08.-1
華やかに飾り付けが施された大広間。
テーブルには、朝からたくさんのご馳走が並べられている。
『…おはよう』
「わっ!ビックリさせるなよ、ナマエ…」
「おは……」
「…………」
言葉を失う友人達を気にせずに、名前は空いている席にどっかり座った。
十月の月尻。
今年もハロウィーン・パーティが開催される。
一年間の中でいくつかのイベントがあるわけだが、その一つがハロウィーン・パーティだ。
昨年は残念なことにトロールが侵入するという事件で中断してしまった。
だからといって、今年は存分に楽しめる、というわけではない。
ハロウィーン・パーティと同日に、絶命日パーティが開かれる。
ハリーは「ほとんど首無しニック」に、絶命日パーティに出席する約束をしていた。
「約束は約束でしょ。
絶命日パーティに行くって、あなたそう言ったんだから。」
ハリーはハロウィーン・パーティが近付くにつれて、約束したことを後悔していたようだが、ハーマイオニーは強い口調でたしなめた。
だから昼間はハロウィーン・パーティ(気分だけ)を楽しんで、夜の七時になると、名前達四人は絶命日パーティの会場となる地下牢へと向かった。
『………』
四人は口数少なく、黙々と歩く。
話したくても、寒くて口も開けないのだ。
寒くて、その上、辺りがとても暗い。
明かりはある。
しかし真っ青な炎が揺れる黒い蝋燭は、明かりの役割を果たしていない。
ハリー達は互いにぶつかりそうになりながら歩いていたが、不思議なことに名前だけは真っ直ぐ歩けていた。
理由は彼の容姿に答えがある。
ピンと立った大きな耳、ふさふさのしっぽ。
口を開ければ尖った歯がずらりと並んでいた。
狼である。
狼がみんな夜行性なわけではない。
たまたまモデルとなった狼が夜目がきく種類だったのだろう。
ともかく今年もウィーズリーの双子に、名前はしてやられたようだ。
昨年と同じく枕元には置き手紙があり、羊の衣を着た狼だとかなんとか書いてあったが、一体どこで仮装パーティに出るような代物を手に入れているのだろうか。
もしかしたらオリジナルの魔法なのかもしれないが。
何にしても迷惑な話である。
「親愛なる友よ。
これは、これは……この度は、よくぞおいでくださいました……」
会場に着くと、戸口に立っていた(浮かんでいた?)ニックに中に招き入れられた。
室内は道中よりも更に寒い。
そして、たくさんのゴーストが漂っていた。
パーティというよりお化け屋敷だ。
不気味な音色が響いている。
とても音楽とは思えない。
「見て回ろうか?」
「誰かの体を通り抜けないように気を付けろよ。」
絶命日パーティは、生きているうちに招かれた人は少ない。
もちろん四人も今回が初めてだ。
見るもの聞くもの、何もかもが物珍しい。
キョロキョロと辺りを見回った。
けれども漂うゴーストの多くが陰気臭い顔を浮かべているし、食べ物は腐って臭い匂いを放っているし、
(名前は狼の特徴として嗅覚も鋭くなっているらしく、近付きたがらなかった)
生きた人間である名前達が楽しめるような要素は無いに等しい。
「やあ、ピーブズ。」
テーブルの下から現れた小男―――ピーブズに、ハリーが挨拶した。
ピーブズは名前見ると大袈裟に目を見開いて、わざとらしくおどけた仕草をする。
「ワーオ!ナマエ、なんてクールなんだ!」
『…』
ニヤニヤと、気分の悪くなるなんとも薄気味悪い笑いを浮かべている。
名前はいつも通り無表情でピーブズを見据えた。
しかし耳としっぽがだらんと垂れている。
「おつまみはどう?」
「いらないわ。」
差し出された黴だらけのピーナッツを、ハーマイオニーが素早く断る。
けれども、ピーブズの笑みは崩れない。
むしろ楽しそうにハーマイオニーを見ている。
「お前が可哀想なマートルのことを話してるの、聞いたぞ。
お前、可哀想なマートルに酷いことを言ったなあ。」
嫌な予感がした。
会場を回っているとき、マートルを見つけたハーマイオニーが話したくないと言っていたのを聞かれていたらしい。
マートルは三階の女子トイレに取り憑いていて、『嘆きのマートル』と呼ばれている。
その名の通り、よく泣いたり喚いたりする。
彼女はとても傷付きやすいようだ。
そんなマートルに、話したくない、なんて事を言ったらどうなるだろう。
ピーブズは初めからこの話をするつもりだったのだ。
「オーィ!マートル!」
「あぁ、ピーブズ、だめ。わたしが言ったこと、あの子に言わないで。じゃないと、あの子とっても気を悪くするわ。」
ハーマイオニーは大慌てだ。
「わたし、本気で言ったんじゃないのよ。わたし気にしてないわ。あの子が……あら、こんにちは、マートル。」
そうしているうちに彼女はやって来てしまった。
漫画で見るような、分厚い眼鏡をかけている。
長い髪の毛は太いみつあみになっていて、ダラリと胸元まで垂れていた。
「なんなの?」
「お元気?
トイレの外でお会いできて、嬉しいわ。」
「Ms.グレンジャーがたった今おまえのことを話してたよぅ……」
ピーブズが背後からマートルに囁いている。
ハーマイオニーはピーブズを鬼の如く鋭い目付きで睨んだ。
「あなたのこと―――ただ―――今夜のあなたはとっても素敵って言ってただけよ。」
「あなた、わたしのことからかってたんだわ。」
「そうじゃない―――ほんとよ―――わたし、さっき、マートルが素敵だって言ってたわよね?」
ハーマイオニーは言いながら、ピーブズとマートルには見えないように、ハリーとロンの脇腹を肘で突いた。
「ああ、そうだとも。」
「そう言ってた……」
『………』
一瞬首を傾げかけた名前だが、ハーマイオニーにギロリと睨まれて、後はひたすら頷く。
「嘘言ってもダメ。
あなたみたいな人が素敵だなんて言うわけないじゃない。」
しゃくりあげた。
ダムは決壊して涙は洪水状態である。
マートルの小さな目が名前に向けられた。
「ハンサムで、背が高くて、頭が良くて。肌も、声だってきれい。何もかも完璧なあなたが。絶対嘘。馬鹿にしてたんでしょ。」
マートルは大粒の涙を滝のように流しながらも、きつく名前を睨んだ。
名前はひたすら頭を左右に振り続ける。
痛めてしまいそうだ。
「みんなが陰で、わたしのことなんて呼んでるか、知らないとでも思ってるの?太っちょマートル、ブスのマートル、惨め屋・うめき屋・ふさぎ屋マートル!」
「抜かしたよぅ、にきび面ってのを。」
ピーブズがまたマートルに囁いた。
マートルは耐えきれなくなったのか、会場を出ていってしまった。
その後をピーブズが追いかける。
泣きじゃくるマートルの背中に、黴だらけのピーナッツをぶつけながら。
「なんとまあ」
その姿を見送りながら、ハーマイオニーが悲しそうに呟いた。
不幸は続くものだ。
このパーティの主催者のニックの作戦がうまくいかなった。
ニックは元々、『首無し狩り』に参加することができるように、パトリック卿に、
―――『スッパリ首無しポドモア卿』と呼ばれているらしいが―――
ハリーからどんなにニックがすごくて恐ろしいかということを伝えてもらおうという魂胆だったが、いとも簡単に見破られてしまった。
パトリック卿の登場で、主催者ニックのスピーチもほとんど失敗に終わっている。
いよいよ名前達の出番はなくなったわけだ。
「僕、もう我慢できないよ。」
震える声でロンが言った。
夕飯を食べていないことも相まってか、身体の芯まで凍えてきている。
奥歯がガチガチと勝手に鳴っていた。
指先は痛いぐらいに冷たくなっていて、時々息を吐き掛けるも、その意味をなさない。
暖まりたいと望むほどに、反対に体は冷えていく気がした。
「行こう。」
ハリーの言葉を皮切りに、一行は会場を出ることを決めると、寒さで軋む足を無理矢理動かして出口に向かった。
会場を出ただけでも、かなり空気を暖かく感じた。
寒いことに変わりはないが。
「デザートがまだ残っているかもしれない。」
ロンの声音は、予想というよりは願望だった。
先頭をずいぶん急ぎ足で歩いている。
とっても空腹なのかもしれない。
「……引き裂いてやる……八つ裂きにしてやる……殺してやる……」
ハリーが立ち止まった。
隣を歩いていた名前も、ハリーに倣い立ち止まる。
『…今、何か言ったか。』
「え?」
ロンが振り向いて、名前を見た。
次いでハリーを見る。
廊下を観察するかのように見渡していた。
「ナマエも聞こえたんだね?」
『………』
辺りに気を配りながら、緊張の面持ちでハリーが言った。
名前はそんなハリーを見下ろしてから、深く頷く。
「二人とも、一体何を?……」
「またあの声なんだ―――ちょっと黙ってて―――」
ロンは口を結び、ハーマイオニーと共に、静かにハリーと名前を見守った。
「……腹がへったぞー……こんなに長ーい間……」
「ほら、聞こえる!」
ロンとハーマイオニーは互いに見比べ、互いに首を傾げている。
どことなく困っているようにも見える。
何か噛み合わない反応に、名前はカクンと首を捻った。
ハリーは二人と一人の様子に気付かないまま、どこからともなく聞こえてくる声に夢中になっている。
「……殺してやる……殺すときが来た……」
声は次第に小さくなっていった。
遠ざかっている。
移動しているらしい。
「こっちだ」
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