05.-1






「……」



「……」



『……』



「あら、おはよう。ナマエ。」



『…おはよう。』





高く澄みわった空が広がる、気持ちよい秋の朝。

大広間に向かうと、満面に笑顔を浮かべた友人と愁色を浮かべた友人二人というなんとも対照的な三人が、名前を迎えてくれた。















『隣、いい。』



「もちろん、どうぞ。」





椅子を引き、どっかり腰をおろす。

ミルクをカップに注ぎながら、隣に座るハーマイオニーを見た。

ハーマイオニーは既に朝食を済ませたらしい。
「バンパイヤとバッチリ船旅」を熱心に読んでいる。





『…どうしたの。』





ちらりと、どんよりと重苦しい空気を纏うハリーとロンを見てから、いつもより小さな声で名前は聞いた。

話し掛けるのはもとより、近付くことさえ躊躇うほどの落ち込みようだ。





「ロンに『吼えメール』がきたのよ。」





本を読みながら、ハーマイオニーはあっさり答えてくれた。

昨夜までは、二人に関する話題を出すたびにとしかめっ面になっていたのに、一体いつ機嫌を直したのだろう。

車を飛ばした件で腹を立てていたはずだが、元に戻っている。





『…』



「ナマエ、慰めは必要ないわよ。」





じっと二人を見つめる名前に向かって、ハーマイオニーは淡々と言い放った。



朝食の席でマクゴナガルから時間割が配られた。

四人は早速、準備をすると授業に向かう。

新学期初めての授業は、ハッフルパフと合同で薬草学だ。

温室の付近では生徒たちが手持ち無沙汰に立っている。
まだ先生は来ていないようだ。

四人が温室に着いて、すぐにスプラウトはやって来た。
隣に見知らぬ人を連れて。





「やあ、みなさん!」





秋空に似合う爽やかな挨拶だ。
朝日に白い歯がキラリと輝いた。

ブロンドの髪はよく手入れされている。
金色に輝いていた。

トルコ石色のローブに、トルコ石色の帽子。



こんなに目立つ容姿をしているのに、名前にはさっぱり見覚えがなかった。





「スプラウト先生に、『暴れ柳』の正しい治療法をお見せしていましてね。でも、私の方が先生より薬草学の知識があるなんて、誤解されては困りますよ。たまたま私、旅の途中、『暴れ柳』というエキゾチックな植物に出遭ったことがあるだけですから……」



「みんな、今日は三号温室へ!」





台本でも読んでいるかのようにスラスラ流れ出てくる台詞を、スプラウトは大きな声で遮った。

陽気で、滅多に怒らないスプラウト先生が、おもいっきり不機嫌な顔をしている。



生徒たちは先生の言葉に従った。





「ハリー!君と話したかった。―――スプラウト先生、彼が二、三分遅れてもお気になさいませんね?」





スプラウトは誰がどう見たって不機嫌だった。

けれども彼は温室に入ろうとするハリーを捕まえると、答えも聞かずにハリーを連れ出してしまった。

ものすごく鈍感なのか、それともものすごく腹黒いのか、どちらかはわからないが、巻き込まれたハリーにとってはとんだ災難である。



今度日本に帰国したら、ハリーに厄除けのお守りを買おうと名前は固く決意した。





「今日はマンドレイクの植え替えをやります。
マンドレイクの特徴がわかる人はいますか?」





授業はハリーが解放されてから始められた。
スプラウトの質問に、真っ先にハーマイオニーの手が上がる。





「マンドレイク、別名マンドラゴラは強力な回復薬です。
姿形を変えられたり、呪いをかけられたりした人を元の姿に戻すのに使われます。」



「たいへんよろしい。グリフィンドールに一〇点。
マンドレイクはたいていの解毒剤の主成分になります。しかし、危険な面もあります。誰かその理由が言える人は?」




再びハーマイオニーの手が上がる。
「マンドレイクの泣き声はそれを聞いた者にとって命取りになります。」



「その通り。もう一〇点あげましょう。
さて、ここにあるマンドレイクはまだ非常に若い。」





スプラウトは並べられた苗の箱を指差した。

箱の中には、何の変哲もない葉っぱが生えている。





「みんな、耳当てを一つずつ取って。
私が合図したら耳当てをつけて、両耳を完全に塞いでください。
耳当てを取っても安全になったら、私が親指を上に向けて合図します。
それでは―――耳当て、つけ!」





生徒たちは一斉に耳当てをつける。
スプラウトもつけて、ローブの袖を捲ると、植物を一本引き抜いた。

植物の根は、人間の形をしていた。
男の赤ん坊だ。
口を大きく開けて泣き喚いているようだが、全く聞こえない。
手足をバタバタさせて暴れている。

スプラウトは大きな鉢の中にマンドレイクを入れると、素早く土をかけて埋めた。
そうして合図を出すと、耳当てを外す。





「このマンドレイクはまだ苗ですから、泣き声も命取りではありません。
しかし、苗でも皆さんを間違いなく数時間気絶させるでしょう。
新学期最初の日に気を失ったまま過ごしたくはないでしょうから、耳当ては作業中しっかりと離さないように。

後片付けをする時間になったら、私からそのように合図します。
一つの苗床に四人―――植え替えの鉢はここに十分にあります―――堆肥の袋はここです―――
『毒触手草』に気を付けること。歯が生えてきている最中ですから。」





四人とのことだったが、名前たちはハッフルパフの男子生徒を加えて、五人で植え替えを行った。

彼はジャスティン・フィンチ-フレッチリーというらしい。
カールした髪の毛が特徴的だ。

ジャスティンは気さくで、作業をしながら名前たちによく話し掛けてきた。
ただ、作業は困難は極めたので、会話は長く続かなかった。

マンドレイクは案外と力が強く、我が儘で、乱暴だったからだ。

授業が終わる頃には、生徒たちはみんな運動会でもした後かのように、汗だくの泥んこのくたくただった。
けれどゆっくりとはしていられない。
次は変身術の授業だ。





「こいつめ……役立たず……コンチクショー」





ありったけの憎しみを込めて、杖をバンバン教室の机に叩きつけている。
そうでなくとも、ロンの継ぎ接ぎだらけの杖からはバンバン音がしていたが。

変身術はコガネムシをボタンに変える課題だった。

怪しげな音を立てる杖でまともな魔法ができるわけがないだろう。

出来なかったことを、杖だけのせいにするわけでは、断じてない。





「家に手紙を書いて別なのを送ってもらえば?」





そう言うハーマイオニーはコガネムシを完璧なコートのボタンにいくつも変えている。





「ああ、そうすりゃ、また『吼えメール』が来るさ。
『杖が折れたのは、おまえが悪いからでしょう―――』
ってね。」





不機嫌なロンは、大広間で昼御飯を食べているときも不機嫌だった。
ハーマイオニーがボタンを見せびらかすからだ。

ハリーと名前は食事中とにかくフォローに回った。
おかげさまで食べた気がしない。





『…』





昼食を終えたらしい名前が立ち上がった。
まだ三人は食べている。

いつも食べ終わるまで待っているのに、珍しいことだ。





「どうしたの?ナマエ。」





聞きつつハリーは不安そうな顔をしている。
この空気の中ひとりぼっちでフォローを続けるのは大変だからだろう。

名前はそんなすがるような視線を見下ろす。





『…やること、あるから。』





やること、とは日課のトレーニングだ。
ハリーはウィーズリー家で生活している最中に、名前の日常サイクルを把握していたために、すぐにそれだと分かった。





「学校でも、続けてるんだね。…
頑張って。」



『…ありがとう。』



「午後のクラス遅れるなよ。」





引き留めるわけにもいかず、ハリーはそう言って名前を見送った。
多少落ち着いたのか、ロンも手を振ってくれる。

ハーマイオニー一人は何のことかわからず、三人の顔を見比べて不思議そうにしていた。

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