16.-3
ズ、
ズ、
ズ、
「!」
何かが滑るような音が、辺りに不気味に響く。
ハリーは音の正体を探ろうとキョロキョロと見渡した。
視界の端で、何かが動いた。
ハリーが名前のローブを引っ張る。
「ナマエ、逃げよう、逃げるんだ。何かがいるよ。」
『………』
「ナマエ!」
小声で出来る限り叫ぶが、名前はぴくりとも反応しない。
ハリーは仕方なくドラコとファングを引っ張って草むらに隠れた。
ほどなくして、黒いマントを頭からすっぽり被った何かが現れた。
滑るようにしてユニコーンに近づく。
名前は気付いていない。
ハリーはポケットから杖を取り出し、力強く握った。
心臓がはち切れんばかりに脈打つ。
『………』
名前が不意に振り返った。
黒いマントを被った人物を真っ直ぐ見つめる。
ように見えたが、別のものを見ているようだ。
焦点が合っていない。
寝起きの姿のようだった。
目の前に見知らぬ存在があるというのに、名前はぼんやりとしている。
『痛いよ…』
ぽつり、名前が呟いた。
目の前の存在を見つめながら。
『痛くて…痛くて…だけど、どうしようもないんだ。地面を蹴っても、大きな声で叫んでも、痛みは消えないし、誰も来てくれない。みんなはどこにいっちゃったの?どうして誰もいないの?』
「(?………)」
ハリーは首を傾げた。
舌足らずで、はっきり抑揚をつけて話している。
まるで小さな子供のようだ。
それに、よく喋る。
話すこと自体が珍しいというのに。
いつもの名前は無口で、一定の音程で途切れ途切れ話すのに、なんだか様子がおかしい。
黒いマントを被った者は、名前に向けて腕を伸ばした。
ほとばしる閃光。
危ない、とハリーが思う前に、名前は吹き飛んだ。
『…………』
ゴッ、と鈍い音が、離れたハリーたちの耳にも届いた。
太い木に強かにぶつかった名前は、そのままずるずると座り込んだ。
前屈の姿勢で木にもたれ掛かったままぴくりともしない。
顔は俯いているため表情はわからなかった。
頭でも打ち付けたのか、額の方から、つ、と、赤い筋が鼻先に向かって垂れていく。
ぽたり。
一滴、落ち葉に垂れた。
マントを被った者は、名前など最初からいなかったかのように跪き、ユニコーンの傷口から、未だ流れる銀色の血を飲み始めた。
「ぎゃああああアアア!」
隣から絶叫が聞こえ、ハリーの耳はキーンとした。
耳を押さえ、ハッとして振り返ると、ドラコが全速力で走っていく。
ファングもだ。
みるみるその姿は小さくなっていき、やがて霧に溶けるようにして見えなくなった。
呆然と霧に消えた姿を見つめる。
我に返って、ユニコーンの方を見る。
「…………」
マントを被った者は、ハリーを見つめていた。
「………」
ゴクリ。
唾を飲み込む。
逃げたいのに、逃げられない。
足が動かない。
ハリーの頭の中は真っ白だった。
握りしめたはずの杖だが、その存在を忘れていた。
マントを被った者が近付いてくる。
顔の辺りから、銀色の滴が滴り落ちる。
近付いてくる。
銀色の血の輝きがはっきりと見える。
「っ!!」
ハリーの頭に激痛が走った。
額の傷跡がズキズキと痛む。
あまりの痛みに、ハリーはその場に屈み込む。
黒いマントが闇のように広がっていく。
『インペディメンタ!』
閃光がほとばしる。
マントを被った者は吹き飛び、木にぶつかった。
すかさず名前はハリーの元へ走った。
ハリーを抱えながら、杖を真っ直ぐマントに向ける。
ハリーは痛みに顔を歪ませながらも、驚きに見開いた目で名前を見上げた。
「ナマエ…生きてたの?」
『生きてた。』
「胸を張って言うことじゃないからね。」
『……………ごめん。ハリー、』
「何?」
『……………この呪文、どうやって終わらせるんだ。』
名前の杖先からは絶え間なく閃光が飛び散っていた。
閃光は花火のように、好き勝手な方向へ飛んでいく。
「知らないよ!」
全力でハリーが叫んだ。
傷跡がズキンと痛み、思わず手で押さえる。
大丈夫か?なんて聞いてくる名前に、ハリーは誰のせいだと思った。
というか、名前こそ大丈夫かと言いたかった。
名前は頭からだらだら血を流している。
軽くホラーだった。
「!」
名前の出した閃光とは違う色の閃光が、二人の間を器用にすり抜けていった。
見てみると、マントを被った者が、二人に向けて杖らしきものを向けている。
気のせいか怒っているように見える。
『………』
「………」
『…………俺のせいか。』
「そりゃあ…多分ね。」
『…ごめん。……』
「敵に謝ってどうするの!」
『ごめん。………』
「僕に謝ってどうするの!!」
『…………じゃあ、どうしたらいい。…』
「逃げるんだよ!逃げなきゃ!」
『…え。…うん…うん、』
「………」
『………』
「……え。何?どうしたの?ナマエ…」
『……………頭がぐらぐらする。』
「………ええ!?」
『吐く…』
「えええええ!?ちょっ…やめて!ナマエ、こっち向かないでよ!」
頼りになんねー!!!とハリーが思ったかどうかはわからないが、ハリーの顔は青ざめていた。
ぐいぐい名前の胸を押し返し、必死に自分から遠ざけようとした。
しかし名前としては胃の辺りを押されるものだから、あまりの気持ち悪さに動けずにいる。
グロッキー状態だった。
そこはだめ、ハリー。
と言いたいが、口を開けばアウトの気がする。
いっそのこと意識を飛ばしたい。
そんな二人が言葉通りの押し問答(一方的)をしている内に、マントを被った者はこれ好機と近付いてくる。
気付かない二人の頭上を、ひらりと何かが飛び越えた。
それはマントを被った者に怯むことなく突進し、ついにはマントを被った者は逃げていった。
新たな存在に気付いたハリーが目を見張る。
ケンタウルスが二人を守るようにして立っていた。
「ケガはないかい?」
明るい金髪が月光に照らされ、きらきらと輝く。
ハリーは頷いて「ありがとう」と言った。
「そっちの子は?」
指を差され、ハリーは名前を見た。
名前は俯いている。
しっかり握られている杖からは、閃光はもう出てこなかった。
「………
……大丈夫じゃないみたいだ。」
「……………早くハグリッドのところに戻った方がいいね。」
その日名前は悪夢を見た。
ジェットコースターに揺られる夢だ。
あまりのスピードに頭がくらくらして、シートベルトが腹に食い込み気持ちが悪い。
「うなされているようだね。」
「うん…大丈夫かなあ、ナマエ。」
実際は、疾走するケンタウルスの背の上だったのだが。
うなされる理由など知るはずもない。
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