02.-1


シリウスから話を聞いて暫く、名前は落ち込んでいた。
(とは言っても見た目は普段通りなので、第三者には分からないが)
落ち込んでいる暇は無いと頭では分かっていても、話に引きずられて他の事を考えられなかった。

今まで自分は誰かが死ぬのを防ぐ為に行動してきた。
それについては後悔していないが、だが結果的に自分の行動を制限し、皆の選択肢も絞られてしまった。
よく考えて立ち回っていれば、そんな結果にはならなかったかもしれない。
ダンブルドアとの約束を果たせて、ハリーと一緒になって戦えたかもしれない。





『……』





ダンブルドアの事を考え、はたと思う。
名前がこうなる事を、あのダンブルドアが予想していないはずがない。
予想していた上で名前に約束を取り付けたのなら、名前が約束を果たせると信じたからだろう。
それがどんなやり方であっても。

では、どんなやり方があるのだろう。
予知をしても名前の行動は制限され動けない。
かと言って皆に伝えても考慮される事は期待出来ない。
だとしたら。
皆を言い包めて予知を作戦に練り込んでもらうか、名前が制限を無視して動くしかない。

だが人を言い包められる程、生憎名前の口は達者ではない。
けれど名前が制限を無視して動いた時、もしヴォルデモート陣営に捕まってしまったら、皆の命を危険に曝す事になってしまう。





『……』





八方塞がりだ。
人を動かす事も、自分が動く事も出来ない。

部屋の中で一人、名前はガックリ項垂れた。















『……。』





何となく目が覚めて、名前はベッドの中で目を開いた。
カーテンはきっちりしまっていたが、カーテンレールの隙間から光が射し込んでこない。

今は何時なのだろう。
寝たまま枕元のデジタル時計を手にして見ると、数秒明るく表示された文字盤には四時と確認出来た。
寝直すには微妙な時間だ。

少しの間じっと考えていると、微かな物音が聞こえてきた。
寝室の外、リビングの方からだ。
時々イギリスに戻るシリウスは、早朝だろうが夜中だろうが関係なく出ていく。
きっとその音だろう。
戻ってきたのか出ていこうとしているのか分からないが、せめて出迎えか見送りだけはしようと、名前はベッドから出た。

薄暗い寝室を歩き、扉のノブに手を掛ける。
開いてリビングに入ると、テーブルに大人達が勢揃いしていた。
大人達は扉の開く音に反応して一斉に此方を見る。





「悪いな、ナマエ。起こしてしまったか。」





申し訳無さそうにシリウスが言う。
名前は頭を左右に振って答えた。





『いいえ、何となく目が覚めたので……。
出掛けるのですか。』



「ああ、これからな。
そろそろハリーが移動する時間だ。」





名前はチラリとカレンダーを確認した。
今日はまだハリーの誕生日を迎えてなくて、さっき見た時計が四時だったので、イギリスの時刻は夜の八時頃。日の入りより少し早い時間だ。

ヴォルデモートの動きは重要だが、名前は出来れば騎士団の動きも知りたかった。
名前が騎士団の作戦に参加出来ないのを気遣ってか、大人達は騎士団の話をしない。
その気持ちを無下には出来なかったので、名前はせめて予知夢で知る事は出来ないかと期待したが、そう上手く事は運ばなかった。

そもそも名前は、予知能力をコントロール出来ていない。
どうすればコントロール出来るのかも分からない。





「彼方で準備があるからな、そろそろ出ようと思う。」





そう言って、シリウス達は立ち上がった。
名前が来るまで何を話していたのかは分からなかった。

玄関に向かう大人達の後を追い、それぞれ靴を履くのを黙って見守る。
靴を履いたシリウスは、振り向いて名前を見た。





「ナマエはいつも見送るし、出迎えてくれるが、予知でもしているのか?」



『いいえ。』



「ミョウジは昔からそうでしたよ。きっとそういう性分なのでしょう。」





クィレルの言う通り、名前はクィレルが出掛ける時は見送っていたし、戻ってくるまで待っていた。
クィレルは名前を守る為に昼夜問わず動いてくれるのだから、せめて見送りや出迎えだけはしたかったのだ。

シリウスは名前を見詰めたまま黙って、何か考えているようだった。
少ししてシリウスは口を開いた。





「ナマエ、君の気持ちは良く分かる。
仲間を心配する気持ち……
力になりたい気持ち……」



『……。』



「だが、今の自分にはそれが出来ない。禁じられているからだ。
二年前、グリモールド・プレイスで、私はその気持ちに苛まれた。」



『……。』



「けれどナマエ。君と私は違う。君には力がある。
君にしか出来ない戦い方が、きっとあるはずだ。
だからあまり自分を責めるな。」




───少しの間一人になるから気を付けるんだ。
そう言い残して、シリウスはバーベッジとクィレルを引き連れて、玄関から出て行った。
扉が閉まって少し待ち、扉の鍵を締める。
リビングへ向かいテーブルの席に座った。

クィレルはあの提灯を使ってシリウス達を麓まで案内し、二人の「姿くらまし」を確認したらコテージまで戻ってくる。
そう時間はかからないだろう。
座って待っていようかと考えたが、妙に目が覚めてしまったので、珈琲でも淹れようと席を立った。

キッチンに向かい、ヤカンに水を注ぎ、コンロに置いて火にかける。
その間にサーバー、ドリッパー、珈琲、メジャースプーン、ペーパーフィルターを用意して台に置き、ペーパーフィルターは底と側面を内側に折る。
折ったペーパーフィルターをドリッパーにセットし、メジャースプーンで珈琲粉を掬い、ペーパーフィルターの中へ振り入れる。
こういった手順が分かっていて機械的に進めて良い動作は、思考する事を弱めていいから、名前は少し気が楽になる。
(多分、単純作業が苦にならないタイプなのだろう)





『……。』





シュンシュンと静かに音を立てるヤカンを見詰めて、名前はシリウスの言葉を思い返す。
シリウスが何故時間の無い出掛ける直前になってあんな事を言ったのかは分からないが、よっぽど思う所があったのだろう。

考えてみれば名前の状況は二年前のシリウスの状況と似ている。
どちらも一箇所に留まる事を強いられ行動を制限されている。
その原因は違うが……状況は似ている。
シリウスはその時の事がよっぽど悔しかったのだろう。

しかし、力があるから名前なりの戦い方が出来るとは、説き諭しているつもりだろうか。
予知をしても活用されるとは限らないのにだ。
まさか名前が制限を無視して行動すると、そんな大胆な事をすると思っているのだろうか?
シリウスは神秘部まで駆け付けたが……と思ったが、名前も神秘部まで行っているし、墓場に向かったのも独断だ。
突飛な行動に出ると思われていてもおかしくはなかった。





『……。』





考えているうちに湯が沸いた。
湯が沸く音が静まってからヤカンの取手を掴み、少量のお湯を珈琲粉に注ぎ入れる。
そのまま少し蒸らしてから、続けてお湯を注ぎ入れる。
それを何度か繰り返して、サーバーの目盛りまで珈琲が抽出出来たら、ヤカンを置いた。

コンコン。
カップに珈琲を注ごうとしたところで、玄関の扉がノックされた。
クィレルが戻ってきたのだろうが、一応懐に忍ばせていた杖を握り、玄関に向かう。
鍵を回してゆっくりと扉を開ける。
そこには案の定、提灯を携えたクィレルが立っていた。





『おかえりなさい、クィレルさん。珈琲を淹れましたが、飲みますか。』



「ただいま戻りました、ミョウジ。そうですね、頂きます。」





提灯の火を消して畳みながら、クィレルは部屋へと入る。
クィレルが玄関を潜ったのを確認してから扉を閉めて、名前はキッチンへ戻った。
二人分のカップに珈琲を注ぎ、両手に持ってリビングに向かう。
テーブルにカップを置いて、既に席に着いていたクィレルの向かい側に座った。





「ミョウジはポッターを移動させる作戦について詳細は知っていますか?」



『いいえ。』
首を左右に振る。



「成る程、予知をしているわけではないのですね。」





言葉を切り、クィレルはカップを口元に運ぶ。
一口飲み、再び口を開いた。





「ある程度の人数を集めて二人一組になり、片方はポリジュース薬を飲むのです。片方はポッターに変身し、片方は護衛役。そしてそれぞれバラバラの目的地に向かうのですよ。」



『……上手くいくといいですね。』



「全くです。
ブラックとバーベッジが目的地に着いたら、二人はこの山の麓へ「姿現し」します。何も問題が無ければの話ですが……
……ですから頃合いを見て、私はもう一度麓まで下りる予定です。」



『分かりました。』





ハリーとハリーに変身した人物、護衛役がどんな方法で、どのくらいの距離を移動するのか分からないが、道中無事である事を願うばかりだ。
移動はヴォルデモート陣営にとって絶好のチャンス。
きっと情報を嗅ぎ付けて襲撃の策を練るだろう。

こんな時に予知が出来ていれば、たとえ作戦に考慮されなくても、誰に危険が迫るか伝える事が出来るのだが……。
望むようにコントロール出来ないのが悔やまれる。

会話が途切れた室内はとても静かだ。
小さなはずの時計の秒針の音がやけにハッキリと聞こえる。
二人は珈琲が冷めるのも関係なく、ゆっくりと珈琲を飲んだ。





「ごちそうさまです。私が片付けますよ。」



『いいえ、俺がやります。クィレルさん、肌に付けている薬が落ちてしまうかもしれませんから。』



「……そうですね。すみません、有難うございます。」





名前は立ち上がり、空になった二つのカップを手に取った。

以前名前が治してしまった左手を除いて、クィレルは六年前にハリーから受けた傷が未だ完治せず、毎日欠かさず薬を塗っている状態だ。
魔法の傷は治りにくいと聞くし、当時名前の目から見てもクィレルの傷は重症だった。
完治は難しいかもしれない。しかし……。
戦いが終わったら、もしかしたら、治す事を許されるかもしれないが……。

そういえば───と、キッチンに向かう足を止める。
以前クィレルは、スネイプに薬を作ってもらっていると言っていた。
今はどうしているのだろう。
薬は足りているのだろうか。





『クィレルさん───』





振り返ろうとして、名前の視界は砂嵐に覆われた。
急激に音が遠ざかり、目の前にはあるはずもない景色が滲むように広がっていく。
予知だと、瞬時に察した。

暗い───夜空の景色だ。
ぐるりと辺りを見回す。
すると眼下に、遠く街の灯りに照らされて、何かが浮かんでいるのが見えた。
一塊になっている、箒やセストラル、バイクに乗った一行───それを取り囲むように三十人は浮かんでいる。
恐らくハリー達とヴォルデモート陣営だ。

緑色の閃光が走り、一行は蜘蛛の子を散らすように蠢いた。
だが取り囲まれている為、その円から抜け出せないでいる。
閃光を避けようとバイクが一回転し、サイドカーから何かがポロポロと───鳥籠、箒、リュックサックが落下する。
サイドカーに乗っていた人物は手を伸ばしてリュックサックと鳥籠を掴んだ。
その瞬間、緑色の閃光が鳥籠に命中した。

一瞬の衝撃が心臓を冷やした。その間にも騒動は続く。
バイクが囲いから抜け出し、続けて箒に乗った二組も抜け出した。
その二組を影絵のように追い掛ける人影。
真っ直ぐ追い掛けて、間を置かず緑色の閃光が走った。
それは箒に乗っていた一人に当たった。
一瞬、どういう訳か、カメラのズームのように、呪文が当たった人物に焦点が定まる。
───マッド-アイ・ムーディ。
彼は瞳を開いたまま、仰向けに箒から落ちていった。





───……。





信じられない光景だった。
あのムーディがいとも容易く葬り去られた。
落下していくムーディを目で追うが、バイクに引っ張られるように名前の視点も移動する。

バイクに向かって緑色の閃光が何本も飛んだ。
バイクは急旋回して「死の呪文」を避けたり、「失神呪文」で応戦している。
それにバイクには細工が施してあるのか、レンガの壁を出したり、青い炎を噴き出したり、多彩な仕掛けで死喰い人の攻撃と接近を防いでいた。

あれだけ入念な仕掛けがあるのだ。
あのバイクにはハリーが乗っているのだろうか?
ハラハラしながら見ていると、突然サイドカーがバイクと分離した。
暗いのと遠いせいで何が起こったのか分からない。
魔法を掛けたのかそれでも少しの間サイドカーは浮遊していた。
それが本格的に落下し始めた時、バイクの主はサイドカーに乗る人物を拾い上げて、バイクに乗せたようだった。
その直後、落ちていくサイドカーが爆発した。
爆発の光で一瞬、目が眩む。すると───

光の粒が粗くなり、視界を覆い───

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