09.-1






静まり返った廊下に、忙しない足音が響いた。

だんだんと近付いてきている。





「何だ、何だ?何事だ?」





混雑を掻き分けて前に出てきたのは、アーガス・フィルチだった。

フィルチは立ち竦む名前達を見付けると、事の発端だと思ったのか憎々しい目付きで睨んだ。

しかしその目が腕木に垂れ下がったミセス・ノリスを見付けると、一瞬で恐怖や驚きが入り交じった表情に変わった。





「私の猫だ!私の猫だ!ミセス・ノリスに何が起こったというんだ?」





フィルチのしゃがれた声は、所々裏返った。





「お前だな!」





フィルチの目がハリーに向けられる。

血走った目を大きく見開いて、じりじりと近寄ってくる。





「お前だ!お前が私の猫を殺したんだ!あの子を殺したのはお前だ!俺がお前を殺してやる!俺が……」



「アーガス!」





ダンブルドアの声だ。
フィルチは金縛りに遭ったように動けなくなった。

海の水を分けるモーセの如く、生徒達の群れが左右に割れる。
空けられた道をダンブルドアと数人の先生が歩いてくる。

ダンブルドアはミセス・ノリスを腕木から外して、フィルチを見た。





「アーガス、一緒に来なさい。
ポッター君、ウィーズリー君、ミョウジ君、グレンジャーさん。君達もおいで。」



「校長先生、私の部屋が一番近いです―――すぐ上です―――どうぞご自由に―――」
ロックハートが素早く言った。



「ありがとう、ギルデロイ。」





ダンブルドアに目で促されて、ハリーを最初に、四人は歩き始めた。
その後ろを他の先生達が付く。

生徒で出来た人垣は長い。
たくさんの目に囲まれて名前達は歩いた。
その眼差しは、まるで連行される犯罪者を見る目付きである。



長い長い人垣を抜けてロックハートの部屋に着く。

机の上に蝋燭が灯された。
暗い室内がぼんやりと照らし出される。

名前達四人は椅子に座らされた。





「………」





ダンブルドアはミセス・ノリスを机の上に置いて、蝋燭の炎だけを頼りに調べ始めた。

ダンブルドアもマクゴナガルも顔をぐっと近付けて、とても真剣な顔をして観察している。





「猫を殺したのは、呪いに違いありません―――多分「異形変身拷問」の呪いでしょう。何度も見た事がありますよ。私がその場に居合わせなかったのは、まことに残念。猫を救う、ぴったりの反対呪文を知っていましたのに……」





集中する二人の周りをロックハートがうろちょろしながら一人いつもの調子で話しているが、この場にいる誰もが無反応である。





「………」



『………』





くるくると周りを回りながら話すロックハートを見つめていた名前は、その流れでスネイプとばっちり目が合った。

ダンブルドアとマクゴナガルの後ろに立っているスネイプは、例によって眉間に皺を作っている。





「………」





名前の姿を頭の天辺から爪先までじとっと眺めて、最後にまた名前と目を合わせた。
眉間の皺が深い。

何となく呆れているようにも見える。





「―――そう、非常によく似た事件がウグドゥグで起こった事がありました。次々と襲われる事件でしたね。私の自伝に一部始終書いてありますが。私が町の住人に色々な魔除けを授けましてね、あっという間に一件落着でした。」



『………』





名前はなめらかな動作で目を逸らした。
視線はロックハートに固定している。

名前の頭には大きな耳がピンと立ち、ローブの裾からはふさふさのしっぽの先が覗いている。
確かに、このシリアスな場面には不似合いなふざけた格好だが、望んでなった姿ではない。





「アーガス、猫は死んでおらんよ。」



「死んでない?」





調べ終わったダンブルドアが、泣きじゃくるフィルチへ穏やかに話し掛けた。

フィルチは涙やらなんやらでぐしゃぐしゃに濡れた顔を上げてダンブルドアを見る。





「それじゃ、どうしてこんなに―――
こんなに固まって、冷たくなって?」



「石になっただけじゃ。
ただし、どうしてそうなったのか、わしには答えられん……」



「あいつに聞いてくれ!」





フィルチの枯れた声が部屋に響いた。

充血した目に捉えられたハリーが、椅子の上で体を強張らせる。





「二年生がこんな事をできるはずがない。
最も高度な闇の魔術をもってして初めて……」



「あいつがやったんだ。あいつだ!」





ダンブルドアははっきりと、それでいて優しく伝えた。

けれどもフィルチは聞かない。

声はだんだんと大きくなっていく。





「あいつが壁に書いた文字を読んだでしょう!あいつは見たんだ―――
私の事務室で―――
あいつは知ってるんだ。私が……私が……

私が出来損ないの『スクイブ』だって知ってるんだ!」



「僕、ミセス・ノリスに指一本触れていません!」





椅子から立ち上がりそうな勢いでハリーが叫んだ。





「それに、僕、スクイブが何なのかも知りません。」



「馬鹿な!
あいつはクイックスペルから来た手紙を見やがった!」



「校長、一言よろしいですかな。」





この修羅場に低い声が響く。
決して大きな声ではない。
むしろ呟くように静かな声だ。

けれどもハリー、叫んでたフィルチ、ダンブルドア達も、スネイプの方へ目を向けた。





「ポッターもその仲間も、単に間が悪くその場に居合わせただけかもしれませんな。」





言葉とはあべこべに、顔には薄ら笑いを浮かべている。

スネイプの「まあ私はそうは思いませんけど」という心情をありありと物語っている。





「とはいえ、一連の疑わしい状況が存在します。
大体連中は何故三階の廊下にいたのか?
何故四人はハロウィーンのパーティにいなかったのか?」





ハロウィーン・パーティにいなかった理由はある。

ハリー、ロン、ハーマイオニーは、「絶命日パーティ」の事を話した。





「……ゴーストが何百人もいましたから、私達がそこにいたと、証言してくれるでしょう―――」



「それでは、その後パーティに来なかったのは何故かね?」





スネイプはじっとハリーを見つめる。
瞬き一つしない。





「何故あそこの廊下に行ったのかね?」





ロンとハーマイオニーは、ハリーと名前を見た。
それでは理由がハリーと名前にあると言っているようなものだ。
事実だが話をこじらせるだけである。





「それは―――つまり―――」





言葉を探しているようだった。
あまりもたもたしているとこちらの非を認めるようなものだ。
それこそスネイプの思う壺である。

ハリーの事だ。
分かっているが、それ以上に焦っているのだろう。





「僕達疲れたので、ベッドに行きたかったものですから。」



「夕食も食べずにか?
ゴーストのパーティで、生きた人間に相応しい食べ物が出るとは思えんがね。」



「僕達、空腹ではありませんでした。」





ロンが言った。
直後その声に負けないくらい大きな音が腹から聞こえた。
一番食事を望んでいたのはロンだった。
腹が鳴っても仕方がないだろう。
けれどもこれは間が悪い。

スネイプが眉間に皺を寄せながら笑みを浮かべるという器用なことを苦もなくやってのけている。





「校長、ポッターが真っ正直に話しているとは言えないですな。
全てを正直に話してくれる気になるまで、彼の権利を一部取り上げるのがよろしいかと存じます。
我輩としては、彼が告白するまでグリフィンドールのクィディッチ・チームから外すのが適当かと思いますが。」



「そうお思いですか、セブルス。
私には、この子がクィディッチをするのを止める理由が見当たりませんね。この猫は箒の柄で頭を打たれたわけでもありません。
ポッターが悪い事をしたという証拠は何一つないのですよ。」





マクゴナガルは冷静に、極めて静かに言った。
しかれども表情は厳しい。

ダンブルドアが四人に目を向ける。
じっくり、一人一人の顔を見つめる。





「疑わしきは罰せずじゃよ、セブルス。」



「私の猫が石にされたんだ!刑罰を受けさせなけりゃ収まらん!」



「アーガス、君の猫は治してあげられますぞ。」





次々流れ落ちる涙を拭いつつ、フィルチは体を震わせている。

ダンブルドアは穏やかな調子を崩さない。





「スプラウト先生が、最近やっとマンドレイクを手に入れられてな。
十分に成長したら、すぐにもミセス・ノリスを蘇生させる薬を作らせましょうぞ。」



「私がそれをお作りしましょう」





爽やかな笑顔を浮かべて、滑舌良くロックハートが言った。

名前はスネイプの口がへの字に曲がるのをはっきり目撃した。

じろりと目だけをロックハートに向けて、不快そうにしている。

いつもとあまり変わらない。
むしろ今の表情の方が見慣れている。





「私は何百回作ったか分からないぐらいですよ。
『マンドレイク回復薬』なんて、眠ってたって作れます。」



「御伺いしますがね」





口調こそ丁寧だが、冷ややかな声音である。





「この学校では、我輩が魔法薬の先生のはずだが。」





ごもっともな意見である。

これに対して、誰もロックハートをフォローしなかった。

大人達の難しい関係に巻き込まれた子ども四人の心中は想像に容易い。
そう、大変気まずいものであった。

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