05.-1


『……。』





麓に下りて「姿くらまし」した名前は、記憶を頼りにトテナム・コート通りを歩いていた。
夜の帳が下りた通りは、どこも店は閉まっていたが、酔っ払いで溢れ返っていた。
長身痩躯の東洋人、しかもコテージを抜け出してきたから裸足の名前は、人々の目を引いた。
絡まれるかもしれない───そんな懸念を抱き、名前は早足で目的地を目指す。

しかし実際、人々の目から見る名前は無表情で冷たい顔付き。
しかも痩せてるように見えて、衣服の上からでもしっかり筋肉の形が把握出来る。
その上何故か裸足。
ハッキリ言って近寄りがたい印象だったので、名前の懸念は無用だったのである。

歩き続けると次第に人気が無くなってきた。
ピタリ、足を止める。
小さな二十四時間営業のカフェ。
目的地は此処だ。
道に誰もいないのを良い事に、名前は店の壁に背を預け、そっと窓を覗いた。





『……。』





素早く店内に目を走らせる。
客は少ない。
一、二───四人だろうか。
二人組が二つ、どちらもボックス席を利用している。

目を凝らして、ボックス席の客をよく見る。
赤毛の背の高い───あれはロンだろうか。
それじゃあ、向かいに座る、ここからは後ろ姿しか確認出来ないが───ハーマイオニー?
二人がいるという事は、姿こそ見えないが、きっとハリーもいるのだろう。

それじゃあ、名前は間に合ったのだ。
名前の見た夢が予知夢で、内容を正確に記憶していたという事が前提だが。
これから此処で一悶着起きる。
そしてハリー達はグリモールド・プレイスに移動する。

窓から店内を覗きながら、ドアに手を伸ばす。
もう片方の手には杖をしっかり握る。
労働者風の二人組の動きをじっと見る。
動いた───。
即座にドアを開けて杖を向けた。





「ステューピファイ!」





殆ど同時に名前も同じ呪文を唱えた。
二つの赤い閃光が、それぞれ別の男に当たった。
二人の男がばったりと倒れ、それを見たウェイトレスが、一拍置いて悲鳴を上げる。
逃げ道を探して目を走らせ、壁を背に震えている。





「ナマエ───?」





名前を呼ばれて、名前はそちらを見た。
ハーマイオニーを庇って身を伏せたロンが、今は顔を上げて、ポカンと口を開けて名前を見ている。

名前は口を開こうとして、それをやめた。
伝えたい事は沢山あるのだが、何から話せば良いか分からなかった。
言葉と思いが詰まった頭の中は、整理整頓されていないおもちゃ箱のようだ。
それでも黙って考える時間は無い。
ややあって───(とはいえ数秒だ)───名前はしっかり唇を動かした。





『用があって此処へ来た。』



「用?用って?それに、どうやって此処に僕らがいるって知ったんだ?」



『それは、』



「待って。」





ハーマイオニーが身を起こし、杖先を名前に向けた。
警戒を目に滲ませ、瞬きすら惜しんで名前を見据えている。
名前は倒れた男二人を見下ろし、それから壁に張り付くウェイトレスを見て、少しだけ杖を下げた。
男が目を覚ました時や、ウェイトレスが逃げ出す事を想定して、杖を下げるのは抵抗があったが───少しでもハーマイオニーの警戒を解く為だ。





「ごめんなさい。本当は、こんな事はしたくないの。でもこんな時だから確かめなきゃいけない。
あなたが本物のナマエだって証拠はある?」



『いや、そうするのは当たり前の事だ。ただ、何を示せば本物だって証拠になる。』



「それなら、この質問に答えられるかい?」





バサリと音を立てて、誰もいなかったボックス席にハリーの姿が現れた。
「透明マント」の下に潜んでいたのだ。
ハリーはハーマイオニーと同じく警戒を滲ませた目で名前を見据え、杖を真っ直ぐ名前に向けていた。





『俺に答えられる事なら。』



「君なら分かるさ。僕と、ロンと、ナマエにならね。」



「僕も?」



『質問は。』



「一年生の夏休みの時、君はどこにいた?」



『自宅とロンの家。』



「君は僕とロンにお菓子をお土産としてくれた。お菓子の名前は?」



『……確か数種類、作って持っていった。最中と、お饅頭と、練り切りと……あの時はカキツバタの練り切りだった。』



「……。」





ハリーは微かに唇を開けて、そこから細く息を吐いた。
肩の力を抜き、ゆっくりと杖を下げる。
ハーマイオニーはハリーと名前を交互に見比べて杖を下げない。
まだ信じられない様子だ。





「ハリー。今の質問で、本物のナマエだって確信を持てたの?」



「ああ、うん。『連中』がナマエに成り済まそうとしたなら、今の質問に答えるのは難しいよ。ナマエからピンポイントで聞き出すのも難しいし、和菓子の事なんて知ってるとは思えないし、しかも手作りだよ。当てずっぽうで答えられるとも思えない。」



「……それじゃあ、ナマエが操られているって可能性は?」



「そうなっていたら、シリウスが気付いているよ。」



「でもナマエの予知能力を『奴ら』に悪用させない為に、万が一があるから戦いには参加させないって言っていたじゃない!良い隠れ場所があるから、そこから出さないようにするって、そう言っていたわ!それなら───そうでしょう?ナマエが此処に来られるはず無いのよ。」



「それはシリウスがナマエを見張っていたらの話だろう?シリウスは今結婚式会場で連中と戦っている。監視の目が無い今なら、ナマエ一人で抜け出す事は出来るよ。それに、」
ハリーはハーマイオニーに口を挟ませないよう、立て続けに言った。
「ナマエの能力が悪用されないように皆が動いているのも知っているだろう?ナマエが予知をしても、それを『連中』に悟られるわけにはいかないから、計画は変えないって。誰かが死ぬって事が分かっていても、変えないんだ。
僕だったら耐えられない。分かっているのに見過ごすだなんて。それはナマエも同じなんじゃないのか?だから此処に来たんじゃないのか?」



「そうだ。ナマエ、君の言っていた───用って何?」



「ロン……」





咎めるようなハーマイオニーの声を無視して、ロンとハリーは名前を見詰めた。
名前はジーンズに挟んでいた、夢日記の束を取り出す。
それをハリー達の方へ差し出した。





『これまで見てきた予知の内容が纏めてある。』






差し出したルーズリーフの束を、ハリーはじっと見詰めた。
それから一歩名前の方へ踏み出すと、ハーマイオニーがまた咎めるようにハリーを呼んだ。
けれどハリーは止まらなかった。
真っ直ぐ名前の方へ歩み寄り、ルーズリーフの束を受け取った。
パラパラと捲る。





『連中の動きについて、一つ一つ防ぐのは無理だと思う。でも大まかな流れや、今後の展開については参考になると思う。』



「僕はこの後グリモールド・プレイスへ行くって書いてある。」



『ああ。そこでじっくり読んで欲しい。それでその後、これは処分して。』



「貰っていいってこと?」



『うん。』
チラリとハーマイオニーを見る。
『俺が操られている可能性とか、偽物である可能性もあるって考えているんでしょう。だから予知を信じなくてもいい。これを渡さなくても、皆は自分で答えを見付けられる。』



「それならどうして此処へ来たの?ナマエ、危険だって事は、あなたなら当然分かっているでしょう?」



『それは……、』





名前は目を伏せた。
唇を開いたり閉じたりして、話す事を躊躇っているようだった。
けれど考えている時間は無い。
一度ぎゅっと、唇を真一文字に閉じる。
それから目を伏せたまま、名前は言葉を発した。





『戦いを長引かせたくないから。
俺は戦いに参加出来ないし、何を言っても意味は無い。だから人任せになってしまうけれど、最前線で動くハリー達になら、予知を上手く活用してもらえるかもしれないと思った。
それで此処に来た。伝えるなら今しか無いと思って。』



「ナマエ……」





何か慰めの言葉を掛けようとしたのだろう。
ハーマイオニーの表情と声音は同情が滲んでいた。
けれどその気持ちに引き込まれまいと、瞬時に表情を引き締める。
彼女から見れば、名前が本物か偽物か、操られているか正気なのか、判断出来ないのだ。
それに何にせよ今は悠長にお喋りしている暇は無い。





「でも、ナマエ。あなたが持ってきた予知の記録が本物だとしても、私達がその通りに行動したら、騎士団の皆も『連中』も怪しむと思うわ。だって何の迷いも無く、障害も無く、確信を持って行動する事になるでしょう?そうしたらナマエが怪しまれるかもしれない。危険よ。」



『ハーマイオニー、後で確認してもらえれば分かると思うけど、記録にあるのは結果が殆どだ。
結果に至る過程や根拠があれば、そこまで怪しまれないと思う。少なくとも怪しまれるまで、時間は稼げる。
……根拠を探すのに時間が掛かるかもしれないけれど。』



「それならバレるの覚悟でサクッとやった方が良くないか?ナマエは安全な場所にいるわけだし、問題無いだろ?」



「駄目よ、ロン。ナマエが注目されるのは良くないの。絶対に安全な場所なんて無いんだから。
もしナマエが『連中』に捕まりでもしたら、予知は全て無駄になるわ。
私達が行動するには周囲が納得する根拠が必要なの。結果が分かっているなら、過程を導き出すのは楽になるわ。戦いも早く終わらせられるはず。」
ハーマイオニーは一瞬深く考えに耽り、それから鋭い眼差しを名前に向けた。
「分かったわ。やってみましょう。」



『有難う、ハーマイオニー。』



「まだお礼を言われるような事は何もしてないわ、ナマエ。それに夢日記を読んだわけじゃないから、何か出来るかも分からない。」



『夢日記を受け取ってもらえるだけ有難い。』



「受け取るだけなら害は無いもの。それより、
ハリーとロンはどう思う?あなた達は、夢日記が本物だとして、それを参考に動こうと考えてる?」



「そりゃ、使わない手は無いだろ?」
おどけたようにロンが答えた。



「ああ。戦いが短く済むなら、その方が良い。」
ハリーは真剣な面持ちで頷いた。



『有難う。……
ハリー、ロン、ハーマイオニー……』





三人の名前を呼ぶと、ハリー達は名前を見詰めた。
ハリーは真剣に、ロンは不思議そうに、ハーマイオニーは不審そうに。
名前は一呼吸置いて、頭の中を渦巻く言葉を纏める。
伝えたい事は沢山あった。
けれど時間が無い。





『この先求めるものが見付からなくて、焦って、苛立って、その気持ちがぶつかり合うかもしれない。それが原因で皆はバラバラになる可能性がある。
だけど必ず目的は果たせるから、どうしようもない気持ちになっても、冷静になって。余裕が無いかもしれないけれど、思いやる事や寄り添う事を忘れないで。
そして協力しあって、皆で行動して欲しい。』



「驚き。ナマエがダンブルドアみたいな事言ってる。」



「それか予言者。」



『俺は戦いに参加出来ないし、予知した事も計画に反映されない。だからせめてハリー達に……伝えたくて。』



「危険を顧みず夢日記を渡しに来た時点で、あなたの気持ちはよーく分かっているわよ。だから安心して、早く隠れ家に戻りなさい。
私達が責任を持ってあなたの痕跡をしっかり消すから。」
ハーマイオニーはチラリと倒れている男、それからウェイトレスを見た。
「勿論、記憶もね。
さあ、もう行って!」





踵を返しかけて、名前は動きを止めた。
ダンブルドアの葬儀の時、ハリーと一緒に行くと宣言した記憶が鮮明に蘇ったからだ。
準備は出来ている。そう言った。
この瞬間まで自分の言った事を忘れていたわけではない。
むしろいつも引っ掛かっていた言葉だ。

約束を破った事も、謝りもしていない事も、戦いに参加が出来ない事も。
全て名前にとって負い目だ。
だからこの場を立ち去るのは心苦しかった。
それが今一番求められている事だとしても。
誰も責めていなくても。

思い切って居住まいを正した名前を見て目を細め、ハーマイオニーは虫を払うように手を振った。
ハーマイオニーならば名前の悩みなど手に取るように分かっているだろうに、とてもあっさりしていて、親しい間柄だから通じる仕草だった。
急かされた名前は、がっくり項垂れてようやくドアへ体を向ける。





「ナマエ。」





背後から投げ掛けられた声はハリーのものだ。
名前は首を捻って後ろを見た。





「また会えるかな?」



『……』



「ちょっと、ハリー……」



「ほら、夢で予知するなら、ナマエの予知は殆ど毎日更新されていくだろう。なら、新しい情報とか、前の予知と変わった予知とか、あるんじゃないかと思って。だから……」



『今日みたいに隠れ家から抜け出せて、ハリー達が敵に囲まれていないなら、会えるよ。』



「ナマエ!ハリーも、何を馬鹿な事を言っているのよ!
ナマエ、いい?今回みたいな危険な事は、もうしないで。ハリーもナマエにさせないで。分かった?」



「分かったよ、ハーマイオニー。」
ハリーはやけにあっさり答えた。
「ナマエ、さっき君が言った通り、僕らが敵に囲まれてない時に会いに来て。それなら危険は無いだろ?」



「ハリー!」
ハーマイオニーの声が針のように耳を突いた。



「だってハーマイオニー、ナマエは予知ができるんだから、危険か安全か分かってるよ。」



「ナマエの身の安全だけじゃないのよ、あのね……」
ハーマイオニーは深い溜め息を吐いた。
「いいわ、後でゆっくり説明する。だからナマエ、兎に角今すぐ帰って。早く。」






努めて冷静に振る舞うハーマイオニーの声に険を感じて、負い目よりも恐怖が勝ったらしい。
先程のまごつきが嘘のように、名前は素直に店から出て行った。

店を出て人目を避けて、誰もいない静かな裏街道までひたすら足を進める。
無心のまま辿り着くと先程のあっさりした別れを振り返り、アレで良かったのだろうかと疑問を抱いた。

だが今更悩んだところで出来る事は何も無いし、時間の無駄だ。
早くコテージに戻らなければ名前の不在が気付かれてしまう。
頭のモヤモヤを振り払い、名前は慎重に何度も周囲を確認して、杖を取り出し、素早く「姿くらまし」した。

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