19.


ダンブルドアが亡くなった。
その事実はホグワーツだけではなく、魔法界全体に広がった。
葬儀に参列する為に、多くの魔法使いや魔女が、瞬く間にホグズミード村に訪れた。
このような状況だ。当然、授業や試験を行うどころではない。
ダンブルドアを失い、学校としての役割も無くなった今、最早ホグワーツに留まる理由は無いと考えたのだろう。
親がやって来て子どもを家に連れ帰る様子が、度々見られた。
葬儀の為に訪れる者もいれば、葬儀を待たずして去る者もまたいるのだ。

しかし、この状況を知らない者がいる。
コテージに残してきたバーベッジだ。
知らさないわけにもいかないし、きっと葬儀に参列したいはずである。
誰にも見付からないように名前はこっそりホグワーツを抜け出して、禁じられた森を通ってコテージに向かった。
バーベッジは待ちくたびれたように名前を迎えた。

散々待たせてしまって悪いが、良い知らせは持ち合わせていない。
それでも伝えなければならない。
名前はバーベッジに、ダンブルドアがスネイプに殺された事と、ホグワーツで葬儀が行われる事を話した。





「まさか、セブルスが……本当に?」





バーベッジは信じられないといった表情で、名前に聞いた。
はっきり名前は肯定したが、バーベッジは未だ信じられないようで───信じたくないようで、ただ狼狽えている。





『バーベッジ先生。葬儀の為に、一度ホグワーツへ戻りましょう。
その後もう一度、ここへ戻りましょう。』





コテージを離れた二人は、バーベッジにお願いして、「姿くらまし」でホグワーツへ帰還した。
葬儀が終わった後、再びバーベッジとコテージに向かう約束をしてから、二人は別れた。
きっとバーベッジはこれから他の先生方や生徒から話を聞いて、もしかしたらどこかで安置された遺体を見て、ダンブルドアの死に直面するのだろう。

ダンブルドアの死が広がる度、名前は後戻り出来ない気持ちが大きくなっていくのを感じた。
その気持ちを自覚する度、ダンブルドアの言葉を繰り返し思い出す。

───君が本当に、顔も知らぬ、肉体すら持たぬ死者が生き返ると願えるのなら、可能じゃろう。知識や思い込みを取っ払う事が出来ればの話じゃが。───

思い出して、名前は死を覆そうと、再び挑もうとする。
すると脳裏に冷たく固くなった、ダンブルドアの遺体が浮かんでくる。
遺体を目の前にして何も出来なかった自分が連想して思い浮かんで、名前はまた何も出来ないのではないかと恐れる気持ちが生まれる。

───まだ何か出来るかもしれない。
───もうどうする事も出来ない。
二つの思いが拮抗して、思考は堂々巡りした。




















『……。』





思考が堂々巡りする名前は上の空で、そんな状態で誰かと一緒にいるわけにもいかず、夢遊病者のようにホグワーツ内を点々とする。

時にはダンブルドアの遺体を探して歩き回り。
時には空き教室でダンブルドアの蘇生を祈ってみたり。
どちらも出来なくなって立ち止まってしまった時は、成すべき事を今一度認識する為に、ダンブルドアの言葉を思い出した。

───君の能力は未知じゃ。しかしそれも意識次第。君がそうだと信じる心の強さが求められる。どんな状況にあっても、決して挫けてはいかん。悟られぬよう強く思うのじゃ。───

決して挫けてはいけない。
果たして今の名前は、挫けていないと言い切れるだろうか。
自分を信じているのだろうか。

───よいかな、ナマエ。この事は誰にも話さないと約束してくれるかの。秘密がどこで漏れてしまうか分からぬ。
君の行動を不審に思う者がいれば、わしとの約束で話せないと言うがよい。───

そうだ、誰にも話してはいけないとも約束した。
ハリー達にも、マクゴナガル達にも、クィレルにも。
名前の悩みは誰かに話して良いものではない。
かといって、いつまでも一人でいても不自然だ。
しかしいつも以上に無口な名前に、長い付き合いであるハリー達が気付かないはずがない。
これは名前が一人で早く解決しなければならない。





『……。』





コテ、と教室の窓に身を預けながら、はたと思い返す。
こんなふうに長く思い悩んだ事が今まであっただろうか。

多分、あったはずだ。試練は多々あったのだから。
けれど突破してきた。解決してきたのだ。

一体どのようにして?
……。





『……。』





考えてみれば、一年生の時から現在に至るまで。
皆の助けがあって初めて、自分の行いが良い方向へと向かっていた。
自分一人の力で解決出来た事など何一つ無いのだ。

それなのに、人の生死を左右するような大事な事を、易易と約束してしまった。
皆の助けを自分の力と勘違いして、知らないうちに驕り高ぶっていたのかもしれない。
そうでもなければ、そんな重大な役目を果たすなどと約束は出来ないはずだ。

名前は自分を恥じて、その場に蹲った。
教室の壁に凭れ掛かって座り、夕暮れまでじっとしていた。
それからようやく動き出した名前は、トボトボとグリフィンドールの談話室へ戻って行った。

談話室の扉を潜ると、窓際にハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が座っているのが見えた。
三人と名前は一瞬、黙って見つめ合った。





「ちょうど良かったわ、ナマエ。
こっちへ来て。聞いて欲しい話があるの。」





一番早く口を開いたのはハーマイオニーで、努めていつも通りだった。
断る理由も無いので、名前は皆と同じように窓際に座る。
それを見届けてからハーマイオニーは、ハリーの方へ向き直った。





「ハリー、私、発見した事があるの。今朝、図書室で……」



「R・A・B?」





ハリーはロケットの中にあった羊皮紙を、ハーマイオニーにも見せたようだ。
いつ見せたかは、名前には分からない。
ダンブルドアが亡くなってから名前は、悩む姿を見せまいとなるべく一人でいた。
食事時も、寝る時間も、起きる時間も、皆とずらしていた。





「違うの。
努力してるのよ、ハリー。でも、何にも見付からない……同じ頭文字で、そこそこ名前の知られている魔法使いは二人いるわ───
ロザリド・アンチゴーネ・バングズ……『斧振り男』ルパート・ブルックスタントン……でも、この二人は全く当てはまらないみたい。あのメモから考えると、分霊箱を盗んだ人物は、ヴォルデモートを知っていたらしいけど、バングズも『斧振り男』も、ヴォルデモートとは全く関係が無いの……
そうじゃなくて、実は、あのね……スネイプの事なの。」





言ってハーマイオニーは、ハリーと名前の様子をチラリと窺った。
相変わらず名前は無表情で、ハリーは椅子に深く腰を沈めた。





「あいつがどうしたって?」



「ええ、ただね、『半純血のプリンス』について、ある意味では私が正しかったの。」



「ハーマイオニー、蒸し返す必要があるのかい?僕が今、どんな思いをしているか分かってるのか?」



「ううん───違うわ───ハリー、そういう意味じゃないの!
あの本が、一度はアイリーン・プリンスの本だったっていう私の考えが、正しかったっていうだけ。あのね……
アイリーンはスネイプの母親だったの!」



「あんまり美人じゃないと思ってたよ。」



ロンの呟きを、ハーマイオニーは無視した。
「他の古い『予言者新聞』を調べていたら、アイリーン・プリンスがトビアス・スネイプっていう人と結婚したという、小さなお知らせが載っていたの。それから暫くして、またお知らせ広告があって、アイリーンが出産したって───」



「───殺人者をだろ。」
ハリーは冷たく言い放った。



「ええ……そうね。
だから……私がある意味では正しかったわけ。スネイプは『半分プリンス』である事を誇りにしていたに違いないわ。分かる?『予言者新聞』によれば、トビアス・スネイプはマグルだったわ。」



「ああ、それでぴったり当てはまる。
スネイプは、ルシウス・マルフォイとか、ああいう連中に認められようとして、純血の血筋だけを誇張したんだろう……ヴォルデモートと同じだ。
純血の母親、マグルの父親……純血の血統が半分しかないのを恥じて、『闇の魔術』を使って自分を恐れさせようとしたり、自分で仰々しい新しい名前を付けたり───
ヴォルデモート『卿』───
半純血の『プリンス』───
ダンブルドアはどうしてそれに気付かなかったんだろう───?」





言い終えてハリーは、夕暮れの空を見詰めた。
重苦しい話の内容とは裏腹に、夕焼けは澄んでいてキレイなものだった。





「あの本を使っていたのに、スネイプがどうして君を突き出さなかったのか、分かんないなあ。
君がどこから色々引っ張り出してくるのか、分かってたはずなのに。」



「あいつは分かってたさ。
僕がセクタムセンプラを使った時、あいつには分かっていたんだ。『開心術』を使う必要なんかなかった……
それより前から知っていたかもしれない。スラグホーンが、魔法薬学で僕がどんなに優秀かを吹聴していたから……
自分の使った古い教科書を、棚の奥に置きっぱなしになんか、しておくべきじゃなかったんだ。そうだろう?」



「だけど、どうして君を突き出さなかったんだろう?」



「あの本との関係を、知られたくなかったんじゃないかしら。
ダンブルドアがそれを知ったら、不快に思われたでしょうから。それに、スネイプが自分の物じゃないってしらを切っても、スラグホーンはすぐに筆跡を見破ったでしょうね。
兎に角、あの本は、スネイプの昔の教室に置き去りになっていたものだし、ダンブルドアは、スネイプの母親が『プリンス』という名前だった事を知っていたはずよ。」



「あの本を、ダンブルドアに見せるべきだった。
ヴォルデモートは、学生の時でさえ邪悪だったと、ダンブルドアがずっと僕に教えてくれていたのに。そして僕は、スネイプも同じだったという証拠を手にしていたのに───」



「『邪悪』という言葉は強すぎるわ。」



「あの本が危険だって、散々言ったのは君だぜ!」



「私が言いたいのはね、ハリー、あなたが自分を責めすぎているという事なの。『プリンス』が捻くれたユーモアのセンスの持ち主だとは思ったけど、殺人者になりうるなんて、全く思わなかったわ……。」



「誰も想像出来なかったよ。スネイプが、ほら……あんな事をさ。」





ロンの言葉を最後に、皆黙り込んだ。
スネイプがした事───ダンブルドアの殺害。
そして明日の朝に葬儀が行われる事を、連想して考えていたのだろう。
その後は何となく会話も無いまま時間が過ぎて、そのままお開きとなった。

翌日。
名前はいつも通り起きて、いつも通りのトレーニングを一通り行った。
それから寝室に戻ると、荷物の確認をした。
葬儀の一時間後にはホグワーツ特急が出発する。
その為の最終確認だ。

それを終えると朝食を摂りに大広間へ向かう。
いつもと違ってお喋りの声は聞こえてこない。
全員が式服を身に着けて、まずそうに朝食を口に運んでいる。
グリフィンドールの長テーブルに沿って歩くと、そこには既にハリー達の姿があったが、皆沈痛な面持ちで食事を摂っている。
挨拶を交わしたが、会話はそれだけだった。





『……。』





空いている席に着くと、黙って朝食を摂る。
あと数十分も経てば、いよいよ葬儀が始まる。
魔法界の葬儀がどのようなものかは知らない。
知らないが、皆に倣ってする他ない。

葬儀が行われたら名前自身は、ダンブルドアの死に対してどう心境が変化するのだろう。
まだどうにか出来ると希望を持つだろうか。
もうどうする事も出来ないと死を認めるのだろうか。
ここ数日そうであったように、どっちつかずのまま迷い続けるのだろうか。

朝食を終えて暫くぼんやりとしていると、生徒達が顔を上げて、大広間の前方に目を向け始めた。
それに気が付いて名前も目を向けると、教職テーブルにいるマクゴナガルが立ち上がっていた。





「間もなく時間です。」





マクゴナガルの言葉に名前は、心臓に冷たい水を注がれたように感じた。
いよいよ何も出来ないまま、葬儀を迎えようとしている。





「それぞれの寮監に従って、校庭に出てください。グリフィンドール生は、私についておいでなさい。」





席を立つ皆に倣って、名前も腰を上げた。
グリフィンドールの列の最後尾につき、前を歩く生徒の背中を目で追いながら、黙々と進む。

玄関ホールを抜けて正面扉を出た。
葬儀にはそぐわない、カラリと晴れた爽やかな夏の日だ。
日射しを浴びながら列についていくと、そのうちに湖へ向かっている事が分かった。

湖の側には数え切れない程の椅子が何列も並べてあって、既に半分程が人で埋まっていた。
中央には一本の通路があり、大理石で出来た台に向かって伸びている。
きっと、その台に遺体が寝かされるのだろう。





『……。』





日射しが大理石に反射して、名前はその眩しさに目を伏せた。
目を伏せたまま歩いて、湖の際の席を選んだハリー達と並んで座った。
そこからチラリと目を上げて、参列者の背中を見詰める。

一際目立つあのショッキング・ピンクは、トンクスのものだろう。
では隣に座るくすんだ髪色の人物はルーピンで、そのまた隣はシリウスだろうか。
あの赤毛はウィーズリー夫妻で、長い赤毛と豊かなブロンドの髪の持ち主はビルとフラー。
似通った背丈を持つ二人の赤毛はフレッドとジョージだろう。
城のゴースト達も参列しているようだ。
続々と増える参列者の中で、ネビルがルーナに支えられて座るのが見えた。

そうして殆どの席が埋まった頃、先生方が着席した。
するとどこからともなく歌声が聞こえてきて、会場に響き渡った。
動物のものではなく、人の言葉ではなく、少なくとも歌と思われる旋律で、それは悲しみを語っているようだった。
会場にいた人々は動揺し、音の出処を探す。

歌声は湖から聞こえてくるようだ。
日射しを浴びてキラキラ輝く湖をよく見ると、「水中人」の姿があった。
名前は少しの間その姿を眺め、それから顔を前に向けた。





『……。』





前に向き直ると、一本の通路をハグリッドが歩いている場面だった。
金色の星が散りばめられた紫のビロードに包まれた、おそらくダンブルドアの亡骸を抱え、ハグリッドは顔を涙で光らせながら歩いていった。
亡骸をゆっくりと台に寝かせて、ハグリッドは大きく鼻をかんだ。
その音がとても大きくて、通路を引き返すハグリッドの事を、参列者の何人かが咎めるように目で追った。
きっとハグリッドはその視線に気付いていないし、涙でぼやける視界では、見えてもいないだろう。

ハグリッドが座った席の隣には、グロウプが大人しく座っていた。
グロウプは慰めるようにハグリッドの頭を叩いて、その衝撃で、ハグリッドが座る椅子の脚が地面に刺さったようだった。
その時、歌声が止んで、名前は前に向き直った。

黒いローブの喪服を着た、小柄な魔法使いが席を立ち、ダンブルドアの亡骸の前に歩み出た。
弔辞を読み上げているようだったが、後列にいるせいか、言葉は聞き取れない。
魔法使いの背中を眺めていると、目の端に動くものを捉えて、つい名前はそちらに顔を向けてしまった。
「禁じられた森」の前。木陰の下で、ケンタウルス達が脇に弓を抱え、じっとしていた。
それから少し目を動かすと、名前が座る側の木に、ネスの姿があった。
周囲を目だけで見回すと、多くの人が涙を流していた。





『……。』





両親の葬式の時もそうだったが、名前は今も、涙を流さなかった。
勿論悲しかったが、喪失感の方が強かったのだ。
大きな喪失感が心を満たし、足の力が抜けて、指先が冷たくなっていく感覚に襲われる。
渇いた心が体中の水分を飲み込んでいくようだった。

こんな心持ちではいけないと、膝の上で固く拳を握る。
頭の中でダンブルドアの言葉を思い出す。
ダンブルドアは名前を信じて役割を与えた。
名前は自分を信じて役割を全うしなければならない。

けれど実際には何も出来ないでいる。
いつまでもこんな事を繰り返してばかりだ。
進む事も、かといって諦める事も、名前には出来ないでいる。
中途半端だ。





『……。』





ふと気が付けば弔辞の声は聞こえなくなっていた。
いつの間にか伏せていた顔を上げて見れば、小柄な魔法使いはそこには居らず、席に戻ったようだった。
誰も動かない。何かを待っているかのように。

静寂が辺りを満たしていた時、突然、ダンブルドアの亡骸と台の周囲に、白い炎が立ち昇った。
数名の悲鳴が上がる。
その間にも炎は高くなり、亡骸は包まれ、煙が渦を巻いて青空に昇っていく。
それは一瞬の出来事だった。
炎は夢のように立ち消え、後には白い大理石の墓だけが残された。

参列者から離れた所に、スコールのような雨が地面を叩き付けた。
それがケンタウルスによる追悼の意なのだろう。
ケンタウルス達は森の中へ消えていった。
気付けば、水中人もいなくなっている。

やおら参列者達が話し合ったり、立ち上がったりし始めた。
葬儀が終えた事に、名前は気が付いた。
それでも他の人と同じように何かを話したり、動いたりする事は、出来なかった。
じっと椅子に座り、膝の上の拳を見詰める。





『……。』





ダンブルドアとの約束に躓いてしまった。
そんな自分にこの先、一体何が出来るだろう。
ハリーは分霊箱を探し、破壊し、ヴォルデモートを倒さんと目論むだろう。
ロンやハーマイオニーは、ハリーに協力するはずだ。
勿論、名前もそのつもりである。
しかし……。
本当に力になれるだろうか。
ダンブルドアの願いを、少しでも叶える事が出来るだろうか。

目の端で動くものを捉えて、名前は思わずそちらを見た。
ハリーが立ち上がって、湖に沿って歩いていく。
その後を追って、ステッキを持った男がついていった。
二人は並んで歩き、何か話しているようだった。
長い会話ではなかった。それに何だか険悪な雰囲気だ。
やがて男は踵を返し、足を引き摺りながら参列者の席に戻ってくる。





「ルーファス・スクリムジョールだわ。」





ハーマイオニーが言って、急いで立ち上がった。
続けてロンも立ち上がり、それに倣って名前も立ち上がった。
ハリーの所へ行って、何を話したか聞くのだろう。

ハリーの方へ向かう途中、スクリムジョールと擦れ違った。
スクリムジョールがヴォルデモート陣営に狙われている事を、もう本人に伝えられたのだろうか。
もし伝えられたのなら、スクリムジョールは予知夢を信じるだろうか。
どう伝えられたのかは分からないが……。

ブナの木の下でハリーに追い付いた。
天気の良い日はこの木の下で、四人で過ごした。
思い出深い木だ。





「スクリムジョールは、何が望みだったの?」



「クリスマスの時と同じ事さ。
ダンブルドアの内部情報を教えて、魔法省の為に新しいアイドルになれってさ。」





その言葉を聞いてロンは、何かを考えるかのように黙った。
それも一瞬で終わり、決意した顔付きでハーマイオニーに向き直った。





「いいか、僕は戻って、パーシーをぶん殴る!」



「だめ。」
ハーマイオニーはロンの腕を掴んだ。



「僕の気持ちがすっきりする!」





その言葉に、ハリーは笑った。
ハーマイオニーも少し笑ったが、城の方を見て沈んだ表情に変わった。





「もうここには戻ってこないなんて、耐えられないわ。
ホグワーツが閉鎖されるなんて、どうして?」



「そうならないかもしれない。
家にいるよりここの方が危険だなんて言えないだろう?どこだって今は同じさ。僕はむしろ、ホグワーツの方が安全だって言うな。この中の方が、護衛している魔法使いが沢山いる。
ハリーとナマエは、どう思う?」



『そうかもね。』



「学校が再開されても、僕は戻らない。」





ロンは驚いたような、不思議そうな顔をして、ハリーを見詰めた。
一方ハーマイオニーは悲しそうに顔を歪めて、ハリーがそう言うであろう事を予想していたようだった。





「そう言うと思ったわ。でも、それじゃあなたは、どうするつもりなの?」



「僕はもう一度ダーズリーのところに帰る。それがダンブルドアの望みだったから。
でも、短い期間だけだ。それから僕は永久にあそこを出る。」



「でも、学校に戻ってこないなら、どこに行くの?」



「ゴドリックの谷に、戻ってみようと思っている。
僕にとって、あそこが全ての出発点だ。あそこに行く必要があるという気がするんだ。そうすれば、両親の墓に詣でる事が出来る。そうしたいんだ。」



「それからどうするんだ?」



「それから、残りの分霊箱を探し出さなければならないんだ。
僕がそうする事を、ダンブルドアは望んでいた。だからダンブルドアは、僕に分霊箱の全てを教えてくれたんだ。ダンブルドアが正しければ───
僕はそうだと信じているけど───
あと四個の分霊箱がどこかにある。探し出して破壊しなければならないんだ。それから七個目を追わなければならない。まだヴォルデモートの身体の中にある魂だ。そして、あいつを殺すのは僕なんだ。
もしその途上でセブルス・スネイプに出会ったら、
僕にとっては有難い事で、あいつにとっては、有難くない事になる。」





辺りを沈黙が包んだ。
参列席の方からハグリッドの泣き声が響いてくるのがよく聞こえた。

名前がどうする事も出来ずに立ち止まっている間に、ハリーは自分の進むべき道を見付けて覚悟している。
一旦はダンブルドアの死を受け入れて、いつまでも囚われず、名前も自身が出来る事に着手した方が良いのかもしれない。

この先、ヴォルデモートとの戦いで、多くの人が負傷したり、命を落としたりするだろう。
名前はそれを出来るだけ防ぐようにと、ダンブルドアからお願いされている。
その為にも……。
出来る事をするべきなのだろう。





「僕達、行くよ、ハリー。」



「え?」



「君の叔父さんと叔母さんの家に。
それから君と一緒に行く。どこにでも行く。」



「駄目だ───。」



「あなた、前に一度こう言ったわ。
私達がそうしたいなら、引き返す時間はあるって。その時間はもう十分にあったわ、違う?」



「何があろうと、僕達は君と一緒だ。」



『準備は出来ている。』



「だけど、おい、何をするより前に、僕のパパとママのところに戻ってこないといけないぜ。ゴドリックの谷より前に。」



「どうして?」



「ビルとフラーの結婚式だ。忘れたのか?」




驚いたように目を見開いて、ハリーはまじまじとロンを見詰めた。
やがて再び口を開いた。





「ああ、そりゃあ、僕達、見逃せないな。」





友人達は困難を前に立ち向かっている。
諦めず希望を捨てない彼らの姿勢に勇気を得た。
どうしようもなくもがく自身の心が浮上して、少し息をするのが楽になる。

両親やダンブルドアを失った時のような思いは、二度と味わいたくはない。
そして同じような思いを、他の誰かに味わわせたくもない。
彼らを守る為に、彼らの力になる為に、名前は前に進まなければいけない。

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