03.


「ナマエ、その傷はどうしたんだ。」





玄関の扉を開けて早々、シリウスは名前の顔を見て驚いたようだった。
ハッとして思わず名前は自身の顔に触れる。
触れると所々痛む箇所がある。
予知のせいで意識を無くして、倒れて持っていたカップが割れて怪我を負ったのだ。
すっかり忘れていた。





『予知を……予知夢を見ました。』



「予知夢?」





今度はシリウスがハッとした。
驚きに見開かれていた瞳は、名前の言わんとする事を察したようだった。
シリウスの思考や感情は、その瞳から如実に感じ取れる。





「マッド-アイの事か。」



『はい。ヘドウィグの事も。』





名前はシリウスの瞳から目を逸らした。
あのまま目を合わせていたら、遺体を持ち帰った事を言ってしまいそうだったからだ。
クィレルの思惑は分からないが、今は隠し通さなければならない。
それが道徳的な行いだとは思えなくても、クィレルの事は信じていた。

シリウスは名前が目を逸らした事を不自然だとは思わなかったらしい。
むしろ同情するように、痛ましげに表情を歪めた。
直接ではないがムーディとヘドウィグが死ぬ姿を見た事に対し、名前が悲痛な思いを抱いて目を逸らしたのだと読み取ったのだろう。

いつまでも玄関で立ち尽くすわけにはいかない。
取り敢えず皆を室内に招き入れて扉を閉じ、リビングのテーブルへ向かう。
シリウスとバーベッジは疲れたように椅子へ座った。
同じように椅子へ座ろうとしたが、その前に名前はお茶でも淹れようとキッチンへ足を向ける。
しかしシリウスが名前の名前を呼んで、座るように促した。
言われるがまま、向かい側に名前は座った。
その隣にクィレルも座る。





「君が予知夢を見たという事は分かったんだが、どうして怪我をしたんだ?
ああ。君が以前、夢を通して怪我を負った事は覚えている……神秘部でアーサーが蛇に襲われた時の事だ。
しかし今回は死の呪文によって殺害されたから、外傷を負う事は無いはずなんだ。」





シリウスの話を聞いて名前は、予知夢を見る時の状態を知られていないと気が付いた。
そしてよくよく思い返してみれば、どのような状態になるか誰かに話した覚えも無かった。
よく傍にいたクィレルにすら。
それでも何度か目撃したクィレルは何となく把握しているだろうが、その事をダンブルドアに知らせていたかどうかは分からない。
ダンブルドアが知っていたら、もしかしたら名前の状態を誰かに教えていたかもしれないが……。

だが、知る者はいなかった。
そこに誰かの意図があったのかと逡巡したが、すぐに名前は口を開いた。
説明する為に。

予知夢を見る時は必ず寝ている状態とは限らない。
どんな状況に陥っていても強制的に眠ってしまう事。
しかし直感的に、インスピレーションのように感じ取る事もあるということ。
今回は偶々カップを持っている時に倒れたので、それが割れて怪我を負ってしまった事。





「お前は知っていたのか?」





話を聞いていく間にも、シリウスの表情は険しくなっていった。
そして少し考え込んだ後、クィレルにそう聞いた。

クィレルは慎重な仕草で頷いた。
そして名前が予知夢を見ている間は、呼んでも揺さぶっても目を覚まさない事を付け加えた。

クィレルの話を聞いてシリウスは、ますます眉間に皺を寄せた。
名前は体を緊張させる。
シリウスが怒ったと思ったからだ。





「成る程。それで思い出した事がある。」



「思い出した事?」
バーベッジが聞いた。



シリウスは頷いた。
「ダンブルドアが殺された天文台の塔で、ハリーがナマエも同じ場所にいたと言っていた。騒動の後、そこでナマエは予知夢を見たと言った。
私はその時違和感を覚えたんだ。おぼろげだが……」
シリウスはナマエを見詰めた。
「今その違和感がハッキリした。君が予知夢を見ながら天文台にいた事だ……予知夢を見るなら寝ているはずだから、寝室のある寮にいるのが正しいはずだった。」



「ミョウジは隠したくて話さなかったわけではありませんよ。」
クィレルが庇うように言った。



「そうだろうな。」
シリウスの声は複雑そうだった。クィレルに対して冷たく接したいが、名前の事は突き放したくはない。どんな態度でいるか悩んでいるようだ。
「ナマエは隠し事をするタイプじゃない。」



『……。』





今まさに隠し事をしている名前は、ますます体を緊張させて目を伏せた。
共通した隠し事をするクィレルをチラリと見る。
クィレルは隠し事をしているなどとは微塵も思わせない、普段通りの態度だ。
意外に演技派なのか、それとも隠し通せる自信があるのだろうか。

シリウスの方から溜め息を吐く音が聞こえた。
名前はシリウスを見た。





「戦いに参加させられない理由が増えたな。」



『……。』



「戦いの最中に意識を失ったら抵抗する事も逃げる事も出来ない。敵の思うがままだ。
ナマエ、運が良かったな。今までそんな状態で戦ってきて、よく無事だったものだ。」



『……そうですね。
……。』



「それでお前はその事を知っていながらナマエを戦場に立たせていたのか?」
シリウスはクィレルを見た。冷たい目だ。



『俺がクィレルさんに伝えなかっただけです。伝えるほど大袈裟な事ではないと思ったのです。クィレルさんは知らなかったのです。』



「いいや、知っていたはずだ。予知夢と君が意識を失う事が関係するとは分からないとしても、名前を呼ぼうが揺さぶろうが起きない状態になる事が起きる可能性はあると分かっていたんだ。
普通ならば何かの発作や病気を疑って癒師に診てもらうべきだと勧めるだろう。だがそうしなかった。ナマエの身に起きる異常が病気の類ではないと察していたんじゃないか?」





名前はざっと記憶を探る。
言われてみれば確かに、癒師に診てもらうよう強く勧められた事は無い。
単に忘れてしまっているだけかもしれないが。

それでも、クィレルは名前に献身的だ。
名前を蔑ろにしてはいない。
もしも心配しているのならどんな手段を使っても、癒師に診てもらうよう伝えるのが自然な気がする。
でも、そうはしなかった。
ではシリウスが言うように、クィレルは察していたのだろうか?

名前はチラリとクィレルを見る。
疑う気持ちは全く無かったが、クィレルの様子が気になったのだ。
クィレルはシリウスを見詰めていた。
動揺したように瞳は揺れていたが、しかし自分の信念を曲げたくはないらしい。





「確かに私はミョウジの身に起きる異常が、ミョウジの持つ未知の能力によるものだと思っていました。けれどそれは無くすべきものではないし、抑え付けるべきものでもない。危険かもしれないが向き合い、正しく使うべきものです。
私はミョウジならそれが出来ると思っているのです。だからミョウジの意思や行動を信じているのです。」



「信じる?そんな言葉で責任から逃れようとしているのか?ナマエの命を危険に晒した責任を?」



「危険な事は分かっています。だが未来への道が開けると信じているのです。」



「まだ言うか?」





シリウスは噛み付くようにそう言った。
だが、クィレルも負けてはいない。
リビングの空気は張り詰めていた。

どちらも名前の身を案じ、どちらも名前を信頼している。
この空気をどうにか変えたかったが、名前がどちらかの肩を持つのも違う気がする。
この空気を変えるには名前自身の考えが必要なのだろう。
だが、何と言えばいい?

名前はバーベッジを見た。
ただ彼女がどう考えているのか様子が知りたかった。
バーベッジは困っているようだった。
どちらの意見も強く支持出来ないらしい。
何故かは分からないが……。
もしかしたらこの空気に圧倒されているのかもしれない。





「ナマエ。君はこの男を信じているようだが、それが正しいかどうかよく考えた方が良いだろうな。」





シリウスはクィレルを睨みつけたまま唸るようにそう言った。
それから急に顔を逸らして、誰とも視線を合わせようとしなかった。
少なくとも今は誰の話も聞く気が無いように見える。
何だか声を出すのも憚られて、名前は何も言えず、そこから動く事も出来なかった。















それから暫くして、初めに声を発したのはバーベッジだった。
バーベッジは名前に、顔の傷の手当てをしてきてはどうかと提案した。
それもそうかと名前は従い、クィレルが手伝うと続いた。

けれど先程の空気が残ったままだったせいか、いつもなら不満そうにしながらも口を出さないシリウスが、鋭い口調で自分が手伝うと言い出した。
今まで我慢してきた思いが先程の出来事のせいで堰を切ってしまったのだろう。
シリウスのクィレルに対する不信感が今まで以上に顕になってしまったのだ。

シリウスの雰囲気は危機迫るものがあったが、名前はやんわり断った。
初めに手伝うと言ったクィレルを優先する方が良いと考えたからだ。
それに自分一人で怪我の手当ては出来るが、今はシリウスとクィレルを離した方が良いとも思った。
だからクィレルを連れて寝室へ向かった。
救急箱はリビングに常備してあったが、寝室にも手当ての道具はある。





「じっとしていてくださいね。痛むかもしれませんが、そうならないように出来る限り努力しますから。」





名前は頷きと共に返事をした。
ベッドで向かい合って座り、クィレルに手当てを任せる。
まずクィレルはピンセットを取り出して名前の顔に向けた。
カップの破片が刺さっているのだろうか。
そうだとしたら自分でやるより、誰かに任せた方が早く上手く済むかもしれない。
誰かに手伝ってもらうのは結果的に良い選択だったのだろう。
本当なら病院へ行って治療を受けた方が良いのかもしれないが、今はなるべく外出を避けている状況だ。

クィレルは黙って手当てをした。
手当ての最中、名前はどこへ視線を向けたらいいのか分からなくて、ただ目の前にあるクィレルの顔を見ていた。
視界は殆どクィレルの顔で埋まっていて、そうするしかなかったからだ。
けれど、クィレルとは一度も目が合わなかった。
それほど集中していたのだろう。

どのくらい経ったのか分からないが、不意にクィレルは手を下ろしてした。
手当てが終わったのかと思い、名前は改めてクィレルを見詰める。
けれどクィレルは名前の視線から逃げるように顔を逸らし、俯いてしまった。
手当てのお礼を言うような雰囲気ではなかった。





「ミョウジ、私に失望しましたか?」





沈んだ声音だった。
包帯に隠されているせいで表情は読み取りにくいが、それでも声は感情豊かだ。
クィレルはとても落ち込んでいるようだった。
理由が分からない。
黙ったままでは不安にさせるかもしれないと、名前はこれまでのやり取りを素早く思い返したが、思い当たる節が無い。
けれど何か言わなければ、クィレルは更に落ち込んでしまいそうだ。





『いいえ、感謝しています。どうしてそう思うのですか。』



「私が……
……」





クィレルは祈るように手を握り締めた。
まるで神に懺悔をしているかのようだ。





「私が、……君の意識を失う理由が、君の持つ未知の力による影響だと、薄々分かっていながら……、
私は何もしなかった。そうする事で、君の命を危険に晒すと分かっていたのに。……
……何もしなかったのです。」





一言一言、噛み締めるようにクィレルはそう言った。
そして突然顔を上げて、じっと名前を見詰める。
金泥色の瞳からは必死な様子が伝わってきた。





「しかし!……」





強く言ったかと思うと、それ以上言うまいとするように、唇を噛んで言葉を遮った。
名前を見詰めていた瞳は宙を彷徨い、やがて再び下へ落ちてしまう。





「いいえ。何を言っても言い訳でしかない。」





クィレルは自らを追い詰めている。
それも名前が理由で。
名前はショックを受けた。

クィレルが一番一緒にいた時間が長いのは名前であるように、名前もクィレルと一緒にいた時間が長い。
それなのに名前は、クィレルが悩んでいる事を気付けなかった。
考えもしなかった。

名前の未知の能力は隠し事にされている。
名前は隠すつもりは無かったが、表れた能力をどう扱っていくかは、全てクィレルの考えに任せてきた。
その考えに名前は従った。
けれどその考えに至るまで、クィレルは悩んだのだろう。
決断をした後も。
名前の隠し事は、名前が思う以上に重たいものだったのだ。





『クィレルさん。俺は本当に感謝しているのです。』



「……。」



『クィレルさんは自分の時間を費やして、ずっと傍にいてくださいました。何があっても俺を否定しなかったし、信じてくれました。
クィレルさんは、俺の意思や行動が未来を開くと、そう信じて傍にいてくださったのでしょう。』



「……。」



『それを聞いたって、失望なんてしていません。
でも、そうする事がクィレルさんを悩ませているとは、俺は考えもしませんでした。……
ごめんなさい。俺が軽率でした。』



「そんな……謝る必要なんて無い!私は君が……
……君が信頼してくれる事が、嬉しかった……。」





クィレルは縋るように名前を見詰めた。
とても演技には見えない。本音なのだろう。





「私は以前に手痛い失敗をしている……『例のあの人』の件で……。誰かを信じる事が怖くなった。」



『……それなのに、俺を信じてくださるのですか。』



「君が私を助けてくれたからです。君を傷付け殺そうとした私を、見捨てる事は出来ただろうに、そうはしなかった。」



『それは……、……そうしたら……後悔するかもしれないと思ったからです。自分が……。』



「君がどう思おうと、君の心には確かに善意と優しさが詰まっている。だからこそ私は、君なら信じられると思ったのです。」



『信じてくださるのは嬉しいです。でも……
俺はそんなに出来た人間じゃありません。逃げたり、他人に任せたり、何も出来ない事だって……。』



「完璧な人間なんていませんよ。」





クィレルは慰めるようにそう言った。
それから目を逸らして少し、考えるふうに黙り込む。





「その……自分の事を正当化する為に言った訳ではありませんからね。」



『そんな風には思いませんよ。』



「それなら……」





クィレルは静かに息を吐いた。
自分自身を落ち着ける為に。





「私は君の事を信じているのです。」



『……有難うございます。』



「君の意思や行動も信じている。そう言いましたよね?」



『はい。』



「マッド-アイとヘドウィグの事もそうなのです。」



『……。』





いきなり飛び出た名前に困惑して、名前は黙って目をパチパチさせた。
名前を信じる事と、ムーディとヘドウィグの件が何か関係しているらしい。
一体何だと言うのだろう?
少し考えを巡らせるが、答えは出てこない。
名前はクィレルを見詰めた。





『どういう事でしょう。』



「君は二人に手作りのお守りを渡していますよね。」



『はい。』



「二人の無事を祈るお守りですよね。」



『はい。でも、効果は無かったみたいですね。……』



「それはまだ分かりません。」



『……どういう意味でしょう。二人は……、』



「確かに、私には死んでいるように見えました。けれど君は違うのでしょう?」





思案するようにクィレルは、自身の顎に触れた。
頭の中の考えを整理して、それを表す言葉を探している。





「三校対抗試合の時に、君とディゴリーは殺された。
けれど蘇った。君の母親が持たせていたお守りのおかげで。」



『……クィレルさんは、同じ事が起きるかもしれないと考えているのですか。』



「ええ、そうです。」



『……』



「信じがたい気持ちは分かりますが、可能性があるとは思えませんか?」



『……正直に言うと……自分の気持ちがよく分からないのです。でも、可能性があるのなら……嬉しいです。』



「その気持ちを強く持って、信じてください。二人が帰って来ると願ってください。そうしたらきっと上手くいく。」



『はい。あの……努力します。でも、それなら……どうしてシリウスさん達に隠すのですか。
もしかしたら騎士団は二人の遺体を探しに行くかもしれません。時間を無駄にさせてしまいます。』



「それは……、」





クィレルの言う通り、名前は母親のお守りのおかげで蘇った。
名前の能力について、ダンブルドアは願い信じる事が大切だと言っていた。
そうすれば死さえ覆せると。
名前の能力は母親から受け継いだものだ。
母親は名前が生き延びる事を強く願い信じていたのだろう。
だから蘇ったのだ。傍にいたセドリックにも効果が出る程、強い思念だったのだ。

ムーディとヘドウィグには、名前の手作りだがお守りを渡している。
名前とセドリック。
二人の前例がある以上、ムーディとヘドウィグが蘇るのは決して有り得ない話ではない。
しかし名前ははっきり言って、お守りの効果に自信が無かった。
ただ不安を取り除く為に一心不乱で作って渡して回ったのだ。

母親のように心の底から願い信じれば、きっとムーディとヘドウィグも蘇るのだろう。
ダンブルドアの時は何も出来なかった。
その一件で名前は自分の力を信じる心が揺れている。
ダンブルドアの時は何も出来なかった。
いや、何もしなかった。
ダンブルドアは想像を絶する知恵と力を持っていると思っていたから、お守りを渡さなかったのだ。
他の人を優先して、ダンブルドアを後回しにしていた。

それがいけなかったのか?





「マグルの世界でもそうでしょうけど、魔法界でも死人が蘇る術はありません。ある人を除いては。」





思考を止めてクィレルの話に耳を傾ける。
「ある人」とはヴォルデモートの事だろうか。
それとも名前の事だろうか。
気にはなったが、話を遮りたくなかった。





「君とディゴリーが蘇った事は多くの人が知っていますが、その真相は知りません。おそらく蘇ったというのは大袈裟な表現だと捉えて、奇跡的に助かったと考えている者が殆どでしょう。もしかしたらブラックもその一人かもしれません。
それに、私の話をブラックがまともに受け取るとは思えません。私の考えは否定されて、遺体は引き取られてしまうでしょう。」



『だから隠すのですね。』



「そうです。」



『もし、……遺体が、その……変わって……
……腐敗してしまったら……、』



「君とディゴリーが死んでから蘇るまで、十日程ありましたが……変化は感じられませんでした。
ですから、今回もし腐敗してしまったら、私の考えは間違いだったと分かるでしょう。」



『……』



「心配しないでください。これは私の考えです。君が責任を負う事は無いのですよ。」





しかしそうなったら、シリウスとクィレルの仲に決定的な溝が出来る気がする。
遺体を見付ける為に名前がコテージから離れるのを許した事。
見付けた遺体を隠した事。
シリウスは怒るだろう。

クィレルは自分の責任だと言うが、名前はクィレルの考えを受け入れたのだ。
クィレルだけの責任ではない。
名前の責任でもある。
名前だけがクィレルの考えを知っていて、考えを変えるよう意見が言える。
名前が考えに応じたのだと説明しても、怒ったシリウスに果たして聞く耳はあるのだろうか。
はっきり言ってシリウスはクィレルを信じていないし、怒りの矛先は真っ直ぐクィレルへ向けられそうな気がする。

以前、シリウスの館にスネイプが来た時の事を思い出す。
顔を突き合わせた瞬間から二人は喧嘩腰だったが、先に動いたのはシリウスだった。
あの時はハリーと一緒に仲裁したが、それでもシリウスは止まらなかった。

同じような結果になるのではないだろうか。
クィレルはシリウス程、攻撃的ではない。
もしかしたら一方的に攻撃を受けるかもしれない。





『……。』





何を話せば良いか分からない。
そうなった時はクィレルの味方でいると言う?
自分も責任を負うと言う?
どんな言葉で伝えたらクィレルは、一人ではないと分かってもらえるだろう。

いずれにせよ、まずは争いを防ぐ事。
つまり、ムーディとヘドウィグが蘇る事だ。
それはそれで別の問題が出てきそうだが……。
今は兎に角、自分の力を信じるしかない。

けれど、自分の力を信じる事には不安を覚える。
ダンブルドアに何も出来なかった事がどうしても過り、名前がやろうとしている事───非現実的な大それた望みが叶うと、心の底から信じられるか分からない。





「私の心配はしないで大丈夫ですよ。ミョウジ、君は自分を信じてください。そうしたら上手くいく。
だから心配は必要ないのです。そうでしょう?」





クィレルの声は穏やかだったが、確信が込められていた。
ダンブルドアの件で名前はクィレルの期待を裏切ったかもしれないのに、彼はまだ名前を信じている。
過去の失敗を繰り返したとは思っていない。
そうして今もなお名前の傍にいる。

名前は不安を払拭して、再び自分を信じなければならない。
自分の選択に迷わず進んでいける勇気を取り戻さなければならない。
未来を切り開くには必要な事だ。
クィレルの為にも、皆の為にも、……自分の為にも。

名前は頷いた。
心中に不安が渦巻いていたが、両親やダンブルドアのような犠牲者を、もう出したくはない。
何も出来ないまま後悔したくはない。
そう思うと落ち着かない心の中に、微かだが意志が固まったように感じた。
きっとこれは、覚悟と呼ぶものだろう。

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