16.


翌日。
大広間ではグリフィンドール生が和気あいあいとお喋りしていて、その様子からグリフィンドールがクィディッチの試合に勝った事を何となく感じ取った。
それと同時に、ハリーがジニーと付き合い始めた事も知った。
そんな素振りは一切見せなかったのにと、内心多分名前は驚いていた事だろう。

グリフィンドールの長テーブルに近付いて、名前はハリー達を探す。
ハリー達を見付けて近付くと、まず「おはよう」と伝えた。





「おはよう、ナマエ。」





食事の手を止めてハリー、ロン、ハーマイオニーに加えてジニーもそう返してくれる。
名前はハーマイオニーの隣に腰掛けた。
ミルクの入った瓶を手繰り寄せる。





「昨日はどこへ行っていたの?」
ハーマイオニーが聞いた。



『医務室。』



「一日中?君、僕達が眠る時間になっても戻って来なかった。」
ハリーが言った。



『うん。』



「一体どうしたの?」
ジニーが聞いた。



『目が霞むだけ。』



「そんなんで一日中医務室に縛り付けられたのか?」
ロンがソーセージを食べながら言った。



『休息と栄養がとれていないって。』



「それで、目は良くなったのよね?」



『……
うん……。』



「ナマエって本当、嘘を吐くのが下手だわ。」





明後日の方向を見て返事をする名前に、ハーマイオニーが呆れたように言った。
仕方ないのだ。嘘を吐かなければ、名前の目が良くならなければ、今度は検査をするとマダム・ポンフリーがそう言ったのだ。
結果によってはもしかしたら「聖マンゴ」に連れて行かれるかもしれない。
こんな大事な時期に、名前はホグワーツから出て行きたくなかった。

それから数週間が経過して、季節は六月に入った。
名前の目は相変わらずだったが、良くも悪くもならない。
物が二重、三重に見えるような、そのものが発光してぼやけているような、そんな風に見えるのだ。
誰にも言わなかったが、名前はその状態が普通だとは思わなかった。
だって、人の足跡であろうものが、それすらがぼやけて、湯気のように浮かんで見えるのだ。
それは一種のサイコメトリーのように。

空き教室でしていた作業を中断して、名前は、この彼方此方で見える湯気のようなものは何だろうと、ぼんやり思案した。
今まで授業中も本を読む時も、何をするにもついて回った湯気のようなもの。
何にしても邪魔で仕方ない。
目をゴシゴシ擦ったが、やはり消えなかった。
考えても答えは見つからず、いくら擦っても消えないので、諦めて名前は中断していた作業を再開する。





『……』





立ち上がって道具の側に行こうとして、その場で立ち止まる。
耳の異常に気が付いた。周囲の音が急激に遠ざかっていく。耳鳴りの前兆のような閉塞感。戻って来た音は耳鳴り特有の音では無い。話し声だ。

視界の周囲から中央に向かって、砂嵐がかかったように目の前が見えなくなる。
白黒の砂嵐。それはやがて形を変える。
小学校の理科の授業で、砂鉄と磁石を用いて磁場の存在を教える時のように。

突然視覚と聴覚を奪われ、平衡感覚を失った名前は、手探りでヨロヨロと跪いた。
その間にも話し声はだんだんと近くなり、砂嵐は形を変え、色付き、一つの風景を映し出す。





『……』





初めはどこか分からなかったが、そこはどうやら天文台の塔の屋上のようだった。
名前の体は浮いているのか、視界は随分と高い位置にある。
頭上には「闇の印」が煌々と、緑色の光を放っていた。

塔にはダンブルドアがいた。
そして螺旋階段に続く扉の前にも数人、人がいた。
近付いて見たくて、名前は空中をもがくように歩く。
まるで夢の中で歩いているかのように歩みが上手くいかない。
近付きながら、ひたすらに目を凝らす。
耳を澄ます。

螺旋階段に続く扉の前にいるのは、一、二……五人だ。
一人はよく見知った人物、ドラコ・マルフォイだ。
残る四人は……死喰い人の格好をしていた。
ぱっと見て、この状況、ドラコ・マルフォイ率いる死喰い人に、ダンブルドアが追い詰められたように感じられた。





───ドラコ、殺るんだよ。さもなきゃ、お退き。代わりに誰かが───





甲高い女の声がそう言ったのが、僅かに聞き取れた。
直後、死喰い人の背後、屋上への扉が開かれる。
現れたのはスネイプだった。杖を構えている。
スネイプは素早く辺りを見回し、状況を把握しているようだった。





───スネイプ、困った事になった。───




死喰い人の中の一人、ずんぐりした男は言いながらも、ダンブルドアに目と杖先を向けたままだ。





───この坊主には出来そうもない。───





続けてそう言う。坊主とはドラコ・マルフォイの事だろう。
このメンバーの中に若者はマルフォイしかいない。
そして先程の言葉からすると、マルフォイにダンブルドアを殺害させようとしている事が分かる。





───セブルス……───





誰かがスネイプの名を呼んだ。とても弱々しい声だった。
スネイプと、死喰い人達が、声の聞こえた方に目を向けた。

その先にはダンブルドアがいた。
力無く防壁に凭れかかっている。

一行の中からスネイプが進み出た。
マルフォイを押し退け、死喰い人達は怯えたように後退る。





───セブルス……頼む……───




ダンブルドアは懇願するように言った。
スネイプは杖を真っ直ぐダンブルドアに向ける。





───アバダ ケダブラ!───





緑色の閃光がダンブルドアの胸を貫く。
その衝撃でダンブルドアの体は僅かに後ろへ下がった。
支えも何もない、防壁の向こう側へ。
ダンブルドアは落ちていく。
天文台の屋上から……。





『……。』





再び視界は砂嵐に包まれた。
音も遠ざかる。
じっとしていると次第に砂嵐が薄れ、元の空き教室の景色を取り戻した頃、耳も正常に戻ったようだった。
立ち上がり、急いで道具を片付ける。
本当はほっぽりだしてでも校長室に直行したかったが、時間を置いて冷静さを取り戻したかった。

今見た光景は異常だ。ダンブルドアに知らせねばならない。
その一方で、誰かが見せた幻覚なのではないかとも考える。
だが誰が見せるというのだろう?他の場所なら誘い出すとも考えられるが、ホグワーツという安全対策バッチリな場所で、ダンブルドアを殺害するという光景を?

床に散らばった道具を鞄に詰め込み終えて、名前は再び立ち上がる。
教室のドアを開けようとして、ひとりでにドアが開いた。
そこにはハーマイオニーとロン、ジニーが立っていた。





「ナマエ、ハリーがダンブルドアと一緒に分霊箱を探しに行ったわ。」





ハーマイオニーが簡潔に言った。





「あなたの居場所は『忍びの地図』で分かったの。フェリックス・フェリシスと一緒に、ハリーから渡された。
ハリーはこれで、マルフォイとスネイプを見張るよう、私達とDAのメンバーに頼んでいったわ。」



『……』



「ナマエ?」





黙りこくる名前に向かって、ハーマイオニーは怪訝そうに名前を呼んだ。

ダンブルドアがいない。

では誰に今見た光景を話せば良いのか。





「ナマエ。私達、急がなきゃ───」



『ごめん、』



「え?」



『少し話を聞いてほしい。』





自分の「予知」能力を知る、信頼出来る者へ話すべきだ。
そう考えて名前は先程見た光景を話して聞かせた。
三人は大層驚き、顔を青ざめさせた。





「スネイプがダンブルドアを殺すだって?しかもマルフォイが死喰い人と一緒にいたって?」



「それが本当なら、ハリーの考えが正しかったって事になるわね。」



『分霊箱を探すのから帰ってきたら、一番にダンブルドア校長先生に知らせたい。
それまで、俺は天文台の屋上で待ちたい。
だから悪いけど、俺は見張りにはいけない。』



「確かに知らせるべきだわ。
いいわ、見張りは私達に任せて。もしかしたら未然に防げるかもしれない。」



「それなら今スネイプとマルフォイを捕まえた方がいいんじゃないか?」



「無理よ。何の証拠もないもの。
兎に角、急ぎましょう。ナマエ、あなたもフェリックス・フェリシスを───」



『ごめん、有難う。』



「───ナマエ!」





名前は目の前に立つ三人の合間をスルリと抜けて、鞄をアメリカンクラッカーのように体にぶつけながら廊下を走った。
背後から名前の名前を呼ぶ声が反響している。けれど今の名前には聞こえなかった。
兎に角、天文台の屋上を目指して走っていた。

名前の長い足と毎日のトレーニングで鍛え上げられた成果で、天文台への螺旋階段へは数分で辿り着く。
その螺旋階段も軽々と二段、三段飛ばしで上り、あっという間に屋上だ。

殆ど日の沈んだ空は濃紺色で、彼方此方に星が瞬いている。
「闇の印」はまだ打ち上がっておらず、勿論ダンブルドアの姿もない。
名前は屋上へ続く扉の、横の壁へ、隠れるように身を落ち着けた。





『……。』





時間だけが過ぎていく。
カラリと乾いた夜風が服の隙間に入り込む。
念の為杖を握り締めて、いつでも動けるよう体を緊張させる。
ドキドキと脈打つ心臓を感じながら、名前は身を潜め続ける。

暫くして、もうとっくに消灯時間を過ぎた頃だろうか、やおら校内が慌ただしくなった。
扉の向こうから階段を駆け上がる音が響いてくる。
名前は身を強張らせた。
一体誰だ?
などと考える事も出来ず、扉は乱暴開け放たれた。





「モースモードル!」





男の声だ。
次いで花火のように、名前の真上に「闇の印」が打ち上げられる。
この男は死喰い人だ。ついに死喰い人らが乗り込んできたのだ。

杖を握り締め、いやに脈打つ胸を意識しないようにして、名前は攻撃の準備をした。
しかし男は乱暴に扉を閉めて、塔の中へと戻って行った。
ハーマイオニー達は大丈夫だろうか?
皆の無事を祈りつつ、力になれない申し訳なさに埋もれ、フェリックス・フェリシスの効果を信じ、名前は屋上で待ち続けた。

すると、はるか遠くに、夜空の闇に紛れて動く黒い点を見付けた。
それは徐々に此方へ近付いているようで、黒い点がだんだんと大きくなっていく。
それが人だと認識出来たのと、ダンブルドアだと認識出来たのは、殆ど同時だった。
名前は立ち上がって扉の陰から離れると、防壁の側まで行って待った。





『ダンブルドア校長先生。』





ダンブルドアが箒から降り立った。
体がふらりとよろめき、名前は思わず支える。
その横にもう一つ気配を感じた。
何も無かった空間から箒が一本現れる。
まるで何者かが箒を握っているようだった。





「どういう事?」





ハリーの声だった。
何も無い空間からハリーの声が発せられたのだ。
おそらく「透明マント」を被って身を隠しているのだろう。





「どうしてここにナマエが?それに『闇の印』───誰が?何があったの?」



「ハリー、セブルスを起こしてくるのじゃ。」



『いいえ、ダンブルドア校長先生、スネイプ先生に会ってはいけません。
結論から言います、スネイプ先生はあなたを殺します。』



「殺すだって?」



「ナマエ、君が何を『見た』のかは、ハリーがスネイプ先生を連れて来る間に聞こう。わしはスネイプ先生を信じておる。」



『しかし、』



「ハリー、セブルスに何があったのかを話し、わしのところへ連れて来るのじゃ。他には何もするでないぞ。他の誰にも話をせず、『透明マント』を脱がぬよう。わしはここでナマエと待っておる。」



「でも───」



「わしに従うと誓ったはずじゃ、ハリー───行くのじゃ!」



『待って、ハリー───』





あの白昼夢の中にハリーの姿は無かった。
つまりハリーがいなくなってから起こる事であり、スネイプを起こしに行くのが引き金になるはずだ。
名前はそう考えて、「透明マント」で姿の見えないハリーを、咄嗟に引き留めようとした。

引き留めようとして、「透明マント」の存在に改めて気が付く。
「透明マント」の効力で、あの白昼夢の中にハリーの姿が無かったと名前が認識していたとしたら、白昼夢の出来事は今まさに起ころうとしているとも考えられる。

螺旋階段へ続く扉の内側から、けたたましい足音が聞こえてきた。
誰かが上ってくる───。

名前は振り返ってダンブルドアを見た。
退避しろと言っているのか隠れろと言っているのか、兎に角、ダンブルドアは無言で、身振り手振りで、そのような意思を返してきた。
杖を握り締めた名前は、先程までいた扉の陰へ身を潜める。
それとほぼ同時に、螺旋階段へ続く扉が開け放たれた。





「エクスペリアームス!」




ハリーの声でも、ダンブルドアの声でも、勿論名前の声でもない。
扉を開け放った者が叫んだ呪文だった。

ダンブルドアの杖が防壁の端へ飛んでいき、軽い音を立てて落っこちた。
この場所からは扉を開け放った者が誰かも、ハリーの安否も確認出来ない。

名前は杖を握り締めてダンブルドアを見た。
何者かは分からないが、足音からして相手は一人だ。
ダンブルドアが動けない今、物陰に隠れる名前ならば奇襲をかけて呪文で叩き伏せる事が出来るだろう。

しかしダンブルドアは、僅かに首を左右に振った。
ハリーと名前、どちらに向かって行った動作かは分からないが、何もするなと意思表示をしているのだ。
そうしてダンブルドアは、口を開いた。





「こんばんは、ドラコ。」

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