16.-2
「武器を取り上げるだけだと言ったのに!」
ロックハートが慌てて叫んだ。
名前に見聞きする余裕は無いが、辺りは攻撃的な呪文が飛び交っているらしい。
課題は「武器を取り上げる術をかける」事である。
「やめなさい!ストップ!」
「フィニート・インカンターテム!」
スネイプが叫んだ。
呪文の効果が消え、辺りは静まった。
緑がかった煙が漂っている。
ゴイルはぜえぜえと肩で息をしていた。
「なんと、なんと。」
ロックハートが呆然とした様子で辺りを見渡した。
「マクミラン、立ち上がって……。気を付けてゆっくり……、
Ms.フォーセット。しっかり押さえていなさい。鼻血はすぐ止まるから。
ブート……」
あまりに悲惨な結果である。
学校中の生徒が集まったかのような大人数なのに、誰一人としてロックハートの言い付けを守れていない。
単に成功者がいなかっただけかもしれないが、目も当てられない惨状だ。
「むしろ、非友好的な術の防ぎ方をお教えする方がいいようですね。」
ロックハートは言って、チラリとスネイプを見た。
スネイプはプイと顔を背けた。
「さて、誰か進んでモデルになる組はありますか?
―――ロングボトムとフィンチ-フレッチリー、どうですか?」
「ロックハート先生、それはまずい。」
いきなりスネイプが進み出てきた。
「ロングボトムは、簡単極まりない呪文でさえ惨事を引き起こす。
フィンチ-フレッチリーの残骸を、マッチ箱に入れて医務室に運び込むのがオチでしょうな。」
ネビルの頬が赤く染まった。
「マルフォイとポッターはどうかね?」
「それは名案!」
最悪のコンビだ。
ロックハートは、ハリーとマルフォイを舞台に手招きで呼んだ。
二人は舞台の袖に設置された階段を上がり、互いに向き合う形で立っている。
幻覚だろうか。
二人の間に火花が散っているように見える。
『…』
名前は事の成り行きを心配するように、ハリーとマルフォイを見比べた。
もちろん無表情だが。
何も問題が無く終わればいいが、相性最悪の二人の事だ。
何事も無く、というのは期待するだけ無駄だろう。
舞台の両端に立った二人は、それぞれ付き添う先生に何か囁かれている。
アドバイスでもしているのだろうか。
二人が杖を構えた。
いよいよだ。
「一―――
二―――
三―――
それ!」
「サーペンソーティア!」
号令をかけた途端、先制したのはマルフォイだった。
杖の先から、長い黒い蛇が現れた。
蛇は二人の間にドスンと落ちて、とぐろを巻き、鎌首をもたげて攻撃の態勢を取っている。
ハリーは固まった。
少しでも動けば、蛇は真っ直ぐ喉元を狙い飛び掛かって、噛み付くだろう。
舞台に近い生徒達が後退りをしている。
「動くな、ポッター。」
固まったまま動けないでいるハリーを少し眺めてから、スネイプはやけに落ち着いた様子で言った。
口角は上がり、馬鹿にしたような笑みが浮かんでいる。
ハリーが何も出来ない光景を楽しんでいるのだろう。
「我輩が追い払ってやろう……」
「私にお任せあれ!」
進み出るスネイプに向かって、ロックハートが叫んだ。
蛇に向かって杖を振る。
蛇は天井近くまで飛び、再び舞台に戻ってきた。
怒り狂っている。
蛇は近くにいたジャスティン-フィンチ-フレッチリー目掛けて滑り寄り、再び鎌首をもたげて、牙を剥き出した。
「………」
ジャスティンは蛇を目の前にして動けない。
蛇は大分神経が高ぶっているらしく、牙を剥き出しながらじわりじわりとジャスティンに近付いている。
ハリーが前に進み出た。
真っ直ぐ蛇だけを見つめている。
「手を出すな。去れ!」
叫んだ。
すると、蛇は牙を仕舞い、ハリーの方を見上げた。
敵意は無いように見受けられる。
『(魔法界は蛇に言葉が伝わるのか…)』
名前は首を傾げつつも、大事には至らなかった事に安堵した。
ハリーは舞台の上から、ジャスティンを見て笑いかける。
しかしジャスティンは怒りと恐怖がない交ぜになったような、複雑な表情を浮かべてハリーをじっと見詰めていた。
「一体、何を悪ふざけしてるんだ?」
ジャスティンが叫んだ。
声は微かに震えている。
様子がおかしい。
そしてジャスティンは、大広間から出ていってしまった。
様子がおかしいのはジャスティンだけではなかった。
大広間がしんと静まっている。
大人数いるというのに、呼吸も聞こえないぐらいに静まり返っているのだ。
『………』
ちらり、名前は周りを見渡した。
皆息をするのも忘れたように、ハリーを一心不乱に見詰めている。
この空間にいる全ての者の目が、ハリーに向けられているのだ。
教師のロックハート、スネイプでさえも。
スネイプはハリーに目を遣ったまま進み出た。
蛇に向けて杖を振る。
「ヴィペラ・イヴァネスカ」
蛇は燃えるようにして消えた。
静かな空間に、響いた声に反応してか、ハリーはスネイプを見た。
目が合った。
鋭い、探るような目付きだ。
「さあ、来て。」
名前の隣に立っていたロンが舞台まで寄って、ハリーに向かって小さな声で言った。
手招きし、袖を引く。
「行こう―――
さあ、来て……」
こうしてロンはハリーをホールの外へ連れ出した。
名前とハーマイオニーも後を追う。
黙ったまま一行はグリフィンドールの談話室に着いた。
ハリーを肘掛け椅子に座らせ、三人は車座になって座った。
「君はパーセルマウスなんだ。
どうして僕達に話してくれなかったの?」
ロンは早口に、堰を斬切ったように喋り出す。
ハーマイオニーも真剣な表情でハリーを見詰めていた。
ハリーと名前の二人は不思議そうにしている。
「僕がなんだって?」
『パーセルマウス。』
「それ、何?」
『蛇と話が出来る人。』
「そうだよ。」
ハリーは平然と答えた。
名前はハリーをじっと見る。
「でも、今度で二度目だよ。
一度、動物園で偶然、大錦蛇を従兄弟のダドリーにけしかけた―――
話せば長いけど―――
その蛇が、ブラジルなんか一度も見た事が無いって僕に話し掛けて、僕が、そんなつもりは無かったのに、その蛇を逃がしてやったような結果になったんだ。
自分が魔法使いだって分かる前だったけど……。」
「大錦蛇が、君に一度もブラジルに行った事がないって話したの?」
ロンが力無い声で繰り返した。
ハリーはますます不思議そうにしている。
「それがどうかしたの?
ここにはそんな事出来る人、掃いて捨てるほどいるだろうに。」
「それが、いないんだ。
そんな能力はざらには持っていない。
ハリー、まずいよ。」
「何がまずいんだい?」
ハリーの声は苛立っていた。
「皆、どうかしたんじゃないか?考えてもみてよ。
もし僕が、ジャスティンを襲うなって蛇に言わなけりゃ―――」
「へえ。君はそう言ったのかい?」
「どういう意味?君達あの場にいたし……
僕の言う事を聞いたじゃないか。」
「僕、君がパーセルタングを話すのは聞いた。
つまり蛇語だ。」
微かに首を傾げて、名前は困ったような顔をしたロンを見つめる。
「君が何を話したのか、他の人には分かりゃしないんだよ。
ジャスティンがパニックしたのも分かるな。
君ったら、まるで蛇を唆してるような感じだった。
あれにはゾッとしたよ。」
ハリーはロンを見て目をぱちぱちさせる。
「僕が違う言葉を喋ったって?
だけど―――
僕、気が付かなかった―――
自分が話せるって事さえ知らないのに、どうしてそんな言葉が話せるんだい?」
ロンは首を振った。
ハーマイオニーも黙ったままだ。
名前は普段から無口である。
結果的に、何だか嫌な雰囲気が四人を包んだ。
「あの蛇が、ジャスティンの首を食い千切るのを止めたのに、一体何が悪いのか教えてくれないか?
ジャスティンが、『首無し狩』に参加するはめにならずに済んだんだよ。
どういうやり方で止めたかなんて、問題になるの?」
「問題になるのよ。」
ハーマイオニーがやっと声を出した。
こちらも困ったような顔だ。
「どうしてかというと、サラザール・スリザリンは、蛇と話が出来る事で有名だったからなの。
だからスリザリン寮のシンボルが蛇でしょう。」
知らなかったのか、ハリーはぽかんと口を開けた。
ロンがハーマイオニーに次いで口を開く。
「そうなんだ。
今度は学校中が君の事を、スリザリンの曾々々々孫だとかなんとか言い出すだろうな……。」
「だけど、僕は違う。」
「それは証明しにくい事ね。
スリザリンは千年ほど前に生きていたんだから、あなただという可能性も有り得るのよ。」
ロンもハーマイオニーも、戸惑ったような、哀れんでいるような、とにかくいい感情を抱いてはいない目でハリーの事を見つめた。
名前は黙ってその光景を眺める。
ハリーの蛇語を、理解出来たとは言わなかった。
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