04.


近頃、名前の見る夢はとりとめが無い。
寝ている間にいくつも映画を見ている気分になる。
それも映画を丸々見ると言うより、ワンシーンだけを取り出しているふうだったり、本当に数秒だけだったりする。
だからきっと異なる夢を沢山見ているのだろう。

それでもその一瞬の夢からは、様々な感情が沸き起こってくる。
それが夢に出てくる人物の感情なのか、自分の感情なのかは判断出来ない。
夢に出てくる多くの人は見知らぬ人だ。
時折、死喰い人も現れる。
ヴォルデモートも。

恐怖。
歓喜。
怒り。
悲しみ。

悲鳴。
歓声。
怒鳴り声。
泣き声。





『……。』





目が覚めた時、名前はいつも疲れを感じていた。
自分の感情が振り回されるからだ。
以前は夢に現れる人物の感情まで感じ取る事は無かった。
場面を見た時に湧き上がるのは、名前だけの感情だった。
それが今では登場人物の感情が、自分の感情のように入り込んでくる。

ベッドから起き上がる。
体も頭も重たくてすぐにでも横になりたかった。
近頃はいつも頭がぼんやりしていて眠る時間が増えていた。
居眠りする事も多くて、不規則な生活が続いている。
それでもそのまま、この状態について考えた。

名前の身に起きている状態は、ハリーとヴォルデモートの状態について良く似ている。
寝ていようが起きていようが、ハリーはヴォルデモートと意識が重なる時が何度かあった。
その時にハリーはヴォルデモートの感情に飲み込まれて、本人のように喜んだり怒ったりしていた。

ハリーとヴォルデモートが感情を共有する理由。
これは名前の憶測だったか、それとも誰かから聞いた話か、定かではない。
兎に角名前は、ハリーとヴォルデモートが双子のように思考や感情を共有してしまうのには理由があると認識している。
ハリーの額にある、ヴォルデモートがつけた傷跡が、二人を繋ぐ役割をしているのだろう。
しかしその二人を例に挙げると、名前には当てはまらない。
名前は誰かにつけられた傷跡は無い。
ならば何故、感情が入り込んでくる?





『……。』





誰かに相談した方が良いかもしれない。
今はただ疲れるだけで済んでいるが、ヴォルデモートに気が付かれたら大変だ。
もしかしたらハリーのように、閉心術を身につけるよう判断されるかもしれない。
だが……。
……いや。
そもそもこれは誰かに相談しても良いのだろうか。

ダンブルドアの話を思い出す。
一言一句思い出す事は出来ないが、重要そうな部分は覚えている。
確かダンブルドアは、名前が思念の影響を強く受けていると言っていた。
眠っている時に身体は無防備になり、名前を取り囲む世界中の思念を一身に浴びる事となる。
名前が夢として見るのは世界中の生物の思念であり、それが現実になるのは、皆が考えている一番可能性の高い未来だからだ。
そして名前の心が揺らげば、思念は容赦無く中へ入り込んでくる。
あの時に話した、ダンブルドアとの一連の会話は、誰にも話してはならない。
最後に注意されたはずだ。
だからこれはきっと名前が自分でどうするか決めて解決しなければならないのだろう。

閉心術をするかしないは置いておいて、現状、名前の心は揺らいでいると考えられる。
自分を疑うのをやめて、覚悟を持った矢先にこれだ。
心の深い所では、まだ自分を疑い続けているのだろうか?





『……。』





考えるのをやめてベッドから抜け出す。
着替えて、朝のトレーニングをする為だ。
その後はシャワーを浴びて、朝食を準備して、洗濯をして、掃除をして……。
今出来る事をやるだけだ。















朝のトレーニングの時間。
コテージの外周を走るには狭いけれど、体を動かすには十分だ。
霧の影響で視界が悪いし、目の届かない場所にいて欲しくないからと、始めのうちはシリウスがトレーニングに参加した。
けれど早々にバテて体調を崩した為、今は名前一人でトレーニングを行っている。
シリウスは自分の肉体が老いた事に大変ショックを受けていたようだが、ずっと名前を監視下に置くのも不憫だと思ったのだろう。
コテージを離れなければ安全だし、そもそもコテージを離れるには条件があるから、トレーニングくらいなら名前を一人にしても良いと判断したようだ。

まあこの判断は、名前にとっては都合が良かった。
ムーディとヘドウィグの様子を確認出来るからだ。
自分の覚悟に不安はあったが、幸い二人の遺体に変化は無かった。
毎日欠かさず細部までじっくり確かめているが、匂いも身体も異常は無い。
本当に、ただ眠っているかのようだった。





「良い報せがある。」





朝食の時に明るい声で、シリウスがそう言った。
名前はミルクの入ったカップを置いて、恐る恐るシリウスを見た。

ハリーが住んでいた家を離れた、あの日の晩。
ムーディとヘドウィグは命を落とした。
その日以降シリウスは、ビルとルーピンと一緒になって、ムーディの遺体を探している。
毎日毎日、時間を作って探している。

遺体は此処にある。見付かるわけがない。
日を追う毎にシリウスの表情から焦りと疲れが見えてきた。
何もかも無駄な事をさせていると分かっている。
けれどまだ話せない。
だから名前はシリウスと目を合わせるのが心苦しかった。

シリウスはそんな名前の様子には気が付かないようだ。
表情は疲れていたけれど、それ以上に浮かれていた。





「ビルとフラーが結婚式を挙げるんだ。そこへ私も出席する事になってね。」



『それは本当に良い報せですね。』



「何だ、ナマエ。こんな時に結婚式だなんて、驚かないのか?」



『驚いてはいますよ。ただ以前に夢で見た光景だったので、近いうちに現実になるかもしれないとは思っていました。
そういえば、トンクスさんとルーピンさんはどうなりましたか。』



「二人の事も分かっているのか。ああ、あの二人は結婚したよ。少し前にね。私も出席した。」



『子どもが産まれる頃には平和な世の中になれば良いですね。』



「子ども?」





途端にシリウスは浮かれた表情を引き締めた。
奇妙な目付きで名前を見詰めている。
名前は何か失言をしたかと思い身体を強張らせた。
けれどシリウスは名前を通して別の事を考えているようだった。
少しの間気まずい沈黙が続いたが、シリウスがその沈黙を破る。





「ああ、そうだな。それで……」





口を開いたシリウスだったが、考え事はまだしているようだ。
やけにゆっくりとした動作でカップを手に取り、ゆっくりと口に運ぶ。





「……それで、君は出席させられない。ハリーが出席する予定になっているし、他にも大勢の客がやって来るから、私は護衛の為にも行かなきゃならない。
しかしもしそこへ『連中』がやって来たら、……そこにハリーと君がいたら、一網打尽にされる危険性がある。
だから悪いが、君は此処にいてもらう。万が一の為だ。」



『……。』



「ナマエ、ハリーが身を隠す場所で偶々結婚式を挙げる事になっただけだ。君を除け者にしているわけじゃない。」



『いいえ、それは分かっています。』



「そうか?何か気になる事があるように見えたが。」



『それは……、』





今度は名前が考える為に黙った。
目の前に座るシリウスは勿論、クィレルもバーベッジも、食事の手を止めて名前に注目している。
名前が考えを纏めるのを邪魔しないように、時間が経っても誰も急かさなかったし、黙っていた。
けれど名前は食事の最中だし、待たせるのは悪いと思ったのだろう。
考えながら話す事にしたらしく、言葉を探すように宙に目を彷徨わせながら、意を決して口を開いた。





『最近はいくつも夢を見るのです。』



「眠る時間が増えたからじゃないか?昼間でも寝ている事が多いだろう。」



『それは、……そうですね。』



「……いや、そういう問題じゃないのかもしれないな。
君の意識とは関係無く、予知をする為に、強制的に眠らされているのかもしれない。」



『眠いのは俺の身体の問題で、ただの夢かもしれません。』



「普通はそう考える。だが君の場合は違うだろう。実際に君はいくつも予知をしている。
何か気になる夢を見たのか?」



『……その、』
目を彷徨わせる。
『先程も申し上げましたが、いくつも夢を見るのです。それが本当に起きる事なのか、ただの夢かは分かりませんが……本当に起きる事だとしても……いつ起こるかまでは分かりません。だから前後関係を整理する必要があります。』



「ああ。それで?」



『以前に魔法大臣のルーファス・スクリムジョールさんが、死喰い人達に狙われている事はお話ししましたよね。』



「そう聞いたな。」



『彼は……おそらく……』





再び黙り込む。
勿体ぶっているわけではない。
話す内容を纏めているのだ。
夢を整理して、要点を引き出し、なるべく具体的に分かりやすい言葉に変える。





『殺害されます。死喰い人から拷問を受けて……ハリー達の居所を吐かせようと拷問されるのです。
でも彼は口を割りませんでした。それが……』





話しながら名前は皆の様子を窺った。
呼吸をするのも憚られるくらい静まり返ったリビングで、自分の声だけが反響している。
その静けさが気になったのだ。

名前を取り囲む大人達の顔に、不思議と驚いた様子は無い。
スクリムジョールは優秀な闇祓いだ。
そんな人物が殺害されると聞いても、大人というものは冷静でいられるのだろうか?
それとも彼の殺害は、誰もが予想した事だったのだろうか。





『結婚式の日だと思います。俺が夢で見た限りでは、人が沢山集まった中に守護霊が……オオヤマネコの守護霊が現れて、魔法省が陥落した事と、ルーファス・スクリムジョールさんが亡くなった事、それと死喰い人達が会場に向かっている事を告げるのです。』



「オオヤマネコか……キングズリーの守護霊だな。」



『ルーファス・スクリムジョールさんが拷問を受けている夢と結婚式の夢は、見たタイミングは別でしたが、多分殆ど同時期の出来事だと思います。』



「絶対に敵が現れる。それだけ分かれば十分だ。
その場からすぐにハリーを逃してやれる。」





スクリムジョールが殺されないように動くとか、結婚式会場の護衛を増やすとか、何かしら変更が出るかと思ったが、あくまで最低限の対策しかやらないようだ。
もっと対策が出来るのではないかと思ったが、きっとヴォルデモート達もその対策に合わせて作戦を変更してくるだろう。

今の所ヴォルデモートは、名前の予知能力について断定する根拠を持っていない。
だから名前をしつこく追い回さないのだろう。
けれど対策と作戦の変更が繰り返しいたちごっこになれば、名前の能力がただの噂ではなく本当だと濃厚になる可能性がある。
真偽を確かめる為に名前の捕獲を最優先にするかもしれない。

シリウス達は、それを避けたいのだろう。
名前も勿論そんな事はごめんだ。
しかしそうなると分かっていて人を見殺しにするのは、どんな理由があってもどうしても割り切る事が出来なかった。





『……。』





それから数日。
割り切る事が出来ない気持ちはモヤモヤと胸の内を曇らせ、出口を求めて彷徨っていた。
でもこの気持ちは言葉にしても解決はしない。
言葉を浴びせた相手を困らせるだけだ。

名前はなるべく一人になった。
努めて普段通りに振る舞っていたが、気が付けば考え込んで動きを止めてしまう。
未来の事について。自分の選択について。
考えずにはいられない。
その気持ちや考えを打ち明けるつもりは無かったから、誰かに不審に思われる前に一人を選んだのだ。
この頃名前は一日に何度も眠気を感じてベッドへ向かっていたので、特にその行動について不審がられる事は無かった。

寝室のベッドの上で寝転びながら、名前は夢の内容をルーズリーフに纏める。
(寝起きに夢の内容を思い出しながら、忘れない内に急いで書くので、後から丁寧に書き直す事はよくあるのだ。)
それから出来事の前後関係を考慮して、ルーズリーフの順番を入れ替える。
夢の内容を纏める作業は何の解決にもならないだろうけど、作業の間は今起きている戦いに名前も関わる事が出来ているような気がした。





「それじゃあ、行ってくるが……」





結婚式当日。
開式よりも早めに、時差の関係もあり、シリウスは夜中に近い早朝に出発する予定になっていた。
シリウスやバーベッジが出掛ける時は、いつもクィレルが山の麓まで送る。
それを名前が玄関まで見送るので、誰かが出掛ける時は、何時であろうが皆起きている。
山の麓まで送るクィレルと共に玄関に立つシリウスは、コテージに残る名前とバーベッジを振り返って心配そうに見詰めた。





『いってらっしゃい。気を付けてくださいね。
あとスーツ、よくお似合いです。格好いいです。』





正直コテージに残る名前とバーベッジより、ヴォルデモート達が襲撃に来ると分かっているシリウスの方が心配だ。
だから遠回しにだがシリウスに自分を心配するように、名前達に向けた心配は不要だと言うように、落ち着いた声音でそう言った。
シリウスはちょっと意外そうに名前を見て、それから自分の格好を見下ろした。





「そうか?有難う。今日の主役は新郎新婦だから控え目にしたつもりだが、目立ってしまうかもしれないな。」





そう言って口角を上げる。
シリウスがよく見せる悪戯っぽい笑みだ。
少しは肩の力を抜く事が出来たのかもしれない。
衣装を披露するように胸を張った。

どこでいつ調達したのか分からないが、黒を貴重としたスーツをパリッと着こなしている。
肩まで伸びた髪も、無精髭も、不思議とシリウスの格好のアクセントになっていた。
まあ今回のような特別な日に限らず、シリウスは基本的にお洒落だが。

そんなちょっとしたやり取りを交わして、シリウスとクィレルは出発した。
名前は玄関から少し身を乗り出して、霧の中へ消えていく二人の背中を見詰める。
濃い霧のせいで、あっという間に二人の姿は見えなくなった。





「ちょっと早いけれど、クィリナスが戻ってきたら朝食にしましょうか。」





背中に投げかけられたバーベッジの声は、明るくて穏やかで優しい。
二人を見送る名前の姿が、不安を抱えているように見えたのだろうか。
敢えてそう振る舞っている風に聞こえた。

名前は玄関の扉を閉めて振り返る。
バーベッジはちょっと微笑んで名前を見た。
それでもその微笑みは少し強張っている。
名前の不安を取り除く為か、バーベッジ自身の不安をかき消す為か。
分からないが、無理をしているのは明らかだ。





『そうですね。』



「麓まで送るだけなら、そんなに時間はかからないでしょうし、準備を始めちゃうわね。」



『すみません、先に夢の内容をノートに書いてきてもいいですか。忘れてしまうかもしれないので。
準備を手伝うのは遅くなってしまいますけれど……。』



「あら、勿論いいわよ。急がなくていいからね。」



『すみません、有難うございます。』





寝室に戻って扉を閉める。
それからベッドへ向かい、書きかけのルーズリーフと散らばった筆記具を掴む。
それらを机に持っていって椅子に座った。
ペンを握り一呼吸置いて、夢に見た内容を書き出していく。
朝食の準備を手伝いたい気持ちが頭の片隅にあり、落ち着いて書こうとしても急かされているように感じる。
だが、落ち着いて書き出さなければならない。
夢の内容が抜け落ちないように。

数分か、数十分か。
どれくらい経ったか分からないが、不意に扉を開ける軋む音が耳に入ってきた。
その瞬間に意識は音の発生源に向いて、名前は顔を上げて後ろに首を捻った。

クィレルが立っていた。
手に畳んだ提灯を持っている。





「夢日記ですか?」





言いながら歩を進め、本棚に畳んだ提灯を差し込む。
一番最初に名前が提灯を見付けた場所だ。
使わない時は此処にしまうようにしている。
悪用を防ぐ為だとシリウスが提案した事だ。
おそらく、クィレルに対してそう言った。





『はい。』



「ショッキングな夢は見ましたか?」



『殆どショッキングな夢ですよ。』



「そうですね。良い夢を見たと聞いた事はない。」



『そうですね。』



「不思議だとは思いませんか。」



『何がですか。』



「どうして良い夢を見ないのか。
君が見る夢はいつも誰かが傷付いたり、何かが壊されたりしている。」



『………………
言われてみると、そうですね。』



「そもそもどのような仕組みで君が予知夢を見るのか分かりませんが、ネガティブなものばかりが現実に起こっている。
ポジティブな意思よりネガティブな意思が強くて現実になりやすいのか、それともそれだけネガティブな思いを抱えている人が多いのでしょうか。」



『そうは思いたくないですね。』



「……そうですね。『例のあの人』達の意思と行動力が、君に悪い夢を見させている。きっと……。
戦いが早く終わる事を願うばかりですね。」



『……戦いが終わったら、クィレルさんはどうするのですか。』



「うーん……深く考えた事はありませんが……私に出来る事を探します。それで……
ミョウジさえ良ければ、一緒に暮らしていければと思います。」





本棚の前で佇み、クィレルは自身の手を両手で握り締めた。祈るかのように。
包帯でぐるぐる巻きの顔からは、表情が殆ど読み取れない。
名前はクィレルを見詰めたけれど、クィレルは視線を逸らして合わせようとしなかった。
その仕草は何だか、自分の願いを断られる事に怯えているようにも、照れ臭そうにも、申し訳なさそうにも見える。

名前はクィレルを見詰めたまま、何と言っていいか分からず黙っていた。
クィレルの言葉は本心だと思う。
その気持ちは有り難いし、嬉しかった。
けれど名前は、クィレルが名前の護衛に付いた時から、クィレル自身の人生を歩んで欲しいと考えていた。

確かにクィレルは悪事を働いたけれど、反省して考えを改め、罪を償おうと身を粉にして動いている。
戦いが終わって平和な世の中になれば、新しい仕事に就く事だって、家庭を持つ事だって出来るはずだ。
それが一般的な幸せだ。
勿論、それを押し付けるつもりは無いが。
クィレルが望む事をするのが一番だろう。
だが、名前と一緒に暮らしていく事が、本当にクィレルが望む事なのだろうか?

深く考えた事は無い。
クィレルはそう言った。
考える時間があれば、クィレルの望みは出てくるだろうか?
もしくは、平和な世の中を目の当たりにすれば?





『バーベッジさんを手伝いに行きます。』





ペンを置いて立ち上がる。
夢日記は書きかけだ。





『クィレルさんはどうされます。』



「私も行きます。」





名前が扉を開いて、クィレルが先に出るよう促す。
お礼を言ってリビングに向かうクィレルを見届け、名前は振り返ってチラリと本棚を見る。

頭の中で、悪質なアイデアが渦巻いていた。

寝室を出て扉を閉めた名前は、いつもの涼しげな表情でリビングへ向かった。
小さなキッチンに大人が二人並んでいて、そこへ名前が加わると、身動き一つ気を遣う狭さだった。
けれど人手が多い方が早く朝食を作れるし、準備も出来る。

リビングのテーブルに出来上がった朝食を人数分並べて、三人で席に着く。
会話は少ない。
黙々と食事を進めて、名前が一番に席を立った。
食器を片付けて、まだ食事の最中の二人の元へ戻る。





『夢で見た事が書きかけなので、寝室へ行きますね。』





二人は了承して、寝室へ消える名前を見送った。
扉を閉めて背にすると、名前は自分の足を見詰めて呼吸を繰り返した。
悪質なアイデアが離れない。
今しかないと急き立てて、ドキドキと鼓動が速くなる。

脈打つ心臓が皮膚を破って出てきそうで、思わず名前は胸を手で押さえながら、ゆっくりと机に向かった。
机の上には今まで書いてきた夢日記が、何枚も重ねて置いてある。
名前はそれを手に取って、じっと見下ろした。
踏み留まるか、突き進むか、決めるのは今しかない。





『……。』





「やりたい」と思っている。
「やらなければ」と思っている。

頭の中でシュミレーションをする。
大丈夫。上手くいく。
そう言い聞かせる。

名前は夢日記をジーンズに挟んで、本棚に向かった。
クィレルがしまった提灯を取り出し、懐に手を当てる。
固い感触。杖はしっかり持っている。

窓へ向かい、鍵を開けて、音を立てないようにゆっくりと開く。
桟に座るように足を乗っけて、そっと地面に降り立つ。
外へ出てしまった。
もう言い逃れは出来ない。
名前は麓へ向かった。
コテージから脱走したのだ。

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