12.






「ナマエ、昨日より顔色悪くなってないか?」



「今日は休んでいた方がいいんじゃないかしら。」





早朝。

名前の顔を見るなり、ロンとハーマイオニーの二人はそろってしかめっ面になった。

対する名前はゆるゆると頭を振って、問題ないというアピールをする。





『大丈夫。』





二人はまたそろって眉をひそめる。

寒さのせいだけではないだろう。
名前の頬は頬紅を差したように赤く、涼しげな目元も眠たげで、今にも瞼が落ちてきそうなくらいだ。

猫背は相変わらずだが、顔色が悪いせいかだるそうに見える。

名前の顔色は普段から良いとはいえないが。





「やめておいた方がいいと思うけどね。」





何を言っても動かないと察して、呆れながらも二人は名前を連れて観戦に向かった。

今日はクィディッチの試合がある。
グリフィンドール対スリザリンの試合だ。

観客席の頭上は、今にも雨が降りだしそうな重たい灰色の雲が空を覆い尽くしていた。
けれども既に活気を帯びた多くの生徒達が集まっていた。



開始時間になると、真紅のユニホームと緑のユニホームが猛スピードで入場してきた。
競技場を目一杯使って自由に飛び交っている。





『(俺の目が、…おかしいのかな)』





試合が始まってすぐに異変は起きた。

初めはこの体調の悪さからくるものかと気にしなかった名前も、両隣にいるロンとハーマイオニーの様子から、それが異変だと確信する事になる。

ブラッジャーが執拗にハリーを追い立てるのだ。

棍棒を持ったチームの一人がいくら打ち返しても、ブラッジャーは不自然に向きを変えてハリーを襲う。





「何なんだ、あのブラッジャーは!」



「普通じゃないわ。
ブラッジャーが一人の選手を追うなんて!」





ハーマイオニーの言う通り、ブラッジャーが一人の選手を狙う事はまず無い。

そのうち、ポツポツと雨が降りだした。
次第に雨脚は強まり、今や横殴りに降っている。

必然的に視界は悪くなる。

どちらのチームにとっても不利な状況ではあるだろう。
しかしブラッジャーに狙われ続けるハリーにとってはもっと不利な状態だろう。

フレッドとジョージが応戦するも、ブラッジャーはしつこくハリーを追った。

ついに中断時間を設けた。
試合はすぐに再開された。

どしゃ降りの雨の中、ハリーは一人だけアクロバチックな飛行だ。





『…』





名前は目を見開く。
ハリーの右腕にブラッジャーが当たったように見えたからだ。
雨が視界を遮るので、確かなのかは分からない。

右腕が力無く垂れ下がる。
当たったのは見間違いではなかったらしい。
それでもハリーは飛び続けた。

足だけで箒を挟み、左手は何かを掴むように空をさ迷う。

開いた手が拳に変わった瞬間、ハリーはどろどろの地面に突っ込んだ。

拳の中にはしっかりとスニッチが握られていた。





「動かないぞ。」



「大丈夫かしら?」



『…』





グラウンドに寝転んだままハリーは動かない。
ロックハートが素早く近寄る。

ロン、名前、ハーマイオニーは観客席からグラウンドに続く階段を下りて、ハリーの元へと急いだ。





「………」





すぐにハリーは目を開いた。
まだぼんやりとしている。

けれど、だんだん意識がはっきりしてきたようだ。
覗き込んでくるロックハートに気が付くと一気に眉を寄せた。





「やめてくれ。よりによって。」



「自分の言ってる事が分かってないのだ。
ハリー、心配するな。私が君の腕を治してやろう。」



「やめて!
僕、腕をこのままにしておきたい。構わないで……」





心底嫌がっている「やめて!」だったが、ロックハートは構わず側にいる。

ハリーはロックハートから逃れるように(実際逃れたかったのだろう)、身動ぎをした。

とにかく急いで上半身を起こそうとしたが、右腕が痛んだのか体を強張らせた。
顔をしかめている。

そんな様子のハリーを撮ろうと、コリンが群衆の間からカメラを向けた。





「コリン、こんな写真は撮らないでくれ!」





ハリーが大声を上げた。

痛みやら逃れたいやらで若干八つ当たり気味なように感じる。





「横になって、ハリー。この私が、数え切れないほど使った事がある簡単な魔法だからね。」



「僕、医務室に行かせてもらえませんか?」
泣きそうな声だ。



「先生、そうするべきです。」
笑顔を浮かべたウッドが現れた。
「ハリー、ものすごいキャッチだった。素晴らしいの一言だ。君の自己ベストだ。ウン。」



「みんな、下がって。」





ウッドの言葉を聞いているのかいないのか、ロックハートはヤル気満々だ。

腕捲りまでしている。





「やめて―――ダメ……」





ハリーは逃げたかったが、体が言うことをきかなかった。
口だけが自由に動かせるので、拒否の言葉をただただ放つ。

けれどもそんな言葉もお構い無しにロックハートは杖を振り上げ、無慈悲にも呪文を唱えるのだった。





「あっ」





いかにも「やっちゃった!」という声が聞こえた。

この瞬間、周りにいる多くの生徒が「失敗」を確信した事だろう。





「そう。まあね。時にはこんな事も起こりますね。でも、要するにもう骨は折れてない。それが肝心だ。それじゃ、ハリー、医務室まで気を付けて歩いて行きなさい。―――あっ、ウィーズリー君、ミョウジ君、Ms.グレンジャー、付き添って行ってくれないかね?―――マダム・ポンフリーが、その―――少し君を―――あー―――きちんとしてくれるでしょう。」





ロックハートはやけに饒舌になった。
コリンが試合の時と比ではないくらいシャッターを切っている。

名前は固まるハリーの背に手を添えて立ち上がる。





「ナマエ…僕の右腕、どうなってる?」



『……』





涙目で見上げてくるハリー。

名前はその目をじっと見下ろして、ゆっくり逸らした。

掛ける言葉が見つからないようだ。

ハリーはおそるおそる自身の右腕を見た。

絶句である。

いくら動かそうとしても、ぴくりとも動かない。

それも当たり前だ。
何せ骨を抜き取ってしまったのだから。















「真っ直ぐに私のところに来るべきでした!」





骨抜きになったハリーを連れて、マダム・ポンフリーのところへ向かった。

ハリーのゴム手袋のような腕を見た途端、マダム・ポンフリーは眉も目も吊り上げた。





「骨折ならあっという間に治せますが―――骨を元通りに生やすとなると……。」



「先生、出来ますよね?」
ハリーがおそるおそる聞いた。



「もちろん、出来ますとも。」





何でもないかのように言った。
直後、恐い顔になる。





「でも、痛いですよ。
今夜はここに泊まらないと……」





言いながら、マダム・ポンフリーはパジャマをハリーに渡した。





「あなたもです!Mr.ミョウジ。」





大きな声で怒鳴り付けるかのようだったので、ハリーを見ていた名前は一瞬肩を震わせた。

見るとマダム・ポンフリーが怒った顔でこちらを睨んでいる。





『…何でしょうか。』



「何でしょうか、ですって?その顔色は一体どういう事です?こちらに来なさい!」



『……』





死刑台に上がる囚人のような面持ちである。





「ここに座って。体温計です。脇に挟んで…」



『……』





言われたままに椅子に座り、体温計を受け取って脇に挟む。

少しして見た体温計は38℃を超えていた。

数値を見ようと、背後からロンが覗き込んでくる。





「なーんだ。顔色が悪いように見えたけど、大したことないじゃないか。」



『…そうなのか。』





名前は首を傾げた。

名前の母親がこの体温計に表示された数値を見れば大騒ぎしただろう。

体温計を受け取って、マダム・ポンフリーは首を左右に振る。





「いいえ、発熱です。東洋人の平熱は西洋人よりも低いのですよ。
ミョウジ、あなたの普段の体温はどのくらいですか?」



『……』





名前は首を傾げ、考える素振りをした。





『…計っていないので分かりませんが、おそらく37℃以下です。』





ロンが目をぱちくりさせた。
本当に?とでも言いたげだ。





「低いんだなあ。夏はナマエにくっついてれば涼しいかも…。」





背後からよからぬ声が聞こえてきた。





「さあ、これで分かりましたね。Mr.ミョウジ、薬を飲んで休みなさい!」





マダム・ポンフリーに薬を渡され、名前はがっかりした様子だった。
もちろん顔には出ないので、第三者には分からないが。

ハリーは骨生え薬を、名前は風邪薬を、それぞれ四苦八苦して飲んだ。

飲み干すと、ハリー達とろくに会話も出来ないままにベッドに連れて行かれた。





『……』





ご丁寧にもハリーとは遠く離れたベッドだ。

マダム・ポンフリーが名前にパジャマを手渡す。
手渡されると、あっという間にベッドの周りはカーテンで囲まれた。

カーテンの隙間から、マダム・ポンフリーが顔を出す。





「パジャマに着替えたら、ゆっくり休んでください。
一晩ぐっすり眠れば、気分がずっと良くなるでしょう。」





言い終えると、カーテンはぴっちり閉められた。

パジャマを抱えたまま棒立ちになっていた名前は、ぴったりのサイズのパジャマに着替えてベッドに入る。
枕から消毒薬の匂いと石鹸の匂いが混じった匂いがした。

ベッドに入って天井を見つめている内に、名前の瞼は閉じていた。

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