05.-2
















『……………』





午後の授業の始業ベルが鳴った。
しかし、教室には名前一人しかいない。

机の上に分厚い本を七冊と、筆記用具を置いて、静かに座っている。





『………』





誰もいない教室内をぐるりと見渡す。

絵画や写真が、豪華な装飾のされた額縁に入れられていくつも飾ってある。
全部同じ人物だ。

ブロンドの髪、整った容姿、爽やかな笑顔―――トルコ石色のローブに、トルコ石色の帽子を被った、あの人だ。





『……』




そうしてから、分厚い本の表紙の写真―――名前に向かって爽やかな笑顔を見せる男性の写真―――を見つめる。





『………ギルデロイ、ロックハート…』





どうやらトルコ石色のローブにトルコ石色の帽子を被った彼は、ギルデロイ・ロックハートその人で。
新しい闇の防衛術の先生らしい。

今回の分厚い七冊の本の著者直々にご指導願えるようだ。





「私だ。」





しばらくして生徒たちはやって来た。
ハリーの様子が(クリービーやらジニーやらハリー・ポッター・ファンクラブやらと)何やらおかしかったが、ロックハートが教壇に立っていたので黙っていた。

ロックハートは生徒全員が着席するのを確認すると、ネビルの持っていた「トロールとのとろい旅」を掲げてそう言った。
おまけにウインクをサービスして。





「ギルデロイ・ロックハート。
勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、そして、『週刊魔女』五回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞―――
もっとも、私はそんな話をするつもりではありませんよ。
バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払ったわけじゃありませんしね!」





何人かの女子生徒の頬が赤い。

ハーマイオニーも例外じゃなかった。





「全員が私の本を全巻揃えたようだね。たいへんよろしい。
今日は最初にちょっとミニテストをやろうと思います、心配ご無用―――君たちがどのぐらい私の本を読んでいるか、どのぐらい覚えているかをチェックするだけですからね。
三十分です。よーい、はじめ!」





試験問題は全部で54問。
全部ギルデロイ・ロックハートに関する問題だ。

好きな色は何か?
誕生日はいつか?

というような内容が、ずーっと並んでいる。

確かに、本を読んでいなければ答えられないような問題ばかりだ。



きっちり三十分経った後、ロックハートは答案用紙を回収した。





「チッチッチ―――私の好きな色はライラック色だということを、ほとんど誰も覚えていないようだね。『雪男とゆっくり一年』の中でそう言っているのに。
『狼男との大いなる山歩き』をもう少ししっかり読まなければならない子も何人かいるようだ―――第十二章ではっきり書いているように、私の誕生日の理想的な贈物は、魔法界と、非魔法界のハーモニーですね―――もっとも、オグデンのオールド・ファイア・ウィスキーの大瓶でもお断りはいたしませんよ!」





みんなの前で答案用紙をめくりながら、ロックハートはウインクした。
ここにいる女子生徒は恋する乙女になってしまったようだった。





「……ところが、Ms.ハーマイオニー・グレンジャーとMr.ナマエ・ミョウジは、私のひそかな大望を知ってましたね。」





何の前触れもなく、自分の名前が出てきたので、呼ばれたハーマイオニーと名前は驚いて、揃って一瞬体を震わせた。





「この世界から悪を追い払い、ロックハート・ブランドの整髪剤を売り出すことだとね―――よくできました!それに―――
満点です!Ms.ハーマイオニー・グレンジャーとMr.ナマエ・ミョウジはどこにいますか?」





ハーマイオニーが恐る恐るといった様子で手を上げた。
それに倣って、名前も手を上げる。

上がった二本の腕、二人の顔を見たロックハートは、にっこりと爽やかな笑顔を向けた。





「素晴らしい!
まったく素晴らしい!グリフィンドールに二〇点あげましょう!

では、授業ですが……」





言いながら、ロックハートは教卓の後ろに屈み込む。

そうして、何やら大きな物を持ち上げると、どんと教卓の上に置いた。

それは布を被せてあるので、中は見えないが、形状から察するに籠のようだ。





「さあ―――気をつけて!
魔法界の中で最も穢れた生物と戦う術を授けるのが、私の役目なのです!この教室で君たちは、これまでにない恐ろしい目に遭うことになるでしょう。ただし、私がここにいるかぎり、何物も君たちに危害を加えることはないと思いたまえ。
落ち着いているよう、それだけをお願いしておきましょう。」





時折、ガチャガチャと金属同士がぶつかる音がしたり、籠が揺れたりする。

前の方の席にいた生徒は縮こまっていた。





「どうか、叫ばないようお願いしたい。
連中を挑発してしまうかもしれないのでね。」





布が取り払われた。





「さあ、どうだ。
捕らえたばかりのコーンウォール地方のピクシー小妖精!」





籠の中にはたくさんのピクシー小妖精がいた。
その容姿は、お世辞にも可愛らしいとは言えない。

身の丈二十センチ。

青色の痩せ細った体で、目は真っ黒で大きい。
蝉のような羽を素早く動かし、籠の中を飛び交っている。

誰かがプッと噴き出した。





「どうかしたかね?」



「あの、こいつらが、―――あの、そんなに―――危険、なんですか?」
シェーマス・フィネガンだ。
必死に笑いを押し殺している。



「思い込みはいけません!
連中は厄介で危険な小悪魔になりえますぞ!」
ロックハートはやけに芝居じみた仕草で指を振った。



「さあ、それでは。
君たちがピクシーをどう扱うかやってみましょう!」





籠の戸が開けられた。

ピクシーは一斉に飛び出して、見る間に教室内に広がった。

生徒たちは咄嗟に机の下に避難する。
地震でもないのに。

避難しそこねたネビルが、両耳をピクシーたちに引っ張り上げられ、天井のシャンデリアに引っ掛けられた。



それを見ていた名前は、ロックハートに目を向けた。

ロックハートはただ教壇に立っているだけだ。





『………』





長い足を折り曲げ、机の影に隠れながら、名前はひっそりとネビルに近付く。

ネビルのすぐ側までやって来ると、ぐるりと辺りを見渡した。
今、こちらに注意を向けているピクシーはいない。

名前は颯と机の上に立ち上がり、シャンデリアに引っ掛けられたネビルを下ろした。





「ナマエ、危ない!」





ネビルが青い顔で叫んだ。

名前のすぐ目の前に、ピクシーが向かってきている。





『あ』





間の抜けた声が漏れた。

無意識というべきか、条件反射というべきか、突き出した拳はピクシーにクリーンヒット。
ボトリと落下した。

それを見ていたピクシーたちがこぞって向かってきたが、名前は涼しい顔で叩き落としていく。

やがて立ち向かう勇敢なピクシーはいなくなった。

その隙に、ネビルと共に机の下に避難する。





「ナマエ、ありがとう。」





ネビルにお礼を言われると、名前は曖昧に頷いた。





「さあ、さあ。捕まえなさい。捕まえなさいよ。たかがピクシーでしょう……」





ロックハートは声を張り上げてそう言ったが、誰一人聞いている者はいないだろう。
みんなそれどころではない。

窓を割ったり本を破いたりインクを溢したり、ピクシーは好き勝手暴れている。

誰だって自分の身を守るのに精一杯だろう。





「ペスキピクシペステルノミ―――ピクシー虫よ去れ!」





ロックハートが杖を振り上げて叫んだ。
まるで効果がない。
ピクシーはロックハートの杖を奪って窓の外に放り投げた。



しっちゃかめっちゃかのまま、終業のベルが鳴った。
生徒たちは我先にと、荷物も置き去りに出ていった。

名前だけは優々と荷物をまとめている。





「さあ、その五人にお願いしよう。その辺に残っているピクシーを摘んで、籠に戻しておきなさい。」





教壇にいたロックハートは、やけに早口にそれだけ言うと、私室らしい部屋にこもった。

教室に残っているのは、名前、ネビル、ハリー、ロン、ハーマイオニーだ。

名前の側にいるとピクシーが寄ってこない(むしろ逃げ失せる)ので、ネビルは名前に引っ付いていた。





「耳を疑うぜ。」



「私たちに体験学習をさせたかっただけよ。」



「体験だって?」



「ハーマイオニー、ロックハートなんて、自分のやっていることが自分で全然わかってなかったんだよ。」



「違うわ。彼の本、読んだでしょ。
―――彼って、あんなに目の覚めるようなことをやってるじゃない……」



「ご本人はやったとおっしゃいますがね。」



『………』





五人はそれぞれ、捕まえたピクシーを籠に押し込む。

名前に捕まったピクシーは無抵抗だ。

名前に見つめられると「縛り術」をかけたわけでもないのに全く動かなくなるのだ。

それこそ、蛇に見込まれた蛙のように。

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