19.-1






肌寒さを感じ、名前はゆっくりと目を開いた。

ぼんやりと天井を見る。
辺りはほの暗かった。
名前はもう一度目を閉じる。

体を捻って寝返りを打つ。
しかし、思うように体が動かせない。
そして、寝ているベッドが硬く、異様に冷たい。





「目が覚めたか?ミョウジ。」





声がして、名前は閉じていた目をぱっちりと開けた。














「よく眠れたようだな。気分はどうだ?」





クィレルがいた。

いつものおどおどした雰囲気はなく、蔑むような目をして名前を見下ろしている。

手には杖が握られていた。





『………』





じっと杖を見たまま、名前は立ち上がろうと手を動かす。
しかし、動かなかった。
首から両手にかけて、そして両足が、ロープで固く結ばれているせいだった。

クィレルは冷笑を浮かべる。





「ミョウジ、愚かな考えは捨てるんだ。
お前がもがけばもがくほど、その縄はお前を苦しめる。」





動けば動くほど、縄は首や手や足に食い込んでくる。
どうやら魔法がかけてあるらしい。

名前はピタリと動くのを止めて、仰向けに寝転んだ体勢のまま、見下ろしてくるクィレルを見つめた。

クィレルはすっと目をそらし、何処をともなく何もない空間を見る。





「どうしてクィレル先生が…か?」





ぽつり、呟くクィレルの唇を、じっと見つめた。





『………』



「何故こうなったのか、何故こんなことをするのか。
聡いミョウジにならわかるだろう?」



『………わかりません。』





いつもと変わらない無表情で名前は答える。

そんな名前をちらりと見て、クィレルは忌々しそうに眉根を寄せた。





「………見えるか。」





クィレルはすっと指を差す。
枯れ枝のように細い指だ。
名前の視線は、クィレルが指を差した方にゆっくり向かった。

目が慣れてきたのか、先程よりも部屋の様子が見えるようになっている。
天井はドーム型で、案外高い。
灰色の石がきれいに並んでいた。

徐々に視線をずらす。

中央辺りに、姿見よりも大きい、曇った鏡があった。
光がないのに、明るく輝いている。

名前の目は申し訳程度に見開かれた。





『望みを映す、鏡…』
掠れた声で呟く。



「そうだ。」





クィレルは鏡の方までスタスタと歩いていくと、いとおしげに鏡を撫でる。





「これで"石"が手に入る。」



『………
石…』





鏡に映るクィレルと見つめ合いながら、名前は躊躇うように何度か口を閉じたり開けたりした。





『賢者の石…』



「そうだ。
それでご主人様は甦る。何ものにも屈しない体となって、もう一度この世に現れるのだ。」



『………ヴォルデモート、』





小さな声で名前が呟く。

瞬間、クィレルの目がきっと吊り上がった。





「その名を軽々しく口にするな!」





部屋の中で声がキーンと反響した。
指先が白くなるほどに強く握られた杖から、強烈な光が放たれる。
それは飛び出すように出てくると、目にも止まらぬ速さで名前の腹の辺りを抉るようにぶつかった。

名前の体は壁に強く叩きつけられた。





『ゲホ、…』





くの字になって咳き込む。

クィレルは興奮治まらぬ様子で、杖を名前に向けたまま、忌々しそうに睨み付けた。





「あのお方の偉大さを欠片も理解していないお前が、簡単に口にできるような名前ではない。」



『………、…』





体を丸めながら、名前はゆっくりと顔を上げてクィレルを見た。
クィレルは冷たい、鋭い目をしていた。

名前は再び俯く。
唇を噛み締め、一文字に引く。





『…、
…思い違いではなかったということですか……。』





何度か呼吸を繰り返し、やっと口にした言葉だった。

吐き出した息は微かに震えていた。





『賢者の石も、ユニコーンの血も、ハリーが傷つけられるのも、…全部、クィレル先生の計画だったのですか。』





抑揚のない声は掠れていた。
俯いた名前の顔は長い前髪に隠れたしまっている。

今名前がどんな顔をしているのか。

クィレルが知ることはない。





「やはりお前は聡い。その年にしてはな。さすがはミョウジの息子というべきか。」



『、父を…』





名前は前髪の隙間からクィレルを見上げる。





「知っているとも。ご主人様がお教えくださった。
ミョウジ、お前の父親はご主人様の腹心の部下だった。
しかし、お前の父親は裏切ったのだ。」





杖が向けられ、火花が散った。
再度体が壁に叩き付けられた。
床に倒れ込もうとする名前を、首に縛った縄で無理矢理立たせる。
首に縄が食い込み、呻くこともできなかった。





「お前の父親はマグルの世界に逃げ込み悠々と暮らしている。
ご主人様の深い悲しみを味わうべきだ。
そうは思わないか?ミョウジ。」



『………』





ぎりりと縄が強く食い込む。
そのうち首を切られそうだ。
それこそ虫の手足のように。

呼吸がままならない。
意識も薄らいでいく。





「よせ。」





嗄れた低い声が響いた。

声はあっちこっちから響いてくるため、どこから出ているのかはわからない。





「しかし、ご主人様っ…!」



「…俺様の命令ならきけるな?」



「……」





縄が緩み、名前は床に倒れ込んだ。
膝をつき、咳き込む体を丸め、ゆっくり呼吸を繰り返す。

眉を八の字にし情けない顔をしたクィレルは、杖を持ったまま、その場を右往左往している。

第三者から見れば、明らかに挙動不審である。





「俺様はナマエの顔が見たい。」





再び低い嗄れた声が響いた。
クィレルは目を見開き、ピシリと固まる。
名前はキョロキョロと辺りを見渡した。

ここにいるのは、名前とクィレルだけだ。





『………
(…クィレル先生の声だろうか)』





名前は首を傾げたままじっとクィレルを見つめる。
その視線にはちょっとだけ好奇心が含まれていた。

そんな目で見つめられても対応に困るのがクィレルの方である。





「見せろ。心配はいらん。」





クィレルは、低く響く声にハッとしたように目を見開いた。
そして慌てて口元を歪め、きっと名前を睨む。

睨まれた名前としては意味がわからず、更に首を傾げることとなった。





「ほう…見れば見るほど、ミョウジそっくりだ。懐かしい。まるでミョウジの若い頃を見ているようだ。」





頭に巻いていたターバンを外し終えてから、クィレルは後ろを向いた。

そうしなければ、"ご主人様"から名前が見えないからだ。





「ごきげんよう、ナマエ。
ああ…あまり気分はよくなさそうだな。
さて、俺様が誰だかわかるかな?」



『…………ヴォル、…』





言いかけて、名前はぎゅっと口を閉じた。
そして、そろそろとクィレルの頭を見た。

クィレルの頭。

もう少し詳しく言えば、クィレルの後頭部にある、"顔"を見た。

"顔"はなんだか愉快そうで、ニヤニヤと笑っている。





「ん?どうした?最後まで言ってみろ。」



『……………
ヴォルデモート』



「そう。そうだ。
心配しなくていい。発音もしっかりできている。」





ヴォルデモートが哀れんだ目で名前を見つめる。
どうやら、ヴォルデモートに名前の滑舌の悪さが知られているようだ。

この時名前は、穴に埋まって隠れるしかないと思った。らしい。

ヴォルデモートは生暖かい目で見つめてくる。





「ナマエ…俺様はこの一年間、ナマエを見てきた。」





ヴォルデモートは我が子に絵本を読み聞かす父親のような、優しい声音で語る。

一年間も自分の発音の悪い声を聞かれていたのかと思うと、名前はますます埋まりたくなったようだった。





「俺様を裏切った男そっくりの、その息子だ。目に止まるのは仕方ないと思わないか?」





名前は前髪の隙間からじっとヴォルデモートを見つめた。





「ナマエ、俺様の元に来い。」





『……どうして、』





首を傾げる動作と共に、呟くように問う。





「ホグワーツにいるよりずっといい。俺様が全てを教えてやろう。」



『…、……俺の父は、…あなたを、裏切った。だから、…憎いんじゃないのか。殺したいくらいに。』



「確かに、お前の父親は裏切った。たくさんの仲間の命を奪ってな。
しかしお前ほど計り知れない魔力を持った魔法使いも稀有だ。
だからこそ欲しい。たとえお前が俺様を裏切った男の息子だろうとだ。」



『……』



「俺様の元に来い。頷け。
それだけでいい。」





ヴォルデモートが笑う。
赤い瞳が三日月状に弧を描く。

名前はヴォルデモートを見つめた後、フルフルと首を左右に振った。





「ナマエ、お前は愚かなことに、自分の魔力の強大さに気付いていないようだ。」





ヴォルデモートがいかにも残念そうな声音で言う。

しかし、名前の答えにあまり驚いてはいないようだった。





「お前の成長は著しいものだった。それこそスポンジのように吸収していった。」





物がわからない子供に教えるような、諭すような優しい口調だ。

獲物を逃さないように見つめてくる赤い瞳は変わらない。
ぎらつきだけが増していく。





「だがそれだけではない。
魔力の増大だ。お前には桁外れの魔力がある。
いつか魔力の増大に追い付かず、扱えなくなる日がくるぞ。
その時がお前の死ぬときだろう。」



『……』



「死にたくないだろう?」



『………』



「さあ、これでわかったな?
俺様と共に来い。」





名前はかくんと首を傾げる。
傾げたまま、じっとヴォルデモートを見つめる。

そして、またフルフルと首を左右に振った。

ヴォルデモートは大袈裟に溜め息を吐いた。





「ああ、ナマエ…なんて愚かな奴だ。
いいだろう。そんなに死を望むのなら殺してやる。
今、ここで」





再び縄が持ち上がり、名前は強制的に立たされた。
ぐいぐいと縄は、上へ上へ首を引っ張る。

ついには足が持ち上がり、結われた足は空を蹴った。
じわりじわりと、手足の先から冷えてくる。

苦しさも意識も遠退いていく。
名前の瞼が落ちていく。

















―――バ……け……―――

―――……だ!…―――





『………』





誰かの声が響く。

名前はゆっくりと目を開けた。

ぼんやり天上を見つめる。





『………いきてる。』





掠れた自身の声を聞き、実感したようだ。

生きてるのか。

もう一度呟いてから、周りを見てぎょっと目を見開いた。





『………ひ。』





真っ赤な火が燃え盛っている。
それはもう、赤々と辺りを照らしていた。

予想していなかった緊急事態に立ち上がろうとしたが、すぐごろんと倒れる。
縛られていることを忘れていたのだ。

首だけ回してクィレルを探す。
見える範囲にはいないようだ。





『………』





にじにじと、顎と膝を使って進む。

イモムシ歩きである。





「捕まえろ!」





びくっと体が跳ねた。
大きな声が、わんわんと反響している。
きょろきょろと辺りを見渡したが、姿はない。
声は未だに捕まえろ、捕まえろと叫んでいる。
冷静に聞いてみれば、声はヴォルデモートのものだ。

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