08.


シリウスと話せるようになってから、全てが元通りになったわけではなかった。
まあ、基本的には普段通りに戻ったように見える。

バーベッジには紳士的な態度。
クィレルには敵対心を抱いた態度。
ムーディには警戒した態度。
名前には友人のような、家族に対するような態度。

だが名前に限っては何かの拍子に、気のせいでなければ奇妙な熱意を感じるようになった。
話している声音や視線、身振り、体の触れ方。
ガラスケースに入れた宝物を扱うような感じだ。
その変化に戸惑いはあったが、再び話せるようになった安堵と喜びが勝り、名前はシリウスに以前と同じように通り接していた。

話せるようになったので中断していた今後の事や蘇生の事を話し合いたいが、その件を持ち出して再び口を閉じないか不安があり、名前は中々切り出せなかった。
しかし避けて通れる道ではないし、無為に時間を過ごすわけにもいかない。
クィレルとムーディは警戒されているし、波風を立てずに話を切り出すのはバーベッジか名前が適任だろう。





「話を切り出す方法?」





夜、寝る前。
ベッドに横たわりながら、名前はクィレルに相談した。
適任とはいえ、それでも切り出すのは不安だったからだ。





「そんなに神経質にならずとも、切り出して大丈夫だと思いますよ。ブラックは君の事を大切に思っているでしょうから、君に関わる話をしないわけにはいかないはずです。ちゃんと聞いてくれると思います。」



『本当にそうでしょうか……。』



「ええ。……しかし、最近の彼の様子は……」



『……何か問題があるのですか。』



「うーん………………」



『……』



「少し……距離が近いというか……。」



『……』



「ミョウジは、そうは感じませんか?」



『少し……。気のせいだと思っていました……。』



「あれは気のせいではないです。」



『話をしなかった反動ではないですか。』



「反動?」





クィレルは複雑な声を上げた。
納得いかない様子と、名前がそう考えている事に驚いている様子が含まれていた。





「君は他人の事には敏感なのに、自分の事になると鈍感ですね……。」



『……
……反動ではないのですか。』



「私は反動ではないと思います。」



『では、』



「この共同生活を続けていくには、君は私の考えを知るべきではないです。」



『……。』





珍しく強い口調でピシャリと言い放たれ、名前は口をつぐむ。
クィレルの考えが何なのか知りたい気持ちはあったが、「共同生活を続けていくには知るべきではない」という言葉に少しの恐怖も生まれた。
好奇心と恐怖に頭の中がモヤモヤしたが暫くして、名前はやっと「おやすみなさい」とだけ呟いた。















翌日。
名前は早速クィレルの言葉を信じて、シリウスに話を切り出した。
シリウスの態度は変わらなかった。
冷静に話に応じて、その日の内に話し合いの場が設けられた。
こんなにも早く事が進められるのなら、もっと早くに切り出せば良かったと思う程だった。





「議題はいくつかあるが、まずはわしらが本物である事から証明すべきだろう。」





集まった全員を片目で見回して、ムーディは落ち着いた深い声音でそう言った。
シリウスが話を中断させた事。
話し合いまで日数が開いてしまった事。
嫌味を言ったり非難する者はいなかった。





「実はあの後シリウスと二人で話したのだが、わしらが本物であると証明するのは難しいと結果が出た。
この閉鎖空間ではポリジュース薬の材料を調達する事が容易ではない。ましてや作る事も出来ない。定期的に服用しなければならない条件もあり、これは可能性としては低い。
杖はシリウスが管理しておる以上、変身も不可能だ。
しかし『奴ら』の変身方法を、わしらは全て把握しているわけではない。
つまり本物であると証明が出来ない。」



「だが本物ではない証明も難しいと考えた。
ナマエ、鈴の効力について誰かに話したか?」



『いいえ。』



「そうか。誰も知り得ない情報なら、敵の陣営がわざわざ鈴を持ち去る可能性は低い。
つまり現段階では、鈴を持っていれば本人である可能性が高いという事だ。
そしてここにいるマッド−アイとヘドウィグは、ナマエが作った鈴を持っている。
だから本物であると信じきる事は出来ないが、本物であると仮定して、今はこのコテージにいてもらう。」



『騎士団に戻らないという事ですか。』



「そうだ。蘇生した事も連絡しない。君の作った鈴の効力がどこで漏洩するか分からないからな。死亡したという事のままにする。
それから、ナマエ。マッド−アイとクィレルの杖は私が管理するが、君にはこの空間に案内する提灯を管理してもらいたい。」



『俺がですか。』



「ああ。必要な時は私が声を掛ける。誰かが麓に下りて「姿くらまし」する時も、君が案内するんだ。
もしも外で何者かに襲われそうになったら、提灯に火を点して霧の中へ逃げ込め。そうすれば付いては来れないだろう。」



『分かりました。』





果たして切羽詰まった状態で悠長に提灯に火を点して山の斜面を駆け上がれるのか、イメージは湧いてこない。
少々不安はあったが、話の腰を折るわけにもいかず、名前は真剣に頷いて了承した。





「ミョウジ、鈴の事だ。
敵の手に渡っても鈴は効力を発揮するのか。他者の手で複製が可能なのか。そもそも鈴が蘇生の引き金になっているのか。鈴を付けていなくても効力があるのか。蘇生する肉体が損傷していた場合、または無かった場合はどういった結果になるのか。蘇生した者がもう一度死亡した場合、再び蘇生するのか。
不明な部分も多いが、まずは分かっている部分を話す。」



『はい。』



「シリウスが言ったように、鈴の効力について漏洩は避けたい。そして疑念を抱かれる事も避けたいのだ。
つまりだ。既に配ってしまった鈴について、回収はしない。余計な注目を避ける為だ。
するとこの先で鈴を持った死者が、少なからず出るだろう。そしてわしらと同じように生き返るかもしれない。
彼らも当然、人目に触れてはならない。鈴の効力を表す結果だからだ。わしやヘドウィグのように身を隠す必要がある。」



『このコテージに来てもらうという事ですか。』



「いや。」





否定されて名前は、それもそうかと納得したようだった。
イギリスからわざわざ日本に連れてくるのは大変だし、鈴の効力を知る者だけしか行動に移れないとなると、そもそも人手が足りない。
この先でどれほどの死者が出るか名前自身も予知しきれていないだろうし、匿うには場所も足りないはずだ。
だから騎士団の知る安全な隠れ場所があるのだろうと思って、名前は話の先を待った。

けれどムーディは口を開かず、じっと名前を見詰めている。
何か名前から話を切り出すのを待っているのだろうか。
それにしては探るような目付きだ。
名前は何故そのように見詰められるのか分からず、問い返すかのように見詰め返した。
するとムーディは重々しく口を開いた。





「ミョウジ。このコテージが如何にして安全を作り出しているか、分かっているか。」



『………………ええと。』



「この深い霧と、出入りが制限される仕組みについてだ。
シリウスから聞いたぞ。このコテージにはそういった仕掛けがあるから安全なのだと。
一部の国で似たような仕掛けがある事は知っているが、全く同じではない。それにわしは詳しい仕組みまでは知らん。
これはどういった仕組みだ?」



『すみません。俺も詳しい仕組みは分からないのですが、敷地の四隅に括られた御札と、提灯の効果だと思います。』



「ここはお前のコテージであり敷地だ。この安全地帯を作ったのはお前の身内である事は確かだろう。
調べる事は出来ないのか。」



『それは……
詳しく調べた事が無いので、仕組みが分かるかどうかは、分からないです。』



「それならば、仕組みを調べてくれ。
そして同じ効果を持った札と提灯を複製するのだ。」





現状全く手掛かりの無い状態だ。
そのような出来るか出来ないか分からない事を任せられても、名前は断りも了承も出来ない。
言葉に詰まって固まる名前を見据えて、ムーディは再び口を開いた。





「先程の話に戻るが、鈴を持った者が死亡した場合、どこに遺体を安置して蘇生を待つか。そして蘇生した後はどうやって身を隠しながら戦争の間を生き抜くか。
それにはまず何より、人目につきにくい安全な場所が必要だ。」



『……
はい。』



「騎士団ではいくつか安全な場所を選び出してはいるが、蘇生を知られない為にも選び出した場所に隠す事は出来ない。少し位置を変える必要があるだろう。
そしてこのコテージのように、周囲が木々に囲まれた地域の方が都合が良い。霧が出ていても不自然ではないからだ。」



『……』



「分かるな、ミョウジ。
蘇生した者を守る為には、より厳重に安全を作らなければならん。だからこのコテージと同じ仕組みが必要なのだ。」





命がかかっているのだ。そう言われては断れない。
そもそも自分が始めた事だ。
投げ出しは出来ない。





「それは、ミョウジ一人でやらなければいけないのでしょうか。
仕組みを調べるのはここにいる全員で行った方が良いのではないですか?
より早く解明出来るでしょうし、安全性を高められるよう手を加えられるかもしれません。」





声を上げたのはクィレルだ。
確かに名前以外は大人で経験を積んでいる。
特にクィレルとバーベッジは教師の経験がある。
知識が多いだろうし応用がきくはずだ。





「先程も言ったがな、クィレル。ここに使われている仕組みは一部の国で、それも似たようなものを知っているだけだ。つまり地域性があり、古い風習である場合が多い。
そもそもわしは日本の言葉が分からん。クィレル、お前は分かるのか?」



「……
いいえ、分かりません。……」



「わしらは日本の言葉が分からんのだ。調べているミョウジにいちいち言葉の意味を聞いていたら、仕組みの解明に時間がかかるだろう。
わしらが今からいくら日本の言葉を学んでも、到底間に合わん。
仕組みが分かればわしらの持っている知識と合わせて応用は出来るかもしれんが、それまではわしらに出来る事は無い。」





クィレルは目を泳がせていた。
おそらく必死に考えを巡らせて、何か出来る事があるんじゃないかと言葉を探しているのだろう。
そんなクィレルを見据えてムーディは、追い打ちをかけるかのように言葉を続けた。





「そもそもだ。仕組みを知るのはミョウジのみの方が良いのだ。
仕組みを知る者が増えれば安全性が低くなってしまうだろう。」



「それは、仰る通りですが……しかしミョウジ一人というのは、あまりにも負担ではないですか?出来るかどうかも分からないのに……。」



「その負担を作り出したのはミョウジ自身だ。向き合い解決するのが責任だろう。蘇生が予想外の出来事だとしても、結果だけを確認して知らぬ振りは出来ん。
どのような場合でも命を扱うのならば責任が伴うのが当然だ。救ったらそれで終わりではない。」



「しかし……」



「何もミョウジ一人に全てをやれと言っているわけではない。安全な場所はわしらが探し出し、そこで生活する者達はわしらで面倒を見る。
ミョウジにはその場所の安全性を高める仕組みを作って欲しいだけだ。
わしらはわしらに出来る事で手を貸す。この戦争の中で共に戦い生き抜くのだ。」



「……」





クィレルは返す言葉が見付からないようだった。
泳がせていた視線を机に落とし、しょんぼりと背中を丸めた。
そして心配そうに横目で名前の方を見た。
その視線に気が付いていても、名前はムーディに「出来ない」とも、クィレルに「大丈夫」だとも、何も言えなかった。
「出来ない」かどうか分からないし、「大丈夫」かどうかも分からないからだ。

クィレルの言った通り、殆ど手掛かりが無く、調べる手段も限られているこの状況で、その上一人で解明するのは難しいし、ハッキリ言って負担だろう。
けれどムーディの言葉ももっともだ。
命が無事であれば、それで終わりではないのだ。
平和な世の中ならまだしも、今は戦争の真っ只中。
蘇生した人々が身を隠しながらも生活出来る場所が必要だ。

ただ命を守る事だけを目的にしており、名前は焦りで先を見据えていなかった。
ムーディはそれを指摘しただけだ。
名前がいくら未熟であっても、どんな結果が生まれても、自分の行為には責任を持たなければならない。
今ここで反射的に「出来ない」とは言えない。
まずはやってみる事だ。

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