18.-1


「一体どこへ行くの?」



『信じて、付いてきてください。』





時折、クルリ、クルリと回転する提灯を携えて、名前とチャリティ・バーベッジは、濃霧の中をひた進む。















螺旋階段を下りた先は、舞い上がる埃と闇でいっぱいだった。
その中から戦闘の音が聞こえてくる。
杖を構えて、名前は足を進めた。

時々、戦闘で崩れた瓦礫なのか、味方か敵かも生死も分からない倒れた人々に足を取られながら、戦う人々の中に、名前は記憶に残る特徴を探し続けた。
白昼夢で見た、チャリティ・バーベッジの姿を。

バーベッジの私室は知らない。
そもそもこの状況だ。私室に残っている可能性は低い。
死喰い人を倒す為、生徒を守る為、校内のどこかで戦っている事だろう。
いかにも絶望的な状況だったが、奇跡的にも発見した。
職員室の側で、崩れた瓦礫に挟まれ、もがいている彼女を見付けたのだ。





『大丈夫ですか。』



「有難う、私は大丈夫だから皆を───」





バーベッジが言い終わらない内に名前は、浮遊呪文で瓦礫をどかした。
幸い怪我が軽かったらしいバーベッジは再びお礼を言って立ち上がり、名前を背後にやって、戦いへ戻ろうとした。

名前は引き止めた。






『行ったらきっと、先生は捕まって殺されてしまう。』





そして、予知夢でバーベッジが死ぬところを見たと話した。





『だから、安全な所へ避難してください。』



「でも───」





バーベッジは悩んでいるようだった。
名前の言っている事を信じるべきか。
避難せずに他の生徒や教師と共に戦うべきか。





「安全な所なんて知らないわ。」



『……
付いてきてください。』





煮えきらないままの声音でそう言ったバーベッジに、名前は一瞬考えてから答えた。
バーベッジの手をしっかりと握り、反対の手で杖を構えて、名前は走り出す。
廊下を疾走し、階段を駆け下り、正面扉を目指す。

樫の正面扉は吹き飛ばされ、夜の世界が見えていた。
名前はバーベッジを引き連れて、玄関ホールを横切った。
薄暗い玄関ホールでは、数人の生徒が壁に身を預けて静かにしているのが一瞬見えた。
バーベッジの足が躊躇するように遅くなったが、名前は構わず引っ張った。

ようやく校庭に出る。
外は校内より明るかった。
隠れる場所も、盾になる物も無い校庭で、攻撃されたら一巻の終わりだ。
素早く、真っ直ぐ、禁じられた森へと急ぐ。





「ここが安全な所?」



『ちょっと待ってください。』





禁じられた森の中へ一歩入れば、そこは真っ暗闇だった。
不安げに辺りを見回すバーベッジを背に、名前は懐から折り畳まれた提灯を取り出す。
提灯を広げて、魔法で火を付けた。
杖の代わりに提灯を構える。
森の景色が僅かに照らし出された。

提灯を見ながら、少し歩を進める。
提灯は回転して、絵柄の向きが変わる。

辺りを見回す。
太い木の根っこが、足元でうねっている。
もう少し歩を進める。





『……。』





バーベッジは名前に掴まれている手とは反対の手で杖を握り締め、しきりに辺りを見回した。
提灯の灯りに照らし出される程、やにわに濃い霧が出始めたからだ。
恐らくバーベッジは、吸魂鬼の存在を警戒しているのだろう。

名前も警戒はしている。
片手に提灯、片手にバーベッジの手を握っている為、防衛は出来ないが。
それでもこの霧が、提灯の効果だとは信じきれない。

これは賭けだった。





「一体どこへ行くの?」



『信じて、付いてきてください。』





時折、クルリ、クルリと回転する提灯を携えて、名前とチャリティ・バーベッジは、濃霧の中をひた進む。

歩みながら思い浮かべるのは、日本にある山の上のコテージだ。
生前の両親が隠れ場所として準備していたであろう所なら、バーベッジを匿うのにピッタリなはず。
そしてこの提灯が、そこまでの道程を示してくれるはず。

そう信じて確実に一歩一歩進むが、ともすればホグワーツに置き去りにしてきた生徒や教師の事が気になってしまう。
果たして自分の行いが正しい事か、名前には分からない。
もしかしたら、今すべき事ではないのかもしれない。
他に優先すべき、やるべき事があったかもしれない。
迷いはあったが、歩みは止めなかった。





『……。』





会話も無く、黙々と歩みを進めていると、辺りが僅かに白んできた。
提灯の灯りが無くとも霧がハッキリと見えてきたし、霧に隠された木々の幹や緑色の葉が少しだけ確認出来る。
体を包む空気も変化があり、湿気を含んだ生温いものになっていた。

バーベッジはこの変化に戸惑い、「何が起きているの?」と独り言のように呟いた。
名前は確信は持てないが、恐らく日本へ来る事が出来たのだろうと思った。
日本とイギリスでは八時間程の時差がある為、夜中のイギリスに対し日本ではもう夜が明けている頃だ。辺りが白んでもおかしくはない。
それにこの湿気を含んだ生温い空気。

気が付けば足元には濡れた落ち葉も、苔むした地面も、うねった根っこも無い。
膝ほどまで伸びた雑草が広がっている。
踏み付けて進み続けると、霧の中にコテージが現れた。
一瞬名前は安堵の息を吐いて、コテージの扉の鍵を開ける。
室内へバーベッジを招き入れ、後ろ手に扉を閉めた。
バーベッジはキョロキョロと部屋を見回している。





『ここなら、きっと安全です。簡単には出入り出来ない仕掛けになっています。
バーベッジ先生、暫くここにいてください。ここには食べ物もあるし、飲み物もあります。着るものも、俺の母親の物がクローゼットにあったはずです。数週間くらいなら衣食住には困らないと思います。』



「どうやってここを───暫くって、いつまで?───……ああ、あなたに聞きたい事が沢山あるわ。
でも私だけ、いつまでも安全な所にいる事は出来ない……。」



『お願いします、ここにいてください。俺はホグワーツに戻りますが、必ずここに戻って来ます。その時は、出来る限り質問にお答えします。』



「待って───」





引き止める手を解き、名前はコテージの外に出た。
バーベッジは迷っているのか混乱しているのか、追いかけては来ない。
その隙に長い足を使い遠く離れて、暫く歩いたところで提灯の灯りを消す。
折り畳んで懐へしまった。





『クィレルさん、「姿くらまし」でホグワーツまで連れて行ってくださいませんか。』





肩にいるネスにそう話し掛けると、ややあって、ネスはクィレルの姿に変わって地面に降り立った。
ぐるぐる巻きにされた包帯のせいで表情はよく分からないが、金泥色の瞳が物言いたげに名前を見詰めている。





「分かりました。では、しっかりと掴まってください。」



『はい。』





差し出された左腕を掴み、衝撃に備える。
クィレルは律儀にもカウントダウンをして「姿くらまし」した。
瞬く間に景色が移り変わる。
内蔵が浮くような感じがする、耐難き時間だ。
目を瞑りたくなったが、気が付けば真っ暗な所に降り立っていた。





「ここは校門の外のすぐ側の林の中です。死喰い人達は近くにいるかもしれません。どうか気を付けて。いざとなったら、私が……」



『……。』



「私が戦う。ミョウジ、その間に逃げてください。君を失うわけには行かない。」



『そうはならないよう、気を付けます。』



「……。」





薄暗い中、浮かび上がる包帯の白さ。
そして微かに見える金泥色の瞳が、物言いたげに名前を見詰めている。
少しの間クィレルは名前を見詰め、やがてガックリと力無く項垂れると、再びネスの姿になり、名前の肩をしっかり掴んだ。

杖を取り出した名前は屈んで、草木に隠れながら林を進み、程なくして校庭に出た。
夜の闇の中、緑色の闇の印に照らし出され、聳え立つホグワーツが見える。
消灯の時間を迎えていたはずの窓からはオレンジ色の灯りが漏れ出し、そこから慌ただしく動き回る人影が確認出来た。

首に下げられた鈴は音を立てない。
少なくとも名前に悪意は向けられていないようだ。
もう、もしかしたら、死喰い人達は姿を消したのかもしれない。





『……。』





それでも警戒は解けず、名前は辺りに目を配らせながら、馬車道を歩く。
なだらかな坂道を上がると、天文台の真下に人だかりが出来ているのが見えた。

人だかりの理由が何なのか、名前には考えずとも分かっていた。
分かっているのに名前は、その理由を考えたくはなかった。

足が止まりそうになる。
それでも、ゆっくりと歩を進める。

啜り泣く声。
嗚咽。
泣き叫ぶ声。
近付く毎に大きくなる。





『……。』





人だかりの背後に立つ。
何かを取り囲むように、中央はぽっかりと空間がある。
背の高い名前にはそれがよく見えた。
力無く横たわるダンブルドアの姿が。

周囲の人々が身に纏う湯気のようなものが、ダンブルドアには無かった。
いや、あるにはあるが、周囲の人々に比べると限り無く薄い。

そこで名前は、名前にだけ見えるこの湯気のようなものが、生きた者に備わるものだと見当を付けた。
今ダンブルドアが身に纏っている生気は、本や足跡に残留する僅かな生気でしかないのだろう。
いずれは消えてしまう残り香のようなものだ。





『……。』





───死を覆せるとお考えですか。───



名前は以前、ダンブルドアにそう問い掛けた。



───君がそう願い、信じれば。───



ダンブルドアは、そう答えたはずだ。
続けて名前はまた問い掛けた。



───思うだけで願いが叶うのなら、……
今まで亡くなった人達を生き返らせる事が可能になってしまいませんか。───



───君が本当に、顔も知らぬ、肉体すら持たぬ死者が生き返ると願えるのなら、可能じゃろう。知識や思い込みを取っ払う事が出来ればの話じゃが。───





『……。』





人だかりに体を滑り込ませて、縫うように前へ進み出る。
ダンブルドアの前で、ハグリッドが大きな体を縮こまらせて泣いていた。
名前はその隣に跪く。
そうして、ダンブルドアを見詰めた。

手足が不自然な方向に折れ曲がっており、口元には血が拭い去られた跡がある。
それでもダンブルドアの顔に苦痛は無く、ただ眠っているようだった。

投げ出されたダンブルドアの手に、名前は自身の手を伸ばす。
手は震えていた。
それでも手を伸ばし、ダンブルドアの手を握る。
冷たい。
それに死後硬直が始まっているのか、関節は固く、曲がる事は無かった。





『……。』





ダンブルドアが殺されるところは予知夢で見た。
こうなる事は分かっていた。
けれど心のどこかで信じていたのだ。
偉大なるダンブルドアが死ぬはずないと。
いざ死を突き付けられ、名前の心はどうしようもなくざわついた。



───思うだけで願いが叶うのなら、……
今まで亡くなった人達を生き返らせる事が可能になってしまいませんか。───



───君が本当に、顔も知らぬ、肉体すら持たぬ死者が生き返ると願えるのなら、可能じゃろう。知識や思い込みを取っ払う事が出来ればの話じゃが。───



果たして、取っ払う事が出来るのだろうか?
手足が折れ曲がり、口元に血の跡を残し、冷たくなり、固くなった肉体を前にして。
明確な死を目の前にして。





『……。』





自分が、死を覆す事など、本当に出来るのだろうか。





「ナマエ。」





肩がずしんと重たくなる。
見ると、大きな分厚い手が、名前の肩を掴んでいた。
ハグリッドの手だ。

ハグリッドは真っ赤に泣き腫らした目で、まだ涙の滴る目で、名前を見詰めた。
名前は今すぐダンブルドアを、それこそ魔法のように生き返らせて、ハグリッドの目から涙を拭い去らねばならないと思った。

その為にはまず自分に出来るはずだと信じなければならない。
信じなければ……。





「ナマエ、医務室に行け。そこに皆いるはずだ。」



『でも、』



「この後の事を話さなきゃならねえ。
ナマエ、俺ぁ、やる事がある。一人で行けるな?」



『ダンブルドア校長先生を……』



「俺がやる事だ。さあ、行け。」





立ち上がったハグリッドは、名前の脇の下に手を差し入れ、立ち上がらせた。
それから大きな力強い手で背中を押して、人混みから名前を押し出す。
再び人だかりの背後に立った名前は、自分がどうすべきか分からなくなって、その場に立ち尽くした。

ダンブルドアを生き返らせなければ……。
けれど、心も足も崩れ落ちそうな程ぐらついている。
こんな状態で自分を信じる事が出来るのだろうか。
自分を信じていると言えるのだろうか?
そもそも死者を生き返らせる事が可能ならば、真っ先に両親を生き返らせている。
しかし二人は帰ってこない。
知識や思い込みを取っ払える程、名前は自分を信じられていないのだ。

ダンブルドアが望む苗字名前に、今の名前はなれていない。
このままでは約束を果たせない。





『……。』





心も頭もはっきりしないまま、名前は歩き出した。
ただただ無駄に時間を過ごすより、言われた通りにする他無かった。

ダンブルドアの死を誰もが受け止められずにいる。
名前もその一人だ。
それなのに何故、生き返らせる事が出来ないのか。
死ぬはずがないと思っているのに。
どこか矛盾している。
死は抗えないものだと、どこかで諦めてしまっているのだろうか。

いくら考えを巡らせても纏まらない。
機械的に足を動かして医務室を目指す。
校内は瓦礫だらけで、以前の面影は無い。
その上、壁に設置された蝋燭は吹き飛ばされたのか廊下は薄暗く、記憶を頼りに歩くしかなかった。





『……。』





そうして、医務室の扉の前に辿り着いた。
名前は扉に手を掛ける前に、医務室にいる人々に何と言うべきか、言葉を探した。

ダンブルドアの死を予知していた事。
───もしかしたらハリー達がいて、既に皆に伝えているかもしれない。

知っていたのに動かなかった事。
───ダンブルドアに止められていた。けれど結果を知っている自分こそが、動かなければならなかった。

死喰い人とヴォルデモートの予知夢の事。
───今話すべき事だろうか。ダンブルドアの死を差し置いて。

チャリティ・バーベッジの事。
───伝えた方がいい。でも、監禁と何ら変わらない。あまり歓迎される事ではないかもしれない。

話した方がいい事はいくつも思い浮かんだが、言葉は絞れなかった。
名前は扉に手を掛けたまま暫く立ち尽くした。





『……。』





名前は無意識に伏せていた顔を上げた。
どこからか鳥の鳴き声が響いて聞こえてくる。
初めて聞く美しい鳴き声だった。
不思議と心が安らぐ。
鳥の歌声なんかに耳を傾ける暇など無いはずなのに、思わず聞き入ってしまう。
暫く名前はどこからともなく流れる歌声に身を任せた。

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