18.






そよそよと優しい風が頬を撫でる。
頭上で、木の葉がさわさわと音を立てた。

目を開く。

太陽が光輝いている。
目がチカチカした。

見事なまでに真っ青な空に、真っ白な雲のコントラストが綺麗だ。

ぼんやりと眺める。

瞬きもせずに、一心に空を見つめるその姿は、正直若干気味が悪い。





「………」



『…………』



「………」



『…………』



「…………」



『…………』



「………大丈夫?ナマエ…」



『…………』





名前は芝生の上に寝たまま、ぴくりとも動かない。















今日で試験が終わった。

多くの生徒は勉強から解放されたことで、皆笑顔が輝いている。

しかし名前の顔色はすぐれない。

怪我のせいで、試験ギリギリまで勉強できなかったからだ。

それでもなんとか試験をこなしたものの、不安を拭いきれない。





「そう落ち込むなよ、ナマエ。君は普段から成績がいいんだから、きっと大丈夫さ。」





ロンが名前の肩をぽんぽんと叩いた。

錆びた機械仕掛けの人形ような緩慢な動作で、名前はロンを見る。

ふるふると首を横に振った。
筆記試験の暗記物は全て勘であったし、実技試験においても、上手く出来た気がしなかった。





『もう駄目だ…。』
いつもより低い声で言う。



「ナマエは心配しすぎだよ。
君、今日ご飯も食べたっけ?見てないんだけど。」



『食べてない。…食欲がない。』



「やっぱり、心配しすぎだよ。試験は終わったんだよ?」



『ロン…心配せずにはいられないんだ。点数が悪かったら、進級できないかもしれない…』



「(…ナマエが弱音を吐くのは珍しいなあ…)」



「まあ、なんとかなるって。大丈夫さ。」



「そうだよ。きっと大丈夫だよ。」





何が大丈夫なのかちっともわからないが、ロンとハリーは名前を慰めた。

だんだん名前も、
もう終わったことだしくよくよ考えても仕方ない、
と思えるようになってきた。

体を起こして、うむうむと頷く。
ちょっと元気になったらしい。





「あなた達、よくもまぁ根拠もないのに言えるわね。」





ハーマイオニーが呆れた顔でバッサリと切った。

名前はそうだ根拠もないのに…と、また打ちひしがれた。
ガックリと肩を落とし、どんよりとした空気を纏う。

痛いところを突かれた二人は、うっと声を詰まらせた。

そんな二人を放置し、ハーマイオニーはどこからか分厚い本を何冊も取り出すと、名前に眩しい笑顔を向けた。





「ナマエ、一緒に答え合わせしましょう。私、試験の内容覚えてるから。」





対する名前は今にもカビを作り出しそうな雰囲気だ。

俯きがちにぼそぼそと答えた。





『何て書いたか覚えてない…。』





項垂れていた名前は、ハーマイオニーが何かを返す前におもむろに立ち上がると、ゆらゆらと揺れながら歩き始めた。

何処へ行くのか、とハリーが問うと、図書館、と呟きに近い小さな声で返ってくる。

いわく、本を読んでいる内は試験のことを忘れられるだろう、とのことだった。

今にもバタリと倒れそうな猫背を見つめて、残された三人は不安に互いに見合わせた。




















『(歴史は面白い。薬草も役に立つ。美術もいい…)』





数時間後、図書館からの帰り。
誰もいない廊下を、一人軽やかに歩く者がいた。

名前である。

スキップでもしそうな勢いだった。

図書館は試験が終わった直後のせいか人がおらず、本もたくさんあったので、名前は選びたい放題だった。
気になっていた本を借りられた喜びでいっぱいである。
試験のことはすっかり割り切れていた。
単純である。

何冊か借りた本を小脇に、一冊ペラペラと眺めていると、ポンポンと、遠慮がちに肩が叩かれた。
立ち止まり、くるりと振り返る。





「や、やあ。こんにちは。ミョウジ。」



『クィレル先生。』





振り向いた先には、クィレルが立っていた。
クィレルは困ったような、泣き出しそうな、怯えているような、そんな複雑な笑みを浮かべて名前を見ている。

パタリと本を閉じて、クィレルに向き合う。





『こんにちは…』





会釈をしつつ挨拶をする。
クィレルはそれに頷き返し、一拍おいて口を開いた。





「し、試験が終わりましたね。
どうですか?で…で、出来の方は。」





試験の話を蒸し返された。

だが、ここでへこたれることはなかった。

本を読むことで名前のメンタルゲージは回復したのだ。





『…、自信はないです。…
クィレル先生、もし、点数がなかった場合、もう一度、一年生ですか。』



「そ、そ、そうなりますね。ですが、君ならだ、大丈夫でしょう。
い、今採点をしていますが、安心して、い、いいと思いますよ。」



『…そうですか。』



「ええ。…」





会話が途切れた。
しばし沈黙が二人を包む。

蝋燭が風により燃え盛る音だけがする。

名前はじっとクィレルを見つめていた。
クィレルが再び口を開くのを、じっと待っていた。





「げ、元気そうで、よかったです。」



『………』
首を傾げる。



「ミョウジ、き、君が、意識をなくして、森から、かか、か帰ってきたとき、…私はびっくりしましたよ。」



『…。』





話の内容に合点がいった名前は、一人納得する。

名前は、何か言いたそうにクィレルを見つめた。
クィレルは相変わらず複雑な笑顔を浮かべている。

だがやっと開いた口を、すぐに閉じてしまった。

そうしてから、ゆるゆると俯いてしまった。





「き、き、聞いた話なのですが、」



『……』
また話し始めたクィレルを、顔上げて見つめる。



「君は、妨害呪文を使ったそうですね。使いこなすことは、で、できなかったようですが…。」



『…はい。』





短い返事をしてから、名前は再び俯く。

クィレルは直ぐ様、慌てたように言った。





「あ、いえ、ミョウジ、君をひ、批判しているわけではありません。妨害呪文は、もう少し上級生になってからできるものですから…そ、その年で出来たのは素晴らしいと思うのです。」



『、………。』
クィレルを見上げてから、戸惑ったかのように視線を泳がせている。



「そ…それと、これもき、聞いた話なのですが、」



『……』



「ユニコーンを襲った
者に、な、何か話し掛けたらしいですね。…痛い、とか。」





ちらり、クィレルを見る。
クィレルは困ったような笑みを浮かべている。

名前は答えようとクィレルを見上げたが、次第に俯きがちになっていく。

名前が頭の中で必死に言葉を探しているであろう様子が容易に見て取れた。





『………その、…』



「………」



『あんまり、その時のこと…覚えていなくて…。…』



「覚えていない?」





クィレルの声が鋭く感じられ、名前の体は強張った。





『…はい。』



「そうですか…。…
でも、ま、まるで、ユニコーンが君に乗り移ったようだった、らしいですよ。」



『………』



「そ、その時には、すでにユニコーンは息絶えていたようですがね。なんとも、ふ、不思議な話です。」



『………』





そう言って、無理矢理笑顔にしたような、引き吊った笑みを浮かべてた。

俯いている名前からは見えるはずもなかったが。





「思い出したいですか?」





唐突に聞いた言葉は、耳に入っただけで、頭の中までは入ってこなかった。

名前はクィレルを見上げ、首を傾げる。





「その時のことをですよ。き、君が思い出したいと願うのならば、おも、思い出させることもできるのですよ。
魔法で…。」





名前は少しぼんやりとする。

そして、ゆるりと首を横に振った。





『……
…知らないままで、いいです。…。』



「そうですか。では、」





瞬く。
瞬間、目の前に何かが現れた。
それが何かを確認する前に、光が弾けた。
バチッ、だか、バシャッ、だか、音がした。

目の前が真っ暗になった。

体から力が抜けた。

膝が折れる。

体が傾くが、止められない。

クィレルが何かを呟いた気がしたが、聞こえなかった。

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