17.






―――気持ちが悪い―――




ぐるぐると目が回るのに耐えきれず、名前はぎゅっと目を瞑った。

ぐるぐる。
ぐるぐる。

ものすごいスピードでジェットコースターは回転する。

気分は最高に悪い。

知らず知らず、うう、と唸り声が出る。



その時、何かが額を撫でた。

瞬間、嘘のように楽になった。















『……………』





ぱっちり目を開く。
だが、目の前は真っ暗だった。

理解ができず数秒固まる。
それから、首を傾げた。

ジェットコースターに乗っていたはずでは…と名前は思ったが、どうやらどこかに寝かされているらしいのだと気付く。

じ、と暗闇を見つめていていると、だんだんと目が慣れてきて、それが暗闇でないことを知った。

手だった。
無骨な手だ。

手のひらに刻まれた皺を目でなぞる。

手のひらから、つんと薬品のニオイがした。





「…………目が覚めたようだな。」



『………
スネイプ先生』





暗闇が離れ、視界が開けた。
それでも辺りはほの暗い。
夜なのだろうか。
時計が近くにないので時間はわからない。

見慣れない天井を背景に、スネイプが名前を覗き込むようにして見つめていた。
眉間には深い皺が刻まれている。

額に触れていたのはスネイプだったのか、と、名前は気付いた。

だけど、何故。

名前は枕の上に乗せた頭で、首を傾げる。





「ずいぶん嫌な夢を見ていたようですな。」



『………』



「ひどくうなされていましたぞ。
ここに…」





スネイプが、自分の眉間を、とんとん、と叩く。





「深い皺を作りながら。」



『………』





現在進行形であなたの眉間にもできています。

とは言えなかった。





「………ここは医務室だ。」



『………』





通りで見覚えがないわけだな、と名前は一人心の中で納得して頷いた。





「何故自分がここにいるのか、わかるかね?」



『…………』





名前は少し固まり、それからフルフルと首を振った。
突然後頭部がズキンと痛み、顔をしかめる。
(端から見れば無表情だが)
手で触れてみると、ざらりとした感触があった。
どうやら包帯が巻かれているらしい。

お前は頭を打ったのだ、
と、見ていたスネイプが言った。
だが、名前にはまったく覚えがなかった。
森に入ったのは覚えている。
しかし、ユニコーンを見つけた辺りから記憶が曖昧になっていた。





「何も覚えていないようだな。」



『………』



「ならば一から説明して差し上げよう。
三日前、森に入り、お前は気を失った状態で帰ってきたのだ。」



『三日、』
唖然とする。



「そうだ。君はずっと眠り続けていた。」



『……あ、罰則、か。そうだ、ハリーは…
ポッターは、』



「憎たらしいほどに元気だが?」



『…………』



「…お前のように、魔法の暴走により意識を失うのはそう珍しいことではない。が、お前が使用したのは妨害呪文だ。
魔法とは便利なものでな。杖が最後に使った呪文がわかる魔法もある。
しかしこれは一年生の生徒が知るものではない。どこでいつ知ったのかは知らないが…
使ったことがあるのかね。」



『………いいえ。』





スネイプの額に青筋が浮かんだ。

気がした。





「馬鹿者っ!!」
声がキーンと響く。



『!』
石になる魔法でもかけられたかのように、ぴしりと固まった。



「使ったこともない魔法をいきなり使用すれば暴走する可能性もあると頭の片隅にほんの少しでも考えなかったのかね。ましてやまだ魔法に不慣れな未熟者の一年生だ。もしも自分に返ってきたらどうする。怪我では済まんこともあるのだぞ。」





破裂したように鋭く響く低い声。
あとは静かに、だが確かな怒りを含んだ言葉が流れるように紡がれる。

名前は俯き、縮こまるしかなかった。





『…………ごめんなさい。』





ぽつり、呟くような小さな声で謝る。
ただ、そのことについては、謝るしかないと思ったからだった。
何も考えていない。
その通りだった。
言い訳も何もない。

スネイプは深い溜め息を吐いた。
その溜め息にさえ名前は怯えた。
怒られたことから、名前は、スネイプの一挙一動にすごく敏感になっていた。





「誰に対して使った。」





スネイプはくるりと黒いマントを翻し、備え付けのテーブルの上に置いてある杖をつまむように持って名前に見せた。

名前の杖だ。

名前は杖とスネイプ、おそるおそる、交互に見る。





『…………』



「覚えていないのかね?」





名前が何も返さないと知ると、スネイプは杖を下ろしてテーブルに置いた。





「どうやらミョウジ、君は頭を頭を打った衝撃で忘れてしまったことも多いらしい。」





スネイプは再びテーブルに向かう。
後ろ姿と黒いマントのせいで何をしているのかはわからないが、動作の様子から、何かを掻き回しているように見える。
寝ている名前からははっきりとはわからない。
が、スネイプの手元辺りから緑色の煙が立ち上っているのは見えた。





「飲め。少しは頭がすっきりするだろう。」





くるりと振り返る。
手にはゴブレット。
ゆっくりとだるい体を起こし、おそるおそるゴブレットを受け取った。

中身を見ると、スライムのような、どろりとした黄緑色(蛍光色)の液体が、ぐらぐらと揺れている。





『…………』





寝起きに飲むようなものではない。
名前は固まった。

しかしスネイプの無言と視線が痛いので、意を決して飲み込む。





『…………』





すると、不思議に頭の中がクリアになっていく。

味についてはノーコメントだ。





「思い出せたかね?」



『……はい。』
いささか、さっきよりぐったりしている。



「誰に向けて使った。」



『……………
…マントを被った人です。』



「つまり顔は、見えなかったと。」



『はい。』



「参考にならんな。」





ズバリと切られ、何も返せない。





『………』



「他に何か覚えていることはあるかね。」



『…………』





名前は俯き、少し首を傾げた後石像のように固まった。

(ロダン作の"考える人"のようだ)

黙り込む名前に向かって、低い声でスネイプが言う。





「聞いた話だが、お前はマントを被った奴に向かって何か話し掛けたらしいな。」



『………』





顔を上げてスネイプを見る。
ほの暗い部屋。
スネイプの顔は青白い。
まるで幽霊のようだ。
光のない真っ黒の目が、じっと見つめてくる。





『何か…
何を。』



「痛い、と。」



『……
覚えていません。…』



「……………」





スネイプは口を一文字に引き結ぶ。
名前をじっと見下ろしたまま微動だにしない。
眉間の皺は深い。
何かいけないことを言ってしまったのだろうか。
緊張で脈が速くなる。
心臓の音が大きくて、この部屋中に響き渡っているんじゃないかと思った。





『…スネイプ先生、あの…………』





名前は重い沈黙に耐えきれず、必死に何か言おうとした。
スネイプが声に反応して名前を見た。
しかし、何をどう切り出せばよいかわからず、言葉に詰まる。
何度か呼吸を繰り返し、やっと口を開く。





『………スネイプ先生は、ハリーが嫌いなんですか。』



「何?」





鋭く返ってきた低い声に、身が縮こまる。





『あの…いつもハリーを見て怖い顔をしているから。』



「…この顔は生まれつきだ。」



『えっ…』



「何だねその驚いた顔は。」



『いいえ…。
生まれつき…ですか。』





文句あるか。
と言いたげな目でスネイプは名前を睨み付けた。

が、名前はそんなこと気にせずに
(というより、気付いていない)
スネイプの眉間を見る。

正確には、眉間の皺を。

生まれつきなら、ああもなるだろうな…

と、名前は納得してウンウンと頷く。
途端にスネイプの眉間の皺が深くなった。

名前は動じず、
爪楊枝が挟めそうだ。
なんて思っていた。





「…Mr.ミョウジ」





ぼんやりと皺を観察していた名前は、声に反応してスネイプを見た。

途端、石像のように固まる。

般若がいる。

スネイプがものすごい目で名前を睨み付けていた。





「忘れているかもしれないが。」





思っていたより、声は冷静で落ち着いていた。

目だけが血走っている。





「明日から試験ですぞ。」





『………………………』





三日寝ていましたからな。
スネイプが言った。
三日寝ていたからか。
名前は思った。

眠気が散り散りに吹っ飛んだ。
意味もなく手をあたふたさせる。
目に見えて慌て始めた名前を見て、スネイプはふんと鼻で笑った。
もう用はない。
くるりと黒いマントを翻し、スネイプは振り返ることなくスタスタと歩きだし





「………離したまえ。」



『…………』





名前に捕まった。





「………ミョウジ。」



『………』



「………手を、」



『……試験範囲を、教えてください。』



「…………」



『…………』



「全部だ。」



『!?………』





目の前が真っ暗になる。
布団に突っ伏した。
口から魂が抜けていく。
名前は動かなくなった。

スネイプは名前を放置してさっさと医務室を出ていった。

静かな部屋でしばし途方に暮れる。
しかし、こうしていても状況は変わらない。

勉強道具を呼び寄せ、徹夜で勉強した。
最後の足掻きだった。

翌朝、マダム・ポンフリーにその姿を発見され、試験開始直前までこってりしぼられたが。



試験初日。

朝食を食べる時間はなかった。



徹夜と栄養不足でふらふらする体のまま、名前は教室まで疾走する。

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