額に触れ、次に頬に触れる。
移動するたびに、薬品の匂いがふわりと漂い、嗅覚を刺激した。

中途半端に覚醒した名前には、少しくすぐったかったのだろう。

首筋に触れた際に、名前は身動ぎをして、ついには目を開いた。





「…」



『…』





目を閉じておけばよかったかもしれない。

けれど開いてしまったのだから、後の祭りだ。



眉間に皺を寄せたスネイプが、名前を見下ろしていた。



この瞬間。
起き抜けの名前の脈拍数は尋常でないぐらい飛び上がった事だろう。

そしておそらく、名前のその脈拍は、首筋に当てられているスネイプの指先に、しっかり伝わっているだろう。



両者見詰め合ったまま、沈黙が続く。





「意識を取り戻したか。…
ここは医務室だ。」



『…』





指先が離れた。

屈むような体勢だったらしい。
目の前にあったスネイプの顔が、大分遠くにいった。





「我輩の名は分かるか。」



『……スネイプ、先生…』





掠れている。
唇が動いただけで、ほとんど声にはならなかった。
それでも一応、伝わったらしい。

スネイプは少し口を閉じて、また開いた。





「自分の名は分かるか。」



『ナマエ…ミョウジ。』



「目覚めるまでの事は覚えているか。」



『…』



「いや、どのみちその掠れた声ではろくに話せんな。ならば説明してやろう。
貴様は地下深くの配管で倒れていた。水浸しになってだ。
ポッターが君を見つけ、連れ帰った。少しでも遅かったら死んでいただろう。処置も然り。
お前の体温は著しく下がっていた。」





貴様、君、お前と二人称が変化することで、スネイプの怒りやら苛立ちが際立つ。

英語で表現するなら「you」だろうが、何せ言い方が厳しい。





「地下の配管の水だ。長時間触れていれば冷えるだろう。
元々地下の空気も冷たいのだから尚更だ。」



『…』



「君がこのベッドに寝かされた時、どんな状態だったか想像できるかね?
肌は冷たく蒼白。意識は無い。血圧は低く、徐脈で、呼吸は浅い。その上緩やかだ。
さながら死体か、そうでなくとも死にかけだ。」



『…ごめんなさい。』



「謝れば、済むとでも。思っているのかね?」



『…』



「軽率な行動を控えたまえ。それがどんな結果を招くか。少しは考えたのかね?
普段通り大人しくしておればいいものを、何故馬鹿げた行動に出る。
対処出来るとでも思っているのかね?」



『…』



「セブルス。」





ベッドの周りを囲うカーテンが開かれた。

そこに現れたのはダンブルドアだった。
スネイプは振り返り、ダンブルドアへ目を移す。

知らず知らず縮こまらせた体を、名前は弛緩させた。





「ナマエは目を覚ましたばかりじゃ。
お説教は、ナマエが元気になった後でもよかろう。」



「校長、…聞いておられたのですか。」



「独り言にしては、ちと声が大きかったのう。」



「…」



「恥じる事はないぞ、セブルス。先生が生徒を心配するのは当たり前の事じゃ。」



「心配など…。こやつは言わねば理解しません。去年と同じ事を繰り返している。まるで分かっていません。」



「そうじゃな。しかし、繰り返しているのはナマエだけではない。未然に防げなかったわしにも責任がある。君にも、他の先生にも。」



「…」



「それでも何か言いたいのなら、どうじゃろう。ナマエが元気になってから、もう一度言えばよい。何度でも。再三な。」



「ミョウジ一人に構っていられるような余った時間はありません。」



「授業後でも、廊下ですれ違った時でも、話し掛ければよいじゃろ。」



「…」



「さて。セブルス、ナマエが目覚めたんじゃ。マダム・ポンフリーを呼んできてくれるかの。」



「…」





何か言いたげだったが、スネイプは口を真一文字に引き結んで、カーテンに手を掛けた。

勢い良く開き、出ていくと、
カーテンの隙間からじろりと名前を見る。

一瞬だった。

すぐにカーテンは閉じられた。
足音が遠ざかっていく。

それから、ダンブルドアは名前の横たわるベッドの端へ腰を下ろす。





「騒がしくてすまんな、ナマエ。」



『いいえ。…』



「スネイプ先生は、君を心配しておるんじゃ。ちと、厳しいがな。」



『…』



「さて。ナマエよ、わしは君に聞きたい事がたくさんある。」



『…』



「体の調子はどうじゃ?」



『…、…だるいです。』



「他には?」



『…ありません。』



「そうか。だるいのは、君が衰弱しているせいじゃろう。
栄養のあるものを食べてぐっすり眠れば、たちまち元気になれる。」



『…』



「先生方は献身的に君の治療にあたってくれた。何せ君の状態は、誰よりも悪かった。
マダム・ポンフリーはもちろん。マクゴナガル先生、スプラウト先生、スネイプ先生もじゃ。」



『…』



「三日間。君は眠っていた。戻って来たのは三日前じゃ。
言うておくが、皆無事じゃぞ。君よりもずーっと元気じゃ。」



『…ジニーは、……。』



「無事じゃ。
君の友人の、ハリー・ポッターとロナルド・ウィーズリーの二人が助け出したのじゃ。ナマエ、君も含めて。
石化していた者達も、皆戻っておる。」



『…』



「話はハリーから聞いておる。
しかし、君は何故『秘密の部屋』にいたのじゃ?」



『…』





声音は穏やかで、口調も優しいものだった。
わずかに首を傾げる様子も、名前が話しやすいように配慮したのだろう。

ただ、視線だけは、射貫くように強い。





『『秘密の部屋』には、自分の意思で行きました。』



「…ジニー・ウィーズリーは、君を無理矢理『秘密の部屋』へ連れ込んだと言っておったが?」



『…』



「その時、既に彼女は操られていたようじゃ。
ナマエ、君は操られていたのかのう?」



『…いいえ。』



「自らの意思で向かったと?」



『はい。』



「何故そうする事を選んだのじゃ。」



『一人でした。』





その問いに、名前はすぐに答えた。
けれども声は小さい。

名前の行いは結果的に、ジニーと名前自身を追い詰めたのだ。





『彼女も、俺も、一人だった。
誰かと行動しなければいけないのに。』



「確かに、一人で行動するには、校内は危険な状態じゃった。

けれどもナマエ、君は彼女が普通でないことは分かっておったはずじゃ。
行き先が危険な場所だという事も分かっておったはずじゃ。」



『ジニーを一人にするのは、危ないと思って…』



「しかしナマエ。君が行こうとしていた『秘密の部屋』に潜んでいたのはバジリスクじゃ。」



『…あの。』



「ん?」



『…その、バジリスク、
……の、事で……』



「うむ。」



『…』



「どうしたんじゃ?」



『……、声…』



「声?」



『声が、理解出来るんです。』



「声とは…バジリスクの?」



『はい。だから、もし…近付く気配があったら、…
ジニーを連れて、…無理矢理にでも、
ジニーを連れて逃げようと思いました。

それから、『秘密の部屋』を知らせようと…』



「…」





ダンブルドアはじっと、名前を見詰めた。

名前を見詰めながら、何かを考えるかのように口を閉じ、
それから開いた。





「いつ、声が理解出来ると気が付いたんじゃ?」



『…決闘クラブの時です。』



「その事を、誰かに話したかの?」



『いいえ。』



「…」



『…』





ダンブルドアはもう一度口を閉じた。

その沈黙が意味するものなど、名前には分からない。

質問にすぐ答えるダンブルドアが、何やら考えに耽る。
それもただならぬ顔色だ。

名前は首を傾げる。





『…あの、ダンブルドア校長先生』



「ん?」



『人の声ではない声を、理解出来るのは…
おかしい事ですか。』



「そうじゃのう。なかなかいない。
けれども、君のお母さんは、同じように声が理解出来た。」



『…』



「遺伝なのじゃろう。
その力があることで、君のお母さんは随分苦労したものじゃ。本来なら聞かなくてもよい声が聞こえるのだからのう。
生き物の声、生きていない物の声、…人の内の声もじゃ。」



『…初めて聞きました。』



「そうじゃろう。コントロール出来るようになった今は、落ち着いておる。」



『…』



「声が理解出来るというのは、諸刃の剣じゃ。
特に君のお母さんや、ナマエ、君のように心優しき者には重荷になる。」



『…』



「けれども、ナマエ。君はその力を誇るべきじゃ。」



『…』



「誰かを守り、救うために使おうと行動したのだから。
ちょっと危なっかしいがの。」





微笑んだダンブルドアは、しわくちゃの大きな手で、名前の頭を撫でた。
名前は少し緊張したらしく、少しだけ身を強張らせて、
それでも、その大きな掌に、自身の頭を寄せた。

そうしていると。
カツカツと忙しない足音が近付いてくる。





「マダム・ポンフリーが来たようじゃな。そろそろわしはお暇しよう。
ナマエ、ゆっくり休みなさい。」



『はい。…』





名前は顎を引いて、ほんの少し頭を下げた。

ダンブルドアは微笑み、名前の頭をもう一度撫でた。
それからベッドの回りを囲むカーテンを引き、出ていく。





「あら、先生。いらっしゃいましたの。」



「おお、マダム・ポンフリー。
ナマエと話をしておってな。元気そうで安心したわい。」



「まあ、話を?彼は重症患者なのですよ。あまり無理をさせないで下さい。」



「すまんな。後は任せてもよいかの?」



「もちろんですとも。」





カーテンが開かれ、入れ代わるようにマダム・ポンフリーが現れた。

名前と目が合うと、腰に手を当てて見つめてくる。





「今年も、お祝いには出られませんでしたね?」



『…』





「今年も」の部分を強調された。

名前に否定は出来ない。

出来るわけがなかった。

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