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まどろむ意識の中、指先に触れた柔らかな感触を引き寄せた。

頬を寄せてみれば石鹸の匂いがする。

頭を擦り付けて、落ち着く場所を見つけると、ぎゅうと抱き締めて、またうとうとし始める。

時折、涼しい風が体を撫でていった。

意識はまた、深いところへ落ちていく。















『…』





急激に浮上する意識。
パチリと目を開く。

今まで熟睡していたようには感じさせない俊敏な動きで体を起こすと、しばしそのままの体勢で固まった。





『…』





キョロキョロと辺りを見回す。

埃や髪の毛ひとつ落ちていない、整理整頓された、名前の部屋だった。

手元に目をやると、ぎゅっとタオルケットを握っていた。

柔らかな感触はタオルケットだったようだ。

それからカクン、と首を傾げた。

名前は居間で課題をしていた。
だが、何故か自分の部屋にいる。
布団の上で、タオルケットを抱き枕にして、ぐうぐうと眠っていた。
しかも、クーラーをつけて。

名前は部屋に来た覚えも、布団を敷いた覚えも、クーラーをつけた覚えもない。





『………』





ひとしきり首を傾げたあと、名前は立ち上がって布団を畳んだ。

覚えのないことを考えてもきりがない。

それに、名前は長いこと考えているといつの間にか寝てしまう気があった。





『……』





―――もしやそのせいだろうか?―――



名前は思い立ったが、またぐるぐると考えてしまいそうになり、すぐ思考することを放棄する。

クーラーを止めて、居間に向かう。



部屋を出た途端、湿気と熱気が混じった空気が体を包んだ。

すぐにでも汗だくになれそうだった。





「あらっ、起きたのね、名前。おはよう。」




居間には誰もいなかった。

ならば店かと判断して向かう。

すると足音を聞き付けたのか、調理場の出入口にかかっている暖簾の隙間から、母親がひょっこり顔を出した。





『おはよう』





窓から射し込む光はだいぶ傾いていたが。

にっこり笑う母親に、名前は無表情で挨拶を返した。





「名前、課題しながら眠っちゃったみたいね。お父さんに部屋まで運んでもらったのよ。」



『……ありがとう。』



「はい、どういたしまして。お父さんにも言ってらっしゃい。」



『……』





コクリ、頷いて、名前は店に向かう。

父親はこちらに背を向けて、紙袋に何かを詰めていた。

紙袋はそれ一つではないようだ。

ガラス張りのショーケースの上に、いくつかの紙袋が並んでいる。





『お父さん』



「うおっ!」



『…』



「なんや、名前かいな。気配消して背後に立たんといて。」



『…ごめんなさい。』





気配を消したつもりは毛頭無かったが、胸を押さえている様子に謝罪する。





「いや、別に謝らんでも…まあええわ。どうしたの?」



『…ありがとう。』



「うん?…」





父親は目をパチパチさせた。次いで首を捻る。

お礼を言われた理由を考えているらしかった。





『………運んでくれたって』



「っあぁ!あーあー、それね!そんなもん、気にせんといて。寝るんなら気持ちよく寝れた方がええやん。
でもなぁ、名前。お前、軽いなぁ。お父ちゃんと同じくらいご飯食べてるのになあ…。」



『………』





ニコニコ笑っていたかと思うと、父親はすぐに心配そうな顔付きになった。

名前はただ首を傾げる。

軽いと言われても、成長期の子どもの体重としては十分にあるはずだ。





「名前は、お父ちゃんに似たのかなぁ。」



『………』





身長のわりに体重が軽い。
父親も名前と同じく、細く平たい体つきだ。

かき混ぜるように頭を撫でられた。

名前の頭を掴んで持ち上げられそうなくらい、大きな掌だ。





『………
それ…どうするんだ。』



「うん?」



『紙袋。』





指を差しながら尋ねる。
父親はくるりと顔だけそちらに向けた。





「ああ、これな。名前、イギリスのお土産いっぱい買うてきてくれたやん。早く食べなきゃ悪くなるのもあるし、ご近所さんにお裾分けしようと思ってな。」





納得したのか、名前はふむふむと頷いた。
その姿を見ていた父親は、ふと考えるように黙り込む。

そしてしばらくして、いきなり手を打った。

ビクリと肩を揺らし、ナマエは父親を見る。





「名前、一ヶ所行ってきてくれる?」





ニコニコして父親が言った。
名前は首を傾げるしかない。





「うち贔屓にしてくれてる、駄菓子屋のおばあちゃんのとこや。何べんも行ったことあるやろ?あそこ。」





ぼんやりとした表情で右斜め上を見上げている。

名前は思い出したのか、やがてコクリ、と頷いた。





「名前が学校行ってる間、なんや気にしとってなあ。顔見せに行っておいで。」



『……今から。』



「今から。」





ちらりと時計に目をやる。
夕飯にするにはいささか早く、出掛けるにしては遅い時間だ。

だが目的地は近場だし、今は夏真っ盛りなので、日が落ちるのは遅い。
名前はコクリ、と頷いた。了承の意のようだ。





「よし。お母ちゃーん!ちょっと出掛けてくるわー!!」





いきなり父親は調理場に向かって叫んだ。

(名前は驚いたのかビクッと跳ねたが、相変わらずの無表情だった)

直後、パタパタと足音が迫ってくる。
暖簾の隙間から現れた母親の顔や手には上新粉が付いていた。
驚いているような、呆れているような表情を浮かべている。





「今から?どこに行くの?」



「お土産お裾分けしに、ご近所さん回ってくるよ。」



「何も今日じゃなくてもいいのに。…気を付けて行ってきてね。」



「うん。じゃ、行こうか。」





母親はますます呆れたような様子だった。
だが、突飛な行動をする父親には慣れているようだ。

自動扉の前で二人を見送った。



父親と名前はしばらく同じ道を歩いていたが、やがて二手に分かれ、お互いに思い思いの道を進んだ。

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