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窓から差し込む日射しは、ぬるま湯に浸かっているような心地好い温もりだ。

けれど、風は強いらしい。

青空に浮かんだ白い雲がどんどん流れていく。





『…』





次々流れていく雲を目で追っていた名前だが、ふっつりと止めて、本来の目的を再開する。

今日はクィディッチの試合がある。

ベッドの上に座り込み、名前はその為の準備をする。

日射しはあるが風は強い。
ウインドブレイカーを広げ、悩むように首を傾げた。





『…』





しかしあまりゆっくり悩んでいられない。

時計の針は間もなく十一時を指す。
試合は十一時からだ。

結局、名前はウインドブレイカーを片手に立ち上がり、駆け足で談話室を出た。















「ミョウジ。
お待ちなさい。」



『…マクゴナガル先生。』





医務室の前を通り抜けた時だ。

たった今、医務室出てきたのだろう。
開いたドアの前に、マクゴナガルが立っていた。





「試合は中止です。」



『何かあったのですか。』



「…」





マクゴナガルはぎゅ、と結んだ唇に、さらに力を込めた。

何かを耐えるようなその仕草に、名前の目は釘付けになる。





「ええ。また二人、襲われたのです。図書館の近くで発見されました。
今、医務室に運んだところだったのです。」



『…』



「少しショックを受けるかもしれません。
けれども、あなたは中に入って見るべきでしょう。」



『…』



「私はこの事を生徒達に話さなければなりません。
これから競技場に向かい、試合中止の旨を伝えに行きます。

あなたは医務室にいなさい。後で迎えにきます。」





立ち竦む名前の肩を撫でてから、マクゴナガルは早足で競技場へ向かった。

開いたままの医務室のドア。
室内ではマダム・ポンフリーが忙しなく動いているのが見える。






「ミョウジ、入るなら入りなさい。」



『は…はい。』





眉をひそめながら言われてしまった。

名前は慌てて室内へ入る。
ドアを静かに閉めた。





「彼女ならこちらのベッドです。
あなたの事ですからあまり心配はしていませんが、くれぐれも騒がないように。」



『…はい。』





マダム・ポンフリーはそれだけ言うと、また忙しそうに作業を再開した。

チラリ。
名前はマダム・ポンフリーが示した方を見る。

マダム・ポンフリーが示した辺りのベッドは、二つ埋まっていた。

ゆっくりとした足取りで、名前はベッドに近付いていく。





『…』





片方のベッドには、長い巻き毛の女子生徒が寝かされている。
レイブンクローの生徒だ。

そして、もう片方。

それが誰なのか分かった。
「彼女」という言葉を聞いた時から、名前は分かっていた。

ベッドのすぐ横に立ち、じっと見つめる。





『…』





栗色のふわふわとした髪の毛がベッドに広がっていた。

何かに驚いたように、見開かれた瞳。
瞬かない。

薄く開いた唇。
呼吸は感じられない。





『……………
ハーマイオニー。』





小さな声で呼び掛ける。
しかし返事などあるわけがない。

名前は理解しているはずだ。
ハーマイオニーがどんな状態なのか。

けれども呼び掛けてしまったのは、無意識だったのだろうか。





『…』





名前は手を伸ばし、ハーマイオニーの手に触れた。

ただただ冷たく、
石のように固い。

後方からドアの開く音がした。
足音が近付いてくる。





「ナマエ?」



「ナマエがどうしてここに…」



『…』





振り返ると、ハリーとロン、マクゴナガルが立っていた。
マクゴナガルが二人を連れてきたらしい。
ハリーはクィディッチのユニフォームのままだった。

二人の視線が名前からベッドに移動する。
途端に目を見開いた。





「ハーマイオニー!」





悲鳴のような声だった。

呆然とするロンの横で、ハリーは息を呑んだ。






「二人は図書館の近くで発見されました。

三人とも、これがなんだか説明できないでしょうね?
二人のそばの床に落ちていたのですが……。」





そう言って、マクゴナガルは小さな丸い鏡を見せた。

名前は首を傾げた。
ハリーとロンはハーマイオニーを見つめたまま首を横に振る。





「グリフィンドール塔まであなた達を送っていきましょう。

私も、いずれにせよ生徒達に説明しないとなりません。」





名前達三人を眺めてから、マクゴナガルは静かにそう言った。















「全校生徒は夕方六時までに、各寮の談話室に戻るように。
それ以後は決して寮を出てはなりません。

授業に行くときは、必ず先生が一人引率します。

トイレに行くときは、必ず先生に付き添ってもらうこと。

クィディッチの練習も試合も、全て延期です。

夕方は一切、クラブ活動をしてはなりません。」





混雑した談話室。
しかし静かだった。
マクゴナガルの声だけが談話室に響く。

読み上げた羊皮紙をクルクル巻いて、マクゴナガルは生徒達を見遣る。

グリフィンドール寮生徒全員の視線が、マクゴナガルに集まっていた。





「言うまでもないことですが、私はこれほど落胆したことはありません。

これまでの襲撃事件の犯人が捕まらないかぎり、学校が閉鎖される可能性もあります。

犯人について何か心当たりがある生徒は申し出るよう強く望みます。」





言い終わると、マクゴナガルは談話室から出ていった。
その一瞬の動作が、どことなくぎこちない。

後ろ姿を見詰め、名前は唇を真一文字に結んだ。
マクゴナガルがこの一連の事件に動揺しているのだと見て取れたからだ。

マクゴナガルが出ていったと分かると、生徒達は口を開く。
室内は途端に騒がしくなる。





「これでグリフィンドール生は二人やられた。
寮つき付きのゴーストを別にしても。

レイブンクローが一人、
ハッフルパフが一人。」





リー・ジョーダンが皆に聞かせるように大声で話している。

その後ろの椅子。
パーシー・ウィーズリーが座っていたが、いつもと大分様子が違う。
目は開いているのに、どこを見ているのか分からないのだ。





「先生方はだーれも気付かないのかな?
スリザリン生は皆無事だ。
今度の事は、全部スリザリンに関係してるって、誰にだって分かりそうなもんじゃないか?

スリザリンの継承者、
スリザリンの怪物―――

どうしてスリザリン生を全部追い出さないんだ?」





聞いていた者は同意するように拍手を送った。





「パーシーはショックなんだ。」





名前に負けず劣らず、ぼんやりとしたパーシーを見詰めながら、ジョージが囁いた。





「あのレイブンクローの子―――ペネロピー・クリアウォーター―――監督生なんだ。
パーシーは怪物が監督生を襲うなんて決してないと思ってたんだろうな。」



『……』





ハリーはぼんやりとしている。
ジョージの話を聞いているようには見えない。

代わりと言ってはなんだが、名前は殊更神妙に頷いてみせた。

「監督生は襲われない」とどうして思えるのか、分からないが。

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