15.


翌日、「呪文学」の授業中、ハリーは事の次第を話してくれた。
誰かに聞かれてはいけないので勿論、「耳塞ぎ」の呪文を使った後だ。

アラゴグを埋葬する前、ハリーはスラグホーンに出会い、これからアラゴグを埋葬する事を話したらしい。
するとスラグホーンはアラゴグの毒にとても興味を持ち、埋葬に立ち会うと言ってくれた。
それからハリー、ハグリッド、スラグホーンの三人で埋葬を終え、その後ハグリッドの小屋で弔事の酒席を行ったらしい。
ハグリッドとスラグホーンはベロベロに酔っ払い、ハグリッドが眠りこけてしまった後、ハリーはうまくスラグホーンから記憶を取り出す事に成功した。

ハリーはすぐに談話室に戻ったが、「太った婦人」は夜中に起こされた苛々で通してくれない。
そこに「ほとんど首無しニック」が現れ、ダンブルドアが校長室に戻っている事をポロッと話してくれた。
ハリーはすぐに校長室へ向かい、ダンブルドアにスラグホーンの記憶を渡せたのだ。
そしてそのまま「授業」が始まった。





「トム・リドルはスラグホーンにホークラックスの事について尋ねた。
ホークラックスは、人がその魂一部を隠す為に用いられる物を指す言葉で、分霊箱の事を言うって、スラグホーンはそう言った。」





分霊箱があれば、体が破滅しても死ぬ事はない。
魂の一部が滅びずに地上に残るからだ。

分霊箱を作るには魂を分断しなければならず、邪悪な行為───殺人によって魂は引き裂かれる。
そして引き裂かれた部分を物に閉じ込める。
しかしそれには呪文が必要だと言う。

トム・リドルは、七個の分霊箱を作り出すのは可能かとスラグホーンに尋ねた。
スラグホーンは答えかねていた……だが口調から、それは可能だと言っているようなものだった。





「例えば、二年生の時に見付けたリドルの日記、あれは分霊箱だったんだ。」





と、すると。
トム・リドルが七個の分霊箱を作り出したと仮定すると、日記を破壊させた今は、分霊箱は残り六個という事になる。
そしてダンブルドアはもう一つを破壊し終わっていた。
あの黒く焼け焦げた手は、分霊箱を破壊した代償なのだ。
ヴォルデモート自身を魂の一部と考えれば、分霊箱は残り四個となる。





「ダンブルドアは、分霊箱として入れ物選ぶ際、ヴォルデモートが何らかの意味で偉大だと思う物を選ぶだろうって言っていた。」





ロケットにハッフルパフのカップ。
残る二個は、おそらくグリフィンドールとレイブンクローの所持品だろうと考えた。
グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、スリザリン。
四人の創始者の品々が、ヴォルデモートの頭の中で強い引力になっていたに違いないと。
しかしグリフィンドールの品───剣は無事だ。
そうすると、六番目の分霊箱は何か?
ダンブルドアは、ヴォルデモートの蛇───ナギニが分霊箱だと睨んでいると言う。
そして程なく一つの分霊箱が見付かるかもしれないと言い、ハリーが付いていく事を許可した。





「ウワー。」




ハリーが話し終えると、ロンは感嘆の声を上げた。
そして意味も無く、なんとなく、天井に向けて杖を振っている。





「ウワー、君、本当にダンブルドアと一緒に行くんだ……そして破壊する……ウワー。」



「ロン、あなた、雪を降らせてるわよ。」




ハーマイオニーはロンの手首を掴み、天井から逸らさせながらそう言った。

隣のテーブルからラベンダー・ブラウンがハーマイオニーを睨み付けている事に気が付いた。
目が真っ赤だ。

ハーマイオニーはすぐにロンの手首から手を離した。





「ああ、ほんとだ。
ごめん……皆酷い頭垢症になったみたいだな……。」





ロンはハーマイオニーの肩に乗った雪を振り払った。
途端にラベンダーが泣き出した。
ロンは申し訳なさそうに、そちらに背を向けた。





「僕達、別れたんだ。
昨日の夜。ラベンダーは、僕がハーマイオニーと一緒に寮から出てくるのをみたんだ。当然、ハリーの姿は見えなかったし、ナマエがいるのも偶々だと感じた。だから、ラベンダーは、二人きりだったと思い込んだよ。」



「ああ。
まあね───駄目になったって、いいんだろ?」



「うん。
あいつが喚いてた間は、相当参ったけど、少なくとも僕の方からおしまいにせずに済んだ。」



「弱虫。」
言いながらもハーマイオニーは、何だか嬉しそうだ。
「まあ、ロマンスにとっては色々と受難の夜だったみたいね。ジニーとディーンも別れたわよ、ハリー。」





ハーマイオニーは何か知っているかのような目付きでハリーを見た。
不思議な事に驚いた様子も無く、ハリーは無表情だった。





「どうして?」



「ええ、何だかとってもバカバカしい事……ジニーが言うには、肖像画の穴を通る時、まるでジニーが一人で登れないみたいに、ディーンがいつも助けようとしたとか……でも、あの二人はずっと前から危うかったのよ。
そうなると、勿論、あなたにとってはちょっとしたジレンマね?」



「どういう事?」



「クィディッチのチームの事よ。
ジニーとディーンが口をきかなくなると……。」



「あ───ああ、うん。」



「フリットウィックだ。」





ロンの言う通り、フリットウィックが小さな歩幅でちょこちょこやって来る。
今日の課題は酢をワインに変える魔法だ。
成功させたのはハーマイオニーと名前だけで、ロンとハリーのフラスコの中身は濁った茶色をしている。





「さあ、さあ、そこの二人。
お喋りを減らして、行動を増やす……先生にやって見せてごらん……。」




ハリーとロンは杖を上げた。
杖先をフラスコに向ける。
そしてハリーの酢は氷に変わり、ロンのフラスコは木っ端微塵に爆発した。
予期していたかのようにフリットウィックは机の下に避難して、ガラスの破片が落ちきると、再び姿現した。





「はい……宿題ね……。
練習しなさい。」





呪文学の後は四人とも自由時間だったので、一緒に談話室に戻った。
本当ならこの時間をお守り作りにあてたかったが、ロンはラベンダーと別れた事で気楽になったようだし、ハーマイオニーも何だか上機嫌だった事で、名前は、友人と一緒に過ごす時間も必要だと考えたらしい。
ただ、ハリーだけがぼーっとしていた。
何を話し掛けられても上の空で返事をするだけだ。
その変化に上機嫌な二人は気が付かず、名前も声を掛けるべきか悩んでいた。
そうしている間に談話室へ到着して、そこには小さな群れが作られていた。





「ケイティ!帰ってきたのね!大丈夫?」




ハーマイオニーが言うと、ケイティ・ベルが振り返った。
友人達に囲まれている。





「すっかり元気よ!
月曜日に『聖マンゴ』から退院したんだけど、二、三日、パパやママと家で一緒に過ごして、今朝、戻ってきたの。ちょうど今、リーアンが、マクラーゲンの事や、この間の試合の事を話してくれていたところよ。ハリー……。」



「うん。
まあ、君が戻ったし、ロンも好調だし、レイブンクローを打倒するチャンスは十分だ。つまり、まだ優勝杯を狙える。ところで、ケイティ……」
ハリーは声を潜めた。
「……あのネックレス……誰が君に渡したのか、今思い出せるかい?」



「ううん。
皆に聞かれたんだけど、全然憶えていないの。最後に『三本の箒』の女子トイレに入った事までしか。」



「それじゃ、間違いなくトイレに入ったのね?」



「うーん、ドアを押し開けたところまでは覚えがあるわ。
だから、私に『服従の呪文』をかけた誰かは、ドアのすぐ後ろに立っていたんだと思う。その後は、二週間前に『聖マンゴ』で目を覚ますまで、記憶が真っ白。さあ、もう行かなくちゃ。帰ってきた最初の日だからって、『反復書き取り』罰を免除してくれるようなマクゴナガルじゃないしね……。」





ケイティは鞄と教科書類を引っ掴み、友人の後を追い掛けた。
残された四人は日当たり良好の窓際の席を陣取る。





「という事は、ケイティにネックレスを渡したのは、女の子、または女性だった事になるわね。
女子トイレにいたのなら。」



「それとも、女の子か女性に見える誰かだ。」
ハリーが言った。
「忘れないでくれよ。ホグワーツには大鍋いっぱいのポリジュース薬があるって事。少し盗まれた事も分かってるんだ……。」




それからハリーはちょっと黙った。
何か考えに耽っているようだった。





「もう一回フェリックスを飲もうかと思う。
そして、もう一度『必要の部屋』に挑戦してみる。」



「それは、全くの無駄遣いよ。」
ハーマイオニーは本をテーブルに置きながら言った。
「幸運には幸運の限界があるわ、ハリー。スラグホーンの場合は状況が違うの。あなたには初めからスラグホーンを説得する能力があったのよ。あなたは、状況をちょっとつねってやる必要があっただけ。でも、強力な魔法を破るには、幸運だけでは足りない。あの薬の残りを無駄にしないで!ダンブルドアがあなたを一緒に連れて行く時に、あらゆる幸運が必要になるわ……。」



「もっと煎じればどうだ?
沢山溜めておけたらいいだろうな……あの教科書を見てみろよ……。」





ハリーは鞄から「上級魔法薬」の本を取り出して、フェリックス・フェリシスの頁を探した。
当然ハーマイオニーはあまり良い表情はしなかったが、黙ってハリーを見ていた。





「驚いたなあ。マジで複雑だ。
それに六ヵ月かかる……煮込まないといけない……。」



「いっつもこれだもんな。」





ケイティ・ベルが帰還して二週間。
マクラーゲンがいなくなった事もあってか、クィディッチの練習はこの上なく上手くいっているようで、ハリーが怒ったり、ロンが沈んだりする事無く、日々が過ぎて行った。

五月があっという間に過ぎていく。
クィディッチの試合が近付いていた。

ロンはクィディッチの事でハリーと四六時中話していたので、ハーマイオニーはちょっとうんざりしていたようだった。
だが今回の試合は優勝杯を決定する大事な試合らしく、ロン以外の選手も緊張感を高めていた。
ある者は注目される事を楽しみ、ある者はプレッシャーに押し潰されトイレに駆け込み吐いてしまう。
(ちなみにロンは後者だった)

そうして、レイブンクロー戦が数日前に迫った頃だった。
その日の夕食時、四人はバラバラに行動していた。
ハーマイオニーは提出した「数占い」のレポートに間違いがあったかもしれないと先生の所へ行き、名前は空き教室でお守りを作っており、ロンはトイレで吐いていて、結果的にハリー一人だけで大広間へ向かったのだ。
だが後から向かった名前は、ハリーに会わなかった。
そこにいたのはハーマイオニーとロンだけだったのだ。





『ハリーは先に戻ったのか。』





席に着きながら名前が言うと、ロンは曖昧に頭を横に振った。





「ここに来る途中で会ったんだけど、僕の『上級魔法薬』の教科書を持ってどこかへ行った。」



『どこへ。』



「分かんない。すごく急いでいたよ。でも、何でかびしょ濡れの血塗れだった。」





そう話していると、何やら辺りがざわつき始めた。
耳を澄ませると、ハリーの名とマルフォイの名が所々聞き取れる。
名前は更に耳を澄ませ、ハーマイオニーとロンもそうした。
噂では、トイレでハリーとマルフォイが喧嘩をして、マルフォイに酷い傷を負わせたという話だった。
暫くハリーを待っていた三人だが、いつまで経っても現れず、三人は席を立った。
そこへジニーがやって来た。





「話を聞いた?」



「ハリーの事か?」



「ええ。」



「聞いたわ。」



『ハリー、談話室にいるといいけど。』




四人は談話室へ戻った。
そこには意気消沈したハリーがいて、戻ってきた四人に気が付くと、青白い顔のまま事の詳細を話してくれた。

ハリーは夕食へ向かう途中で「忍びの地図」を使い、マルフォイが「嘆きのマートル」と一緒に男子トイレにいる事を知った。
有り得ない組み合わせに驚いて、ハリーは男子トイレに向かった。
二人が何の話をしているのか聞こうと思ったのだ。
しかしマルフォイに気が付かれ、二人は自然と杖を抜き取り、互いに向けた。

その時ハリーは、プリンスの教科書に書き込まれていた「セクタムセンプラ」という呪文を放ったと言う。
するとマルフォイの顔や胸から、見えない刀で切られたように、血が噴き出した。
そしてマルフォイは倒れた。





「マートルが『人殺し』って叫んですぐ、スネイプが入ってきた。
スネイプはマルフォイの傷を治していた……。」





スネイプはその場にハリーが待つよう指示して、マルフォイを医務室へ連れて行った。
そして戻って来たスネイプは、持っている教科書の何もかもを持って来いと言った。
寮に戻る途中でロンに出会い、ハリーはロンに「上級魔法薬」の本を借りた。
それからハリーは「必要の部屋」にプリンスの「上級魔法薬」の本を隠して、再びスネイプの元へ戻ったのだ。

スネイプはハリーに今学期一杯、土曜日に罰則を与えた。
クィディッチの最後の試合がある土曜日だ。





「『だから注意したのに』、なんて言わないわ。」



「ほっとけよ、ハーマイオニー。」





ハーマイオニーとロンが言い合う中、ハリーは俯いたままだった。
名前は何と声を掛けたらよいか分からず、頭の中で言葉を探すが、何も見付からない。





「あのプリンスという人物はどこか怪しいって、言ったはずよ。
私の言った通りだったでしょ?」



「いいや、そうは思わない。」



「ハリー、
どうしてまだあの本の肩を持つの?あんな呪文が───」



「あの本の事を、くだくだ言うのはやめてくれ!
プリンスはあれを書き写しただけなんだ!誰かに使えって勧めていたのとは違う!そりゃ、断言は出来ないけど、プリンスは、自分に対して使われたやつを書き留めていただけかもしれないんだ!」



「信じられない。
あなたが事実上弁護してる事って───」



「自分のした事を弁護しちゃいない!
しなければ良かったと思ってる。何も十数回分の罰則を食らったからって、それだけで言ってるわけじゃない。たとえマルフォイにだって、僕はあんな呪文は使わなかっただろう。だけどプリンスを責める事は出来ない。『これを使え、すごくいいから』なんて書いてなかったんだから───プリンスは自分の為に書き留めておいただけなんだ。誰かの為じゃない……。」



「という事は、
戻るつもり───?」



「そして本を取り戻す?ああ、そのつもりだ。
いいかい、プリンスなしでは、僕はフェリックス・フェリシスを勝ち取れなかっただろう。ロンが毒を飲んだ時、どうやって助けるかも分からなかったはずだ。それに、絶対───」



「───魔法薬に優れているという、身に余る評判も取れなかった。」



「ハーマイオニー、やめなさいよ!」





驚いた事にジニーが反論した。
ハリーも驚いたのだろう、ジニーに目を遣った。





「話を聞いたら、マルフォイが『許されざる呪文』を使おうとしていたみたいじゃない。ハリーが、いい切り札を隠していた事を喜ぶべきよ!」



「ええ、ハリーが呪いを受けなかったのは、勿論嬉しいわ!
でも、ジニー、セクタムセンプラの呪文がいい切り札だとは言えないわよ。結局ハリーはこんな目に遭ったじゃない!折角の試合に勝てるチャンスが、おかげでどうなったかを考えたら、私なら───」



「あら、今更クィディッチの事が分かるみたいな言い方をしないで。
自分が面子を失うだけよ。」





今やハーマイオニーとジニーの二人は、腕組みをして互いの顔を見ていなかった。
あんなにも仲が良かった二人が喧嘩している事に、男子三人驚きを隠せなかった。
まあ、名前はいつも通り無表情だったが。
それからその夜は、誰も口をきかなかった。

翌日からハリーの扱いはまあ酷かった。
クィディッチのキャプテンが最後の試合に出場を禁じられて、スリザリンからは嘲笑や悪口が絶え間なかったし、グリフィンドールからは怒りの声が上がっていた。

そうして試合の日、土曜日がやって来た。
最後の大事な試合だ。
名前はよく観る為に、早朝、まず医務室へ向かった。
まだ目の霞が取れず、眼科でもらった目薬も、とっくに無くなっていたからだ。
医務室へ着くと名前は、普段通りせかせかと忙しそうなマダム・ポンフリーへ、遠慮がちに近寄った。





『すみません、ちょっと目の様子がおかしいのですが、薬をいただけますか。』



「どのようにおかしいのですか?」





マダム・ポンフリーは書き物を纏める手を止めて、テキパキと聞いてきた。
いつから、どのように、痛みの有無、生活習慣などだ。
名前がその質問に答えていくと、マダム・ポンフリーはベッドを指差した。





「あなたの話を聞いていると、十分な休息や栄養をとらなかった事が原因と考えられます。
その他の病気の可能性も考えられますが……
兎に角、今日は一日、薬を飲んでから休む事です。」



『でも、クィディッチの試合があります。
明日ではいけませんか。』



「いけません。経過観察をする為にもこういう事は早い方が良いのです。」





名前は抵抗する間もないまま───抵抗する気は全く無かったが───マダム・ポンフリーにベッドへ連れて行かれた。
ベッドに座らされ、それからマダム・ポンフリーはせかせかと薬棚へ向かい、そこから一つの小瓶を取り出し、ゴブレットに中身を注ぐ。
それを別の容器に入った薬と合わせ、せかせかと戻って来た。
マダム・ポンフリーはゴブレットを名前に渡した。
中身は濁ったピンク色をした、妙にドロリとしたものだった。
まるでプリンをグチャグチャにかき混ぜたようだ。

じーっとそれを見詰めていると、「飲みなさい」とマダム・ポンフリーが急かしてくる。
ちょっと躊躇い、それから名前は一気にそれを呷った。
煮込んだ豆のような味と匂いが口いっぱいに広がる。

中身の無くなったゴブレットを受け取って、マダム・ポンフリーは、名前に眠るよう促した。
眠気は全く無かったが、言われるがまま、名前はローファーを脱いでベッドへ上がり、横になる。
暫くすると急激な睡魔が名前を襲った。
あの濁ったピンク色の薬に、眠りを促す効果があったのだろう。

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