12.-1


翌日。
ロンが毒を盛られたというニュースは瞬く間に広がったが、ケイティ程の騒ぎにはならなかった。
毒を盛られた時にロンは魔法薬の先生の部屋にいたから事故だと考えられたし、すぐに解毒剤を服用した為に大事にはならなかった為でもある。
それにグリフィンドール生の多くは、迫るクィディッチのハッフルパフ戦に気を取られていた。
ハッフルパフのチェイサーであるザカリアス・スミスがスリザリン戦の時に嫌味な解説を行った為、今回の試合でけちょんけちょんに負かして欲しいと願っていのだ。

けれどハリーはクィディッチよりマルフォイに気を取られているようだった。
そう感じたのは、ハリーがちょくちょく「忍びの地図」を見てはマルフォイの位置を確認していたからだ。
しかしハリーは深く考える暇を与えられなかった。
クィディッチでロンの代理であるコーマック・マクラーゲンと、ロンの恋人ラベンダー・ブラウンにしょっちゅう付き纏われていたからだ。

名前は時間があれば誰もいない空き教室で一人お守り作りの作業をしたり、勉強したり宿題をこなしたりしていた為に知らないが、名前が一緒になると二人の押しの強さにハリーは愚痴を言った。
マクラーゲンはロンより自分の方がキーパーとして相応しいと豪語し、他のチームメイトを批評し、練習方法を事細かく提示した。
ラベンダーはロンの事を話した。惚気から質問、意見を求められる事もあった。
ハリーはマクラーゲンよりこっちの方がきつかったらしい。
何とも疲れた様子で、名前は慰めるつもりで背中を叩いた。



ハッフルパフ戦当日。
名前はハーマイオニー、ジニーと共に競技場へ向かった。
(入院中のロンは当然観戦出来なかった)
背の高い名前は他の生徒の邪魔にならないよう、一番後ろの観客席に座る。

地上ではキャプテン同士が握手を済ませていた。
マダム・フーチのホイッスルが鳴り響き、選手達が一斉に空を舞う。
ハリーは他の選手達よりずっと高いところを飛んでいた。





「そして、クアッフルを手にしているのは、ハッフルパフのスミスです。」





夢見心地なぼんやりとした解説が流れた。
演壇を見るとそこにいたのは、ルーナ・ラブグッドだ。





「スミスは、勿論、前回の解説者でした。そして、ジニー・ウィーズリーがスミスに向かって飛んでいきましたね。多分意図的だったと思うわ───そんな風に見えたもン。スミスはグリフィンドールに、とっても失礼でした。対戦している今になって、それを後悔していることでしょう───あら、見て、スミスがクアッフルを落としました。ジニーがそれを奪いました。あたし、ジニーが好きよ。とても素敵だもン……。」





解説するルーナの隣で、マクゴナガルがいる。
マクゴナガルは人選に失敗したというような困った表情を浮かべていた。





「……でも、今度は大きなハッフルパフ選手が、ジニーからクアッフルを取りました。何ていう名前だったかなあ、確かビブルみたいな───ううん、バギンズかな───。」



「キャッドワラダーです!」




堪らずといった様子でマクゴナガルが言った。
観客席は試合よりも解説席の方に気を取られ、笑っていた。

暫くして、キャッドワラダーが得点した。
マクラーゲンはジニーがクアッフルを取られた事を大声で批判していて、自分の側を大きな球が掠めていくのに気が付かなかったのだ。
それでハリーとマクラーゲンは何やら怒鳴り合っているようだった。





「さて、今度はハリー・ポッターがキーパーと口論しています。
それはハリー・ポッターがスニッチを見付ける役には立たないと思うけど、でもきっと、賢い戦略なのかもね……。」





ハリーは再び競技場を旋回し始めた。
ジニーとデメルザが各一回得点し、それからキャッドワラダーがまた得点し、スコアは対になる。

解説者であるルーナは点数に興味が無いようだった。
面白い形の雲を見付けて話したり、ザカリアス・スミスが一分以上クアッフルを持っていられなかったのは、「負け犬病」を患っている可能性があるとか話していた。





「七〇対四〇、ハッフルパフのリード。」
ルーナの持ったメガホンに向かって、マクゴナガルが大声で言った。



「もうそんなに?」
ルーナはぼんやり言った。
「あら、見て!グリフィンドールのキーパーが、ビーターの棍棒を一本掴んでいます。」





見ると、マクラーゲンがピークスの棍棒を取り上げて、やって来るキャッドワラダーにどうやってブラッジャーを返すかをやって見せている。

ハリーが何事か怒鳴りながらマクラーゲンの方へ突進した。
と、同時に。
マクラーゲンがブラッジャーを打ち返した。
それがハリーに命中した。

悲鳴が上がる。
ハリーの体はぐらりと傾き、地上へ向かって真っ逆さま……。















診断は頭蓋骨骨折。ハリーは一晩病棟で過ごし、そして翌日、ロンと共に退院した。
退院にはハーマイオニーと名前が付き添い、大広間の朝食の席までゆっくりと向かう。

毒を盛られた衝撃からか、ハーマイオニーとロンは仲直りしていた。
そして大広間に向かう道程で、ハーマイオニーはジニーとディーンが口論した事を話してくれた。





「何を口論したの?」





廊下を歩きながらハリーが尋ねた。
廊下には、チュチュを着たトロールにタペストリーを見詰めている女の子の他は誰もいない。
六年生である名前達が近付いて来るのに気が付くと、女の子は怯えたような表情を浮かべ、持っていた真鍮の秤を落っことした。





「大丈夫よ!
さあ……」





ハーマイオニーが急いで女の子に駆け寄り、落っことして壊れた秤を直して渡した。
女の子はお礼を言わず、ただ四人が通り過ぎるのを見詰めていた。





「連中、小粒になってきてるぜ、間違いない。」



「女の子の事は気にするな。
ハーマイオニー、ジニーとディーンは、何で喧嘩をしたんだ?」



「ああ、マクラーゲンがあなたにブラッジャー叩き付けた事を、ディーンが笑ったの。」



「そりゃ、おかしかったろうな。」
ロンが言った。



『いや……。』
名前は首を横に振る。



「全然おかしくなかったわ!
恐ろしかったわ。クートとピークスがハリーを捕まえてくれなかったら、大怪我になっていたかもしれないのよ!」



『最悪死んでいただろうな。』



「うん、まあ、ジニーとディーンがそんな事で別れる必要はなかったのに。
それとも、まだ一緒なのかな?」



「ええ、一緒よ───どうして気になるの?」



「僕のクィディッチ・チームが、また滅茶苦茶になるのが嫌なだけだ!」




疑わしげにハーマイオニーはハリーを見詰めた。
その時、背後でハリーを呼ぶ声が聞こえた。
振り向くとそこにはルーナがいた。





「ああ、やあ、ルーナ。」



「病棟にあんたを探しに行ったんだけど。
もう退院したって言われたんだ……。」





ルーナは鞄を漁りながらそう言った。
エシャロットのような物を一本、斑入りの大きな毒茸一本、すごい量の猫砂のようなものを、取り出してはロンの手に押し付けて、そうしてようやく、お目当ての物を引きずり出した。
かなり汚れた羊皮紙の巻紙だ。それをハリーに手渡した。





「……これをあんたに渡すように言われてたんだ。」





ハリーはすぐにそれを開いた。
ダンブルドアからの授業の知らせだ。





「今夜だ。」



「この間の試合の解説、良かったぜ!」





エシャロットのような物や毒茸やらを回収する際、ロンはルーナにそう言った。
ルーナは微かに微笑んだようだった。





「からかってるんだ。違う?
皆、あたしが酷かったって言うもン。」



「違うよ、僕、ほんとにそう思う!
あんなに解説を楽しんだ事ないぜ!ところで、これ、何だ?」
エシャロットのような物を掲げた。



「ああ、それ、ガーディルート。
欲しかったら、あげるよ。あたし、もっと持ってるもン。ガルピング・プリンピーを撃退するのにすごく効果があるんだ。」





残りの物を鞄に戻したルーナは、そう言って、もと来た道を帰っていった。
ガーディルートを片手に、ロンは楽しそうに笑う。
それから再度大広間へ足を向けた。





「あのさ、だんだん好きになってきたよ、ルーナが。
あいつが正気じゃないって事は分かってるけど、そいつはいい意味で───」





そこでロンは口を閉じた。
大理石の階段の下に、険しい表情を浮かべたラベンダー・ブラウンが待ち伏せていた。





「やあ。」





努めて明るく何気なく。
ロンは挨拶したようだったが、どこかソワソワしているのは見て取れた。





「行こう。」





そう言うハリーに、ハーマイオニーも名前も着いていく。
背後から二人の話し声が聞こえてきた。





「今日が退院の日だって、どうして教えてくれなかったの?それに、どうしてあのひとが一緒なの?」





大広間に着いてから食事を始めて三十分というところだろうか。
ロンとラベンダーがようやく大広間へやって来て、二人は並んで食事を始めた。
けれどロンは不機嫌そうに顔を顰めており、見ている限り、その間二人が会話をする事は無かった。

二人が喧嘩したであろう事に、ハーマイオニーは気付かないように振る舞ってはいたが、時折一人笑みを湛えていたし、一日中上機嫌だった。
それに夕方談話室にいる時に、ハリーの薬草学のレポートを見る(=仕上げる)という頼みを引き受けていた。
そうすればロンがハリーのレポートを丸写しにする事は分かりきっていたので、今まで断り続けていたし、名前にもそうする事は禁じていたのにだ。





「有難う、ハーマイオニー。」





ハリーはそう言って、ハーマイオニーの背中を叩いた。
それから腕時計を見る。





「あのね、僕急がないと、ダンブルドアとの約束に遅れちゃう……。」



『いってらっしゃい。』





ハーマイオニーがレポートの修正に追われて答えなかったので、代わりに名前がそう言った。
ハリーは声に出さずニヤニヤ笑いながら、急ぎ談話室を出て行った。

そして少なくとも翌日からハリーは、スラグホーンの記憶を探る事について、以前よりも切羽詰まっていた。
どうもダンブルドアに宿題をこなせなかった事を突っつかれたらしい。
しかしそう簡単に案が出てくるわけもなく。
どうしようもなくなったハリーがする行動は、魔法薬の教科書を端々まで読む事で、何も思い浮かばぬまま翌週となった。

日曜の夜更け。
四人は談話室の暖炉脇に座っていた。
こうして四人が揃うのは、今となっては珍しい。
名前がすぐどこかに行ってしまうからだ。





「そこからは何も出てこないわよ。」
魔法薬の教科書を読むハリーに向けて言う。



「文句を言うなよ、ハーマイオニー。
プリンスがいなかったら、ロンはこんなふうに座っていられなかっただろう。」



「いられたわよ。あなたが一年生の時にスネイプの授業をよく聞いてさえいたらね。」




ハリーは聞こえなかったふりをして教科書を読み続けた。

談話室にはまだ他の六年生達が起きている。
夕食から戻った時掲示板に、「姿現し」の試験の日程が貼り出されていたので、ちょっと興奮気味なのだ。
四月二十一日が試験の最初の日だが、その日までに十七歳になる者は、追加で練習の日を設ける事が出来た。
ただし厳しい監視下のもと、ホグズミードで行われる。

掲示を見てパニック状態に陥ったのはロンだ。
彼はまだ一度も「姿現し」を成功させた事が無かった。
数で言えば名前は二桁近く成功させていた。
ハーマイオニーは二度成功していたし、ハリーも一度は成功している。





「だけど、君は少なくとも『姿現し』出来るじゃないか!」



「一回出来ただけだよ。」





「姿現し」の試験について散々喋った後ロンは、とてつもなく難しいスネイプの宿題と向き合っていた。
他の三人は既にこのレポートを済ませてしまっている。





「言っておきますけど、ハリー、この事に関しては、バカバカしいプリンスは助けてくれないわよ!
無理矢理此方の思い通りにさせる方法は、一つしかないわ。『服従の呪文』だけど、それは違法だし───」




「ああ、分かってるよ。ありがと。
だから何か別の方法を探してるんじゃないか。ダンブルドアは、『真実薬』も役に立たないって言ったんだ。でも、他の薬とか、呪文とか……。」



「あなた、やり方を間違えてるわ。
あなただけが記憶を手に入れられるって、ダンブルドアがそう言ったのよ。他の人が出来なくとも、あなたならスラグホーンを説得出来るという意味に違いないわ。スラグホーンにこっそり薬を飲ませるなんていう問題じゃない。それなら誰だって出来るもの───。」



「『こうせん的』って、どう書くの?」

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