17.






昨夜から降り始めた雪は吹雪になった。



その為、学期最後の薬草学の授業は休講になった。

何でも、マンドレイクに靴下を履かせ、マフラーを巻かなければいけないのだという。





『……』





空いた時間はトレーニングか図書館で過ごす名前。

窓の外を時折ちらりと見遣っては、微かに溜め息を吐く。

雪があまり降り積もらない地域で生まれ育ったせいか、物珍しく感じるらしい。

しかし今外に出れば、吹雪によってたちまち人間雪だるまになってしまうだろう。





『……』





本のページを捲る指がかじかんで震えている。

今日はいつもより寒さが厳しいのだ。

しかしやらなければいけない事がある。





「バジリスク…?」





肩越しに、背後から突然声がした。

名前は一瞬肩を揺らす。

声のした方へ振り向くと、赤い瞳と目が合った。

それは名前の視線を認識すると、三日月状に弧を描く。





「こんにちは、ナマエ。」



『…こんにちは、トム。』





背後から気配も無く現れたのは、穏やかな笑みを浮かべたトムだった。

滑るように移動し、名前の隣の椅子に座る。





「授業はどうしたんだい?」



『休講になりました。』



「それで君は図書館で勉強か…。
バジリスク、コカトリス、メデューサ、ゴルゴン…」





名前の手元にある羊皮紙に書かれた文字を、トムは覗き込んで読み上げた。

それから目だけを名前に向ける。





「レポートでも書くのかい。」



『いいえ。』



「それじゃあ、…どうして?」



『…』





トムは心底不思議そうにしている。
けれども目付きはそうではない。

名前が何を考えてバジリスクらを調べているのか、トムはお見通しだった。



不思議そうな様子は一変、憂いを帯びた顔になる。





「石化させる力をもった怪物ばかりだ。
ナマエ、まさか怪物を見付けようとしているわけじゃないだろうね。」



『……』
名前は勢いよく首を左右に振った。



「なら、どうして?
君が怪物を調べて突き止めて、
もしもそれが怪物を操る犯人にとって不都合な事だったら、ナマエ、
次は君が狙われてしまうかもしれない。」



『…』



「脅しているわけじゃないんだ。
ただ、君が狙われるんじゃないかと思うと、僕は不安なんだよ。」





眉を寄せた憂い顔は絵になった。
トムの顔立ちは整っている。

たとえ向こう側が透けて見えるような姿でも、人の心を惹き付ける力があった。

はっきり物言い、はっきり感情を表情にする、そんなトムを名前は真っ直ぐ見詰めて、何か答えなければと思ったのか、口を開いたり閉じたりさせた。





『…以前、……
…トムが仰った事を、…自分なりに考えてみたのです。』



「僕が言った事を…?」



『ミセス・ノリスだけじゃ済まないだろう…』



「ああ……
…まさか、それで?」



『…はい。』



「ナマエ、僕は…
君に気を付けてもらいたくて言っただけなんだ。調べるなんて…」



『…ごめんなさい。…』





トムは黙り込む。

眉間に皺を寄せたまま、伏し目になった。

瞬きの度に、音を立てそうなくらい長い睫毛が上下する。





「……
…分かったよ。」





小さな声で言う。

伏し目がちだった視線は、名前に向けられた。





「君にそうさせてしまったのは、僕の発言のせいだ。
だから、君は君の思うようにしてくれ。」



『…』



「でも、約束してほしいんだ。
怪物を、怪物を操る人物を探すような事は、決してしないと。」



『……はい。』





名前は真剣な表情で、強く頷いた。

真剣な表情といっても、無表情なのだが。

強く頷いた事でフィルターがかかり、無表情でも真剣なように見えるのだ。

あくまでも見える「だけ」だが。

それでもトムは満足したのか、やっと微笑みを浮かべた。





「それじゃあ、思う存分調べてくれ。
何か僕に出来る事があるのなら言ってくれるかい。
こんな体だから何も手伝えないけど、口を出す事は出来るよ。」



『ありがとうございます、トム。』





言って、名前はぺこりと頭を下げた。

そうしてまた、調べるために机に向かう。

それから数分も経たない内に、大きな声が響き渡った。





「襲われた!
襲われた!
またまた襲われた!
生きてても死んでても、みんな危ないぞ!
命からがら逃げろ!
おー
そー
わー
れー
たー!」





大きな声は廊下の方から響いた。

この声はポルターガイストのピーブスだろうか。

廊下側では、いくつもドアが開く音がする。

図書館にいた者達も、ほとんど走るようにして出ていったようだ。
たくさんの足音が廊下へ向かって小さくなっていった。





「行きなよ、ナマエ。」





その様子を見ていた名前に向かって、トムは言った。





「君の知り合いかもしれない。」



『……』





真剣な表情で言うので、名前はその真剣な表情をじっと見詰める。

やがてコクリと頷いて、足早に図書館を出ていった。

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