04.






夏休みが終わった。
翌日、ウィーズリー家は大混乱の朝を迎えた。

朝御飯のトーストを口にくわえながら出掛ける準備を進め、辺りをバタバタと走っては人にぶつかる。
車に荷物を詰め込んで、出発した途端に忘れ物を気付き急停止する。そんなことが何度かあった。



そんな中、名前は一人庭でのんびりとしていた。
いつも通り、トレーニングとシャワーを済ませてある。
荷物も車の中だ。

日本人の気質か、名前のそもそもの気質か、準備は昨夜には済ませてあった。
なので、皆の手伝いをしてもいいのだが、先程声を掛けに行ったら撥ね飛ばされてしまった。

以後、名前はとにかく邪魔にならないことに集中している。














十一時十五分前。

キングズ・クロス駅に着いた途端、アーサーは運転席から鉄砲玉のように飛び出して、道路の向こうにあるカートを持ってきた。
それに各々荷物を乗せると、駅の構内を滑るように移動する。

結構な人数が大急ぎで移動しているので、周りの人々に危うくぶつかりそうになったりした。
だがそんなことには目もくれない。
周りに気を配る暇はなかった。





「急げ!あと五分しかない!」



「ナマエ、行くぜ!」





パーシーとアーサーに後に、名前とフレッドとジョージの三人が続いた。

9と4分の3番線のホームに向かうには、通り道となっている壁をすり抜けなければいけない。

もちろん、その姿は人に見られてはいけない。

全てはタイミングだ。
行けるときに行くしかない。





『………』





フレッドとジョージに挟まれて壁を抜ければ、周りには9と4分の3番線のホームが広がっていた。

生徒と思われる人は少なく、ホームに立っているほとんどが見送りの親や兄弟のようだ。
手を振ったり、何か声を掛けたりしている。

汽車からは煙がもうもうと上がっている。
すぐにでも出発しそうだった。

名前が後ろに振り返ると、ジニーの手を引っ張りながらモリーが出てきたところだった。





「ナマエ、乗ろうぜ。」





フレッドが名前の肩を叩く。





「ハリーとロンなら後から来るさ。俺たちは先に乗って待とう。」



「学校で合流すればいい。
さあ、行こう。」





フレッドとジョージに促されて、名前は汽車に乗り込んだ。

時間がギリギリということもあってか、どこも満席状態だ。





「うーん。空いてないな。
学校まで立ち続けるなんてごめんだぜ。」



「どこかしら空いてるだろう。パーシーはどこ行った?」



「さあ…もう席を見つけたのかな。」



「探して、空いてたら座らせてもらおう。
ナマエ、一緒に行くか?」





狭い汽車の廊下で、それなりに育った男三人が道を塞いでいるのはよろしくないだろう。
空席を探しながら歩いていると、やがて汽車は動き出した。
ガタンゴトンと音を立てて、汽車は上下左右に揺れる。

ジョージに尋ねられた名前は、考えるかのように首を傾げた。





「ナマエ、ナマエ!こっちよ!」





突然掛けられた声に歩いていた三人は足を止めて、声のした方を見た。

ハーマイオニーだ。





「ナマエはハーマイオニーのところへ行けよ。俺たちは他をあたってみる。」



「学校で会おうな。」





フレッドとジョージは揃って名前の肩を組んで、離れ際にポンと背中を叩くと、先へ進んでいってしまった。





「ナマエ、漏れ鍋で会った以来ね。あの時は、あんまり話をすることができなかったけど…とにかく、座りましょう。
ハリーとロンは一緒じゃないの?」



『途中まで。』



「そう。なら学校で会えばいいわね。」





ハーマイオニーの座っていた席は、他に人はいなかった。
四人掛けの席に二人だけだ。

今日から九月が始まったわけだが、まだまだ日差しは強い。
二人は日差しの射し込まない窓辺を避けて座った。



ロンドンは疾うに過ぎたらしい。窓の外の景色は畑ばかりだ。

真っ青な青空に、畑の葉が生き生きと反射している。
鮮やかな光景だった。





「ナマエ、髪の毛切ったのね。」



『モリーさん、切ってくれた。
…おかしい。』



「ううん、おかしくないわよ。ただ、長いのに見慣れていたから…。」



『また伸びる。』



「身長も伸びたわね。
また伸びるのかしら?」



『………』





久し振りに会ったせいか、それから二人は長い間おしゃべりをした。
とはいっても、話しているのはもっぱらハーマイオニーだ。
名前は首を傾げるか頷くという反応がほとんどである。



汽車での移動はとても長い。

昼に出発して、やっとこさホグワーツに着くという頃には、辺りは真っ暗、空には星が瞬いているという時間帯である。



その長い間、二人はおしゃべりをした。

反応の薄い名前を相手に、なかなか根気強いものである。















座りっぱなしで乗客の尻もそろそろ限界だろうという頃、長い長い汽車の旅が終わった。

およそ二ヶ月ぶりの制服に手を通し、汽車から下りてホグワーツに移動すれば、しばらくして大広間では新学期の歓迎会が始まった。

一年生が長い列を作って組分けを待っている。

組分け帽子が一人一人、寮の名前をそれこそ大広間中に響き渡るほど大きな声で言う度に、寮の生徒たちは新しい仲間に盛大な拍手をして迎えた。





―――ハリー・ポッターとロナルド・ウィーズリーが、空飛ぶ車で墜落して退校処分になった―――




そんなときだ。
おかしな噂がひそひそと生徒の間で囁かれていた。

それはこの場にいない、ハリーとロンのことだった。





『……』





嫌でも聞こえてくるひそひそ話に耳を傾けながら、名前は教職員のテーブルに、何度目かはもはやわからないが、目を向けた。

歓迎会が始まった当初から、席が一つ空いている。

教職員のテーブルにいないのは魔法薬の先生、セブルス・スネイプだ。
おそらく、スネイプの席なのだろう。





『……』





歓迎会もそっちのけで、名前は教職員のテーブルをじっと見つめる。

ぼんやりと眺めていると、教職員のテーブル付近のドアが開いてスネイプが現れた。

スネイプは真っ直ぐマクゴナガルへ近付くと、二言、三言、何かを言ったようだった。
それからスネイプはマクゴナガルと連れ立って、再度ドアから出ていった。





「何かあったのかしら。」





見ていたらしいハーマイオニーが、名前を見て言った。
名前が知るはずもない。

五分もしない内に、ダンブルドアまでも席を立って大広間を出ていく。

何事かとハーマイオニーは思ったようだ。
根も葉もない噂に眉を寄せていたが、ますます皺が深く刻まれる。

しばらくして、ダンブルドアとスネイプ、マクゴナガルの三人は戻ってきた。
ダンブルドアの言葉で歓迎会は締め括られたが、ハーマイオニーの眉間の皺は無くならなかった。





「私、二人を探してくるわ。」





監督生に引率されながら退場する一年生を眺めていると、ハーマイオニーは眉間の皺をそのままに言った。





『俺も探そう。』



「ううん、ナマエは部屋で待ってて。
もしかしたら、二人は向かってるかもしれない。」



『…』





名前は頷いて、廊下にひしめき合っている生徒を蹴散らし走るハーマイオニーを見送った。

さながら羊を追う牧羊犬のようだ。



結果から言えば、ハーマイオニーの決断は当たりだった。
ハリーとロンはグリフィンドール寮に向かっていたからだ。

ただ二人は合言葉を知らなかった。

ハーマイオニーが一通り学校の中を走り回って寮に帰ってきたとき、やっと会うことができた。





「ほんとかよ!」

「かっこいい。」

「すごいなあ。」





噂は半分本当で、半分はでまかせだったようだ。

二人は退校処分にはならなかった。
車を飛ばして『暴れ柳』に突っ込んだのは本当だったようだが。





『血。』





一点を見つめたまま唐突に一言、ぽつりと呟いたが、いきなりのことに騒いでいた一同は何のことだかさっぱりだった。

不思議そうに名前をじろじろと見ている。

理解されなかったことに気付いたらしい名前は、無言のまま自身の手をゆっくりと持ち上げた。

自分の顔の瞼あたりをトントンと指先で示す。





「あっ」





ロンが声を上げた。

次いで瞼に手をやる。
切り傷ができていた。

あてた手に血が付いている。





『手当てする。』



「気にしないで。たいしたことないから。」



『時間はかからない。』



「平気さ。」



「ロン、やってもらったら。
さっきマクゴナガル先生に医務室に行った方がいいって言われたときも断っていたじゃないか。」





ハリーに促されて、ロンは渋々といった様子で手当てを受けた。

名前が宣言した通り、手当てには五分もかからなかった。





「ナマエ、ありがとう。」



『いや。…次はハリー。』



「あ、僕は…」





名前はサッとハリーの前髪を払った。

額にゴルフボール大のたんこぶができている。
そこにそっと、冷水に浸したタオルを当てた。

ハリーたちは、何故名前がこうも必要なものをすぐ用意できるか不思議がったが、どうやら名前は救急箱を常備しているらしい。
準備に余念がないことである。





『気分は悪くないか。』



「大丈夫。」



「怪我がたいしたことなくてよかったな。」





様子を眺めていた同室のシェーマス・フィネガンが、ベッドに寝転びながら言った。





「本当。暴れ柳に殺されなくて。」

「すごいね。」





ディーン・トーマス、ネビル・ロングボトムも続いて言う。

ハリーとロンはニヤッとした。





『…おやすみ。』





挨拶をしたが、聞こえていないらしい。
話に夢中になっている。

名前は赤いベルベットのカーテンを閉めた。





『…………』





寝間着に着替え、ベッドに寝転び教科書を眺める。

やがて力尽きたかのように枕に突っ伏した。





周りからまだクスクス笑いがする。



しかし喜んでいられるのも今の内だけである。
事は決して軽々しく扱えるものではないのだから。

浮かれ烏となった彼らが、気付くはずもない。

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