09.


殆ど手掛かりが無い状態で始まった、このコテージ周辺に仕掛けられた仕組みの解明。
何から手を付けるか?
どこから情報を得るか?
一体どのくらいの時間が掛かるのか?

そもそも上手くいくのか。
情報があるのか。
戦争で多くの人が命を落とす前に間に合わせられるのか。

考え始めると不安に駆られて冷静な判断が出来ず、まともに動けなくなってしまう。
だから深みにはまる前に名前は、兎に角現状まずは得られる情報は集めようとその日の内に行動した。
コテージの敷地内の四隅、木に括りつけられた御札を調べる事にしたのだ。
















筆記具と提灯を持ってコテージを出ると、御札が括り付けられている木を目指す。
数メートル先も見えない霧の中をゆっくりと進み、やがて敷地の一角に辿り着いた。
木には以前と変わらず変色した御札が括り付けられている。

さて。ではノートを開こうとして、はたと自身の片手が提灯で塞がっている事に初めて気が付く。
このコテージの敷地内に留まる為には、鍵の役目である提灯が不可欠だ。
だが情報を書き留める為には、片手にノート、片手にシャープペンシルを持つ必要がある。





『……。』





名前は考えた末に、ジーンズとウエストの隙間に提灯の持ち手部分を差し込んだ。
一応所持している状態のはずだが、どう判定されるだろうか。
周囲に視線を走らせて暫く観察してみると、何も変化は無いようだった。
では、この状態は提灯を所持していると判定されたのだろう。
不格好だが仕方ない。

ようやく持ってきたノートとシャープペンシルを手にして、御札を観察する。
そしてそれが何を意味するのか分からなくとも、兎に角御札の状態を書き留めていく。
紙の質、サイズ、文字、紐───。

それと、感じた事や思い付いた事。
紙は和紙のようだとか、漢字が使われているから漢字文化圏の知識だろうかとか、紐はいわゆる注連縄じゃないかとか───。
そんな事だ。
どんなにくだらない事でも、見たまま、思った事をそのまま書き留めた。

書き留め終えると次は、この結界のようなものがどこから発想されたのものかを考える。
御札や提灯を作ったのは、おそらく両親のどちらかなのだろう。
御札に使われている和紙のようなもの、注連縄をのようなものを見て鑑みるに、日本的な要素が強く感じる。

しかし日本的と言っても、御札は元々外国から来た考え方だったはずだ。
結界の意味合いも名前が覚えている限りでは世界にいくつかあり、日本に限定は出来ない。
和紙と注連縄は日本の文化だろうから、やはり日本的な要素が強いのだろうか。





『……。』





この場で答えを出すには情報が少な過ぎる。
とはいえこのまま見様見真似で御札を作っても、上手く機能するか分からない。
こういった宗教的文化には、何かしら制限や決まり事があるはずだ。
それを無視して作ってたとえ機能したとしても、今使われている御札よりも効果が弱いかもしれない。

人の命を左右するものだ。
しっかりしたものでなければいけない。
その為にはやはり、理屈を知らなければならないだろう。





「行きたいところがある?」





街に出て本屋なり図書館なり行って情報を集めた方が良さそうだ。
そう判断して早速名前はシリウスに、バカ正直にそう伝えた。
シリウスは一瞬目を見開いて、それから段々と目を細めていった。
何だか複雑な表情である。
思考を巡らせているような、渋っているような、悩んでいるような、そんな表情を浮かべて黙り込んでいる。

名前が行こうとしているのは街中の本屋や図書館だ。
シリウスからしてみればそれはマグルの情報である。
マグルの情報からヒントが得られるのか懐疑的だが、自分が知らない分野なので下手に口を挟めないのだろう。
それに本屋や図書館に行くとなると、目当てのものを探したりしてそこそこ時間が掛かるはずだ。
ただの買い出しなら犬の姿で建物の外に待機するのだが、時間が掛かるという事は、それだけ名前が一人でいる時間が長くなるという事だ。

不特定多数の人がいる中で長時間、名前を一人でうろつかせるのは避けたい。
マグルの情報がヒントになるのか分からないし、目的のものが置いてあるのかも不明だ。
だからと言って調査をやめろとも言えない。

長い間渋い表情でシリウスが黙り込むので、名前は何かいけない事を言っただろうかと不安が込み上げてきたのだろう。
居心地悪そうに目を泳がせている。
その名前の様子に気が付いたのか、シリウスはようやく口を開いた。





「分かった。今回は私も人の姿で同行しよう。
だがあまり長い間コテージから離れたくはない。あらかじめ外出時間を決めておいて、目的のものを見付けられなくても時間になったら帰ること。いいね?」



『はい、分かりました。』





安堵したのか名前は肩の力を抜いたが、シリウスは未だ渋い表情のままだ。
しかし行くなら早い方が良いだろうとシリウスが続けたので、名前は慌てて出掛ける支度をした。
コテージに残るムーディ達には買い出しだと伝えて。

人の姿をしたシリウスと出歩くのは初めての事だ。
夏を過ぎて季節は秋を迎えているが、残暑が厳しく肌を照らす日差しが痛い。
シリウスは変装の意味を込めて帽子やサングラスをしているようだが、日差しが厳しいのも理由だろう。
コテージ周辺と違って街中は気温も湿度も高く、時折吹く風も生暖かい。
それでも普段の買い出しは犬の姿で付いてきてくれるので、もっと暑さを感じていただろうと思い、名前は申し訳なさそうに背中を丸めた。
シリウスは周囲を警戒していたから、名前の様子には気が付かなかったようだ。

道中の会話も少なく本屋に着いた。
目的のものがどういったコーナーにあるのか分からないので、従業員に尋ねようかとレジを見る。
数人の客が並ぶレジは見るからに忙しそうだ。
早々に諦めて自分で探す事にして、天井から吊り下げられたコーナーサインを見上げた。
自身が探しているものがどのようなジャンルに位置付けされているかは定かではないが、おそらく文化や宗教関連だろうと見当を付けて歩き探す。





『……。』





コーナーを探して歩を進める名前に、日本語が分からないシリウスは一緒に探せるわけもなく、ただ黙って付いてくる。
そうしている内に目当てのコーナーサインを見付けて、名前は本棚と本棚の間の通路に足を踏み入れた。

宗教関連のコーナーに人はいなかった。
他に人がいると通路の邪魔になっていないか、探したい本の前にいて塞いでいないか、どうしても気になって急いでしまう。
これなら取り敢えずはゆっくり本を探せそうだ。
名前は棚に隙間なく並べられた本のタイトルを順番に流し見た。

パワースポット……瞑想……エネルギー……
中々ピンとくるものが無く、本を手に取ってパラパラ読んでは、やはりしっくり来なくて戻してしまう。





『……。』





その中でようやく目に留まったものがあった。
密教、陰陽道と呼ばれる思想だ。
全くそっくりそのままというわけではないが、似通った習俗が記されている。

金神と呼ばれる民間信仰の神は毎年居場所が変わり、その方角を侵すと祟りがある。
祟りを避ける為にお札を屋敷地の四隅に立てる。
藁などで人形や蛇、草履などを作り、注連縄やお札とともに集落の境に設置される。
そうする事で外部からの災厄の侵入を防ぐ。
例えばそんなところだ。

コテージ周辺のお札を作成したのは両親のどちらかだと思われるが、そのどちらかは分からない。
しかしこの密教や陰陽道の思想は似通っているし、ヒントにしたのは間違い無い。……
……と、思いたい。





『……。』





名前は当てはまる本をいくつか流し読み、数冊購入する事にした。
それでも詳しい内容が分からなかったり、反対に専門的過ぎて分からなかったりしたので、やはり図書館へ向かいたいと再度シリウスに伝えた。





「ああ、それは構わないが……」



『……先にどこか喫茶店に入って休憩しますか。』



「いや、大丈夫だ。それよりナマエ、君は……日本では有名人なのか?」



『……』





あんまりにも真剣な顔付きで脈絡無く言うので、名前は自分の耳を疑った。
本屋の音楽や喧騒で聞き取れなかったに違いない。
そう考えてか、名前はちょっと近付いてもう一度尋ねた。





「君は有名人なのかと聞いたんだ。やけに視線を感じる。気が付かないのか?」





聞き間違いではなかった。シリウスは同じ事を言って、更に顎で周囲を差し示した。
促されるまま名前が周囲を見ると、ちらほら人と目が合う。
老若男女関係無く、サッと目を逸らす人もいれば、小さくお辞儀を返す人、微笑む人、連れ立った仲間とコソコソお喋りする人。
様々である。





『父は兎も角、俺は有名人ではないですよ。身長のせいで目を引くのだと思います。』



「身長のせいだけだとは思えないが……君の父親は有名人だったのか?」



『うーん……少しだけ。
マグルのスポーツにボクシングと呼ばれるものがあるのですが、ご存知ですか。』



「ああ、殴り合うやつだろう。」



『……そうです。父は若い時にチャンピオンになって一時期話題になったのですが、その後はすぐにやめてしまいました。』



「チャンピオンになったのにやめたのか?何故だ。」



『母に子どもが出来たからです。』



「ああ、君か。」



『はい。』



「だが、それなら余計に金が必要だろう。ボクシングは金にならないのか?」



『お恥ずかしながら、父とそういった話をした事が無いので……分からないのですが、その後は和菓子……お菓子屋さんを開きました。ファンの方もいらしてたみたいです。』



「そうか。それなら、店に行ったファンだったら君の事を知っている可能性があるんだな。」



『そうですね……。』





本屋から図書館はそんなに離れていないが、こうも暑いと歩いて移動は億劫だ。
名前はシリウスを連れて地下鉄へ向かった。
大きな駅なので人が多く、シリウスはピッタリ名前の横に張り付いている。

駅に置かれた線路図のパネルを見付けて、ここから何個目の駅に降りる、どのくらいの時間が掛かるかシリウスに説明する。
切符売り場で二人分の切符を購入していると、周囲を警戒していたシリウスが、機械の操作を物珍しそうに覗き込んできた。
改札口を通る時も物珍しそうで、少し楽しんでいるようにも見える。

思えばシリウスはコテージに置いてある電化製品を普通に使っている。
シリウスはマグルの文化や機械にあまり抵抗が無いのかもしれない。





「ナマエ、確か君もボクシングをしているんだったな。」





ホームで電車を待っていると、不意にシリウスはそう言った。
電光掲示板で時刻と行き先を見ていた名前は、一瞬反応が遅れてしまった。





『はい、そうです。』



「父親の影響か?」



『いいえ、そういうわけでは……』



「だが、理由があるんじゃないか?ボクシングは、何というか……君のキャラじゃない。」



『……数年前に、父に頼んだのです。強くなりたいって。』



「驚いたな。どうしてだ?」



『ホグワーツに入学して、地下であんな出来事があったでしょう。それが切っ掛けです。』



「魔法は殴り合いじゃないぞ。」



『俺もてっきり魔法を教えてもらえるのだとばかり思っていました。確かに魔法は教えてもらえたのですが、肉体を強くする事も必要だからと言われて、ボクシングも始めたのです。』



「それで、ボクシングは役に立ったか?」



『体力が付いてきたので以前よりも沢山走れますし、動作も速くなりましたよ。』



「うん?誰か殴ってやらなかったのか?」



『ええと……はい。傷害罪ですから。』



「おいおい、命懸けの戦いの最中だぞ。犯罪かどうかなんて気にしていられないだろう。」



『……』



「まあその考え方は、ナマエらしいと言えばそうだな。暴力を振るわずに済めばそれに越した事はない。だけどもし、敵に命を奪われそうになったら、罪かどうかなんて考えずに反撃するんだぞ。
それか君の自慢の足で逃げ切るかだ。悩むぐらいなら逃げる。分かったか?」





逃げる。
勇猛果敢なシリウスにしては意外なアドバイスが飛び出してきた。
拳を振るわない名前の事を遠回しに臆病者だと揶揄しているのだろうか。

真意を探るように名前はシリウスを見詰めた。
シリウスは至って真面目な顔付きだ。
どうやら皮肉で言ったわけではなく、逃げる選択を取れと本気で言っているらしい。





『分かりました。一人でいる時にそういった状況になったら、そうします。』





名前が了承するとシリウスは満足そうに頷いた。
そこにホームに電車が到着し、乗り込むとシリウスの意識は逸れたようだった。

図書館で知識を補うにしても、ついさっき買ったばかりの本だ。
調べたい内容が絞られているわけではないので、今すぐ図書館に行っても、あまり収穫は無いかもしれない。
しかし目的の本が置いてあるかどうかは知る事が出来るし、あれば本を借りて持ち帰り熟読出来る。
全くの無駄ではないだろう。

そして幸いな事に、向かった図書館で目的の本が見付かった。
手掛かりが掴めそうな事にひとまずは安堵して、名前は数冊の本を借りてシリウスと共にコテージへと戻った。
戻ってすぐに名前は寝室にこもり、早速本を読み始めた。





『……』





本を読んでいると、「波動」、「気」、「念」という言葉が度々出てくる。
魔法を知る前なら眉唾物だと受け取っていたかもしれないが、今はこういった事もあるかもしれないと思ってしまう。
名前にとって、魔法は現実のものだからだ。

本を読み進めていくとお札を作る工程が記されていた。
やはりしかるべき方法と道具が必要であり、定められた様々な手順に従わなければならないようだ。
そしていざお札に文字などを書き込む時は、ただ漫然と書けば良いものではなく、集中し、強く念じて一気に書き上げなければならないらしい。
つまり名前の精神も整えて向き合わなければならないのだ。

この方法は手軽に行えるものではないし、全く正しいのかは分からないが、兎に角やってみるしかない。
まずは必要な道具を揃える事から始めるとしよう。

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