13.






『……』





瞼をゆっくり開いた名前は、しばらくボーッと天井を見つめた。
瞬きはスローモーションで、呼吸も深く静かなものだ。
ともすればまた眠りについてしまいそうな様子だ。

どしゃ降りだった雨は止んだらしく、窓から月明かりが差し込んでいる。

室内を照らす明かりはそれだけだ。

それだけだが、十分だった。

暗闇に慣れた目ならば、僅かな明かりでも鮮明に物体を見ることができる。





『……』





天井を見ていた名前は、それから壁に掛かった時計に目を移した。

針が指す数字から読み取れる意味は、夜の真っ盛りだ。

もう一度、名前は瞳を閉じる。
まだ起きる時間ではない。





―――……、…―――





何か音が聞こえてきた。
声だ。
一人ではない。
複数いるらしい。

通常なら誰もが眠っているだろうこの時間帯。

耳鳴りがしそうなくらい静まり返るこの部屋に、瞳を閉じた状態では殊更音に敏感になる。





「それじゃ、『秘密の部屋』がほんとにあるんだね?」





ハリーの声だ。

話し方からして、先生や先輩が相手ではないようだ。
なれば同級生か後輩か。

起き上がって確認するべきか、と名前は思ったのか。

ぱっちりと目をあけて、ベッドを囲むカーテンを見つめた。





「そして―――君、それが以前にも開かれた事があるって言ったね?教えてよ、ドビー!」



『(…ドビー、……)』





相手の名前はドビーというらしい。
聞き覚えのある言葉だ。

しかし、ドビーという名前の生徒はいないはずだ。





「だけど、僕はマグル出身じゃないのに―――その部屋がどうして僕にとって危険だというの?」

「ああ、どうぞもう聞かないで下さいまし。哀れなドビーめにもうお尋ねにならないで。」





甲高い声だ。

砕けた口調のハリーに対して、こちらは随分丁寧な口調である。





「闇の罠がここに仕掛けられています。それが起こる時、ハリー・ポッターはここにいてはいけないのです。家に帰って。ハリー・ポッター、家に帰って。
ハリー・ポッターはそれに関わってはいけないのでございます。危険過ぎます―――」

「ドビー、一体誰が?」



『(ハリーが、危険……)』





昨年の出来事が、さっと名前の脳裏に過った。

ハリーの声は先程よりも急き込んでいる。





「今度は誰がそれを開いたの?以前に開いたのは誰だったの?」

「ドビーには言えません。言えないのでございます。ドビーは言ってはいけないのです!
家に帰って。ハリー・ポッター、家に帰って!」

「僕はどこにも帰らない!」





二人の声は室内に響き渡った。

もしかしたら廊下まで届いているかもしれない。



それから少し落ち着いた様子で、ハリーの声が聞こえた。





「僕の親友の一人はマグル生まれだ。もし『部屋』が本当に開かれたのなら、彼女が真っ先にやられる―――」

「ハリー・ポッターは友達のために自分の命を危険に晒す!」





姿を見ずとも分かるくらい、ドビーの声音はうっとりしている。

まるで小さな子どもが正義のヒーローを慕っているかのように。

そう思わせるほどドビーの声はうっとりしていた。





「なんと気高い!なんと勇敢な!
でも、ハリー・ポッターは、まず自分を助けなければいけない。そうしなければ。ハリー・ポッターは決して……」





声がぴたりと止まる。

突如として室内は静寂を取り戻した。



少しして、廊下の方から足音が近付いてくるのが分かった。





「ドビーは行かなければ!」





言った後に、パチッと指を鳴らすような音がした。
ドビーはいなくなったようだ。

次いで、微かな衣擦れの音がする。

ハリーがベッドに潜ったのだろうか。





「マダム・ポンフリーを―――」





足音の正体は男性のようだ。
声からして、ダンブルドアだろう。

もう一人の人物がいるらしいが、誰なのかは分からない。

急ぎ足で出ていくと、すぐに戻ってきた。





「何があったのですか?」
マダム・ポンフリーの声だ。

「また襲われたのじゃ。ミネルバがこの子を階段のところで見つけてのう。」

「この子のそばに葡萄が一房落ちていました。」





もう一人はマクゴナガルだった。

事態は深刻なようだ。





「多分この子はこっそりポッターのお見舞いに来ようとしたのでしょう。」

「石になったのですか?」

「そうです。
考えただけでもゾッとします……アルバスがココアを飲みたくなって階段を下りていらっしゃらなかったら、一体どうなっていたかと思うと……。」





話し声が止み、静かになった。

衣擦れが聞こえる。





「この子が、襲った者の写真を撮っているとお思いですか?」





マクゴナガルの言葉に何も返さない。

シューッと何かが噴き出すような音がする。





「何て事でしょう!」





遠く離れた名前の鼻にまで異臭が届いた。

プラスチックの焼けた匂いだった。





「溶けてる。
全部溶けてる……。」

「アルバス、これはどういう意味なのでしょう?」





マクゴナガルの声は早口で、何かに焦っているようだった。





「その意味は」





反対にダンブルドアの声は落ち着いている。

いつもとあまり変わってないようにも聞こえるので、あまり深刻な事態だと感じさせない。





「『秘密の部屋』が再び開かれたという事じゃ。」

「でも、アルバス……一体……誰が?」

「誰がという問題ではないのじゃ。


問題は、どうやってじゃよ……。」





ダンブルドアの声は落ち着いている。

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