12.-2


読んでいた本から、名前は顔を上げた。
肩にはネスがおり、うとうとしている。

ロンは羊皮紙を見下ろして睨んでいた。





「向かう戦じゃないみたいだし。」



「違うわね。」





ハーマイオニーがロンのレポートを引き寄せた。
それにサッと目を通す。





「それに『卜占』は『木占』じゃないわよ。一体どんな羽根ペンを使っているの?」



「フレッドとジョージの『綴り修正付き』のやつさ……だけど、呪文切れかかってるみたいだ……。」



「ええ、きっとそうよ。
だって宿題は『吸魂鬼』について書く事で、『球根木』じゃないもの。それに、あなたが名前を『ローニル・ワズリブ』に変えたなんて、記憶にないけど。」



「ええっ!
まさか、もう一回全部書き直しかよ!」



「大丈夫よ、直せるわ。」
レポートを引き寄せて杖を取り出す。



「愛してるよ、ハーマイオニー。」





ロンは目を擦りながら椅子に深く座り込んだ。
勿論、この台詞に深い意味は無いのだろうが、ハーマイオニーは頬を赤く染めた。
名前はじっとその様子を眺め、もしかしてハーマイオニーはロンに恋をしているのではないかと、ハリーとしては何を今更という事を考えた。





「そんな事、ラベンダーに聞かれない方がいいわよ。」



「聞かせないよ。
それとも、聞かせようかな……そしたらあいつが捨ててくれるかも……。」



「おしまいにしたいんだったら、君が捨てればいいじゃないか?」



「君は誰かを振った事がないんだろう?
君とチョウはただ───」



「何となく別れた、うん。」



「僕とラベンダーも、そうなってくれればいいのに。
だけど、おしまいにしたいって仄めかせば仄めかすほど、あいつはしがみついて来るんだ。巨大イカと付き合ってるみたいだよ。」





ロンはハーマイオニーを見詰めながら言った。
ハーマイオニーは羊皮紙を見詰め、杖を使い、綴りの間違いを直している。
二十分程経過して、ハーマイオニーはロンにレポートを返した。





「出来たわ。」



「感謝感激。」



『雨あられ。』



「結論を書くから、君の羽根ペンを貸してくれる?」





名前の呟きを無視して、ロンはハーマイオニーの羽根ペンで「吸魂鬼」の最後の一節を書き込む。
無視された名前はちょっぴりしょんぼりして談話室を見回した。
もう名前達四人しか残っていない。
ハリーが教科書を閉じて、大きな欠伸をした。



バチン



風船が割れるような音が辺りに響いた。
ハーマイオニーが小さく悲鳴を上げて、ロンはレポートにインクを丸ごと溢し、名前は第三者には気が付かれない程度に肩を揺らした。
ハリーだけが平気そうだった。





「クリーチャー!」





シリウスの屋敷で見た、不機嫌そうな屋敷しもべ妖精が現れた。
クリーチャーはお辞儀をして、自分の足に向かって話した。





「ご主人様は、マルフォイ坊ちゃんが何をしているか、定期的な報告をお望みでしたから、クリーチャーはこうして───」





バチン



またも風船が割れるような音が響き、今度はドビーが現れた。
帽子の代わりにティーポット・カバーを被っている。





「ドビーも手伝っていました、ハリー・ポッター!」
ドビーは恨み顔でクリーチャーを見た。
「そしてクリーチャーはドビーに、いつハリー・ポッターに会いに行くかを教えるべきでした。二人で一緒に報告する為です!」



「何事なの?
ハリー、一体何が起こっているの?」





ハーマイオニーと名前はハリーを見た。
ロンだけが訳知り顔で黙っている。
ハリーは迷うように目を泳がせた。





「その……二人は僕の為にマルフォイを追けていたんだ。」



「昼も夜もです。」



「ドビーは一週間、寝ていません、ハリー・ポッター!」



「ドビー、寝てないんですって?でも、ハリー、あなた、まさか眠るななんて───」



「勿論、そんな事言ってないよ。
ドビー、寝ていいんだ、分かった?でも、どっちかが何か見付けたのかい?」



「マルフォイ様は純血に相応しい高貴な行動をいたします。
その顔貌は私の女主人様の美しい顔立ちを思い起こさせ、その立ち振る舞いはまるで───」



「ドラコ・マルフォイは悪い子です!
悪い子で、そして───そして───」





突然ドビーは、頭の天辺から爪先まで、ブルブルと震え出し、暖炉目掛けて走った。
それを予想していたかのようにハリーがドビーの腰の辺りを捕まえる。
ドビーは暫くもがいていたが、やがてグッタリと力無く手足を伸ばした。





「有難うございます。ハリー・ポッター。
ドビーはまだ、昔のご主人の事を悪く言えないのです……。」





ハリーはドビーを放した。
ドビーはティーポット・カバーを被り直す。





「でも、クリーチャーは、ドラコ・マルフォイが、しもべ妖精にとってよいご主人ではないと知るべきです!」



「そうだ。君がマルフォイを愛しているなんて聞く必要はない。
早回しにして、マルフォイが実際どこに出掛けているのかを聞こう。」





クリーチャーは不機嫌そうな顔をますます顰めた。
それからまた深々とお辞儀をする。





「マルフォイ様は大広間で食事をなさり、地下室にある寮で眠られ、授業は様々なところ───」



「ドビー、君が話してくれ。
マルフォイは、どこか、行くべきところではないところに行かなかったか?」



「ハリー・ポッター様。
マルフォイは、ドビーが見付けられる範囲では、何の規則も破っておりません。でも、やっぱり、探られないようにとても気を使っています。色々な生徒と一緒に、しょっちゅう八階に行きます。その生徒達に見張らせて、自分は───」



「『必要の部屋』だ!」





魔法薬の教科書でハリーは額を叩いた。
何事かとロンとハーマイオニーが見る。





「そこに姿をくらましていたんだ!そこでやっているんだ……何かをやってる!きっとそれで、地図から消えてしまったんだ───そう言えば、地図で『必要の部屋』を見た事がない!」



「忍びの者達は、そんな部屋がある事を知らなかったのかもな。」



「それが『必要の部屋』の魔法の一つなんだと思うわ。
地図上に表示されないようにする必要があれば、部屋がそうするのよ。」



「ドビー、うまく部屋に入って、マルフォイgs何をしているか覗けたかい?」



「いいえ、ハリー・ポッター。それは不可能です。」



「そんな事はない。
マルフォイは先学期、僕達の本部へ入ってきた。だから僕も入り込んで、あいつの事を探れる。大丈夫だ。」



「だけど、ハリー、それは出来ないと思うわ。
マルフォイは、私達があの部屋をどう使っていたかをちゃんと知っていた。そうでしょう?だって、あのバカなマリエッタがベラベラ喋ったから。マルフォイには、あの部屋が『DA』の本部になる必要があったから、部屋はその必要に応えたのよ。でも、あなたは、マルフォイが部屋に入っている時に、あの部屋が何の部屋になっているかを知らない。だからあなたは、どういう部屋になれって願う事が出来ないわ。」



「何とかなるさ。
ドビー、君は素晴らしい仕事をしてくれたよ。」



「クリーチャーもよくやったわ。」





ハーマイオニーは優しく声を掛けたが、クリーチャーは天井に目を向けた。





「『穢れた血』がクリーチャーに話し掛けている。クリーチャーは聞こえないふりをする───」



「やめろ。」





ハリーがそう言った。
クリーチャーは最後にもう一度深々とお辞儀をして、その場から「姿くらまし」した。





「ドビー、君も帰って少し寝た方がいいよ。」



「有難うございます。ハリー・ポッター様!」





ドビーは感激で打ち震えて、それから「姿くらまし」した。
談話室は静けさを取り戻し、暖炉で薪が燃え爆ぜる音だけが聞こえる。
ハリーは満足げだった。





「上出来だろ?
マルフォイがどこに出掛けているのか、分かったんだ!とうとう追い詰めたぞ!」



「ああ、すごいよ。」





反対にロンは不機嫌だった。
折角完成間近までいったレポートが、インクで汚れてしまったからだ。
ハーマイオニーがレポートを引き寄せて、杖を使いインクを取り除き始めた。





「だけど、『色々な生徒』と一緒に行くって、どういう事かしら?
何人、関わっているの?マルフォイが大勢の人間を信用して、自分のやっている事を知らせるとは思えないけど……。」



『一緒にいるのは大抵、クラッブとゴイルだけ。』



「うん、だから、それは変だ。
マルフォイが、自分のやっている事はお前の知ったこっちゃないって、クラッブに言ってるのを聞いた……それなら、マルフォイは他の見張りの連中に……連中に……」





声がだんだんと尻すぼみになっていく。
暖炉の火を、ハリーがじっと見詰めた。





「そうか、なんてバカだったんだろう。
はっきりしてるじゃないか?地下室には、あれの大きな貯蔵桶があった……マルフォイは授業中にいつでも少しくすねる事が出来たはずだ……。」



「くすねるって、何を?」
ロンが尋ねた。



「ポリジュース薬。スラグホーンが最初の授業で見せてくれたポリジュース薬を、少し盗んだんだ……マルフォイの見張りをする生徒がそんなに色々いるわけがない……いつものように、クラッブとゴイルだけなんだ……うん、これで辻褄が合う!」





ハリーは立ち上がった。
暖炉の前を往復する。





「あいつらバカだから、マルフォイが何をしようとしているかを教えてくれなくとも、やれと言われた事をやる……でもマルフォイは『必要の部屋』の外を二人がうろついているところを見られたくなかった。だからポリジュース薬を飲ませて、他の人間の姿を取らせたんだ……マルフォイがクィディッチに来なかった時、マルフォイと一緒にいた二人の女の子───そうだ!クラッブとゴイルだ!」



「という事は───
私が秤を直してあげた、あの小さな女の子───?」



「ああ、勿論だ!
勿論さ!マルフォイがあの時、『部屋』の中にいたに違いない。それで女の子は───何を寝惚けた事を言ってるんだか───男の子は、秤を落として、外に誰かいるから出てくるなって、マルフォイに知らせたんだ!それに、ヒキガエルの卵を落としたあの女の子もだ!マルフォイの側を、しょっちゅう通り過ぎていながら、僕達、気が付かなかったんだ!」



「マルフォイのやつ、クラッブとゴイルうぃ女の子に変身させたのか?」
ロンは大声で笑った。
「おっどろきー……あいつらがこの頃不貞腐れているわけだ……あいつら、マルフォイにやーめたって言わないのが不思議だよ……。」



「そりゃあ、出来っこないさ。うん。マルフォイが、あいつらに腕の『闇の印』を見せたなら。」



「んんんん……『闇の印』があるかどうかは分からないわ。」





ハーマイオニーはロンのレポートをキレイにし終わったようだ。
丸めてロンに手渡した。





「そのうち分かるさ。」



「ええ、そのうちね。
でもね、ハリー、あんまり興奮しないうちに言っておくけど、『必要の部屋』の中に何があるかをまず知らないと、部屋には入れないと思うわ。それに、忘れちゃ駄目よ。」
ハーマイオニーは肩に鞄を掛けた。
「あなたは、スラグホーンの記憶を取り出す事に集中しているはずなんですからね。おやすみなさい。」




そう忠告してハーマイオニーは女子寮に戻っていった。
此方に向き直ったハリーは、ちょっと不機嫌に見えた。





「どう思う?」



『俺は記憶を優先すべきだと思う。ダンブルドア校長先生のお願いだから……』



ところがロンは、ドビー達消えた辺りを見ていた。
「屋敷しもべ妖精みたいに『姿くらまし』出来たらなあ。
あの『姿現し』試験はいただきなんだけど。」

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