31.






ロンからの手紙の内容は、要約してしまえば泊まりの誘いだった。

だから名前はすぐに返事の手紙を出して荷造りをした。

飛行機や汽車を乗り継いで、長旅を経てロンに教えられた住所付近までやって来ると、ロンが迎えに来てくれていた。

名前を見つけたロンが、何か言いながら大きく手を振っている。
重たいトランクをカラカラさせながら、名前は自然と早足になった。





「よく来たね、ナマエ。久しぶり!」



『…久しぶり。』





ニコニコ笑って迎えたロンに対して、名前は相変わらずの無表情で挨拶を返した。





「僕の家は、あれ。
見えるかい?」



『ああ。』





ロンが指を差した方向を見ると、赤い屋根の家があった。

何階建てかはわからないが、縦に長い家だ。
煙突が四、五本あり、そこから白い煙が細長く出ている。





「案内するよ。さあ、行こう。
何か持とうか?」



『いや、平気だ。ありがとう。』





歩き始めると、トランクがガタガタとやかましい音を立て、時折小石を跳ねた。

道が舗装されておらず、土が剥き出しだからだ。

名前は持って歩くことにした。





「それ、重くない?」



『心配ない。』





ロンは隣を歩く名前を、じろじろと見据える。

遠慮ない視線だったが、名前は特に気にしてはいないようだった。
というよりは、まず、視線に気付いていなかった。

名前の目は周りを見るのに忙しかったからだ。





「ナマエ、焼けた?」



『……』
首を傾げる。



「焼けたよ!どこかバカンスにでも行ってきたのかい?」



『いや。』



「背も伸びてる気がする。」



『そうか。』





ぺちゃくちゃと話すロンに対して、名前の口数は少ない。
それでもロンは話すことをやめない。

慣れたものだった。















「まあまあ!いらっしゃい、ナマエ。ゆっくりしていってね。」





ロンの家に着き扉を開けると、小柄で恰幅のよい女性が現れた。
ロンの母親らしい。
両手を広げて名前を歓迎した。

細く平たい名前をぎゅうぎゅうと力一杯抱き締めるものだから、名前は腰あたりでマッチ棒のようにぽきりと折れてしまいそうだった。





『…お世話になります。
これ、皆さんでどうぞ。お口に合うかわかりませんが…』



「あら、いいの?ありがとう。頂くわ。」





ペコリとお辞儀をしながら、自宅で母親に持たされた菓子折りを手渡す。





「ナマエ、僕の部屋においでよ。」



『…』





頷き、急かすロンの後を付いていく。

狭い台所を抜けて、狭い廊下を通ると、螺旋階段のようなジグザグの階段があった。
トランクを抱えて上がっていく。

いくつもの踊り場をあり、そこにはドアがあった。





『たくさんドアがある。』



「ああ、兄弟の部屋だよ。
パパとママ。ビル、チャーリー、パーシー、フレッド、ジョージ、僕に、末っ子にジニーがいる。
九人家族なんだ。」





階段を上りながら、ロンが指折り数えつつ言った。





『大家族だ。』



「ナマエは兄弟いないのかい?」



『いない。家族は父と母だ。』



「三人家族なんだね。
ところで、君の家にタタミはある?」



『ある。』



「冬はコタツでミカンを食べるの?」



『…食べる日もある。』



「僕、ナマエの家に泊まりに行こうかな…」



『……』





ロンが羨ましそうに言うので、名前は首を傾げた。





「あ、ここ。僕の部屋。
どうぞ入って。」



『……』





名前はまず、屈まなければならなかった。

切妻の山形の屋根は低く、名前は中腰にならなければ頭をぶつけてしまうところだった。

入ってみると、ロンの部屋は一面オレンジ色だった。
床には見覚えのある、(名前も持っている)教科書や、聞いたことのない題名の漫画らしき山。

小さな窓から外を見ると、雑草の伸びた庭と、名前が歩いてきた道と、畑や野原が遠くまで見通せた。



『荷物を置いてもいいか。』



「ああ、うん。そこに。あ、ここ座っていいよ。ゴメン、狭くて。」





お世辞にも片付いている部屋とは言えない。

ロンが申し訳なさそうにしている。
名前は首を傾げた。





『普通じゃないのか。』



「…そう?」



『…』
コクリ、頷く。



「ナマエもこんな?」



『いや。』



「なんだよ。違うんじゃないか…」


『何もない部屋だ。』



「何もない?トランプくらいあるだろ。ゲームだって…」





名前は頭を左右に振る。

ロンは目を見開いた。
ちょっと後ろに仰け反っている。





「嘘だろ?漫画は?ポスターは?」



『ない。』



「えーっ!君、家で何してるの?」



『………』





ロンの目がこぼれ落ちてしまいそうなくらい見開かれている。

名前はカクンと首を傾ける。
視線を右斜め上に向けて、石像のように固まった。





『…店の手伝い。』



「…………………
僕が聞きたかったのは、どんな遊びをしているかだったんだけど…」



『……』





名前は首を傾げている。





「まあいいや。ナマエの家はお店なんだね。」



『…』
頷く。



「何の店?」



『和菓子。』



「菓子店なんだ。じゃあ、ナマエも作ったりするのかい?」



『……少し。
今日、持ってきている。』



「えっ。それって、名前の手作り?」





首肯して、床に下ろしたトランクを開く。

店の名前が入った紙袋を取り出した。





『口に合うかどうかはわからない。』



「もしかして、僕、食べていいの?」



『…ハリーと一緒に。』



「ああ、そうだよね。名前の手作りなんて、貴重だもん。」





ロンが真面目な顔をしてウンウン頷くので、名前は首を傾げた。

菓子を作るのは初めてではない。
だが確かに、友達という受け手に渡すために作るのは初めてだ。

名前はもじもじと落ち着かない様子で、紙袋を再びトランクの中にしまった。





『ハリーから返事はあったか。』





ロンは首を左右に振った。
そして、長い溜め息を吐いた。

体が空気の抜けた風船のように萎んでしまいそうなくらい、長い長い溜め息だった。





「ハリーが、マグルの前で魔法を使ったらしいんだ。
それで、公式警告状を受けたって。」



『…』



「学校の外では、僕たちは魔法を使っちゃいけない。ナマエだって知ってるだろ。」



『…』
視線をよそにやりつつ頷いた。



「どうして魔法を使ったのかはわからないけど、…
僕、一ダースぐらい手紙を出してるんだぜ。なのに返事の一つもこないんだ。

それでさ、僕…なあ、今から言うこと、ママには秘密にしてくれよ。」





もごもごとはっきりしない声で、いかにも重々しい様子で言うので、名前は首を傾げながらも、頷き返すしかなかった。





「ハリーを迎えに行こうと思うんだ。」



『…いつ。』



「今夜。」



『方法は。』



「車。パパのを借りる。」



『…運転できるのか。』



「フレッドとジョージが一緒さ。ナマエも来る?」



『……』





「何言ってるんだ、ロン?」
「車は四人乗りなんだぜ。」





ドアの方から声がした。

名前とロンがそちらを見ると、いつの間にか閉めたはずのドアが少し開いている。

そこからよく似た二つの顔が、トーテムポールのように並んでいた。





「フレッド!ジョージ!」





部屋に入ってきた二人に対して、立ち上がってロンが怒鳴った。

フレッドとジョージは同時に肩を竦める。
打ち合わせでもしたかのように、タイミングはばっちりだった。





「やれやれ、うちの弟は思春期らしい。」

「俺たちはナマエに挨拶しにきただけさ。」



「「ハロー、ナマエ。」」



『こんにちは。』



「ほら、挨拶は済んだろ。出てってよ。」



「車は四人乗りだぞ。」



「はあ?」



「車は四人乗り。」



「だからなんだよ?」





ロンはあからさまに不機嫌な顔付きで、つっけんどんな口調で問う。

双子は互いの顔を見合わせて肩を竦めると、溜め息を吐いた。
そして、誰が見ても"呆れています"という顔をしてロンを見た。




「フレッド、」

「ジョージ、」

「お前とナマエが乗って、」

「どこにハリーを乗せるんだ?」





「………


…あっ」





息を呑んだロンが、口をあんぐりとあけた。

向かいで双子が笑いを堪えた顔をしている。





「…ゴメン、ナマエ。
連れていけないみたいだ…。」



『いや、構わない。
俺は待ってる。気を付けて。』





肩を落とす弟を見て、双子の兄は今度こそ、大きく口を開いて笑った。















「それじゃあナマエ、行ってくるよ。」



「「行ってくるぜ、ナマエ。」」



『いってらっしゃい。』





かくして、車は夜空へ向かって飛んでいった。

その姿を窓辺から見送って、名前は本を開く。
自宅から持ってきたものだ。

使うように言われたが、ロンのベッドには腰掛けたままだ。
月明かりを頼りに文字を辿る。



時計が示す時間は、既に今日から明日になっている。

刻々と過ぎていく。

だが、なかなかロン達は帰ってこない。



やがてかっくりと頭を垂れて、名前は布団も掛けないまま眠ってしまった。

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