08.-1


寒さで窓が凍りつこうと、大雪が降ろうと、名前は毎朝のトレーニングをかかさない。
時期は着実にクリスマスが近づいて来ていた。
例年の如くハグリッドが、大広間にクリスマス・ツリーを運び込んでいた。
階段の手摺には柊とティンセルで飾られ、鎧の兜の中には蝋燭が燃え、廊下にはヤドリギの木が一定の間隔を置いて吊り下げられている。
ハリーがヤドリギの下を通りかかると女の子達が集まってきて(何故か名前まで巻き込まれた)、廊下はそこだけ栓をしたように詰まってしまった。
しかし数々に抜け道を知っていたハリーはその後、ヤドリギの木の無い通路を使って難を逃れられた。

このようにハリーのモテ期が到来したわけだが、ロンは嫉妬するどころか笑い飛ばすだけだ。
自分に恋人がいる事が彼に余裕を与えたらしい。
しかし彼の恋人であるラベンダー・ブラウンは、始終ロンに絡み付いてはひと目も憚らずキスをする。
名前はその度に気恥ずかしさと居心地の悪さに耐えなければならなかった。
問題はもう一つある。
ハーマイオニーとロンは互いが互いを無視して、全く口をきかなくなってしまったし、出来る限り同じ空間にいる事を避けた。
食事の時間や席を離すのは当たり前。どころかロンが談話室にいれば、ハーマイオニーは図書室に引きこもった。
名前とハリーはなるべく手分けして、ハリーはロン側につき、名前はハーマイオニーと一緒に行動する事を選んだ。





「誰とキスしようが、全く自由よ。
全く気にしないわ。」





司書のマダム・ピンスが背後の本棚で歩いている時、ハーマイオニーは小さな声でそう言ったが、羽根ペンで句点を打つとそこに穴が空いた。
名前はキスを思い出してか気まずそうに居住まいを正し、ハリーは名前になったように何も言わなかった。
二人はプリンスの「上級魔法薬」の本に顔を近付け、書き込まれた情報をノートに取っていた。





「ところで。
気を付けないといけないわよ。」




暫くして唐突にハーマイオニーはそう言った。





「最後にもう一回だけ言うけど。」





長く口を開かなかったので、ハリーの声は掠れていた。





「この本を返すつもりはない。プリンスから学んだ事の方が、スネイプやスラグホーンからこれまで教わってきた事より───」



「私、その馬鹿らしいプリンスとかいう人の事を、言ってるんじゃないわ。
ちょっと前に起こった事を話そうとしていたのよ。ここに来る前に女子トイレに行ったら、そこに十人くらい女子が集まっていたの。あのロミルダ・ベインもいたわ。あなたに気付かれずに惚れ薬を盛る方法を話していたの。全員が、あなたにスラグホーン・パーティに連れていってほしいと思っていて、皆がフレッドとジョージの店から『愛の妙薬』を買ったみたい。それ、多分効くと思うわ───。」



「なら、どうして取り上げなかったんだ?」



「あの人達、トイレでは薬を持っていなかったの。
戦術を話し合っていただけ。さすがの『プリンス』も」
ハーマイオニーは本を睨み付けた。
「十種類以上の惚れ薬が一度に使われたら、その解毒剤をでっち上げる事など夢にも思い付かないでしょうから、私なら一緒に行く人を誰か誘うわね───そうすれば他の人達は、まだチャンスがあるなんて考えなくなるでしょうし───明日の夜よ。皆必死になっているわ。
ナマエ、あなた他人事だとおもってないでしょうね。」



『……』
名前は本から顔を上げた。



「あなただって関係のある話なのよ、ナマエ。あなたはクールで人を寄せ付けないタイプだと周りから思われているみたいだから。
そんな人にパーティへ誘って欲しいなんて、直接言いにくいでしょう?あなたから誘ってもらいたいに決まっているわ。それなら惚れ薬を使った方が、余程簡単よね。」



『そうは思えない。俺が近付くと人は離れていくよ。』



「だから、皆あなたは高嶺の花だと思っているの。
誰か一緒に行ってくれる人を選びなさい。」



『行くなら一人で行く。』



「ナマエ……」
ハーマイオニーは溜め息を吐いた。



「僕も、誰も招きたい人がいない。」



「まあ、ハリーまで。
……兎に角二人とみ、飲み物には気を付けなさい。ロミルダ・ベインは本気みたいだったから。」





そう警告した後、ハーマイオニーは「数占い」のレポートへ戻った。
名前も「上級魔法薬」の書き込みの判読へと戻る。





「待てよ。」
不意にハリーが呟いた。
「フィルチが、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズで買った物は何でも禁止にしたはずだけど?」



『そういえば確かに、新学期の説明で、ダンブルドア校長先生はそう仰っていたね。』



「それで?フィルチが禁止した物を、気にした人なんているかしら?」



「だけど、梟は全部検査されてるんじゃないのか?だから、その女の子達が、惚れ薬を学校に持ち込めたっていうのは、どういうわけだ?」



「フレッドとジョージが、香水と咳止め薬に偽装して送ってきたの。あの店の『梟通信販売サービス』の一環よ。」



「随分詳しいじゃないか。」



「夏休みに、あの人達が、私とジニーに見せてくれた瓶の裏に、全部書いてありました。
私、誰かの飲み物に薬を入れて回るような真似はしません……入れるふりもね。それも同罪だわ……。」



「ああ、まあ、それは置いといて。
要するにフィルチは騙されてるって事だな?女の子達が何かに偽装した物を学校に持ち込んでいるわけだ!それなら、マルフォイだってネックレスを学校に持ち込めないわけは───?」



「まあ、ハリー……また始まった……。」
ハーマイオニーはうんざり名前を見た。



「ねえ、持ち込めないわけはないだろう?」



「あのね。」
溜め息を吐く。
「『詮索センサー』は呪いとか呪詛、隠蔽の呪文を見破るわけでしょう?闇の魔術や闇の物品を見付ける為に使われるの。ネックレスにかかっていた強力な呪いなら、たちまち見付け出したはずだわ。単に瓶と中身が違っているだけの物は、認識しないでしょうね───それに、いずれにせよ『愛の妙薬』は闇の物でもないし、危険でも───」



「君は簡単にそう言うけど───
───それじゃ、それが咳止め薬じゃないと見破るかどうかは、フィルチ次第っていうわけだ。だけどあいつはあんまり優秀な魔法使いじゃないし、薬の見分けがつくかどうか、怪しい───」





トントン。名前はテーブルを指で叩いた。
ハーマイオニーとハリーが何事かと名前を見る。
名前は親指で背後を指差した。
するとすぐ後ろの本棚の間から、手にランプを持ったマダム・ピンスが現れた。





「図書室の閉館時間です。
借りた本は全て返すように。元の棚に───この不心得者!その本に何をしでかしたです?」



「図書室の本じゃありません。僕のです!」





ハリーは慌ててテーブルの上の「上級魔法薬」の本を鞄に戻そうとした。
けれどマダム・ピンスの方が早く、ハリーの持つ「上級魔法薬」を掴んだ。





「荒らした!
穢した!汚した!」



「教科書に書き込みしてあるだけです!」




何とかハリーは「上級魔法薬」を取り返した。
ハーマイオニーは急いでテーブルの上の教科書やら羊皮紙やらを掻き集めて鞄に戻す。
そうして三人は逃げるように図書室の外へ出た。





「気を付けないと、あの人、あなたを図書室出入り禁止にするわよ。どうしてそんな愚かしい本を持ち込む必要があったの?」



「ハーマイオニー、あいつが狂ってるのは僕のせいじゃない。それともあいつ、君がフィルチの悪口を言ったのを盗み聞きしたのかな?あいつらの間に何かあるんじゃないかって、僕、前々から疑っていたんだけど───。」



「まあ、ハ、ハ、ハだわ……。」





ハーマイオニーは笑顔を見せた。
名前ではこうはいかない。名前はハリーに尊敬の念を目で送った。
ハリーはハーマイオニーと普通に話せるのが嬉しいようで、名前の視線には気が付かなかったようだが。





「ボーブル玉飾り。」



「クリスマスおめでとう。」





クリスマス用の新しい合言葉を言い、三人は「太った婦人」の肖像画潜る。
潜った途端、ロミルダ・ベインが近寄ってきた。





「あら、ハリー!
ギリー・ウォーターはいかが?」





ロミルダの見えないところでハーマイオニーは振り返って、「ほらね!」という目でハリーを見た。





「いらない。
あんまり好きじゃないんだ。」



「じゃ、兎に角こっちを受け取って。」
言いながらハリーの手に箱を押し付ける。
「大鍋チョコレート、ファイア・ウイスキー入りなの。お祖母さんが送ってくれたんだけど、私好きじゃないから。」



「ああ───そう───有難う。
あー───僕、ちょっとあっちへ、あの人と……」




ハリーは慌ててハーマイオニーの後ろにつく。
名前も行こうとすると、今度は名前の前に女の子が行く手を塞いだ。





「あの、ねえ、ナマエ……」



『何。』





女の子の一人がおずおずと手帳ほどの小さな箱を手に持って近付いてきた。
名前は身を屈めて女の子の声を聞き取ろうと顔を近付ける。
伸びた髪の毛がさらりと流れた。
女の子は燃える勢いで顔を真っ赤にさせて、他の女の子と一緒にどこかへかけていった。
名前はハーマイオニーとハリーのところへ行った。





『見てた、ハーマイオニー。近付くといなくなるでしょ。』



「ナマエ、あなたまさか無自覚なの?」



「ナマエの長身と無表情が羨ましいよ。そうしたら女の子達だって今みたいに行ってくれたかもしれないのに。」



「兎に角、言った通りでしょ。
早く誰かに申し込めば、それだけ早く皆があなた達を解放して、あなた達は───」





いきなりハーマイオニーは一点を見詰めて、名前のように無表情になった。
視線を辿って見ると、ロンとラベンダーが一つの肘掛け椅子で濃密に絡まり合っている。
名前はすぐに目を逸らした。





「じゃ、おやすみなさい、二人とも。」





時計はまだ七時を指したばかりだ。
けれどハーマイオニーは女子寮に戻っていってしまった。
談話室にいてもハイエナの如く女子達が二人を狙っている。
名前とハリーも寝室へ向かう事にした。
あと一日とスラグホーンのパーティを乗り切れば冬季休暇がやってくる。
あの壊滅的なロンとハーマイオニーの関係が修復されるには時間が足りないように思えた。

翌日、その通り。
「変身術」の授業で、人の変身という非常に難しい課題が始まり、生徒達は皆、鏡の前で自分の眉の色を変える練習を行った。
その際何をどうやったのか、ロンは見事なカイザル髭を生やし、ハーマイオニーはそれを笑った。
そのお返しとばかりにロンは、マクゴナガルが質問する度にハーマイオニーが椅子に座ったままピョコピョコ上下する真似をした。
ラベンダーとパーバティがそれを笑い、ハーマイオニーは目に涙をいっぱいに溜めていた。

終業ベルが鳴る。
テーブルの上に教科書やら羊皮紙やらを残したまま、ハーマイオニーは教室を飛び出した。
ハリーと名前で教科書やらを掻き集めて持つと、急いでハーマイオニーの後を追い掛ける。
前回のようにどこかに入って隠れてしまったかと思われたが、ハーマイオニーはすぐに見付かった。
ルーナ・ラブグッドに付き添われ、女子トイレから出てくるところだった。





「ああ、ハリー、ナマエ、こんにちは。」



『こんにちは、ルーナ。』



「ハリー、あんたの片方の眉、真っ黄色になってるって知ってた?」



「やあ、ルーナ。ハーマイオニー、これ、忘れていったよ……。」



「ああ、そうね。」




数冊の本を受け取りながら、くるりと横を向いて、羽根ペン入れで目を拭った事を隠そうとしていた。
ハーマイオニーの声は震えていた。





「有難う、ハリー、ナマエ。私、もう行かなくちゃ……。」





ハーマイオニーは早足でその場を離れた。
名前とハリーが声をかける暇も無かった。
追い掛けるべきか、追い掛けないべきか。
名前は悩んで、体重を足先にかけたり踵にかけたりして、ユラユラ揺れた。
ハーマイオニーの姿が目で追い掛けられなくなって、それで諦めた。
三人はゆっくり石畳の廊下を歩き始める。





「ちょっと落ち込んでるみたいだよ。
最初は『嘆きのマートル』がいるのかと思ったんだけど、ハーマイオニーだったもン。ロン・ウィーズリーの事を何だか言ってた……。」



「ああ、喧嘩したんだよ。」



「ロンて、時々とっても面白い事を言うよね?
だけど、あの人、ちょっと酷いとこがあるな。あたし、去年気が付いたもン。」



「そうだね。
ところで、今学期は楽しかった?」



「うん、まあまあだよ。
DAが無くて、ちょっと寂しかった。でも、ジニーがよくしてくれたもン。この間、変身術のクラスで、男子が二人、あたしの事を『おかしなルーニー』って呼んだ時、ジニーがやめさせてくれた───」



「今晩、僕と一緒にスラグホーンのパーティへ行かないか?」





話の繋がりが全く見えない。
名前とルーナはハリーを見詰めた。
二人以上にハリーは驚いた表情を浮かべていた。
まるで自分の言った事に驚いているように。





「スラグホーンのパーティ?あんたと?」



「うん。
客を連れて行く事になってるんだ。それで君さえよければ……つまり……
つまり、単なる友達として、だけど。でも、もし気が進まないなら……。」



「ううん、一緒に行きたい。友達として!」
ルーナはにっこり笑った。
「今までだぁれも、パーティに誘ってくれた人なんかいないもン。友達として!あんた、だから眉を染めたの?パーティ用に?あたしもそうするべきかな?」



「いや。
これは失敗したんだ。ハーマイオニーに頼んで直してもらうよ。じゃ、玄関ホールで八時落ち合おう。」



「ハッハーン!」





三人の頭上で声が響いた。
シャンデリアから逆さまにまったピーブズがいた。





「ポッティがルーニーをパーティに誘った!ポッティはルーニーが好き!ポッティはルニーが好き!」




そうはやしたてながらピーブズ消えた。
この話が学校中に広まるのはそう遅くはないだろう。





「内緒にしてくれて嬉しいよ。」





こだまする「ポッティはルーニーが好き!」を聞きながらハリーが呟いた。
そしてこの話は夕食の席の時間になると、既に学校中に広まっている事が分かった。

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