06.-2
『先程、俺とセドリックさんは仮死状態になっていたと申し上げましたが、俺達の意識は共有された状態で、別のところにありました。』
「意識を共有しただと?何故だ。」
多分、ハリーとヴォルデモートの事を想像したのだろう。
シリウスの眉根がぎゅっと寄せられた。
『どうしてかは分かりませんが、俺とセドリックさんは、……現実では仮死状態でしたから、こういった表現は不適切かもしれませんが……暗い場所で意識を取り戻しました。
ダンブルドア校長先生が仰るには、そこは死者の魂が向かう場所だろうと。』
名前は鈴を摘む手とは反対の手で顎を触り、考える仕草をした。
『仮死状態になった時や、身代わりが作用した時が二人同じタイミングだったので、死者の魂が向かう場所に行くタイミングも同じだったのかもしれません。
ですから意識を共有したと言っても本当に混ざったわけではないと思います。同じ場所に偶々居合わせたのです。可能性の話なので、断定は出来ませんが……。』
「死者の魂が向かう場所で、その鈴が役立ったと?」
『はい、そうです。』
「役立った?」
ムーディの質問は、分からない事の説明を求めるものではなく、やけに断定的な言い方だった。
おそらく仮死状態の時に同じような経験をしたのだろう。
名前が肯定しても動揺せずに落ち着いていた。
不思議そうに声を上げたのはシリウスだ。
「ナマエ。以前に君から、その鈴について話を聞いたが、確か……悪意を感じ取り、持ち主だけに危険を知らせるんじゃなかったか?」
『はい。』
「その鈴が何故、死者の魂が向かう場所で役立つんだ?」
『多分、俺とセドリックさんは蘇る事が出来る状態だったので、間違った道に進まないよう警告していたのだと思います。……
……そうですね、それなら……俺とセドリックさんの意識は、本当に混ざっていたのかもしれませんね。この鈴は持ち主だけに音が聞こえますから……。』
「つまりお前達二人は、鈴の音を頼りに蘇ったのか?」
思考が脱線しかけた名前の耳に、ムーディの声が入り込んできた。
名前の意識はすぐにムーディに向かって、ムーディの方へ顔を向ける。
『はい、そうです。』
そう答えるとムーディは目を細めて黙り込み、何かを探すように忙しなく視線を動かした。
視線の先にあるのは何も無いテーブルの上で、勿論実際に探し物をしているわけではないとすぐに分かる。
ムーディは考え事をしているのだ。
思索に耽るムーディを差し置いて、蘇生の方法の続きを話すべきか、一言声を掛けるべきか、考えがまとまるまで待つべきか。
名前は迷った。
迷ってチラリと周囲の様子を窺うと、皆はムーディが何か話すのを待っているようだった。
そういうわけで皆に倣い、名前も黙って待つ事を選んだ。
数分も経たない内に、ムーディは未だ考え事をしながら、ゆっくりと口を開いた。
「ミョウジ、お前の父親の守護霊は麒麟だったか?」
予想していなかった言葉だったのだろう。
名前はすぐには答えられず、ただ黙って瞬きを繰り返した。
そして数秒の後に質問の意図は分からないまま、ただ質問に答えようと思考を巡らせ記憶を探る。
両親が存命だった頃、名前は父親に特訓を申し出た。
父親は秘密の特訓と称して様々な事を教えてくれて、お手本として守護霊を出して見せてくれた事があった。
豊かな尻尾とたてがみを持つ、小さな犬の姿をしていた。
特徴的な姿だったが、犬種までは分からなかった。
『いうえ、父の守護霊は犬でした。』
「ふむ。では……ミョウジ、お前の守護霊は麒麟か?」
『……』
思わず名前は黙り込み、居心地悪そうに目を逸らした。
答える事が少々恥ずかしかった。
何度も機会があったにも関わらず、名前はきちんと姿を持った守護霊を出した事が無かったからだ。
父親との秘密特訓の時。
偽ムーディとの特訓の時。
五年生の頃、DAの会合で秘密の特訓をした時。
毎年のように何度も行われた戦闘の時。
途中までは上手くいくのだ。
呪文を唱えれば杖先から見事な銀色の煙が現れる。
煙は素早く形を成して、何かの生き物の姿を模す。
しかしそれが形を成した途端に掻き消えてしまう。
『ごめんなさい、分かりません。きちんと守護霊を出した事が無いのです。』
「何?そうなのか。」
ムーディは意外そうに名前を見た。
シリウス達も意外そうな様子だ。
「少しも姿が分からないのか?」
『一瞬は見えますが、麒麟かどうかまでは
……』
「どんな特徴を持っていた?どのくらいの大きさだ?」
『……、
ええと……』
過去に数回、一瞬しか見えない姿を思い出す。
『大きさは鹿くらいで……姿も鹿のようでした。でも……たてがみのようなものがあったので、鹿ではないのかもしれません。』
「……。」
一生懸命、名前は言葉を捻り出した。
言葉を発した後で、恐る恐るといった様子でムーディを見る。
言葉が少なくて大してヒントにはならないかもしれないからだ。
ムーディは悩んでいるのか、考えに耽っているのか。
やや首を傾けて、じっとテーブルを見下ろし、口を閉ざしていた。
「何故そんな事を聞く?」
数十秒の沈黙が続いた後で、シリウスが口を開いた。
おそらく沈黙に時間を使いたくなかったのだろう。
傾けた首を戻して、ムーディはゆっくりとシリウスを見た。
「わしとヘドウィグはミョウジが話した通り、暗い場所で目を覚ました。そこでは確かに鈴の音が聞こえた。」
言いながらムーディは、シリウスの警戒を緩めるようにゆっくりとした動きで、懐に手を突っ込んだ。
そして同じようにゆっくりと手を抜き出すと、指先には名前が渡した鈴のお守りが摘まれていた。
ムーディが座る椅子の背もたれに掴まるヘドウィグの脚にも、小さな鈴が付けてある。
名前は出来るだけ多くの人にお守りを渡していたが、そのお守りをどう扱うかは受け取った人の自由だと割り切る事にしていた。
お守りを作るのも渡すのも、勿論渡す相手の身の安全を願っていたからだが、それでも名前自身の不安を薄めるだけのエゴイズムだと思っていたからだ。
だから警戒心が強くて疑り深く、他人から貰った物など身に付けなさそうなムーディが、今まで鈴を持っていた事に驚いた。
そして渡した鈴が、母親から渡された鈴と同じ効果を生んだ事にも驚いた。
更にこの後ムーディが続けた言葉にも驚く事になり、名前は瞬きも忘れて石像のように固まるのだった。
「だがわしらを導いたのは、麒麟の姿をした守護霊だった。男の声で此方に呼び掛けてきた。」
「何と言ってきた?」
「わしらの名前だ。その声がミョウジにそっくりだったので、てっきりミョウジの守護霊だと思ったのだが……証明が出来ないのなら断言は出来んな。可能性はあるのだろうが。
しかし話を聞く限りでは、身代わりになるのは櫛なのだろう。わしらが蘇る条件は整っていないはずだ。」
「ああ、鈴は警告するだけだ。そうだな?ナマエ。」
名前を呼ばれて我に返る。
確認を促すようにシリウスが見詰めていた。
慌てて名前は耳から入ってきた話を思い出し、何と答えるべきか考える。
『はい。ええと……この鈴は、そうです。持ち主に悪意や敵意を知らせます。』
「ならば他に理由が、」
「待て。」
「何だ?」
「ミョウジ、その鈴はお前の母親から受け取ったと言ったな。ではこの鈴はどこで手に入れた?母親からいくつも受け取っていたのか。」
『いいえ。皆さんに差し上げたのは、俺が……
用意したもので……』
言いながら声が小さくなってしまう。
自分が手作りしたのだと言うのは、相手にとっては気持ちが重いかもしれない。
だから渡す時には「お守り」だとしか言っていない。
勿論、ムーディにもだ。
口籠る名前を、ムーディは目を細めて見詰めた。
「お前はどこでこの鈴を手に入れたのだ?」
『……
……
ええと……』
「……」
『……俺が、……その、自分で……
作りました……。
……』
「どうやって作った?」
『……』
気恥ずかしさでモゴモゴ話す名前に対して、ムーディは冷静に素早く追及した。
その声がまるで尋問するかのように落ち着いていたので、名前は自分の「気恥ずかしい」という感情が場違いだと思い直したらしい。
多分、ムーディは確認したいのだろう。
名前がお守りを作る工程で、法に触れるような邪悪な行為をしていない事を。
そしてただ純粋に知りたいのだろう。
どのようにして鈴のお守りが作られたのかを。
それから名前は平静を取り戻し、授業で教科書を読み上げるように滞り無く語った。
鈴の作り方はマグルの世界にある本や記事を集めて、それに倣って作業を進めており、独自の発想は一切加えていないと。
ただ手本の通り、金属の板を切り出して、熱して、叩いて、熱して……
その作業を繰り返しただけだと。
話し終えてムーディの反応を待つ。
ムーディは更に考え込んでいて、考えた状態のまま口を開いた。
「ミョウジ。お前はこの鈴をわしに渡す際、確か「お守り」だと言っていたな。」
『はい。』
「「お守り」と一言に言っても、それに込められた願意は多種多様だ。お前は何を願ってこれを作った?母親に貰った鈴と同じような効果を期待していたか?」
『ええと、……そうですね、少し……参考にしてはいました。でも主としては、渡す相手の無事を願って作っていました。』
「ふむ。おそらく、その願いがわしとヘドウィグを蘇らせたのだろう。」
以前クィレルが予想した考えに、ムーディは行き着いた。
お守りの効果か、名前の願望がそうさせたのか、そのどちらもあってこそなのか。
分からないが、何にせよ蘇生という結果を生んだのだ。
名前がやってきた事は無駄では無かった。
しかしこの場に諸手を挙げて喜ぶ者はいない。
眉間に皺を寄せた、難しい顔が並んでいる。
「そんな事が有り得るのか?」
「限り無くゼロに近いだろうな。しかしゼロではないという事は、有り得なくはないという事だ。」
「だがそんな話は聞いた事が無い。」
「どのような魔法でも意思や感情は基本だ。だから複雑な呪文も杖を振る技術も知らないような幼子が、時たま扱いの分からない魔力を暴走させて騒ぎを起こす。」
「そんな事は分かっている。規模の話だ。」
「お前のよく知るポッターが生き残った男の子と呼ばれているのを忘れたか?あれは親の愛情がそうさせたのだ。
今回の事も同じだ。意思の強さや決意の固さが、この結果を生んだのだろう。わしらを導いた守護霊が本当にミョウジのものだとしたら、その意思と決意が殊更に頑強だと分かるはずだ。
本人が自覚していない心の奥底でも、わしらの無事を願っていたと解釈が出来る。」
「それなら、つまり蘇生の条件に鈴の有無は関わらない可能性があるという事か?」
「それも考えられるが、今のところは確証が無い。問題はこの先、戦いが激化していく中で、死者が蘇った場合にどう対処していくかだ。もしこの鈴が敵の陣営の手に渡った時、どう作用するのかも予想して考える必要がある。」
敵の手に渡る。
効果が分からなければ手に取るような事はしないだろうけれど、そもそも名前は敵の手に渡る可能性を少しも考えていなかった。
渡す相手の無事を願い、自身の不安を薄める為に作っており、確かな効果を狙ってはいない。
言うなれば祈願や願掛けのようなものだ。
しかし、浅はかな行為だったかもしれない。
事態をややこしくしてしまった。
もし敵の手に渡ったとしたら、鈴の効果はどうなるのだろう。
持ち主の手を離れたのだから、効果は無くなる?
それとも新しい持ち主と認識して、鈴を持つ敵に作用するのだろうか?
名前が考えを巡らせていると、シリウスが名前を呼んだ。
見るとシリウスは、眉間に皺を寄せて此方を見ていた。
「この鈴は誰に渡した?何人が持っている?」
『……すぐには答えられませんが、確かリストを作って渡していたので、それを見れば確認出来ます。』
「そんなに大勢に渡したのか?」
『ええと……はい、出来るだけ沢山の人に……』
言葉を一つ一つ発する度に、シリウスの顔がみるみる怖くなっていく。
眉間の皺、吊り上がった目尻、強く噛み締められて浮き立つ頬の筋肉。
まるで鬼の形相だ。
怒鳴られると予想してか縮んだ名前の肩に、シリウスの手が素早く伸びた。
それは筋肉の下の骨を掴むような強い力で、名前の両肩は捉えられた。
「君はそうやって誰にでも憐れみをかけて、殺された人間を全員生き返らせるつもりか?」
予想に反して、シリウスは怒鳴らなかった。
直前までは怒っているかのように見えたのに、言葉を発した瞬間、声も表情も悲痛なものへ変わったのだ。
衝撃的な変化だった。
その変化を目の前にして、自分はシリウスを傷付けたのだと、名前は青ざめた。
「シリウス、説教は後にしろと言ったはずだ。
今後の事を話し合うのが先決だろう。」
静かにムーディはそう言った。
咎めるような声ではなく、どこまでも冷静で平坦だった。
シリウスの瞳がグラグラと揺れている。
名前は間近にあるシリウスの瞳から目を離せなかった。
少しの間、名前とシリウスは黙ったまま見詰め合った。
そして、先に目を逸らしたのはシリウスだった。
無理矢理引き剥がすかのように顔ごと背けて、勢い良く席を立った。
そのままテーブルを離れようと歩き始めてしまう。
「待て、シリウス。話し合いもせずにどこへ行く気だ。」
ムーディはやや鋭い声でシリウスを呼び止めた。
シリウスは立ち止まって、振り向かないまま、噛み締めた歯の隙間から絞り出すような声で返事をする。
「部屋で考える事がある。話は後だ。」
「シリウス。ミョウジが蘇った方法と、わしらが蘇った方法は僅かに違いがある。僅かな所が大事な部分だ。ミョウジ自身も説明が出来ない、情報が不足している部分もある。わしらが本物である証明が出来ないのだ。それでもお前は部屋に籠もるというのか?」
「ああ、そうだ。今は冷静に対処出来ない。もしもお前達が本当のマッド−アイとヘドウィグだとしても、今の私は攻撃しかねないからだ。」
それだけ一息に言い放つと、シリウスは乱暴な足取りでリビングを出て行った。
足音が遠ざかると、リビングは途端に静まり返る。
やがて遠くで部屋の扉を開け閉めする音が聞こえてきて、名前はステップチェアから立ち上がった。
追い掛けなければと思ったのだ。
けれどすぐにムーディが引き留めた。
「やめておけ、ミョウジ。先程の様子ではかなり堪えているようだった。本当に傷付けられかねんぞ。」
『少しくらい傷付けられても大丈夫です。』
「お前は大丈夫かもしれんが、シリウスは違うだろう。お前を傷付けた後で冷静になったシリウスが、傷付けた事を後悔するとは考えられんのか?」
『……』
「一人で感情の処理をしたいと言うのなら、無理に側にいる必要は無い。一人にさせてやれ。」
名前は少し考えて、それからヨロリと、再びステップチェアに腰を下ろす。
まだ迷いはあるが、ムーディの言葉には説得力と力強さがあった。
その言葉が正しいのだろうと信じて、名前はシリウスを追い掛ける事をやめた。
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