18.-2


「ミョウジ?」





声を掛けられて振り向く。
マクゴナガルが立っていた。
顔がすりむけ、ローブが破れている。





「無事なようで何よりです。
中へ入らないのですか?」



『……入ります。』





悩む時間が与えられるはずも無く、名前は医務室の扉を開けた。

病棟は薄暗い。
扉の近くのベッドにネビルが眠っている。
目を走らせる。
一番奥のベッドの周りに、人が集まっていた。
人々が此方ヘ振り向くのが分かる。

マクゴナガルが淀みなく歩み出る。
名前はその後を追う。
集まった人々の顔がはっきりとする。
ハリー、ロン、ハーマイオニー、ルーナ、トンクス、ルーピン、シリウス、マダム・ポンフリー。
そして、皆が囲むベッドに、誰かが眠っている。
顔は無残に切り裂かれて、知っていても誰かは分からないだろう。
けれど、あの長い赤毛は見覚えがある……。





「モリーとアーサーがここへ来ます。」





名前が口を開く前に、マクゴナガルがそう言った。
そこにいた皆が、ベッドに眠る何者かを見たり、目を擦ったり、首を振ったりした。





「ハリー、何が起こったのですか?ハグリッドが言うには、あなたが、ちょうど───ちょうどその事が起こった時、ダンブルドア校長と一緒だったという事ですが。ハグリッドの話では、スネイプ先生が何かに関わって───」



「スネイプが、ダンブルドアを殺しました。」





マクゴナガルは一瞬ハリーの顔を見詰め、そして体が傾いた。
名前は咄嗟に倒れる背中を支え、その間にマダム・ポンフリーが椅子を用意する。
そしてマクゴナガルの腰の下に置いた。
背中を支えながら、ゆっくりと座らせる。





「ナマエはダンブルドアが殺される事を予知していました。僕も、ロン達もその事は伝えられていたのに、誰も変える事が出来なかった。」



『ごめんなさい。』





名前は一瞬、皆の顔を見た。
見詰め続ける事は出来なかった。





『知っていたのに、動かなければならなかったのに、何もしなかった。俺は、あの時……』



「ナマエ、君を責めているわけじゃない。そんなつもりで言ったんじゃない。君はダンブルドアに動くなって止められていたし、僕だって何も出来なかったんだ。
仮にあの場でナマエがマルフォイを止めてダンブルドアを助けられても、死喰い人とスネイプには勝てなかったと思う。それに、ダンブルドアは弱っていたし……。
僕は逃げるスネイプと戦おうとしたけど、手も足も出なかった。だから、たとえナマエでも、どうにか出来たとは思えないよ。ナマエも殺されていたかもしれない……。」



「スネイプ。」





椅子に腰掛けるマクゴナガルが呟くようにそう言った。





「私達全員が怪しんでいました……しかし、ダンブルドアは信じていた……いつも……スネイプが……信じられません……。」



「スネイプは熟達した閉心術士だ。
その事はずっと分かっていた。」





真っ先に口を開きそうなシリウスよりも先に、ルーピンが吐き捨てるように言った。
いつもの穏やかな口調ではなく、スネイプと対峙した時のシリウスのようだった。





「しかしダンブルドアは、スネイプは誓って私達の味方だと言ったわ!
私達の知らないスネイプの何かを、ダンブルドアは知っているに違いないって、私はいつもそう思っていた……。」
自分自身に言い聞かせるようにトンクスが言う。



「スネイプを信用するに足る鉄壁の理由があると、ダンブルドアは常々そう仄めかしていました。」
マクゴナガルはハンカチを目に当てた。
「勿論……スネイプは、過去が過去ですから……当然皆が疑いました……しかしダンブルドアが私にはっきりと、スネイプの悔恨は絶対に本物だと仰いました……スネイプを疑う言葉は、一言も聞こうとなさらなかった!」



「スネイプはダンブルドアすら欺いたというわけだ。自分を信用する唯一の人間を、自らの手で殺した。」
シリウスが乱暴な口調で言った。



「ダンブルドアを信用させるのに、スネイプが何を話したのか、知りたいものだわ。」



「僕は知ってる。」





ハリーは呟くようにそう言った。
見るとハリーは皆の顔を見ているようで、意識は遠くにあるようだった。
トンクスの疑問に答えると言うよりは、自分の考えを整理している風に見て取れる。





「スネイプがヴォルデモートに流した情報のおかげで、ヴォルデモートは僕の父さんと母さんを追い詰めたんだ。そしてスネイプはダンブルドアに、自分は何をしたのか分かっていなかった、自分がやった事を後悔している、二人が死んだ事を申し訳なく思っているって、そう言ったんだ。」



「あいつが?申し訳なく思っているって?」
嫌悪感を滲ませてシリウスが繰り返す。



「それで、ダンブルドアはそれを信じたのか?
ダンブルドアは、スネイプがジェームズの死をすまなく思っていると言うのを信じた?スネイプはジェームズを憎んでいたのに……。」



「それにスネイプは、僕の母さんの事も、これっぽっちも価値があるなんて思っちゃいなかった。
だって、母さんはマグル生まれだ……『穢れた血』って、スネイプは母さんの事をそう呼んだ……。」





穢れた血。
ダンブルドアが話すとも考えられず、何故ハリーがそんな事を知っているのか分からなかった。
だが、そんな疑問を聞く雰囲気ではない。
皆、呆然としていた。





「全部私の責任です。」





静寂をマクゴナガルの声が破った。
涙に濡れたハンカチを掴む手は力がこめられ、薄暗い中でも一際白く見えた。





「私が悪いのです。今夜、フィリウスにスネイプを迎えに行かせました。応援に来てくれるようにと、私がスネイプを迎えに行かせたのです!危険な事態を知らせなければ、スネイプが『死喰い人』に加勢する事も無かったでしょうに。フィリウスの知らせを受けるまでは、スネイプは、『死喰い人』があの場所に来ているとは知らなかったと思います。そういう予定だとは知らなかったと思います。」



「あなたの責任ではない、ミネルバ。
我々全員が、もっと援軍が欲しかった。スネイプが駆け付けてくると思って、皆喜んだ……。」



「それじゃ、戦いの場に着いた時、スネイプは『死喰い人』の味方についたんですか?」





マクゴナガルとルーピンに問い詰めるように、ハリーは急き込んで聞いた。





「何が起こったのか、私にははっきり分かりません。
分からない事だらけです……ダンブルドアは、数時間学校を離れるから念の為廊下の巡回をするようにと仰いました……リーマス、シリウス、ビル、ニンファドーラを呼ぶようにと……そして皆で巡回しました。
全く静かなものでした。校外に通じる秘密の抜け道は、全部警備されていましたし、誰も空から侵入出来ない事も分かっていました。城に入る全ての入口は強力な魔法がかけられていました。一体『死喰い人』がどうやって侵入したのか、私には未だに分かりません……。」



「僕は知っています。」





ハリーが言った。
そのままマルフォイがダンブルドアに向けて打ち明けた内容を掻い摘んで話す。
「姿をくらますキャビネット」が対になっている事。
魔法の通路が二つの棚を結ぶ事。





「それで連中は、『必要の部屋』から入り込んだんです。」



「ハリー、僕、しくじった。」




暗い声でロンがそう言った。





「僕達、君に言われた通りにしたんだ。『忍びの地図』を調べたら、マルフォイが地図では見付からなかったから、『必要の部屋』に違いないと思って、僕とジニーとネビルが見張りに行ったんだ……だけど、マルフォイに出し抜かれた。」



「見張りを始めてから一時間ぐらいで、マルフォイがそこから出てきたの。
一人で、あの気持ちの悪い萎びた手を持って───」



「あの『輝きの手』だ。
ほら、持っている者だけに明かりが見えるってやつだ。憶えてるか?」



「兎に角。
マルフォイは、『死喰い人』を外に出しても安全かどうかを偵察に出てきたに違いないわ。だって、私達を見た途端、何かを空中に投げて、そしたら辺りが真っ暗になって───」



「───ペルー製の『インスタント煙幕』だ。
フレッドとジョージの。相手を見て物を売れって、あいつらに一言、言ってやらなきゃ。」



「私達、何もかも全部やってみたわ───ルーモス、インセンディオ。
何をやっても暗闇を破れなかった。廊下を手探りで抜け出す事しか出来なかったわ。その間に、誰かが急いで側を通り過ぎる音がした。
当然マルフォイは、あの『手』のおかげで見えたから、連中を誘導してたんだわ。でも私達は、仲間に当たるかもしれないと思うと、呪文も何も使えやしなかった。明るい廊下に出た時には、連中はもういなかった。」



「幸いな事に、」
ルーピンは掠れた声で言った。
「ロン、ジニー、ネビルは、それからすぐ後に我々と出会って、何があったかを話してくれた。数分後に我々は、天文台の塔に向かっていた『死喰い人』を見付けた。マルフォイは、他にも見張りがいるとは、全く予想していなかったらしい。
いずれにせよ『インスタント煙幕』は尽きていたらしい。戦いが始まり、連中は散らばって、我々が追った。ギボンが一人抜け出して、塔に上がる階段に向かった───」



「『闇の印』を打ち上げる為?」
ハリーが尋ねた。



「ギボンが打ち上げたに違いない。そうだ。連中は『必要の部屋』を出る前に、示し合わせたに違いない。
しかしギボンは、そのまま留まって、一人でダンブルドアを待ち受ける気にはならなかったのだろう。階下に駆け戻って、また戦いに加わったのだから。そして、私を僅かに逸れた『死の呪い』に当たった。」



「それじゃ、ロンはジニーとネビルと一緒に『必要の部屋』を見張っていた。」
ハリーはハーマイオニーに向き直る。
「君は───?」



「スネイプの部屋の前、そうよ。」





ハーマイオニーの声は消え入りそうな程小さかった。
薄暗い中で、瞳の涙がゆらゆらと輝きを放っている。





「ルーナと一緒に。随分長いことそこにいたんだけど、何も起こらなかった……上の方で何が起こっているのか分からなかったの。ロンが『忍びの地図』を持っていたし……
フリットウィック先生が地下牢に走ってきたのは、もう真夜中近くだった。『死喰い人』が城の中にいるって、叫んでいたわ。私とルーナがそこにいる事には、全然気が付かなかったのじゃないかと思う。
真っ直ぐにスネイプの部屋に飛び込んで、スネイプに自分と一緒に来て加勢してくれと言っているのが聞こえたわ。それからドサッという大きな音がして、スネイプが部屋から飛び出してきたの。そして私達の事を見て───そして───」



「どうしたんだ?」



「私、バカだったわ、ハリー!
スネイプは、フリットウィック先生が気絶したから、私達で面倒を看なさいって言った。そして自分は───自分は『死喰い人』との戦いの加勢に行くからって───
私達、フリットウィック先生を助けようとして、スネイプの部屋に入ったの。そしたら、先生が気を失って倒れていて……ああ、今ならはっきり分かるわ。スネイプがフリットウィックに『失神呪文』をかけたのよ。でも気が付かなかった。ハリー、私達、気が付かなかったの。
スネイプを、みすみす行かせてしまった!」



「君の責任じゃない。」
ルーピンがはっきり言った。
「ハーマイオニー、スネイプの言う事に従わなかったら、邪魔をしたりしたら、あいつは恐らく君もルーナも殺していただろう。」



「それで、スネイプは上階に来た。」
ハリーは言いながら、頭の中でスネイプの足取りを追っているようだった。
「そして、皆が戦っている場所を見付けた……。」



「私達は苦戦していて、形勢不利だった。」
暗い声でトンクスが言う。
「ギボンは死んだけれど、他の『死喰い人』は、死ぬまで戦う覚悟のようだった。ネビルが傷付き、ビルはグレイバックに噛み付かれた……
真っ暗だった……呪いがそこら中に飛び交って……マルフォイが姿を消した。すり抜けて塔への階段を上ったに違いない……他の『死喰い人』も、マルフォイの後から次々階段を駆け上がった。その内の一人が何らかの呪文を使って、上った後の階段に障壁を作った……
ネビルが突進して、空中に放り投げられた───」



「僕達、誰も突破出来なかった。」
ロンが呟いた。
「それに、あのでっかい『死喰い人』の奴が、相変わらず、辺り構わず呪詛を飛ばしていて、それが彼方此方の壁に撥ね返ってきたけど、際どいところで僕達には当たらなかった……。」



「そしたらそこにスネイプがいた。」
トンクスが続いた。
「そして、すぐいなくなった───。」



「スネイプがこっちに向かってくるところを見たわ。でも、そのすぐ後に、大男の『死喰い人』の呪詛が飛んできて、危うく私に当たるところだった。それで私、ヒョイと躱した途端に、何もかも見失ってしまったの。」
ジニーがそう言った。



「私は、あいつが、呪いの障壁など無いかのように、真っ直ぐ突っ込んでいくのを見た。
私もその後に続こうとしたのだが、ネビルと同じように撥ね返されてしまった……。」
悔しそうにルーピンが言う。



「スネイプは、私達の知らない呪文を知っていたに違いありません。」
マクゴナガルが静かに言った。
「何しろ───スネイプは『闇の魔術に対する防衛術』の先生なのですから……私は、スネイプが、塔に逃げ込んだ『死喰い人』を追い掛けるのに急いでいるのだと思っていたのです……。」



「追い掛けてはいました。」
ハリーの声は怒りを孕んでいた。
「でも阻止する為ではなく、加勢する為です……それに、その障壁を通り抜けるには、きっと『闇の印』を持っていないといけないに違いない───
それで、スネイプが下に戻ってきた時は、何があったんですか?」



「ああ、大男の『死喰い人』の呪詛で、天井の半分が落下してきたところだった。おかげで階段の障壁の呪いも破れた。
我々全員が駆け出した───兎に角、まだ立てる者はそうした───するとスネイプと少年が、埃の中から姿を現した───当然、我々は二人を攻撃しなかった───。」
ルーピンが答えた。



「二人を通してしまったんだ。」
殊更に暗い声でトンクスが言った。
「『死喰い人』に追われているのだと思って───そして、気が付いたら、他の『死喰い人』とグレイバックが戻ってきていて、また戦いが始まった───
スネイプが何かを叫ぶのを聞いたように思ったけど、何と言っているのか分からなかった───。」



「あいつは、『終わった』って叫んだ。
やろうとしていた事を、やり遂げたんだ。」





ハリーがそう伝えた後、誰も口を開かなかった。
身動ぎする事すら躊躇われる、重い沈黙がのしかかった。
美しい鳴き声がまだ彼方から響いてくる。
それ以外は静かなものだった。

皆の話からそれぞれの足取りは伝え合えたが、名前の足取りだけははっきりしていない。
身を潜めていた理由も、その時に何が起こったかも。
話さなければならない。
けれど場違いな気がして、名前は黙っていた。

沈黙が続く中いきなり医務室の扉が開かれ、名前以外の全員が肩を揺らした。
振り返ると、そこにいたのはモリーとアーサー、そしてフラーが、足早に近寄ってくるところだった。

- 289 -


[*前] | [次#]
ページ:




×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -