16.-2
じっとあらぬ方向を見ていた名前は、顔を戻してみて驚いた。
自分に注目する五人と一匹の目。
きょとんとしている。
いたたまれなさやら恥ずかしさやらで名前は俯いた。
『………いや。』
「なら、いいが。話聞いてたか?これから二組に別れて別行動だ。いいな?」
『………』
頷く。
「僕はファングと一緒がいい。」
すかさずドラコが言った。
「よかろう。
断っとくが、そいつは臆病だぞ。」
ぎょっとしてファングを見る。
目が合うと、ファングはくーんと鳴いた。
長い尻尾は頼りなく垂れ下がっている。
―――僕は朝日を拝めないかもしれない。―――
ドラコは今年一番の間違いを犯した気がした。
ドラコがどん底に叩き落とされている間に話は進み、組分けが終わった。
六人と一匹は二組に別れ、左右別々の道を進む。
右に向かうは、ハリー、ハーマイオニー、ハグリッド。
左に向かうは、名前、ドラコ、ネビル、ファングだ。
名前は前を見据える。
道らしき道はない。
足元は長年に渡り積み重なった落ち葉で埋め尽くされている。
空気が湿っているため、コケが生えているところも少なくない。
これなら、簡単に足をとられて転ぶだろう。
好き勝手に出た木の根っこや、大きな岩、曲がりくねった辺りをぐるりと見渡す。
道は暗く、辺りは霧に包まれているため余計に視界は悪い。
『…………ルーモス、マキシマ』
呪文を唱えると、杖先の光は強くなった。
これなら三人の足元も容易に照らせるだろう。
ファングが先頭になり、前に進む。
名前は呪文が成功したことに、密かに安心した。
最近はクィレルのご指導もあり、発音もしっかりしている。
名前のローブに蝉のようにくっついたネビルが、杖先の光を見て首を傾げた。
「ナマエ、その呪文、習ったっけ?」
『…………』
名前はやや首を傾げる。
「ご、ごめんね。僕、覚え悪くて。呪文習ってもすぐ忘れちゃうから。」
『………いや。俺も、どうだったか、覚えてないんだ。…』
「え?でも…知ってるのに?」
『本で知ったのかもしれないから。…授業とごっちゃになってるんだ。』
言いながら、地上に這い出ている太い木の根っこを避ける。
道は結構急のようだ。
かと思うと、断崖絶壁のような場所もある。
注意していなければ怪我をしてしまう。
気を付けながら、点々と続く銀色の液体を追う。
おとぎ話のヘンゼルとグレーテルのように。
『(………ユニコーン…)』
何故、ユニコーンが傷付けられたのだろう。
痛め付けられたユニコーンの姿を想像して、名前は眉を顰めた。
『(ユニコーンが傷付けられる理由…なんだろう。…
……どうしたいんだろう。
ユニコーンの、何か、欲しいんだろうか。
角は毒を浄化する、って、本では書いてあった。でも、凶暴だから、捕まえるのはとても難しい…らしいし)』
ほかに何かあったかな、と首を傾げる。
木の根っこに躓いた。
盛大に転ぶ。
大丈夫?とネビルが助け起こした。
『(最近なんだか物騒だ……
…それと何か関係あるのかな。
賢者の石とか、ヴォルデモート…)』
ハッとして、慌てて浮かんだ考えを消す。
なかなか消えないので、明日の朝ごはんはなんだろな、なんて別のことを考えた。
それでも消えなかったが。
ヴォルデモートは恐ろしい人物だった、と聞いている。
名前はマグルなので、それも本の知識でしかない。
しかし、本当のところ。
ヴォルデモートは死んだ、
ヴォルデモートは生きている、
と、意見が別れているのが現状だった。
大半は死んだ、と言っているが。
『(…………謎、だ)』
本当はどっちなのだろう。
死体がないので、判断がつかない。
しかし、もしも、生きていたら、
「うわあああああああああああああああ!!!!!」
どんっ、と衝撃が名前の体を突き抜けた。
目の前に、赤い火花が散った。
「お前たち二人がばか騒ぎをしてくれたおかげで、もう捕まるものも捕まらんかもしれん。」
怒りを含む声に、ビクリと肩を揺らす三人の少年。
ハグリッドははあ、と溜め息を吐いた。
『………ごめんなさい。』
「いや。ナマエ、お前さんは悪くねえ。とにかく、組分けを変えよう、この組み合わせはダメだ。
ネビル、俺と来るんだ。ハーマイオニーも。
ハリーは名前とファングと、この愚かもんと一緒だ。」
ハグリッドは厳しい目付きでドラコを見た。
ドラコは目をそらしている。
この場の雰囲気は、出発前よりもすこぶる悪い。
誰も何も話さない張り詰めた空気の中で、名前は石像のように動かない。
というよりも、動けない。
どうも名前は、人が悲しんでいたり、怒っていたりする、こういう空気が苦手なようだった。
事の発端はドラコの悪戯だった。
ドラコがネビルを驚かすという悪ふざけをしたため、パニックに陥ったネビルが名前に体当たりの勢いで抱きつき、助けを呼ぶために教えられた赤い火花を打ち上げてしまったのだ。
(体当たりを受けた名前は、運悪く目の前にあった大岩に顔面を強打した)
(鼻血で済んだが)
考え事なんてしていなければ、ドラコの悪戯を止めることもできたかもしれないのに。
名前は申し訳なさでいっぱいだ。
「…………」
「…………」
『………
(手が、痛い)』
なんだか知らないが仲の悪いハリーとドラコ。
仲介役に抜擢された名前が真ん中に立ち、右手にハリー、左手にドラコの手を握って、ファングの跡をうろうろとついていく。
両手がふさがっているため杖は持っていない。
すこぶる視界が悪い。
摺り足で進む。
そのため歩みはゆっくりだ。
先を歩くファングは「はやく行こうよ。まだ?まだ?」なんて言いたげな目で、時々三人を振り返って見た。
名前は困った顔(端から見れば無表情だが)でファングを見つめ返すしかなかった。
両者は目を合わすのも嫌なのか、そっぽを向いていた。
沈黙が気まずいが、繋いだ両手は痛いほど握り返してくる。
「そういえば…さっき、聞きそびれちゃってたね。どうしてナマエは罰則についてきたの?」
『………俺も、ドラゴンの話は知っていた。』
「でも、黙っていれば、先生たちにはわからなかったよ?」
『悪いことだって知っていた。だから、罰則は受けなきゃいけない。
俺だけが逃げるわけにはいかないよ。』
「ばか正直なヤツだな。黙っていればいいものを。」
立ち止まって、ハリーがドラコを睨み付ける。
負けじとドラコもハリーを睨み返した。
幻覚だろうか。
火花が散っているように見える。
真ん中に挟まれた名前は、一触即発の二人の雰囲気におろおろとした。
そんな三人を置いて、ファングがさっさと先に行ってしまう。
名前はファングを呼ぼうと二人から目を離し、前を見た。
『………』
ファングは月明かりを浴びて動かない。
二人の手をそっと離し、月明かりが溢れる地帯に近寄る。
コケの群生した緑色の地面の上に、きらきらと輝く純白のもの。
目映い月光に照らされて、これそのものが光を発しているようだった。
ファングの隣。
名前はそっと跪き、おそるおそる、それに触れてみた。
冷たく、硬い。
まるで石に触れているようだった。
ハリーはいない名前に気付き、慌てて周りを見渡す。
そして、名前の姿を見つけると、指を差した。
未だ睨み付けるドラコを促すように。
「見て……」
ドラコがハリーの指差す方向を見る。
目が見開かれた。
二人はそっと近寄る。
名前は振り向いて二人を見た。
涼しげな目元は、少しだけ悲しそうだった。
『………死んでる。』
呟くように言って、名前はまたそれを見た。
そうして、また少しだけ首筋に触れる。
だが、ユニコーンは動かなかった。
長くしなやかな脚は力なく投げ出され、糸よりも細い真珠色のたてがみは、所々泥にまみれている。
長い睫毛に縁取られた瞳は一向に開く気配がない。
傷口からは未だ銀色の血が流れていた。
名前はユニコーンの首筋に触れたまま動かない。
ぼんやりとユニコーンを見つめている。
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