22.
『………ダメですか。』
「駄目です。何度言っても、駄目なものは駄目です。諦めなさい。」
『学年末のパーティーです。』
「パーティーなら来年もあります。来年を楽しみにしていなさい。」
『………』
それだけ言うと、マダム・ポンフリーは荒々しい動作でカーテンを閉めてしまった。
カツカツと足音が遠ざかっていく。
名前は小さく溜め息を吐いて、自身の手首に巻かれた包帯を見下ろした。
首にできた痣も、手首にできた火傷も、魔法の薬を以てしても治りが遅い。
普通の火ではなかったのかもしれない。
だが、とにかく、名前は最終診察で引っ掛かってしまったのだ。
やむなく名前は、ベッドに寝転がるしかなかった。
同情めいた瞳で見つめてきたハリーを一人大広間に向かわせた。
時計の針が進む。
楽しそうな生徒達の話し声が聞こえてくるようだった。
「ナマエ!」
「起きて!ナマエ!」
体を激しく揺さぶられて、名前はうっすら目を開く。
眼前にはハリー、ロン、ハーマイオニーの三人がいた。
三人とも興奮したように顔を赤らめている。
名前はぱちくりと瞬きを繰り返して、ゆっくり体を起こした。
『どうしたんだ。』
名前は寝癖だらけの頭を傾げる。
「勝ったんだ!」
三人は満面の笑みを浮かべて言った。
『………何に。』
さらに首を捻る名前に、三人は飛び付くように抱きついた。
「寮対抗杯の表彰よ!グリフィンドールがスリザリンを抜いて一番になったの!」
「ロンと、ハーマイオニーと、僕と、ネビルと…ナマエ、君の分が加点されたんだ!」
「地下での件が加点になったんだ!逆転したんだぜ!」
体を跳び跳ねさせて小さな子どものようにはしゃぐ三人に、名前は目をぱちくりさせるだけだった。
ハリー達と名前の間の温度差が激しいが、生憎気付く者はそこにはいない。
幸か不幸か、マダム・ポンフリーはちょうど医務室にいなかったのだ。
その興奮も徐々におさまってくると、ハリー達は各々持ち寄ってきたパーティーの料理やお菓子を取り出して、ベッドの上に広げた。
「それじゃ、乾杯!」
『……』
ゴツンとゴブレットをぶつけ合い、中にあるカボチャジュースを飲み干す。
名前一人はミルクだが。
若干溢れたのはご愛敬である。
「それにしても、楽しかったぜ。パーティー!逆転したときなんか特にね。それまで喜んで顔真っ赤にさせてたマルフォイがさ、勝ちがグリフィンドールになったとたんに真っ青になったんだ。器用なやつだよ。」
ロンがカボチャジュースのヒゲをつくったまま嬉々として話す。
どうやら気付いていないらしい。
「スネイプがマクゴナガルと握手したときもね。笑ってたけど、すっごく嫌そうだった。」
思い出したのか、ハリーがクスリと笑う。
「来れなかったのが本当に残念よ。ナマエ、傷は酷いの?」
身を乗り出して心配そうに見つめるハーマイオニーに、ハリーとロンもアップルパイを食べる手を止めて、同じように見つめてきた。
ちょうどサンドイッチを口一杯に頬張っていた名前は、そんな視線を一身に感じて少し気まずそうにした。
もぐもぐと咀嚼し、ごくりと飲み込んで口を開く。
『酷くはないと思う。
でも、マダム・ポンフリーが許可しなかった。』
「…ああ。」
ハリーが少し遠くを見るように目を細めた。
同じく最終診察を受けたハリーには、名前の気持ちはよく理解することができたのだ。
ハリーは引っ掛かることはなかったが。
「ねえ、これって今さらかもしれないけどさ。」
ローストビーフをかじりながらロンが言った。
「ロン、口の中のものを食べてから話して。」
ハーマイオニーが顔をしかめて注意をする。
ロンはローストビーフを飲み込んだが、慌てていたのか盛大に咳き込んだ。
ハリーがカボチャジュースを手渡して、ハーマイオニーは呆れたような顔をした。
「…僕ら、ナマエがどうしてクィレルに狙われて怪我をしたのか知らないんだ。」
未だ若干涙目のロンが苦しそうに言うと、それに同意するようにハリーが力強く頷いた。
「そうだ。そうなんだよ、ナマエ。ダンブルドアに聞けばよかったんだけど、時間なくて。マダム・ポンフリーに止められて面接もできなかったし。
何があったの?」
食事の手を止めて、ハリー達三人は名前を見つめた。
真っ直ぐ見つめてくる輝いた瞳を前に、名前は忙しなく視線を泳がせる。
『………』
何かを考えるように一点を見つめていたが、やがて俯いてしまった。
黙り込む名前に、優しい声音でハーマイオニーが聞く。
「…ナマエ、話せないことなの?」
『いや、違う。』
顔を上げて、名前はきっぱりと否定した。だがすぐに目を伏せる。
『まだ、まとめられていないんだ。
わかっていることも、わからないことも、たくさんあって。』
「わかっていることは、言えないこと?」
『…確かめなきゃいけない。』
「確かめる?」
「あてがあるのかい?」
名前はひとつ頷いた。
「それが誰なのかは、言えない?」
ハリーが聞くと、名前はまたひとつ頷いた。
『分かったら話すよ。』
言いながら、クロテッドクリームとジャムをたっぷりつけたスコーンにパクリとかぶり付く。
意識は既にスコーンに移ってしまったらしい。
何か言いたそうにするハリー達を見向きもせず、ぽろぽろと落ちるパンくずに名前は四苦八苦していた。
「待ってるよ。その言葉を忘れない内はね。」
こめかみに指を当てたハーマイオニーが溜め息を吐く。
ハリーもロンも、この時ばかりは同じ心境だった。
期待はしない方がいいかもしれない。
『…………。』
今日から学校は休みに入る。
生徒達は一年ぶりに家に帰るのだ。
そして名前は、やっと退院の許可をもらった。
朝早く、名前がスキップでもしそうな勢いで廊下を歩いていたと証言する目撃者が相次いだらしいが、真相は定かではない。
家に帰る用意などやることがたくさんあったから、急いでいたのは確かだろうが。
そうして寮に戻ってきた名前は、試験の結果を前に棒立ちになっていた。
「何ボーッと突っ立ってるんだよ、ナマエ。よかったじゃないか。」
ロンがポンと名前の肩を叩いた。
「そうだよ。だって、試験パスしたんでしょ?もっと喜んだらいいのに。」
次いでハリーが首を傾げる。
そこにハーマイオニーがやってきて、ハリーとロンの耳元で小さな声で言った。
「喜んでるのよ。そっとしておきましょう。」
「あれで?」
「呆然としているようにしか見えないけど。」
「ナマエがボーッとするのはいつものことじゃない。」
「まあ、…確かにね。」
「うん。」
ハリー達三人は、部屋の隅で棒立ちになっている名前を生暖かな目で見守った。
名前が動き始めたのはしばらく経ってからで、皆が家に帰る準備を終えた頃、やっと動き始めた。
見事学年二位を獲得した成績簿を、教科書や洋服といっしょに大切そうに旅行カバンに詰めていた。
休暇中の注意書が配られた後、船で湖を渡り、ホグワーツ特急に乗り込む。
車窓の景色は代わる代わる移り変わって、瞬く間にマグルの町々を過ぎていく。
見慣れた懐かしいマグルの服に着替えれば、すぐにキングズ・クロス駅の9と3/4番線ホームに到着した。
「ナマエはこれから飛行機だっけ?」
ハリーに問われ、名前はコクリと頷いた。
「大変ね。日本に着くのは夜かしら…。気を付けて帰るのよ、ナマエ。」
ハーマイオニーに心配そうに見つめられながら、名前はまた頷いた。
「ナマエ、夏休みに僕の家に泊まりにきてよ。ふくろう便を送るからさ。」
『…いや、いい。』
「えっ、どうして?」
『ふくろうが大変だ。』
「じゃあ、マグルの方法で出すよ。」
『…いい。お金がかかる。
……本当に必要なときだけ、書いてほしい。』
「頑固だなあ。わかったよ。でも、約束だぞ。
絶対、ハリーもハーマイオニーも一緒に、四人で遊ぼう。」
『ありがとう。』
「うん。きっと楽しいよ。」
『ああ。俺も楽しみにしている。』
ロンがニッと笑う。名前の顔もわずかながら綻んだようだった。
それは気持ち程度のもので、第三者から見れば相変わらずの無表情ではあったが。
「ナマエ、元気でね。」
『…ハリーも。』
「夏休みだからって、ハメを外しすぎて危ないことなんかしちゃ駄目よ。」
『大丈夫だ、ハーマイオニー。』
「夏休みに、また会おうな。」
『うん、会おう。ロン。』
重たいスーツケースを転がしながら、名前は人を避けつつ階段を降りていく。
「バイバイ、ナマエ。」
大きな声でハリー、ロン、ハーマイオニーが叫んだ。
名前はゆっくり振り返る。
『………。』
手を小さく振り替えして、階段を降りていく。
少し猫背の長身痩躯は、すぐに人混みに紛れて見えなくなった。
- 32 -
[*前] | [次#]
ページ: