14.


二週間が経過して、青空が目立つようになってきた。
いよいよ夏の到来だ。
ロンハーマイオニーは、その日の午後に「姿現し」の試験を受ける予定になっていて、昼食の後、四人は中庭に行って寛いでいた。
寛ぐといってもハリーと名前の他は試験があり、手には魔法省のパンフレット、「『姿現し』のよくある間違いと対処法」が握られていた。
















「もう、これっきり言わないけど、マルフォイの事は忘れなさい。」





ハーマイオニーがそう言っても、読んでいた本から顔を上げてチラリと見たハリーの顔は、とても聞き入れたようには見えなかった。
二週間経ってもハリーはマルフォイの企てを探し当たられなかったし、スラグホーンの記憶も引っ張り出せなかった。

曲がり角から女の子が現れた。
ロンは体を強張らせて、名前とハーマイオニーを盾にする。





「ラベンダーじゃないわよ。」



「あ、良かった。」
ロンは安堵して座り直した。



「ハリー・ポッター?
これを渡すように言われたの……。」



「有難う。」





女の子は小さな巻紙をハリーに手渡した。
手渡すと女の子は来た道を戻っていった。





「僕が記憶を手に入れるまではもう授業しないって、ダンブルドアはそう言ったんだ!」



「あなたがどうしているか、様子を見たいんじゃないかしら?」





巻紙をくるくる開く。
気落ちした様子のハリーは内容を読んで、だんだんと気難しげな顔になった。





「これ、読んでよ。」




ハリーがハーマイオニーに手紙を渡す。
読んでいくうちにハーマイオニーの顔は、ハリーと同様、気難しげになった。





「まあ、どうしましょう。」





ハーマイオニーは名前に手紙を渡した。
それを隣にいるロンと一緒に読む。
ダンブルドアからだと思われた手紙は、ハグリッドからだった。
羊皮紙いっぱいに、濡れて乾いてシワシワになった点々がいくつもある。





───ハリー、ロン、ハーマイオニー、ナマエ
アラゴグが昨晩死んだ。
ハリー、ロン、お前さん達はアラゴグに会ったな。だからあいつがどんなに特別なやつだったか分かるだろう。ハーマイオニー、ナマエ、お前さん達もきっと、あいつが好きになっただろうに。
今日、後で、お前さん達が埋葬にちょっくら来てくれたら、俺は、うんと嬉しい。夕闇が迫る頃に埋めてやろうと思う。あいつの好きな時間だったしな。
そんなに遅くに出てこれねぇって事は知っちょる。だが、お前さん達は「マント」が使える。無理は言わねえが、俺一人じゃ耐え切れねえ。
ハグリッド───



「まともじゃない!」
読み終えた途端ロンが吠えた。
「仲間の連中に、僕とハリーを食えって言ったやつだぜ!勝手に食えって、そう言ったんだぜ!それなのにハグリッドは、今度は僕達が出掛けて行って、おっそろしい毛むくじゃら死体に涙を流せっていうのか!」



「それだけじゃないわ。
夜に城を抜け出せって頼んでるのよ。安全対策が百万倍も強化されているし、私達が捕まったら大問題になるのを知ってるはずなのに。」



「前にも夜に訪ねていった事があるよ。」
ハリーが言った。



「ええ、でも、こういう事の為だった?
私達、ハグリッドを助ける為に危険を冒してきたわ。でもどうせ───アラゴグはもう死んでるのよ。これがアラゴグを助ける為だったら───」



「───ますます行きたくないね。
ハーマイオニー、ナマエ、君達はあいつに会ってない。いいかい、死んだ事で、やつはずっとましになったはずだ。」





名前はハリーに手紙を返した。
それを受け取ってハリーはまじまじ手紙を見ている。





「ハリー、まさか、行くつもりじゃないでしょうね。
その為に罰則を受けるのは全く意味が無いわ。」



「うん、分かってる。
ハグリッドは、僕達抜きで埋葬しなければならないだろうな。」



「ええ、そうよ。」
ハーマイオニーは安堵したようだった。
「ねえ、魔法薬の授業は今日、殆どガラガラよ。私達が全部試験にでてしまうから……その時に、スラグホーンを懐柔してごらんなさい!」



「五十七回目に、やっと幸運ありっていうわけ?」



「幸運───」
ロンが呟いた。
「ハリー、それだ───幸運になれ!」



「何の事だい?」



「『幸運の液体』を使え!」



「ロン、それって───それよ!」



『良い案。』



「勿論そうだわ!どうして思い付かなかったのかしら?」



「フェリックス・フェリシス?どうかな……僕、取っておいたんだけど……。」



「何の為に?」
ロンが問い質した。



「ハリー、スラグホーンの記憶ほど大切なものが他にある?」





ハリーは黙って考え込んでいるようだった。
ハーマイオニーが更に詰め寄る。





「ハリー、ちゃんと聞いてるの?」



「えっ───?ああ、勿論。
うん……オッケー。今日の午後にスラグホーンを捕まえられなかったら、フェリックスを少し飲んで、もう一度夕方にやってみる。」



「じゃ、決まったわね。」
ハーマイオニーは立ち上がって身を翻した。
「どこへ……どうしても……どういう意図で……。」



「おい、やめてくれ。
僕、それでなくても、もう気分が悪いんだから……あ、隠して!」



「ラベンダーじゃないわよ!」




中庭に二人の女の子が現れた途端、ロンはハーマイオニーと名前を盾にした。
そして二人の間から、女の子の方を覗いて確かめる。




「よーし。
おかしいな、あいつら、何だか沈んでるぜ、なあ?」



「モンゴメリー姉妹よ。沈んでるはずだわ。弟に何が起こったか、聞いていないの?」



「正直言って、誰の親戚に何があったなんて、僕もう分かんなくなってるんだ。」



「あのね、弟が狼人間に襲われたの。噂では、母親が死喰い人に手を貸す事を拒んだそうよ。兎に角、その子はまだ五歳で、聖マンゴで死んだの。助けられなかったのね。」



「死んだ?」
ハリーがオウム返しに聞き返した。
「だけど、狼人間はまさか、殺しはしないだろう?狼人間にしてしまうだけじゃないのか?」



「時には殺す。」
ロンは落ち込んだ顔で言った。
「狼人間が興奮すると、そういう事が起こるって聞いた。」



「その狼人間、何ていう名前だった?」



「どうやら、フェンリール・グレイバックだったという噂よ。」



「そうだと思った───子どもを襲うのが好きな狂ったやつだ。ルーピンがそいつの事を話してくれた!」



「ハリー、あの記憶を引き出さないといけないわ。
全てはヴォルデモートを阻止する事にかかっているのよ。恐ろしい事が色々起こっているのは、結局みんなヴォルデモートに帰結するんだわ……。」





頭上で鐘が鳴り響いた。
ハーマイオニーに続いてロンも立ち上がる。
二人とも緊張で顔が強張っていた。
「姿現し」の試験を受ける為に玄関ホールへ向かう二人に、ハリーと名前が声を掛ける。




「きっと大丈夫だよ。
頑張れよ。」



『頑張って。』



「あなたもね!」





ハーマイオニーはハリーにそう返した。
二人を見送り、ハリーと名前は地下牢へ向かう。
教室に着いてみると、二人の他には、アーニーとマルフォイがいるだけだった。





「皆、『姿現し』するにはまだ若すぎるのかね?
まだ十七歳にならないのかね?」






スラグホーンはいつもの如くニコニコ顔でそう聞いた。
四人は頷いて答えた。





「そうか、そうか。
これだけしかいないのだから、何か楽しい事をしよう。何でもいいから、面白いものを煎じてみてくれ。」



「いいですね、先生。」
アーニーは胡麻すりに回った。



マルフォイは笑いもしない。
「『面白いもの』って、どういう意味ですか?」



「ああ、私を驚かしてくれ。」





大鍋の前に立った名前は取り敢えず、教科書とノートをパラパラ捲った。
他の皆も教科書を捲って作るものを探している。
そして名前は目当てがついたのか、材料を探して、秤で材料を計ったり、刻んだり、潰したりと、作業に入った。
それから一時間半が経過して、スラグホーンは大鍋の中身を見て回った。
お気に入りのハリーはいつも順番が最後だった。





「さーて、これはまた何とも素晴らしい。」
スラグホーンは拍手した。
「陶酔薬、そうだね?それにこの香りは何だ?ウムムム……ハッカの葉を入れたね?正統派ではないが、ハリー、何たる閃きだ。勿論、ハッカは、偶に起こる副作用を相殺する働きがある。唄を歌いまくったり、やたらと人の鼻を摘んだりする副作用だがね……一体どこからそんな事を思い付くのやら、さっぱり分からんね……もしや───
───母親の遺伝子が、君に現れたのだろう!」



「あ……ええ、多分。」





評価を聞くアーニーとマルフォイはつまらなさそうだった。
アーニーは独自の魔法薬を作ろうとして悲惨な結果を作り出し、マルフォイの「しゃっくり咳薬」は「まあまあ」という評価だった。
名前の「追懐薬」には関心を示したものの、やはりハリーには敵わない。

終業ベルが鳴り、アーニーとマルフォイはさっさと出て行った。
名前もスラグホーンとハリーを二人きりにする為に、急いで教室を出た。
けれど数分もしないうちに名前に追い付いてきて、ハリーはしょぼくれた様子だった。
また駄目だったのだ。
フェリックスがあると慰めながら、二人は談話室へと戻った。





「ハリー!ナマエ!」





ロンとハーマイオニーは、夕食時近くに戻ってきた。
ドアを潜りながらハーマイオニーが呼び掛ける。





「ハリー、ナマエ、合格したわ!」



『おめでとう。』



「良かったね!
ロンは?」



「ロンは───
ロンはおしいとこで落ちたわ。」




ハーマイオニーは声を潜めて言った。
ロンがドアを潜ったところだった。





「ほんとに運が悪かったわ。些細な事なのに。試験官が、ロンの片方の眉が半分だけ置き去りになっている事に気付いちゃったの……スラグホーンはどうだった?」



「アウトさ。」





ハリーがそう言った時に、ロンが此方へやって来た。






「運が悪かったな、おい。だけど、次は合格だよ───一緒に受験出来る。」



「ああ、そうだな。
だけど、眉半分だぜ!目くじら立てる程の事か?」



「そうよね。
ほんとに厳しすぎるわ……。」





大広間で夕食を摂っている時、ハリーはハーマイオニーとロンと一緒になって、「姿現し」の試験官を殊更に貶した。
顔も知らぬ試験官の事を、名前が何だか哀れに感じる程に。
だがそれが功を奏したのかロンは、談話室に戻る頃には、少し機嫌が直っていた。
そして今度は四人で、スラグホーンの記憶を取り出す事について話し始めた。





「それじゃ、ハリー───フェリックス・フェリシスを使うのか?使わないのか?」



「うん、使った方が良さそうだ。
全部使う必要は無いと思う。十二時間分はいらない。一晩中はかからない……一口だけ飲むよ。二、三時間で大丈夫だろう。」



「飲むと最高の気分だぞ。
失敗なんて有り得ないみたいな。」



「何を言ってるの?
あなたは飲んだ事が無いのよ!」



「ああ、だけど、飲んだと思ったんだ。そうだろ?
効果はおんなじさ……。」





スラグホーンが食事に時間をかける事を知っていたので、時が来るまで四人は談話室で時間を過ごした。
スラグホーンが自分の部屋に戻るまで待って、それからハリーが出掛けていくという計画だった。

禁じられた森に太陽が沈んでいく。
四人はそろそろと行動を開始した。
ネビル、ディーン、シェーマスの三人が談話室にいる事を確認してから、四人はひっそりと男子寮へ向かったのだ。

寝室へ着くとハリーは自身のベッドへ向かい、トランクを引きずり出して開くと中を漁り、底から丸めたソックスを取り出して、更に中からフェリックス・フェリシスの小瓶を抜き出した。





「じゃ、いくよ。」




ハリーはしっかり蝋づけされたコルク栓をキュポンと抜き去る。
そして慎重に量の見当をつけて、コクリと一口飲み込んだ。





「どんな気分?」





ハーマイオニーの問い掛けに、ハリーは暫く答えなかった。
何かを探るような、確かめるような表情だったハリーの顔が、やがて自信に満ち溢れたものへと変わる。
ハリーはニッコリ笑って立ち上がった。




「最高だ。
ほんとに最高だ。よーし……これからハグリッドのところに行く。」



「えーっ?」





ロンとハーマイオニーは同時に声を上げた。
名前も目をぱちくりさせている。





「違うわ、ハリー───あなたはスラグホーンのところに行かなきゃならないのよ。憶えてる?」



「いや。
ハグリッドのところに行く。ハグリッドのところに行くといい事が起こるって気がする。」



「巨大蜘蛛を埋めにいくのが、いい事だって気がするのか?」



「そうさ。」
ハリーは鞄から「透明マント」を取り出した。
「今晩、そこに行くべきだという予感だ。分かるだろう?」



「全然。」



「これ、フェリックス・フェリシスよね?
他に小瓶は持ってないでしょうね。例えば───えーと───」



「『的外れ薬』?」





ロンがそう言うと、ハリーは声を上げて笑った。
ハーマイオニーとロンは驚いていた。若干引き気味な程に。
名前は相変わらず無表情で事の成り行きを見守っている。





「心配ないよ。
自分が何をやってるのか、僕にはちゃんと分かってる……少なくとも……
フェリックスには、ちゃんと分かってるいるんだ。」





ハリーは「透明マント」を被り、寝室を出て、男子寮の階段を下り始めた。
三人が後を追うが、ハリーの姿は見えない為に、追い掛けているかどうかは分からない。
更に男子寮のドアは何故か開きっぱなしで、出て行ったかさえ確認出来ない。
しかも男子寮のドアを出てきたところにはラベンダー・ブラウンが立っていた。





「そんなところで、その人と何をしていたの?」





ラベンダーがロンに詰め寄る。
その隙にハーマイオニーと名前は二人から離れ、暖炉の側に落ち着く事にした。
痴話喧嘩に巻き込まれたら堪らないからだ。

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