21.






『………』





ぱっちりと開けた目で、瞬きを繰り返す。

蝋燭の炎は大分前に消えていた。

辺りは真っ暗闇である。

ダンブルドアと会話をした後、名前は長く深い眠りについていたらしい。
目を覚ましてみれば、既に夜となっていた。





『…(……眠たくない)』





するりと布団から抜け出す。

ベッドの上で座り、おもむろに閉じられたカーテンへ潜り込んだ。

窓に名前の姿が映り込む。

夜空には真ん丸な月が浮かんでいた。
月明かりのせいか、いつもより星の光は弱く見えた。





『………』





名前は窓に映った自分の姿をじっと見つめる。
そして、そっと首を触る。

うっすらと赤色で残っている縄の跡を、指先で撫でたり押したりした。



辺りには、時計の秒針の音と誰かのイビキだけが響く。















「何をしているのかね。」





ぼんやりと窓の外の景色を眺めていた名前の背後から、突然低い声がした。

名前はビクリと肩を揺らし、石のように固まる。
突然のことに対処できないのか、声も出ない。

動かない名前に痺れを切らしたのか、バサリ、カーテンを取っ払われた。





「…Mr.ミョウジ、君は病人のはずだが?」





唸るような低い声。
名前はおそるおそる振り向いた。

暗闇の中で青白い顔が浮かぶように存在していた。
不機嫌そうに眉根を寄せている。

眼差しは冷たい。





『……スネイプ先生…』





掠れた声で、現れた人物を呼んだ。

呼ばれた本人は相変わらずのしかめっ面で、怒っているのかいないのかわからなかった。





「病人は病人らしく寝ていたまえ。何の為に医務室にいると思っているのかね?」



『………眠たくなくて、……』



「そんなことは理由にはならない。」



『……』



「起き上がっていては体に障る。…
…明日は学年末のパーティーがある。出たいのならば安静にしているのだな。」





言われて、じっと見下ろされる。
名前が布団に入るまで見ているつもりなのかもしれない。

促すような視線に、名前はそろそろと布団に潜った。
体を横たえる。
が、スネイプが出ていく気配はない。
それどころか棚を漁り、包帯やら薬品やらを取り出している。





『……』



「…包帯を替える。」



『…』
コクリ。
頷く。





すっと伸ばされたスネイプの手は予想外に優しく名前の手首を持ち上げ、丁寧な仕草で包帯をほどき始めた。
荒々しい振る舞いをする無骨な手と丁寧で優しい行為のちぐはぐさに、名前は目をぱちくりさせる。

その間に包帯は全てほどけ、あてられた白いガーゼがそこにはあった。
それもすぐさま剥がされる。





『…………』





傷口はまだまだ生々しかった。

スネイプは何も言わないまま薬を塗り込む。

名前は少しだけ眉をひそめた。

傷口をえぐるように薬を塗る指先のせいで、少しだけ痛かった。





『………』





視線を傷からスネイプの顔に移す。

眉間には深い皺。
引き結ばれた薄い唇。
授業中と何も変わらない、ここへ来たときと同じ表情だ。

怒っているのか、いないのか、わからない。
何を考えているのかも、名前にはわからなかった。





『………スネイプ先生』





幾分、普段よりも掠れ気味な声が出た。

スネイプは返事の代わりに、ちらりと名前を見る。

手元の作業は怠らないままだ。

名前は真っ直ぐスネイプを見つめた。

夜中に降った雨によってできた水溜まりのような、黒い、黒い瞳がスネイプを射抜く。




『先生は俺に、忠告をしました。近付かないように。』



「……」



『クィレル先生のことや、ヴォルデモートのことを、わかっていたのですか。』



「……」



『スネイプ先生は、どうして俺に忠告をしてくれたのですか。』





真っ直ぐ目を見て一字一句はっきりと話す名前の様子は、スネイプの目には普段とは少し違って映った。
授業中に見てきた名前は、少なくとも今のようにはっきりと物申すような事は一度もなかった。
いつも、いつの間にかそこにいて、いつの間にか消えている。
影のような生徒だった。





「…君が生徒だった。それだけのことだ。
何を考えているのかは知らないが、思い違いはしないでくれたまえ。」



『………』





冷たく言い放すと、名前は目を伏せた。

図体ばかりはでかいが、中身はネビル・ロングボトムと同じくらい小心者なのだ。
ちょっと言われたら、すぐに俯いて黙り込む。

名前から目をそらし、スネイプはもう片方の手首の手当てに移ろうとした。
しかし、はっきりと声が返ってきた。





『生徒は、…俺だけじゃない。
ハリーも生徒です。』



「…………」





スネイプは何も答えなかった。

名前は少しの間、スネイプの土気色の顔を見つめて、そっと目を伏せた。
唇を結ぶ。

同じことを言う気にはなれなかった。




















「…………」





バタン





夜も更けた頃、廊下に遠慮ない扉を閉める音が響き渡った。

絵画たちが鬱陶しそうに目を細め、「ドアは静かに閉めろ」と怒鳴る。

怒鳴られた本人はといえば、怒鳴り声を背に素知らぬ顔でスタスタと廊下を歩いていた。

しかしその歩みも直ぐ様止まる。





「ナマエの怪我の具合はどうじゃ?セブルス。」





穏やかな声が響く。





「…立ち聞きですか、校長。」



「はて、なんのことかのう。わしは夜の散歩をしておっただけじゃよ。」



「………」





スネイプはゆっくり振り返る。
暗がりから現れたダンブルドアは朗らかに笑っていた。
少し睨んでみるが、ニコニコしているだけで、まるで効き目はない。
溜め息を吐きたかったが圧し殺した。





「君が自ら誰かと関わりをもとうとするのは珍しいのう。
わざわざ夜中に来ずとも、昼間、ナマエが起きている時間に来てやったらどうじゃ。そうしたら、たくさん話すことができるじゃろう。」



「何も…話す必要はありません。」



「そのわりに気にかけておるようじゃがの?」





さも楽しそうに笑うダンブルドアを見て、スネイプはまた、溜め息を吐きたくなったが、ぐっと堪える。

代わりに眉間のシワがぐっと深くなった。





「校長…どこまでご存知です?」



「何がじゃ?」



「ミョウジの力についてです。」



「…ふむ。」





ダンブルドアは、自身のふわふわとしたヒゲを撫でて、ひとつ唸っただけだった。

月が顔を出したようだ。
廊下にやわらかな光が射し込む。

ヒゲを撫でる手につけられた指輪が、月明かりを反射し、キラリと光る。

スネイプは矢継ぎ早に質問する。





「ミョウジの魔法を扱う力はこの一年間で強くなりました。異様なほどに。
正直に申し上げてしまえばミョウジはおかしいと我輩は思うのですが。」



「力が強い者は稀にいる。…何をおかしいと思うのじゃ?」



「………」





スネイプは迷うように視線を巡らす。
何かを紡ごうとする唇はなかなか言葉にはならない。

やがてぽつりと小さな、しかしはっきりとした声が響いた。





「………

…死んだユニコーンの言葉を代弁するなど…

生徒から聞いた話ですが。全く、馬鹿げている。」



「ナマエ本人は、身に覚えがないようじゃしの。憶測で判断するわけにはいかん。
それで、セブルス、」



「はい。」



「それだけかの?」



「…

………」





素早く切り返されて、スネイプは言葉に詰まった。

そんな反応をすれば相手の思う壺だとわかってはいるが。

心底不服そうな顔と声音で、ぼそりと呟くように言った。





「…借りを返しただけです。」





自身の脛あたりに目を落とすスネイプを、ダンブルドアはニコニコと笑って見るだけだった。





「(…この方は、)」





苦い顔をすると、真っ黒いマントを翻して背を向けた。

足早に歩く。

さながら蝙蝠のように。





「(どこまで知っているんだ)」





バサリ。

マントは翻る。

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