28.






ハーマイオニーに手紙の返事を出した後、名前はロンにも手紙を出した。
だけど、ハリーのことについては、どちらも良い知らせはなかった。

名前はハリーの住所を教えてもらった。手紙を出すためだ。
それが解決に繋がるとは思わなかったが。















「ダンブルドアや、魔法省は何も知らせをよこさない。
あまり不安になることはないよ、名前。」





父親はそう言って、名前の頭を撫でた。

ハーマイオニーからハリーのことについて手紙を受け取ってから、ここ数日、名前はいつも通り過ごしているようで、しかし、ボーッとする時間が増えたように見えた。
対ヴォルデモート用の魔法を教えてもらうこの時間でさえ、名前はボーッとしているようだ。
それは第三者にはわからないほどの変化だったが、両親には、名前が何かしら変わったように感じたらしい。
もしかしたら、事情を知っている両親だから、そう見えただけなのかもしれないが。





「わたし、魔法省は信じられない。」





一緒に魔法を教えていた母親が言った。
父親と名前が母親の方を見ると、母親は不機嫌そうに眉を寄せている。
誰かを睨んでいるようだ。





「あの人たち、知られたくないことは隠すよ。それがどんなに危険なことだって…。……
…ダンブルドア先生は、…ダンブルドア先生だって……」





だんだんと眉が寄せられていく。

麦茶の入ったコップを持つ手は、指先が白くなるほど力が込められている。





「お母ちゃん」





その手を、父親が掴んだ。




「…」



「ダンブルドアには、ダンブルドアのやり方がある。
あの人って読めないよなあ、名前。」





名前はコクリ、頷く。





「だけど、僕は信じるよ。信じていい人と思ってる。
肝心要なところは、いつもはぐらかすけど、でも、きっと名前を、君を、僕を、傷つけたりしないさ。」



「…」



「もちろんそんなことになったら、僕は全力で守るけどね。」





父親は、両手を広げて名前と母親を抱き締めた。
突然の抱擁に二人は目をぱちくりとさせる。
父親だけは満足げだ。





「今時のドラマでも、そんなこと言わない。」



「ええやん。本音やで。」



「いい年して…。」



「愛に年齢は関係ないです。」



「またそういうことを…。」





二人の間に挟まれている名前は、ただただ黙って本を読んでいる。





「あなたと名前が生きていれば、それでいいのよ。」



「君も恥ずかしいこと言うてるやん。」



「うるさい。」



『………』





名前はひたすら、父親と母親が出した問題を解くことに集中した。















両親が名前を間に挟んだまま、本日の魔法講義は終了した。
名前はいつもより多くの問題を解くことができた。
問題に集中するほかなかった状況だったからかもしれないが。

しかし、両親がそれをさかんに誉めるから、名前はいつもよりさらに無口になってしまった。





『……』





風呂から上がった名前は、一日の汗を流し終えて、ほこほこと薄い湯気を上げながら廊下を歩いていた。





『お母さん。お風呂。』



「ああ、うん。」





ひょっこりと顔を出した先は、店側の厨房だ。

母親は名前に背中を向けて、上の空で話を聞いている。





『………』





近付いて顔を覗く。
母親は、自分の手元を真剣な表情で見つめていた。

串に団子を刺している。





「ふー。」



『…』





息を吐いて、出来上がった団子を置いた。

ずらりと並んだ団子。
全て三色団子だ。

それを睨むような目付きで眺める母親。





『………』





声を掛けるような空気ではないと悟ったらしい名前は、黙ってその様子を見つめた。

やがて動き出した母親は、団子の並んだ大きなバットを冷蔵庫に入れると、新たに米粉の入った袋を持ってきた。





「これが終わったら入るから。」





ドスンと重たそうな音を立てて、台に置かれる袋。

口を開けて、慣れた手付きで計りに入れている。





『………同じ量を作るのか。』



「うん。」



『……手伝う。』



「えっ」



『…俺は駄目か。』



「いや、ううん…そうじゃないけど。大丈夫?」



『……』





カクリ、首を傾げる。
母親は時計に目をやった。
続いて、名前もそちらを見る。

もう、深夜と呼んでもおかしくない時間だ。





「いつもなら、もう寝てる時間でしょう。」



『…お母さんも。』



「そうだけど…たまにあるから。こういうことも。気にしなくていいから、寝なさい。育ち盛りが夜更かしなんかしたら、大きく…」





言って、言葉を切る。

名前の頭から爪先まで見た。





「………とにかく、明日も練習あるでしょう。しっかり寝て、疲れをとらなきゃ。」



『……』



「………名前。」



『……』



「明日つらいよ。」



『………眠れない。』



「…眠れない?」



『……』





母親はじっと名前の顔を見た。
名前は相変わらず無表情だった。

いつもと違うのは、お風呂上がりで少し血色がいいところぐらいだ。





「気分でも悪いの?」



『いや。……』



「じゃあ、どうしたの?」



『…わからない。…最近、眠れない。……』



「………」



『………』



「………わかった。手伝って。」



『…』



「でも名前、やったことあったっけ?」



『…………ない。』





名前は母親から指導を受けながら、団子を作り始めた。

店に出すものとなると手は抜けないため、必然的に厳しいものとなる。

これまでに手伝うことはしてきたが、名前の手で店に出すものは初めて作るようだ。





「名前は本当にハリーくんのことが好きなのね。」





団子を丸めていた母親が言うと、同じく団子を丸めていた名前は、手を止めないまま母親を見つめた。





「だって、すごく気にしてる。」



『…………
ハリーは、初めて話し掛けてきてくれた。』



「名前…学校で避けられてでもいるの?」



『………』



「………」





名前は目を合わせない。
黙々と順調に団子を作っている。

母親は急に名前の学校生活が心配になった。





『……だから、大切にしたい。』





ぽつり、小さな声で言った。





「強い思い入れがあるんだね。」





コクリ、控えめに頷く名前を横目に、母親は団子を完成させていく。
母親と名前、各々の作った団子が、各々のバットの中に増えていく。

名前の作った団子は、母親の作った団子と同じ見た目だった。
言われてもわからないぐらいだ。




「(お店に出すものだからしっかりやらなきゃいけないけど、名前は集中できているみたいね…)」





ジムでの練習は知らないが、家で見る限り、名前の意識はどこかにいってしまっている。
食事中や、学校の課題をこなしているとき、父親と勉強しているときでさえ、ボーッとしているように見える。

あくまで母親視点のものだが、こうして話を聞いてみると、名前が不安と心配でいっぱいいっぱいのようだと分かる。





「(どうにか、元気にできないものかしら…)」





団子をこねこね、母親は考える。
名前はそんな母親を隣に、こちらも団子をこねている。

この母子は、容姿は似ているところを探すのが難しいくらいだが、自分の世界に浸りやすいところはそっくりだった。





「名前、クリスマスに送ったお菓子だけど…」





声に反応してそちらを見る。

沈黙を破って聞こえてきた言葉に、名前は目をパチパチさせた。





「ハリーくんとロンくんと一緒に、食べたって言ってたよね。」



『…。』
頷く。



「なんて言ってた?」



『………
……美味しい。…』



「そう。なら、大丈夫ね。」



『………』
首を傾げる。



「今度ハリーくんたちと会うときに、名前お手製のお菓子を持っていったらどう。」



『………』



「大丈夫。お店に出せるレベルなんだから。
だから、それまで、練習したらいいわ。

ハリーくんに、美味しいお菓子を食べてもらえるようにね。」



『………』





涼しげな目元がパチパチと忙しなく瞬くのは、非常に不釣り合いなものだった。

それも長身痩躯の男が、無言かつ無表情で、とにかく瞬きをしているのである。
異様でしかない。



だけど母親は、そんな息子にニコニコ笑顔を向けながら返事を待っていた。





『作り方を、教えてほしい。』





返事の代わりに、にっこり微笑んだ。





ところで、団子は無事完成したが、二人の天辺から爪先までは真っ白くなってしまった。



片付けを済ませたら、もう一度風呂に入る必要があるようだ。

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